愛した人は、殺人……鬼?
満月の夜は、心が騒ぐ。
これは人口50万人の地方都市、詠門市に住む超お人好しのJK、日々野日和が日本最強のあやかし、鬼と出会って、最高の幸せを掴む物語。
◇
満月の夜、道端の桜が一斉に揺れる。
4月中旬、いたるところに花の匂いがたちこめるこの季節が、私はとても好きだった。
美しいビジュアル、そして香り。どこかグロテスクな感じもたまらない。
桜の樹の下には死体が……なんて小説があるらしいけど、もしそうなら怖いどころかロマンを感じる。
月あかりに照らされたピンク色の木々を見ていると、その下に埋もれている見えないものを、花の巨人が守っているような気さえするのだ。
目を閉じれば私の耳にも、墓標の下で蠢くものたちの声が聞こえる。
ここにいるよ……。忘れないで……。
そして、助けて。
(うん。任せて!)
気づかないなら通り過ぎていられるけれど、気づいてしまえば無視できない。
人間って、そんなもんだよね。
背中をピンと伸ばし、私は大声を張り上げた。
「火のーよーじん!!」
カチカチ!!!!!!
夜道に木片と木片のぶつかりあう小気味のいい音が、こだまのように広がっていく。
と同時に風が吹いて、桜の小さな花たちが一斉に、同じ方向へ揺れた。
もちろん、それは偶然だけど。
まるで、桜並木を揺らす風になった気分。
「最高だわ……」
目を閉じ、鼻をピクピクさせながら、私はそのひとときに酔いしれた。
見せかけの万能感とはわかっていても、心地よい風と香りに思わず頬の筋肉がゆるむ。
と、その時。
頭に、ごん、と軽い衝撃が走った。
「いたっ!」
頭をさすりながら顔をあげた私の目に、ワナワナ震えている和装の狐が飛び込んでいた。
名前はコン。諸々あって行動をともにしているあやかしである。怒りの表情を浮かべていてもとても可愛い。
きつね色のモフモフした毛に顔を埋めたくなるのを必死に耐えた。
「何が火の用心や。季節感ガン無視すぎやろ!!!! 4月やで!」
目の上30センチほどの上空を浮いている彼の手には打ち鳴らされたばかりの拍子木が握られている。
たった今、それをぶつけられたのだ。可愛らしい見た目なのにほんと、ひどい。
「……コンが勝手にノッたんでしょ……」
ジト目で言う。
「お前がこんなん渡すからや!」
コンに投げ捨てられた拍子木を慌ててキャッチし、やられたお返しにと私はもう一度声を張り上げた。
「火の用心!」
コーンコーン。
ノリよく月に向かって鳴いてみせるコン。
「凄いね。コン。犬の遠吠えそっくりじゃない!」
本気で褒めたのに、我に返ったらしいコンは、真っ赤になった。
「おまっ!! なにやらすんや……!!!!」
「タイミングばっちりだったよ」
グッドサインでたたえる私。
「くうう。ノリの良すぎる自分が憎いわ。ええか、よく聞け!」
あ、ここは茶化しちゃ絶対に駄目なやつ、と私はその声音と両目を釣り上げた表情で気づく。
「『今夜は隠密行動だからね』このセリフ覚えとるよな」
「はい。先生。私が言いました!」
「『今日はパトロールと見せかけた不良あやかしの生活指導だから。気づかれたら逃げられちゃう』」
「……私、そんな言い方してる!?」
「ええから聞け!」
「はい」
私は頷く。
「真に受けた俺は、神経質にも風切音にすら気を使ってたんや。やのに」
コンは拳を握ってブルリと震える。
「日和の隠密行動は、春先の夜中に火の用心、て叫ぶことなんかい! 逆に目立ってまうやろ!」
「……うううう。ごもっともデス……」
満月と桜の群生という最高の景色にテンションが上がり、たまたま拾った拍子木を打ち鳴らす口実が欲しくなった。
だって、あまりにも綺麗だったから……。
芸術的なこの舞台に何か自分の奏でるもので、参加したくなったのだ。
そう。楽器を演奏するみたいに。
「日和のヒョロヒョロ声なら、騒音にはギリならんやろけど、髪切り女に聞かれたらどうなると思う?」
「……逃げられちゃうね。うん。私、間違ってた」
何かに夢中になると目的を忘れて脇が甘くなってしまうのは、昔から私の悪い癖。
「ごめんね、コン」
上目遣いにそう言うと、コンは一瞬赤くなり、ぷいと顔を背けた。
「まあ、わかったんなら、堪忍したるわ。もう二度としたらあかんで」
そのまま、つつ、と前に進む。ホッとした。
なんだかんだ言っても、こんな夜中に付き合ってくれる彼は、とっても優しいあやかしだと思う。
「ねえ、コン」
「なんや?」
「……モフモフしていい?」
「あかん! 俺は男や! モフモフも、可愛い、も絶対禁止!!」
予想通りの反応すぎて、思わずフフッと笑ってしまった。
もちろん彼のプライドを折ったりできないから、今度寝込みを襲わせてもらおう。
満月のお陰で夜道はあかるい。
空中を進む、口は悪いけど可愛らしい妖狐と桜並木をてくてく歩くのもおつなものだ。
今夜のミッションは、モフモフ系あやかしの毛を勝手に刈る、通称「髪切り女」の現行犯確保、そして説得である。彼女がうんと言うまで止めないつもりだ。粘り強さなら誰にも負けない。
「ったく、日和もお人好しすぎるわ。あやかしのトラブルなんか、ほっとけばええねん。そんな暇あったら、恋にうつつを抜かすとか、わかりやすく青春を謳歌してみろや。思春期のJKなんやから」
コンは私にたっぷり物申したいことがあるらしい。
「青春を謳歌、ですって。甘いな。コン。私をバカだと思ってるでしょ。そんなの、とっくに計画済みよ!」
私はチッチと指を振った。
「あのね、死んだおばあちゃんが言っていたの。困った人がいたら助けてあげなさい。一人ぼっちで泣いてる可哀想な子がいたら、親身になってあげるんだよ。そしたらきっと、最高に素敵な人が、日和を迎えに来てくれるからね……。って」
「なんや、詐欺師がいいそうなセリフやな」
「んもう、わかってないわね!」
じれじれしながら私は言った。
「つまり、これは恋活なの。白馬の王子様に巡り合うために、せっせと善行を積んでるの。つまりね、アリとキリギリスよ。いまから来たるべき青春に備えて積立貯金をしてるわけ。驚いた? この完璧な人生設計。策士すぎて自分で自分が怖くなるわ……」
私はふう、と汗を拭く。秘密を打ち明けられてスッキリしたのだ。
(ごめんね。おばあちゃん。私、黙っていられなかった……)
口止めされていたわけじゃないけれど、公言しないほうがいい気もする。
計算ずくな女子高生なんて、可愛くないな、って自分でも思うもの。
「白馬の王子か。そりゃええな。確かに優しい女っちゅうのはモテるもんや」
「でしょ!」
「ただぁ!」
コンは憎らしいほどの棒読みで尋ねてきた。
「その結果、恋愛経験は?」
「16年間一度もなし」
ハキハキと答える。無駄な見栄を張らないのは、私の美点だ。
「告白は?」
「0」
「男にチヤホヤされたことは……いや、もうええわ。虚しゅうなってきた」
コンは、ふうっとため息をつく。
「……日和、お前、アホちゃうか?」
「言わないでっ」
なんだか、自分でもそんな気持ちになっていたからか、つい涙声になってしまう。
「でも、でもっ! あやかしたちにはモテるんだから!」
「確かに詠門市の仏と言われとるわな。アイドル視しとる奴もおるやろ」
「でしょ!?」
「で? あいつらが白馬で日和を迎えに来てくれるとでも? 来たとして、その手を日和はとるんか?」
「とんでもない! 私は、そんなよこしまな気持ちじゃ……はっ!」
「語るに落ちたな」
「ううっ」
「もうわかったやろ。日和は計算づくな女なんかやない。ただの歩く救済センターや。人間どころか、あやかしの困りごとにまで首を突っ込む天性のアホや。今はまだなんとかなっとるけどな」
コンはまっすぐに私を見た。
「恩には恩を。返してくれる奴だけ助けろや。このままじゃ日和、潰れるで」
ぐっと私は言葉に詰まる。
心配してくれてるのは、流石にわかる。
それでも、なんだか、今までやってきたことが全否定された気がしてショックだった。
コンとだって、彼の声なき声に気がついたから出会えたのだ。
それすら全部無駄だったと言わんばかり。
あんまりだ。
「アホはないでしょ、アホは!!!!」
思わず片手をあげてコンを追いかける。
叩くと見せかけモフモフしてやる、ついでに可愛いも連発するから! と私は固く心に決めた。
と、コンは「日和。ストップや」と険しい顔で言った。
ぎくり。
モフモフがバレた?
私は開き直る。
「私傷ついたんだから。少しくらい触らせてくれてもいいでしょ!」
だけど。コンは真剣で。
「血の匂いや」
警戒心たっぷりな声に、我に返る。
ふと気づくと、深夜の冷気が体にまとわりつき、さっき桜に感じたものとは別の、不快な感触が体の中を駆け巡り心臓が嫌な音を立てる。コンの嗅覚は信用できる。
「帰るで。これは警察案件や」
コンは空中で踵を返す。
「そ、そうね。じゃ、交番に」
あやかしを感知しコミュニケーションまで取れる私。
しかし、流血沙汰は管轄外。
酔払いが喧嘩でもしたのだろう、と思った瞬間、植え込みの間から、不自然に赤く発光しているものが見えた。
「ちょっと待って、コン」
私は立ち止まる。
「ん? どした」
「あれ、なんだろ」
高い植え込みの間から漏れている赤いもの。
「火事かしら」
見てみよう、と私は踵を返す。
「日和! 待ちいや! まず俺が確認を」
「大丈夫。私にはこれがあるから!」
私は首にかけた拍子木を持ち上げて見せた。
(ボヤなら早めに消し止めなきゃ)
手洗い場の位置を頭に浮かべつつ、植え込みを抜ける。
私は運命を信じるタイプ。
起きた事にはすべからく意味があるのだと思っている。
(偶然道端でこれ拾ったのは、この時のためだったんだわ)
思いを込め、私は拍子木を持ち直す。
「アホか! それ、ただの注意喚起グッズや。消火器やあらへんで!!」
コンの呆れ声が聞こえた時、私はもう公園に足を踏み入れていた。
満月の夜は、心が騒ぐ。
これは人口50万人の地方都市、詠門市に住む超お人好しのJK、日々野日和が日本最強のあやかし、鬼と出会って、最高の幸せを掴む物語。
◇
満月の夜、道端の桜が一斉に揺れる。
4月中旬、いたるところに花の匂いがたちこめるこの季節が、私はとても好きだった。
美しいビジュアル、そして香り。どこかグロテスクな感じもたまらない。
桜の樹の下には死体が……なんて小説があるらしいけど、もしそうなら怖いどころかロマンを感じる。
月あかりに照らされたピンク色の木々を見ていると、その下に埋もれている見えないものを、花の巨人が守っているような気さえするのだ。
目を閉じれば私の耳にも、墓標の下で蠢くものたちの声が聞こえる。
ここにいるよ……。忘れないで……。
そして、助けて。
(うん。任せて!)
気づかないなら通り過ぎていられるけれど、気づいてしまえば無視できない。
人間って、そんなもんだよね。
背中をピンと伸ばし、私は大声を張り上げた。
「火のーよーじん!!」
カチカチ!!!!!!
夜道に木片と木片のぶつかりあう小気味のいい音が、こだまのように広がっていく。
と同時に風が吹いて、桜の小さな花たちが一斉に、同じ方向へ揺れた。
もちろん、それは偶然だけど。
まるで、桜並木を揺らす風になった気分。
「最高だわ……」
目を閉じ、鼻をピクピクさせながら、私はそのひとときに酔いしれた。
見せかけの万能感とはわかっていても、心地よい風と香りに思わず頬の筋肉がゆるむ。
と、その時。
頭に、ごん、と軽い衝撃が走った。
「いたっ!」
頭をさすりながら顔をあげた私の目に、ワナワナ震えている和装の狐が飛び込んでいた。
名前はコン。諸々あって行動をともにしているあやかしである。怒りの表情を浮かべていてもとても可愛い。
きつね色のモフモフした毛に顔を埋めたくなるのを必死に耐えた。
「何が火の用心や。季節感ガン無視すぎやろ!!!! 4月やで!」
目の上30センチほどの上空を浮いている彼の手には打ち鳴らされたばかりの拍子木が握られている。
たった今、それをぶつけられたのだ。可愛らしい見た目なのにほんと、ひどい。
「……コンが勝手にノッたんでしょ……」
ジト目で言う。
「お前がこんなん渡すからや!」
コンに投げ捨てられた拍子木を慌ててキャッチし、やられたお返しにと私はもう一度声を張り上げた。
「火の用心!」
コーンコーン。
ノリよく月に向かって鳴いてみせるコン。
「凄いね。コン。犬の遠吠えそっくりじゃない!」
本気で褒めたのに、我に返ったらしいコンは、真っ赤になった。
「おまっ!! なにやらすんや……!!!!」
「タイミングばっちりだったよ」
グッドサインでたたえる私。
「くうう。ノリの良すぎる自分が憎いわ。ええか、よく聞け!」
あ、ここは茶化しちゃ絶対に駄目なやつ、と私はその声音と両目を釣り上げた表情で気づく。
「『今夜は隠密行動だからね』このセリフ覚えとるよな」
「はい。先生。私が言いました!」
「『今日はパトロールと見せかけた不良あやかしの生活指導だから。気づかれたら逃げられちゃう』」
「……私、そんな言い方してる!?」
「ええから聞け!」
「はい」
私は頷く。
「真に受けた俺は、神経質にも風切音にすら気を使ってたんや。やのに」
コンは拳を握ってブルリと震える。
「日和の隠密行動は、春先の夜中に火の用心、て叫ぶことなんかい! 逆に目立ってまうやろ!」
「……うううう。ごもっともデス……」
満月と桜の群生という最高の景色にテンションが上がり、たまたま拾った拍子木を打ち鳴らす口実が欲しくなった。
だって、あまりにも綺麗だったから……。
芸術的なこの舞台に何か自分の奏でるもので、参加したくなったのだ。
そう。楽器を演奏するみたいに。
「日和のヒョロヒョロ声なら、騒音にはギリならんやろけど、髪切り女に聞かれたらどうなると思う?」
「……逃げられちゃうね。うん。私、間違ってた」
何かに夢中になると目的を忘れて脇が甘くなってしまうのは、昔から私の悪い癖。
「ごめんね、コン」
上目遣いにそう言うと、コンは一瞬赤くなり、ぷいと顔を背けた。
「まあ、わかったんなら、堪忍したるわ。もう二度としたらあかんで」
そのまま、つつ、と前に進む。ホッとした。
なんだかんだ言っても、こんな夜中に付き合ってくれる彼は、とっても優しいあやかしだと思う。
「ねえ、コン」
「なんや?」
「……モフモフしていい?」
「あかん! 俺は男や! モフモフも、可愛い、も絶対禁止!!」
予想通りの反応すぎて、思わずフフッと笑ってしまった。
もちろん彼のプライドを折ったりできないから、今度寝込みを襲わせてもらおう。
満月のお陰で夜道はあかるい。
空中を進む、口は悪いけど可愛らしい妖狐と桜並木をてくてく歩くのもおつなものだ。
今夜のミッションは、モフモフ系あやかしの毛を勝手に刈る、通称「髪切り女」の現行犯確保、そして説得である。彼女がうんと言うまで止めないつもりだ。粘り強さなら誰にも負けない。
「ったく、日和もお人好しすぎるわ。あやかしのトラブルなんか、ほっとけばええねん。そんな暇あったら、恋にうつつを抜かすとか、わかりやすく青春を謳歌してみろや。思春期のJKなんやから」
コンは私にたっぷり物申したいことがあるらしい。
「青春を謳歌、ですって。甘いな。コン。私をバカだと思ってるでしょ。そんなの、とっくに計画済みよ!」
私はチッチと指を振った。
「あのね、死んだおばあちゃんが言っていたの。困った人がいたら助けてあげなさい。一人ぼっちで泣いてる可哀想な子がいたら、親身になってあげるんだよ。そしたらきっと、最高に素敵な人が、日和を迎えに来てくれるからね……。って」
「なんや、詐欺師がいいそうなセリフやな」
「んもう、わかってないわね!」
じれじれしながら私は言った。
「つまり、これは恋活なの。白馬の王子様に巡り合うために、せっせと善行を積んでるの。つまりね、アリとキリギリスよ。いまから来たるべき青春に備えて積立貯金をしてるわけ。驚いた? この完璧な人生設計。策士すぎて自分で自分が怖くなるわ……」
私はふう、と汗を拭く。秘密を打ち明けられてスッキリしたのだ。
(ごめんね。おばあちゃん。私、黙っていられなかった……)
口止めされていたわけじゃないけれど、公言しないほうがいい気もする。
計算ずくな女子高生なんて、可愛くないな、って自分でも思うもの。
「白馬の王子か。そりゃええな。確かに優しい女っちゅうのはモテるもんや」
「でしょ!」
「ただぁ!」
コンは憎らしいほどの棒読みで尋ねてきた。
「その結果、恋愛経験は?」
「16年間一度もなし」
ハキハキと答える。無駄な見栄を張らないのは、私の美点だ。
「告白は?」
「0」
「男にチヤホヤされたことは……いや、もうええわ。虚しゅうなってきた」
コンは、ふうっとため息をつく。
「……日和、お前、アホちゃうか?」
「言わないでっ」
なんだか、自分でもそんな気持ちになっていたからか、つい涙声になってしまう。
「でも、でもっ! あやかしたちにはモテるんだから!」
「確かに詠門市の仏と言われとるわな。アイドル視しとる奴もおるやろ」
「でしょ!?」
「で? あいつらが白馬で日和を迎えに来てくれるとでも? 来たとして、その手を日和はとるんか?」
「とんでもない! 私は、そんなよこしまな気持ちじゃ……はっ!」
「語るに落ちたな」
「ううっ」
「もうわかったやろ。日和は計算づくな女なんかやない。ただの歩く救済センターや。人間どころか、あやかしの困りごとにまで首を突っ込む天性のアホや。今はまだなんとかなっとるけどな」
コンはまっすぐに私を見た。
「恩には恩を。返してくれる奴だけ助けろや。このままじゃ日和、潰れるで」
ぐっと私は言葉に詰まる。
心配してくれてるのは、流石にわかる。
それでも、なんだか、今までやってきたことが全否定された気がしてショックだった。
コンとだって、彼の声なき声に気がついたから出会えたのだ。
それすら全部無駄だったと言わんばかり。
あんまりだ。
「アホはないでしょ、アホは!!!!」
思わず片手をあげてコンを追いかける。
叩くと見せかけモフモフしてやる、ついでに可愛いも連発するから! と私は固く心に決めた。
と、コンは「日和。ストップや」と険しい顔で言った。
ぎくり。
モフモフがバレた?
私は開き直る。
「私傷ついたんだから。少しくらい触らせてくれてもいいでしょ!」
だけど。コンは真剣で。
「血の匂いや」
警戒心たっぷりな声に、我に返る。
ふと気づくと、深夜の冷気が体にまとわりつき、さっき桜に感じたものとは別の、不快な感触が体の中を駆け巡り心臓が嫌な音を立てる。コンの嗅覚は信用できる。
「帰るで。これは警察案件や」
コンは空中で踵を返す。
「そ、そうね。じゃ、交番に」
あやかしを感知しコミュニケーションまで取れる私。
しかし、流血沙汰は管轄外。
酔払いが喧嘩でもしたのだろう、と思った瞬間、植え込みの間から、不自然に赤く発光しているものが見えた。
「ちょっと待って、コン」
私は立ち止まる。
「ん? どした」
「あれ、なんだろ」
高い植え込みの間から漏れている赤いもの。
「火事かしら」
見てみよう、と私は踵を返す。
「日和! 待ちいや! まず俺が確認を」
「大丈夫。私にはこれがあるから!」
私は首にかけた拍子木を持ち上げて見せた。
(ボヤなら早めに消し止めなきゃ)
手洗い場の位置を頭に浮かべつつ、植え込みを抜ける。
私は運命を信じるタイプ。
起きた事にはすべからく意味があるのだと思っている。
(偶然道端でこれ拾ったのは、この時のためだったんだわ)
思いを込め、私は拍子木を持ち直す。
「アホか! それ、ただの注意喚起グッズや。消火器やあらへんで!!」
コンの呆れ声が聞こえた時、私はもう公園に足を踏み入れていた。


