◇
――パキッ。
家鳴りに、肩がわずかに跳ねる。
その反応に、相変わらず俺にべったりくっつきながらパソコンの画面を覗き込んでいる澄は気づいたはずだ。
けれど、もはや慣れた様子で特にリアクションはしない。
久瀬怪異録の動画編集や打ち合わせは、これまで澄の家でやってきた。
けれど今日は違う。
「お泊まり会」の会場として澄が案内したのは、自宅ではなく、夜宮神社の参集殿(さんしゅうでん)だったのだ。
祭りや祈祷のときに人が集まる建物らしい。普段はとんど使われていないという。
畳敷きの広間に、長机がいくつか端に寄せられているだけ。壁際には折りたたまれた座布団と、古い扇風機。窓の外には拝殿へ続く石畳が見える。
昼間ならただの広い和室だ。
けれど夜になると、様子が少し違う。
灯りを落とした境内は思った以上に暗い。街灯も少ないせいで、拝殿の輪郭だけがぼんやり浮かぶ。
参集殿の廊下は無駄に長く、板張りの床がわずかな音をやけに響かせていた。さっきの家鳴りも、その響きのせいで余計に大きく聞こえた気がする。
開かずの間という設定にしたのは、拝殿の裏手にある宝物殿だった。
普段は鍵がかかっていて、祭具や古い神輿が保管されている場所だ。
そこを「お札で封じられた部屋」という体で撮る、と決めてしまえば、この参集殿に泊まる理由は十分にある。夜の境内の画も欲しいとなれば、なおさらだ。
必要な素材はひと通り撮り終え、いまは畳の上に低い折りたたみ机を出し、その前に座り込んでいる。
ノートパソコンを開き、撮ってきた映像を順に並べ替えていく。画面の明るさを少し落とし、音声のノイズを削った。
背中には相変わらず澄の体温があって、画面を覗き込む気配がぴたりと張りついている。
お泊まり会という響きに、いちばん浮き足立っていたのは澄の母だったかもしれない。参集殿に布団を運び込み、きちんと並べて敷き、机の横にはジュースや菓子の袋まで置いていった。必要やろ、とポケットWi-Fiまで貸してくれるほどの準備の良さだ。
気まずいくらい歓迎されている。
だから言えない。この参集殿に通された瞬間、正直「帰りたい」と思ったなんて。
「陽翔、これ――」
首筋のすぐそばで声がして、思わず「ひゃっ」と背筋が伸びる。
「おまえ、そこでしゃべるなよ。くすぐったいって」
「だって、離れんといて言うん陽翔やん」
「それは……」
言いかけて、口を閉じる。
参集殿は天井が高く、蛍光灯の光が畳に白く広がっている。奥のほうは薄暗く、神棚の白木だけがぼんやりと浮かぶ。さっきの家鳴りが、まだどこかに残っている気がして、喉が小さく鳴った。
正直、背中側だけでも守られてる感があるのは、安心材料だ。
視線をパソコンの画面に戻す。
「で、なに」
「ん?」
「なんか言いかけただろ」
背中越しに問い返す。
「ああ、これ。ナレーションベース言うてたけど、声どうするんかなって。また陽翔が入れるん?」
「いや、どうしよっかな、前は短めだったから行けたけど……」
AIボイスも課金なしだと微妙だったし、そもそも著作権関連が大丈夫なのかも怪しい。
できれば肉声がいちばんしがらみがなくていいんだけど……そこでふと案が浮かぶ。
「澄さ、演劇部とかに誰か知り合い――」
何の気なしに振り返った。その瞬間、はたと目が合う。
当然近い。だって澄はほぼ俺の背中に抱きつくみたいな距離なのだ。
だから、俺は初めて気がついた。前髪に少し隠れているけれど、澄は右の眉の横に傷がある。もう塞がった古い跡だろうが、思ったより大きい。
『事故にあった』
母の言葉がよぎる。
考えるより先に、指がそのあたりへ伸びていた。
「え……」
と小さく、澄が、声を漏らす。
「これ、キスするん?」
「…………は、はぁ?!」
顔を寄せようとした澄の顎を、反射的に両手で押さえる。急にそんなことを言われて、顔が一気に熱くなってしまった。冗談で流せば済む話なのに、それがとっさにできない。
「冗談やんか」
「おまっ……ふざけんなよ! もういい、離れろ!」
赤くなってしまっているであろう顔を伏せて、俺は前に向き直って澄の体を肘で押した。
「ごめんて、怒らんで」
そう言いながら、澄みは尚更ぎゅうとしがみついてくる。
離して欲しい。違うんだよ、怒ったとかではなくて恥ずかしいんだ。今バカみたいに心臓がバクバク鳴っていることに気が付かれたくない。
どうにかこの場を誤魔化したくて、俺はカチカチと無意味にマウスをクリックした。
「その傷さ……」
とその流れに紛れさせるように口にする。
「傷?」
「うん、そう、額の横の」
俺が言うと、澄が「ああ」と小さく応じ、右手でその場所を撫でたらしい。暗い画像が映し出される画面に、その動きがかすかに浮かぶ。
「どうしたの、それ、けっこう大きいけど」
「あーうん、そやね、昔だから、もう痛くないんやけど」
澄の答えに、俺は緩く口元を結んだ。
会話になっているようだけど、澄は俺の質問にさりげなく答えていない。
どうしてついた傷なのかを聞いたのに。話したくないのだろうなと思うと、寂しさよりも、ちょっとむかつく気持ちの方が強い。
俺はパタンとノートパソコンを閉じ、腰に絡みついた澄の腕を軽く払って立ち上がった。
「どしたん」
無言のまま布団に潜り込むと、澄がきょとんと声をかけてくる。
「寝る」
「編集はいいん?」
「月曜日に誰かクラスのやつとかにナレーション頼んでみる」
そう言って、まだ少し熱の残る体をわざと布団で包み込み、澄に背を向けた。
「他の人混ぜるん?」
「ナレーションくらいいいだろ」
わかっている。澄はこの久瀬怪異録の作業に他のやつを混ぜるのを嫌がる。だから、わざとそう言った。事故のことを俺には話さない澄への、子どもじみた当てつけだ。
この前の教室での時みたいに、「いややぁ」とか何とか言い返してくるかと思った。けれど、澄はすっと黙ったまま。
なんとなく、やりすぎたかもしれないと胸のあたりがざわつく。でも今さら布団から顔を出すタイミングもつかめない。
そうしているうちに、布団越しに澄が立ち上がる気配がした。続いて、パチリと電気が消える。
それから、もそもそと背後で、なにやら動く。
「ちょ……なんだよっ」
澄が布団に潜り込んできた。思わず半身をひねるが、やっぱり背中に張りついてくる。こういう妖怪いたよな、と一瞬考えた。ああ、子泣き爺だ。
「陽翔、怒ってるん?」
暗闇の中で、声だけが近い。
澄はときどき、不安がる子どもみたいに見える。
俺は小さくため息をついた。
「べつに」
そのまま寝返りを打って向かい合う。でも、わりとすぐに後悔した。暗いのに、すぐ目の前に気配を感じるのは、やっぱり少し気まずい。
「キスせんかったから?」
「そんなわけあるか」
布団の中で軽く足を蹴る。澄も多分、違うことくらい分かっているはずだ。少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「事故のこと知りたいん?」
なんとなく頼りないその声に、俺は少し答えをためらう。でも、正直に「うん」と言った。
澄はそのあと、少し黙った。だから俺は続けて聞く。
「俺には、話したくないの?」
「正直、陽翔には話したくない」
はっきりそう言われて、また顔が強ばる。むかつく、というより、はっきり拒まれたことに今度はちゃんと傷ついた。
「あっそ」
投げるように言って、寝返りを打って背を向けようとしたら、「まって」と腕を掴まれる。
「ちゃうねん」
「何が違うんだよ。別に話したくないなら話さなくていい」
「そうやなくて、いや、そうなんやけど……」
歯切れが悪い。俺はそのまま、澄の次の言葉を待つ。
「陽翔、怖がらん?」
また、不安げな子どもみたいな声音だ。暗さに目が慣れてきて、少しこちらを見上げる澄の視線が分かる。相変わらず表情は大きく動いていないけれど、なんとなく眉が落ちている気がした。
それから、ひとつ気づく。俺は案外、澄のこういう甘えるみたいな態度に弱い。
「怖がんねぇよ……」
少しだけ声を和らげて言う。
「ほんまにほんま? ほんまに怖がらん?」
そんなに念を押されると逆に不安になる。でも、ここまで来て引くのも変だ。
「怖がんないって」
「約束やで」
「ああ」
「約束破ったらチュウするで」
「しねぇよ!」
「なんでや」
「いいから、早く言えってば」
また布団の中で軽く足を蹴ると、澄は「イテッ」と小さく言った。それでも、どこか腹を決めたみたいに空気が変わる。
「陽翔、俺な…………」
真正面で向かい合った澄の顔は、暗闇の中でも真剣なのが分かる。ごくっと唾を飲む気配がして、俺もつられて息を呑んだ。黙ったまま頷いて、次の言葉を待った。
「小五の時……事故でな……」
小五。この傷はそのときのものなのか。
「死んだんよ」
少し遅れて、その言葉が耳に届く。意味を理解するまで、わずかに時間がかかった。
それから、喉がひゅっと鳴る。
澄は、俺が身をよじるのを予想していたのかもしれない。先回りするみたいに、がっと腕を掴んで動きを止めてきた。
「怖がらんて約束したやん!」
「こ、こここ怖がってねぇよ!」
「うそやん! 今、逃げようとしたやろ!」
「してないしてない! ちょっ、一回離せって!」
ぎゅうっと妙に力を込めて抱き寄せてくる澄の背中を、何度かぽんぽんと叩く。
一瞬びびったのは事実だ。でも、冷静に考えれば澄の言い方が悪いだけだ。だって澄には足もあるし、体温もあるし、こうして普通に触れられる。どう見ても生身の人間だ。
――パキッ。
家鳴りに、肩がわずかに跳ねる。
その反応に、相変わらず俺にべったりくっつきながらパソコンの画面を覗き込んでいる澄は気づいたはずだ。
けれど、もはや慣れた様子で特にリアクションはしない。
久瀬怪異録の動画編集や打ち合わせは、これまで澄の家でやってきた。
けれど今日は違う。
「お泊まり会」の会場として澄が案内したのは、自宅ではなく、夜宮神社の参集殿(さんしゅうでん)だったのだ。
祭りや祈祷のときに人が集まる建物らしい。普段はとんど使われていないという。
畳敷きの広間に、長机がいくつか端に寄せられているだけ。壁際には折りたたまれた座布団と、古い扇風機。窓の外には拝殿へ続く石畳が見える。
昼間ならただの広い和室だ。
けれど夜になると、様子が少し違う。
灯りを落とした境内は思った以上に暗い。街灯も少ないせいで、拝殿の輪郭だけがぼんやり浮かぶ。
参集殿の廊下は無駄に長く、板張りの床がわずかな音をやけに響かせていた。さっきの家鳴りも、その響きのせいで余計に大きく聞こえた気がする。
開かずの間という設定にしたのは、拝殿の裏手にある宝物殿だった。
普段は鍵がかかっていて、祭具や古い神輿が保管されている場所だ。
そこを「お札で封じられた部屋」という体で撮る、と決めてしまえば、この参集殿に泊まる理由は十分にある。夜の境内の画も欲しいとなれば、なおさらだ。
必要な素材はひと通り撮り終え、いまは畳の上に低い折りたたみ机を出し、その前に座り込んでいる。
ノートパソコンを開き、撮ってきた映像を順に並べ替えていく。画面の明るさを少し落とし、音声のノイズを削った。
背中には相変わらず澄の体温があって、画面を覗き込む気配がぴたりと張りついている。
お泊まり会という響きに、いちばん浮き足立っていたのは澄の母だったかもしれない。参集殿に布団を運び込み、きちんと並べて敷き、机の横にはジュースや菓子の袋まで置いていった。必要やろ、とポケットWi-Fiまで貸してくれるほどの準備の良さだ。
気まずいくらい歓迎されている。
だから言えない。この参集殿に通された瞬間、正直「帰りたい」と思ったなんて。
「陽翔、これ――」
首筋のすぐそばで声がして、思わず「ひゃっ」と背筋が伸びる。
「おまえ、そこでしゃべるなよ。くすぐったいって」
「だって、離れんといて言うん陽翔やん」
「それは……」
言いかけて、口を閉じる。
参集殿は天井が高く、蛍光灯の光が畳に白く広がっている。奥のほうは薄暗く、神棚の白木だけがぼんやりと浮かぶ。さっきの家鳴りが、まだどこかに残っている気がして、喉が小さく鳴った。
正直、背中側だけでも守られてる感があるのは、安心材料だ。
視線をパソコンの画面に戻す。
「で、なに」
「ん?」
「なんか言いかけただろ」
背中越しに問い返す。
「ああ、これ。ナレーションベース言うてたけど、声どうするんかなって。また陽翔が入れるん?」
「いや、どうしよっかな、前は短めだったから行けたけど……」
AIボイスも課金なしだと微妙だったし、そもそも著作権関連が大丈夫なのかも怪しい。
できれば肉声がいちばんしがらみがなくていいんだけど……そこでふと案が浮かぶ。
「澄さ、演劇部とかに誰か知り合い――」
何の気なしに振り返った。その瞬間、はたと目が合う。
当然近い。だって澄はほぼ俺の背中に抱きつくみたいな距離なのだ。
だから、俺は初めて気がついた。前髪に少し隠れているけれど、澄は右の眉の横に傷がある。もう塞がった古い跡だろうが、思ったより大きい。
『事故にあった』
母の言葉がよぎる。
考えるより先に、指がそのあたりへ伸びていた。
「え……」
と小さく、澄が、声を漏らす。
「これ、キスするん?」
「…………は、はぁ?!」
顔を寄せようとした澄の顎を、反射的に両手で押さえる。急にそんなことを言われて、顔が一気に熱くなってしまった。冗談で流せば済む話なのに、それがとっさにできない。
「冗談やんか」
「おまっ……ふざけんなよ! もういい、離れろ!」
赤くなってしまっているであろう顔を伏せて、俺は前に向き直って澄の体を肘で押した。
「ごめんて、怒らんで」
そう言いながら、澄みは尚更ぎゅうとしがみついてくる。
離して欲しい。違うんだよ、怒ったとかではなくて恥ずかしいんだ。今バカみたいに心臓がバクバク鳴っていることに気が付かれたくない。
どうにかこの場を誤魔化したくて、俺はカチカチと無意味にマウスをクリックした。
「その傷さ……」
とその流れに紛れさせるように口にする。
「傷?」
「うん、そう、額の横の」
俺が言うと、澄が「ああ」と小さく応じ、右手でその場所を撫でたらしい。暗い画像が映し出される画面に、その動きがかすかに浮かぶ。
「どうしたの、それ、けっこう大きいけど」
「あーうん、そやね、昔だから、もう痛くないんやけど」
澄の答えに、俺は緩く口元を結んだ。
会話になっているようだけど、澄は俺の質問にさりげなく答えていない。
どうしてついた傷なのかを聞いたのに。話したくないのだろうなと思うと、寂しさよりも、ちょっとむかつく気持ちの方が強い。
俺はパタンとノートパソコンを閉じ、腰に絡みついた澄の腕を軽く払って立ち上がった。
「どしたん」
無言のまま布団に潜り込むと、澄がきょとんと声をかけてくる。
「寝る」
「編集はいいん?」
「月曜日に誰かクラスのやつとかにナレーション頼んでみる」
そう言って、まだ少し熱の残る体をわざと布団で包み込み、澄に背を向けた。
「他の人混ぜるん?」
「ナレーションくらいいいだろ」
わかっている。澄はこの久瀬怪異録の作業に他のやつを混ぜるのを嫌がる。だから、わざとそう言った。事故のことを俺には話さない澄への、子どもじみた当てつけだ。
この前の教室での時みたいに、「いややぁ」とか何とか言い返してくるかと思った。けれど、澄はすっと黙ったまま。
なんとなく、やりすぎたかもしれないと胸のあたりがざわつく。でも今さら布団から顔を出すタイミングもつかめない。
そうしているうちに、布団越しに澄が立ち上がる気配がした。続いて、パチリと電気が消える。
それから、もそもそと背後で、なにやら動く。
「ちょ……なんだよっ」
澄が布団に潜り込んできた。思わず半身をひねるが、やっぱり背中に張りついてくる。こういう妖怪いたよな、と一瞬考えた。ああ、子泣き爺だ。
「陽翔、怒ってるん?」
暗闇の中で、声だけが近い。
澄はときどき、不安がる子どもみたいに見える。
俺は小さくため息をついた。
「べつに」
そのまま寝返りを打って向かい合う。でも、わりとすぐに後悔した。暗いのに、すぐ目の前に気配を感じるのは、やっぱり少し気まずい。
「キスせんかったから?」
「そんなわけあるか」
布団の中で軽く足を蹴る。澄も多分、違うことくらい分かっているはずだ。少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「事故のこと知りたいん?」
なんとなく頼りないその声に、俺は少し答えをためらう。でも、正直に「うん」と言った。
澄はそのあと、少し黙った。だから俺は続けて聞く。
「俺には、話したくないの?」
「正直、陽翔には話したくない」
はっきりそう言われて、また顔が強ばる。むかつく、というより、はっきり拒まれたことに今度はちゃんと傷ついた。
「あっそ」
投げるように言って、寝返りを打って背を向けようとしたら、「まって」と腕を掴まれる。
「ちゃうねん」
「何が違うんだよ。別に話したくないなら話さなくていい」
「そうやなくて、いや、そうなんやけど……」
歯切れが悪い。俺はそのまま、澄の次の言葉を待つ。
「陽翔、怖がらん?」
また、不安げな子どもみたいな声音だ。暗さに目が慣れてきて、少しこちらを見上げる澄の視線が分かる。相変わらず表情は大きく動いていないけれど、なんとなく眉が落ちている気がした。
それから、ひとつ気づく。俺は案外、澄のこういう甘えるみたいな態度に弱い。
「怖がんねぇよ……」
少しだけ声を和らげて言う。
「ほんまにほんま? ほんまに怖がらん?」
そんなに念を押されると逆に不安になる。でも、ここまで来て引くのも変だ。
「怖がんないって」
「約束やで」
「ああ」
「約束破ったらチュウするで」
「しねぇよ!」
「なんでや」
「いいから、早く言えってば」
また布団の中で軽く足を蹴ると、澄は「イテッ」と小さく言った。それでも、どこか腹を決めたみたいに空気が変わる。
「陽翔、俺な…………」
真正面で向かい合った澄の顔は、暗闇の中でも真剣なのが分かる。ごくっと唾を飲む気配がして、俺もつられて息を呑んだ。黙ったまま頷いて、次の言葉を待った。
「小五の時……事故でな……」
小五。この傷はそのときのものなのか。
「死んだんよ」
少し遅れて、その言葉が耳に届く。意味を理解するまで、わずかに時間がかかった。
それから、喉がひゅっと鳴る。
澄は、俺が身をよじるのを予想していたのかもしれない。先回りするみたいに、がっと腕を掴んで動きを止めてきた。
「怖がらんて約束したやん!」
「こ、こここ怖がってねぇよ!」
「うそやん! 今、逃げようとしたやろ!」
「してないしてない! ちょっ、一回離せって!」
ぎゅうっと妙に力を込めて抱き寄せてくる澄の背中を、何度かぽんぽんと叩く。
一瞬びびったのは事実だ。でも、冷静に考えれば澄の言い方が悪いだけだ。だって澄には足もあるし、体温もあるし、こうして普通に触れられる。どう見ても生身の人間だ。


