君ってちょっと怪異より不穏



この頃の夏の東京は、馬鹿みたいな最高気温を叩き出す。今朝はホテルで見た天気予報の、紫色の数字にうんざりしていたところだ。

商業施設の前の広場に出ると、頭上のフレームに取り付けられたノズルから細かいミストが噴き出していた。霧が風に流れてきて、肌に触れると一瞬だけ熱が引く。

八月も終わりに近づき、俺は大学のオープンキャンパスのために、一昨日から一人で東京に来ていた。ホテルに三泊して、三つほど大学を回る。あとは東京の中学・高校時代の友人と会ったり、買い物をしたりして過ごす予定だ。

久しぶりに、あの閉鎖的な田舎町から離れて、自分の地元に戻ってきた。
そんなふうに、伸び伸びした気分になるはずだったのに。

「空……狭いなぁ……」

立ち並ぶ高層ビルのあいだに、ぽっかり空いた隙間に落とされたみたいな心地がする。

ほんの少し前までは、ここに戻りたくて仕方がなかったはずなのに。
いや、今だって大学はこっちに来るつもりでいるけど、前ほど、この都心の空気を渇望しているわけでもない。

「よっす! 陽翔、久しぶり!」

顔を上げると、少し懐かしさを感じる顔ぶれが二人。

黒いバケットハットを被った黒髪の方が耀(よう)。
鼻筋の通った整った顔立ちで、茶髪にピアスをしているのが真那斗(まなと)だ。

どちらも東京の高校の同級生で、同じダンス部だった。

もともと垢抜けたやつらだったけど、久瀬からこちらに出てきたせいか、前よりもさらに磨きがかかったように見える。

「久しぶり!」

明るく声を返しながらも、都心を離れて時間の経った今の自分が、彼らの目にどう映るのか、ほんの少しだけ不安になった。

「変わんねぇなぁ」

「つっても、まだ半年ぐらいしか経ってないけどな」

二人の軽口を聞いて、内心で胸をほっと撫で下ろす。

「映画何時からだっけ?」

「あと四十分くらいあるけど、どーする?」

「ここあっついし、とりあえず行こうぜ。俺ポップコーン食う」

「おっけー、そうしよ」

ゆるゆると会話が交わされ、そのまま近くの映画館へ移動する。照り返すコンクリートの反射熱に当てられて、俺は大量の汗を拭いながら二人のあとを追った。

「映画の後どうする? 服買う?」

「この辺高くね?」

映画館へ続くエスカレーターに並びながら、会話に耳を傾ける。東京にいたころは日常的に交わされていた、なんでもない会話だ。

だけど今は、標準語ってだけで、なんだか少し慣れないような心地になる。

俺の居場所はここなんだって、ずっと思ってたはずなのに。たった半年離れただけで、こんなにも、なんとなくうまくはまらなくなるものなのか。

「陽翔は? それでいい?」

「へ?」

エスカレーターの上から耀が振り返って尋ねてくる。二人の会話の結末を聞いていなかった俺は、思わず眉を上げた。

「映画のあと、渋谷に移動でいいかって話」

「渋谷……あ、うん。おっけ。俺も服買いたい」

軽く親指を立てて応じる。

「そういやSNS見たけど、引っ越し先やばい田舎だよな? 服とかどうしてんの?」

パタパタとハンカチで顔のあたりを仰ぎながら、真那斗が尋ねてくる。

「隣町に車で行けるとこにイオンあるんだけど、そこで買うしかないかな」

「でた! イオン! 田舎あるあるだな」

「いやいや、まじであれ俺らの生命線だから」

冗談めかしてそう言うと、耀も真那斗も「やばぁ」「ウケる」とか言いながらケラケラ笑った。

俺もつられて笑いながら、さっき自分で「俺らの生命線」なんて言ったことを、少しだけ引っかかって考える。

いつの間にか、そっち側の人間になってしまったみたいな、妙な感覚だった。

「あれなにやってんの? 怖い話みたいなの投稿してるよな?」

「あ、あぁ、あれな! 実は役場の人に頼まれて、町おこしに協力してんの」

「町おこしぃ?!」

券売機で発券して、売店の列に並んだところで、耀が目をむいて振り返る。よほど耳慣れないフレーズだったのか、口元が少し笑っている。

別に馬鹿にされたわけじゃないし、そういうつもりが相手にないことも分かっている。
それでも、今この話をしたことで、「俺っぽくない」と思われたんじゃないかという気がしてしまう。

都心から離れて変わってしまったと思われたくなくて、慌てて取り繕う言葉を探す。

「いや、あっちって遊ぶことないからマジで暇でさ。それでやってんだよ。ほら、投稿するネタもないし」

「あーなるほどなぁ。まぁ、こういうのやってましたって経歴残しとけば、就活のときとかもしかしたら有利なのかもな」

「あ……あ、そうそう。そういうことだよ」

そんなこと考えたこともなかったけど、とりあえず頷いておく。

そんな感じで、二人はもうこの話題に興味がないのか、ぬるっと会話は別の話に移っていった。

「そういやさ、水野先輩のやつ聞いた?」

「なにそれ」

「ほら、俺らの学年の女子がさ、女子限定チームで発表会やったの気に入らなかったらしくてさ。なんかうるさいこと言われたって、森山が言ってた」

「あぁ、あの人取り扱い注意だろ。全部自分が把握してないと嫌なタイプだからな。森山も根回ししときゃよかったのに、ミスったな」

自動ドアをくぐって館内に入ると、一気に涼しい空気に包まれる。汗が冷やされて、ようやく息がつける心地だった。

俺が会話に入っていないことに気づいたのか、真那斗がさりげなく振り返る。

「水野先輩覚えてるだろ? 今あの人が部長なんだよ」

そんなふうに補足してくれた。

「ああ、そっか」 
「まじか」
「あの人、確かにやばい」

多分、俺のリアクションや相槌は適切だったし、自然だったはずだ。退屈そうにしていたら二人にも申し訳ない。だから、もう自分には縁遠くなってしまって、正直そこまで興味もなくなってしまった話題にも、どうにか応じる。

なんだろう、この違和感。

多分、二人は何も変わっていない。
うまくできなくなってしまったのは、俺の方なんだと思う。

前は、どんな話が面白くて、どんな出来事が自分の胸をときめかせていたのか。
それすら、わからなくなってしまった。