手を振る君へ

 高校生になってすぐ、通学中の信号待ちであたりを見渡せば、同い年くらいの女の子がジッとこちらを見ていた。
 その子は、大きな病院の三階、1番すみの部屋にいた。
 俺は自転車のハンドルから右手を離し、その子に向かって大きく手を振った。
 すると、その子はビックリして、でも嬉しそうに手を振り返してくれた。
 俺は、その子の事をたまたま病院に生えていたピンク色の花と、可愛らしいその雰囲気から『ピンクちゃん』と呼ぶことにした。
 俺は雨の日も、テストの日も、寝坊しても、学校に行く日の登下校時は毎回毎回、ピンクちゃんに手を振り続けた。
 ピンクちゃんも、毎回嬉しそうに手を振りかえしてくれる。

 高校2年生の夏休み明け、大きな病院の三階、1番すみの部屋から急にピンクちゃんはいなくなった。
 夏休みも、部活動で学校に行く日は、毎回ピンクちゃんに手を振っていた。
 なのに、急に姿を消した。
 元気になって退院した、そう思えれば良かったのだけど、俺は最悪の可能性しか考えられなかった。
 ピンクちゃんの姿を見なくなって、1週間、
俺はやっと病院に足を踏み入れた。
 三階の1番すみの部屋。そこを目指してひたすら歩く。
 辿り着いたその場所の、名前の欄には何もなかった。
 呆然としている俺に、看護師さんが話しかけてくれた。
「君、どーしたの?」
「あの、ここの部屋の女の子って……」
 俺は、ピンクちゃんの事を尋ねた。
「あぁ、その子ね」
 看護師さんは顔を暗くして言った。
「1週間前に、亡くなったわよ」
 俺は、頭が真っ白になって、ただ何も言えず涙を流した。
「もしかして、毎日手を振ってくれた金髪くん?」
 俺はなんとか頷く。
 すると、看護師さんが、ピンクちゃんの入院してた部屋に入れてくれて、俺に手紙を渡しながら言った。
「これ、桜ちゃんが、もし金髪くんがきたらって
桜ちゃんの事、元気にしてくれてありがとう」
 ピンクちゃんは、桜、という名前らしい。「桜ちゃんね、余命よりも半年も長く生きたのよ。名前もわからないのに、毎日手を振ってくれた金髪くんのお陰だって」
「俺、だって、何もしてない、ですよ」
 泣きながら、それをなんとか言葉にした。
「桜ちゃんからの手紙を読みなさい」
 そう言われて、手紙を開く。
『金髪くんへ
ただ死ぬ事を待つだけの、灰色な日々に色をつけてくれてありがとう。
初めて手を振ってくれた日の事は今でも覚えています。
毎日毎日、手を振ってくれたおかげで、今日も金髪くんが来てくれるかな、と楽しみができました。
つまらない毎日から、早く解放されたい、と早く死ぬ事を願っていた私から、毎日の楽しみを与えてくれてありがとう。
金髪くんは、私のヒーローです!
      宇佐見 桜』
 俺は、さらに涙が溢れて来て、ただただ泣いた。
 名前だって今知ったばかりの女の子だけど、俺は

ーーー宇佐見 桜に恋をしていた

                END.