気にしすぎなのかもしれない。
でも、澄の話を聞いたせいか、俺はそんなふうに少し歪んだ目で見てしまう。
「あれは……なんか、あいつから来るから、なんとなくというか」
頭の中で言葉を整理しながら、とりあえずそう口にした。
変なことを言って、和泉さんに澄との関係を誤解されたくなかった。
ふっと視線を感じて隣を見ると、和泉さんがこちらを見上げていた。
その視線を見て、今の言い方はちょっと嫌な感じだったかもしれない、と気づく。
まるで澄のことを少し面倒がっているみたいに聞こえたかもしれない。
「陽翔、もしかして、澄のこと本当はちょっと苦手やったりする?」
「い、いや……」
苦手というか、今はどう接していいかわからない、が正しい。
でも、どう説明すればいいか迷っているうちに、和泉さんは俺の言い淀みを、肯定と受け取ったようだ。
「まあ、気持ちはちょっとわからんでもないよ。あの子、やっぱりちょっと挙動が変な時あるし……そのぉ、陽翔も気づいてるやろ? たぶん……澄……見えとるって」
ああ、やっぱり。
そうだよな。俺だけじゃなくて、他の人も気づいてるんだ。
俺は和泉さんの言葉に、黙ったまま小さく頷いた。
「あれな。うちらクラスメイトはもう慣れたけど、上級生とかはやっぱり不気味らしくて、変な言いがかりつける人もおるんよ」
俺の脳裏に、前に澄に絡んでいた陸上部の二宮先輩の顔が浮かぶ。
「でもね。わかるやろ? 澄、悪い子やないねん。だから、仲良くしてあげてほしいなぁ」
そう言いながら、和泉さんが少しずれたスクールバッグを肩に掛け直す。
ぶら下がったマスコットのぬいぐるみが、視界の隅で揺れた。
「仲良くしてあげてほしいって……なんか……」
なんか違うよな。
澄は変なやつだ。
よくわからないところを見るし、妙な間を作るし、距離感もおかしい。
正直、最初は普通に不気味だと思ってた。
そもそも、久瀬怪異録のために一緒にいることになっただけだ。
でも、別に「仲良くしてあげてる」とか、そんなつもりはなかった。
普通に話していれば楽しかったし。
……まあ、はっきり言えば、懐かれるのも嫌じゃなかった。
うまく言葉にできないけど、「仲良くしてあげてほしい」とか、それは他人に言われてすることじゃないし、言われたからって仲良くなろうと思えるものでもない。
和泉さんが善意で言っているのはわかる。
でも、その言葉に、腹の奥が少しむかついた。
「それは、ちょっと、違うような……」
そこまで口に出して、俺は言葉を止めた。
昇降口の扉の脇を通り過ぎたとき、視界の端に気配を感じて、それが澄だと気づいたからだ。
和泉さんも気づいたらしく、「あ」と小さく声を上げる。
二人そろって、足を止めた。
「澄やん。どした? 陽翔待ってたん?」
和泉さんは、いつもの調子だ。
直前まで澄の話をしていたのに、たぶん彼女にはいっさい悪意がなかったから、後ろめたさもないんだろう。
……俺は違う。
はっきり言って、突然現れた澄に動揺していた。
今の話をどこからどこまで聞いていて、どう思ったのか。考え始めると、変な汗が出てくる。
「うん、話したいことあってんけど……」
和泉さんの質問にそう答えながら、すっと澄の視線が持ち上がった。
「なんや、避けられとったから」
真っ黒い瞳がこちらに向く。
俺は思わず目を逸らした。
「さ、避けてない……けど?」
隣で和泉さんが苦笑している。
「ほな、うち先行くから」
そう言って、俺の背中をパシッと叩くと、和泉さんは澄にも「バイバイ」と手を振った。
そのまま下校する生徒たちの流れに紛れて、さっさと帰っていく。
澄はひらひらと小さく手を振り返してから、また俺のほうを向いた。
「今、話してええ?」
確認を取るみたいに聞いてきたのは、今朝、俺が「ここで話すな」と止めたからだろう。
つまり――
澄は、二日前のあのキスのことを話したいんだろうか。
まだ自分の中でも整理できていないのに、こうして真正面から来られると、どうしていいかわからなくなる。
とりあえず、これ以上かわすのも無理だと悟って、俺は少し人気のない昇降口脇の水道のほうを指差した。
「あっちで」
そう言って澄を促す。
「は、話ってさぁ……この前のこと?」
気まずくて目が合わせられないまま、もじもじしていると、澄は「うん、そう」と割とあっさり頷いた。
どういうつもりなんだろう。
開き直って、こんな態度を取ってるのか。
このあと、澄は何を言うんだろう。
告白……とか、されても困る。
――そうだよ。そうじゃん。
告白なんてされたら、もう引き返せなくなってしまう。
俺だって別に澄が嫌いなわけじゃないし、ギクシャクするのも嫌だ。
だったら――言わせなきゃいい。
全力で……気にしてないふりをする。
そうだ、それが正解だ。
「まあ、あれだな。たまに、そんなこともあるよ! 俺は全然気にしてないからさぁ、なかったことにしようぜ?」
「……え? なかったことに?」
「うん、そうそう。その方がお互いのためだろ?」
「そうなん?」
澄は首を傾げている。
「じゃあ、動画はどうするん?」
「え、それは、ほら……まぁ今まで通り?」
「陽翔がナレーションするん?」
「そう、俺がナレーション……なれ、え? なんの話?」
「やから、この前撮ったやつのナレーション、誰かに頼みたいって言ってたやん?」
――そっちの話かよ。
「俺、演劇部の子にお願いしてもうたんやけど、やっぱいらんっていう?」
「いや! い、いいよ。そのままその人に頼もう」
「そう? じゃあ、原稿まとめてたやつ、あとで俺に送って」
「ああ、うん。原稿……原稿な」
制服のポケットからスマートフォンを取り出して、メモアプリを開く。
そこまで長くないから、テキストをコピーして、そのまま澄にDMで送った。
「てか、そんなことなら早く言えよ。俺てっきり、キ……」
おっと。
自分から話題を掘り起こすところだった。
慌てて口を押さえて顔を上げると、不意に澄と目が合う。
「キスの話やと思った?」
「わっ――とっ!」
危うく落としかけたスマートフォンを慌ててキャッチして、そのまま胸に抱え込む。
……けど、冷や汗が出たのは、そのせいじゃない。
「いや、べ、別に……。だって、ほら、そのぉ」
全力で気にしていないふりをすると決めたはずだ。
それなのに、不意にあの柔らかかった感触を思い出してしまって、顔がみるみる熱くなる。
うまく澄の顔を見られない。
曖昧に目線を上げたせいで、ちょうど澄の唇が視界に入った。
「あぁ……」
思わず、嘆くみたいに頭を抱える。
どうすればいいんだ、これ。
対処法が思いつかない。
次に何を言えばいいのか探していると、澄がふぅ、と浅く息を吐く気配があった。
「ごめんなぁ、陽翔」
「え……」
ぽつりと落ちるような声音に、胸がひりつく。
顔を上げると、澄はこっちを見ていなかった。
視線は足元のほうに、ぼんやりと伏せている。
「な、なにが……」
何が、ごめんなんだろう。
キスしたこと、だろうか。
「そんなつもりじゃなかったんよ」
そんなつもりって、なんだ。
澄が何に謝っていて、何を否定しているのか、判然としない。
でも、流れからして、キスのことを言っているんだろう。
そんなつもりじゃなかった、ということは。
俺のことが好きとか、そういうわけじゃない、ってことか。
「はっ……」
小さく息を吐いた。
ほっとしたから、のはずなのに。
どうしてか、胸の奥が変にざらつく。
「ごめんな……せっかく、仲良くしてくれてたんに」
すぐに、ひやっとしたものが、腹の奥に落ちた。
ああ、澄は聞いていたんだ。
さっきの、和泉さんとの会話を。
「あ、いや、あれは……!」
慌てて取り繕おうと声を出した、そのときだった。
不意に、澄の手が首元に伸びてくる。
驚いた。
思わず体がびくりと揺れて、怯えたみたいに肩がすくむ。
澄は眉を上げて、ぱちりと瞬いた。
それから、気づいた。
その瞳に、諦めみたいな色が浮かんだことに。
「シャツの襟、変なんなってたから。直そう思って」
「あ……」
言われて自分で手を伸ばすと、確かにネクタイが変に引っかかっていたのか、襟が少し浮いていた。
「だいじょぶや、陽翔」
そう言って、澄はほんの少しだけ口角を上げた。
その「大丈夫」は、襟はもう直ってる、という意味だろうか。
……いや。
違う気がする。
――やってしまった。
はっきりと、その言葉が頭に浮かんだ。
澄が、壁を作った。
そう感じた。
明確な拒絶じゃない。
曖昧だけど、確かにある、澄と他人との間の壁。
澄はその内側に、俺を入れてくれていたのに。
今、俺はその外側に、ふっと放り出されたのだ。
「そんじゃこれ、ナレーションの子に送っとくから」
そう言って、澄は手にしたスマートフォンを軽く振って見せる。
「あ、あの……澄……」
「なに?」
怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない、平坦な声音だった。
澄はもともと表情が少ない。
でも、仲良くなってからは、不思議とどんな感情なのか分かる気がしていた。
それなのに、今は分からない。
……そうか。
今まで俺が見ていたのは、俺だけが知っていた澄で。
今、目の前にいる澄は、きっと同級生たちがいつも見ている澄なんだ。
無表情で、平坦で、わからない。
自分から距離を取ろうとしたはずなのに、どうしてだろう。
崖から突き落とされたみたいな気分だった。
取り繕う言葉すら思い浮かばない。
「なんでも……ない」
ただ、そう絞り出すのがやっとだった。
でも、澄の話を聞いたせいか、俺はそんなふうに少し歪んだ目で見てしまう。
「あれは……なんか、あいつから来るから、なんとなくというか」
頭の中で言葉を整理しながら、とりあえずそう口にした。
変なことを言って、和泉さんに澄との関係を誤解されたくなかった。
ふっと視線を感じて隣を見ると、和泉さんがこちらを見上げていた。
その視線を見て、今の言い方はちょっと嫌な感じだったかもしれない、と気づく。
まるで澄のことを少し面倒がっているみたいに聞こえたかもしれない。
「陽翔、もしかして、澄のこと本当はちょっと苦手やったりする?」
「い、いや……」
苦手というか、今はどう接していいかわからない、が正しい。
でも、どう説明すればいいか迷っているうちに、和泉さんは俺の言い淀みを、肯定と受け取ったようだ。
「まあ、気持ちはちょっとわからんでもないよ。あの子、やっぱりちょっと挙動が変な時あるし……そのぉ、陽翔も気づいてるやろ? たぶん……澄……見えとるって」
ああ、やっぱり。
そうだよな。俺だけじゃなくて、他の人も気づいてるんだ。
俺は和泉さんの言葉に、黙ったまま小さく頷いた。
「あれな。うちらクラスメイトはもう慣れたけど、上級生とかはやっぱり不気味らしくて、変な言いがかりつける人もおるんよ」
俺の脳裏に、前に澄に絡んでいた陸上部の二宮先輩の顔が浮かぶ。
「でもね。わかるやろ? 澄、悪い子やないねん。だから、仲良くしてあげてほしいなぁ」
そう言いながら、和泉さんが少しずれたスクールバッグを肩に掛け直す。
ぶら下がったマスコットのぬいぐるみが、視界の隅で揺れた。
「仲良くしてあげてほしいって……なんか……」
なんか違うよな。
澄は変なやつだ。
よくわからないところを見るし、妙な間を作るし、距離感もおかしい。
正直、最初は普通に不気味だと思ってた。
そもそも、久瀬怪異録のために一緒にいることになっただけだ。
でも、別に「仲良くしてあげてる」とか、そんなつもりはなかった。
普通に話していれば楽しかったし。
……まあ、はっきり言えば、懐かれるのも嫌じゃなかった。
うまく言葉にできないけど、「仲良くしてあげてほしい」とか、それは他人に言われてすることじゃないし、言われたからって仲良くなろうと思えるものでもない。
和泉さんが善意で言っているのはわかる。
でも、その言葉に、腹の奥が少しむかついた。
「それは、ちょっと、違うような……」
そこまで口に出して、俺は言葉を止めた。
昇降口の扉の脇を通り過ぎたとき、視界の端に気配を感じて、それが澄だと気づいたからだ。
和泉さんも気づいたらしく、「あ」と小さく声を上げる。
二人そろって、足を止めた。
「澄やん。どした? 陽翔待ってたん?」
和泉さんは、いつもの調子だ。
直前まで澄の話をしていたのに、たぶん彼女にはいっさい悪意がなかったから、後ろめたさもないんだろう。
……俺は違う。
はっきり言って、突然現れた澄に動揺していた。
今の話をどこからどこまで聞いていて、どう思ったのか。考え始めると、変な汗が出てくる。
「うん、話したいことあってんけど……」
和泉さんの質問にそう答えながら、すっと澄の視線が持ち上がった。
「なんや、避けられとったから」
真っ黒い瞳がこちらに向く。
俺は思わず目を逸らした。
「さ、避けてない……けど?」
隣で和泉さんが苦笑している。
「ほな、うち先行くから」
そう言って、俺の背中をパシッと叩くと、和泉さんは澄にも「バイバイ」と手を振った。
そのまま下校する生徒たちの流れに紛れて、さっさと帰っていく。
澄はひらひらと小さく手を振り返してから、また俺のほうを向いた。
「今、話してええ?」
確認を取るみたいに聞いてきたのは、今朝、俺が「ここで話すな」と止めたからだろう。
つまり――
澄は、二日前のあのキスのことを話したいんだろうか。
まだ自分の中でも整理できていないのに、こうして真正面から来られると、どうしていいかわからなくなる。
とりあえず、これ以上かわすのも無理だと悟って、俺は少し人気のない昇降口脇の水道のほうを指差した。
「あっちで」
そう言って澄を促す。
「は、話ってさぁ……この前のこと?」
気まずくて目が合わせられないまま、もじもじしていると、澄は「うん、そう」と割とあっさり頷いた。
どういうつもりなんだろう。
開き直って、こんな態度を取ってるのか。
このあと、澄は何を言うんだろう。
告白……とか、されても困る。
――そうだよ。そうじゃん。
告白なんてされたら、もう引き返せなくなってしまう。
俺だって別に澄が嫌いなわけじゃないし、ギクシャクするのも嫌だ。
だったら――言わせなきゃいい。
全力で……気にしてないふりをする。
そうだ、それが正解だ。
「まあ、あれだな。たまに、そんなこともあるよ! 俺は全然気にしてないからさぁ、なかったことにしようぜ?」
「……え? なかったことに?」
「うん、そうそう。その方がお互いのためだろ?」
「そうなん?」
澄は首を傾げている。
「じゃあ、動画はどうするん?」
「え、それは、ほら……まぁ今まで通り?」
「陽翔がナレーションするん?」
「そう、俺がナレーション……なれ、え? なんの話?」
「やから、この前撮ったやつのナレーション、誰かに頼みたいって言ってたやん?」
――そっちの話かよ。
「俺、演劇部の子にお願いしてもうたんやけど、やっぱいらんっていう?」
「いや! い、いいよ。そのままその人に頼もう」
「そう? じゃあ、原稿まとめてたやつ、あとで俺に送って」
「ああ、うん。原稿……原稿な」
制服のポケットからスマートフォンを取り出して、メモアプリを開く。
そこまで長くないから、テキストをコピーして、そのまま澄にDMで送った。
「てか、そんなことなら早く言えよ。俺てっきり、キ……」
おっと。
自分から話題を掘り起こすところだった。
慌てて口を押さえて顔を上げると、不意に澄と目が合う。
「キスの話やと思った?」
「わっ――とっ!」
危うく落としかけたスマートフォンを慌ててキャッチして、そのまま胸に抱え込む。
……けど、冷や汗が出たのは、そのせいじゃない。
「いや、べ、別に……。だって、ほら、そのぉ」
全力で気にしていないふりをすると決めたはずだ。
それなのに、不意にあの柔らかかった感触を思い出してしまって、顔がみるみる熱くなる。
うまく澄の顔を見られない。
曖昧に目線を上げたせいで、ちょうど澄の唇が視界に入った。
「あぁ……」
思わず、嘆くみたいに頭を抱える。
どうすればいいんだ、これ。
対処法が思いつかない。
次に何を言えばいいのか探していると、澄がふぅ、と浅く息を吐く気配があった。
「ごめんなぁ、陽翔」
「え……」
ぽつりと落ちるような声音に、胸がひりつく。
顔を上げると、澄はこっちを見ていなかった。
視線は足元のほうに、ぼんやりと伏せている。
「な、なにが……」
何が、ごめんなんだろう。
キスしたこと、だろうか。
「そんなつもりじゃなかったんよ」
そんなつもりって、なんだ。
澄が何に謝っていて、何を否定しているのか、判然としない。
でも、流れからして、キスのことを言っているんだろう。
そんなつもりじゃなかった、ということは。
俺のことが好きとか、そういうわけじゃない、ってことか。
「はっ……」
小さく息を吐いた。
ほっとしたから、のはずなのに。
どうしてか、胸の奥が変にざらつく。
「ごめんな……せっかく、仲良くしてくれてたんに」
すぐに、ひやっとしたものが、腹の奥に落ちた。
ああ、澄は聞いていたんだ。
さっきの、和泉さんとの会話を。
「あ、いや、あれは……!」
慌てて取り繕おうと声を出した、そのときだった。
不意に、澄の手が首元に伸びてくる。
驚いた。
思わず体がびくりと揺れて、怯えたみたいに肩がすくむ。
澄は眉を上げて、ぱちりと瞬いた。
それから、気づいた。
その瞳に、諦めみたいな色が浮かんだことに。
「シャツの襟、変なんなってたから。直そう思って」
「あ……」
言われて自分で手を伸ばすと、確かにネクタイが変に引っかかっていたのか、襟が少し浮いていた。
「だいじょぶや、陽翔」
そう言って、澄はほんの少しだけ口角を上げた。
その「大丈夫」は、襟はもう直ってる、という意味だろうか。
……いや。
違う気がする。
――やってしまった。
はっきりと、その言葉が頭に浮かんだ。
澄が、壁を作った。
そう感じた。
明確な拒絶じゃない。
曖昧だけど、確かにある、澄と他人との間の壁。
澄はその内側に、俺を入れてくれていたのに。
今、俺はその外側に、ふっと放り出されたのだ。
「そんじゃこれ、ナレーションの子に送っとくから」
そう言って、澄は手にしたスマートフォンを軽く振って見せる。
「あ、あの……澄……」
「なに?」
怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない、平坦な声音だった。
澄はもともと表情が少ない。
でも、仲良くなってからは、不思議とどんな感情なのか分かる気がしていた。
それなのに、今は分からない。
……そうか。
今まで俺が見ていたのは、俺だけが知っていた澄で。
今、目の前にいる澄は、きっと同級生たちがいつも見ている澄なんだ。
無表情で、平坦で、わからない。
自分から距離を取ろうとしたはずなのに、どうしてだろう。
崖から突き落とされたみたいな気分だった。
取り繕う言葉すら思い浮かばない。
「なんでも……ない」
ただ、そう絞り出すのがやっとだった。


