君ってちょっと怪異より不穏



畳に寝転がったまま、スマホを持ち上げて小麦の尻を画角に収める。
ちゃぶ台の前に座ってテレビを見ながらお茶を啜っているばあちゃん。その膝の上が小麦の定位置だ。そこに当然の顔で陣取り、なんとなくこちらを見下ろすような、少し偉そうな表情をしている。

それが可愛くて、俺は同じ角度のまま何枚も続けてシャッターを切った。でもやっぱり小麦は動かないから、写真フォルダーに並ぶのは、ほとんど違いのない写真ばかりだ。
 
「小麦ってマジで動かないよね」

寝転がったまま、だらしなく伸びをすると、俺の尻をばあちゃんがぺしっと叩く。

「あんたも動かんやろが」

「まあ、そうだけど」

叩かれても体勢は変えず、そのままスマホをいじる。
さっき撮った小麦の写真の明るさを少しだけ調整してSNSに載せた。さて、コメントはどうするかと画面を眺めていると、ポコンとDMの通知が滑り込んできた。

『これ、どう?』

短い一文のあとに送られてきたのは、ほんの数センチだけ開いた襖の写真だった。
その隙間を塞ぐように、墨の滲んだ紙がべたりと貼られている。

――なんだこれ。お札(おふだ)か?
 
眉を寄せ、人差し指と中指で画像を拡大する。
開かずの間とか、封印の間とか、そういう類いのものなのか。襖の隙間の奥は暗く、向こう側の様子はまったくわからない。その判然としなさが不気味だ。

『これどこ』

と送ると、すぐに返事が来る。

『俺んち』

「まじか」

思わず声に出して呟くと、何か不満だったのか小麦がペシリとしっぽでばあちゃんの膝を叩いた。

わざわざ送ってきたってことは、これを次の久瀬町怪異録のネタにどうか、って意味なんだろう。
けど、この間までネタがないって二人でうんうん唸ってたのに、こんなのがあるなら先に出せよ、と思う。

画像をもう一度見ると、背筋にぞわっとした感覚が走る。澄が今まで黙っていたってことは、軽く扱える話じゃないのか。遊び半分じゃ済まない類い、とか。
そんなふうに、ビビり特有の余計な想像をしていると、また通知が入った。

今度はお札だけの写真。
さっきまで襖を塞いでいたそれを、澄が手に持っている。

――いや、剥がしてるし……!

そう思った直後、メッセージが続く。

『弟の習字』

さらに送られてきたのは、おふだの形に折り目のついた半紙。そこには『理路整然』の四文字がやや拙い文字で書かれている。
小二らしからぬ言葉のチョイスだ。

『開かずの間とか、封印の間系で創作すんのどう?』

なるほど。
夜宮に本当に封印された部屋があるわけではなさそうだ。

診療所の裏手の井戸に夜な夜な出向くより、夜宮での撮影のほうが数倍気が楽だし、反対する理由もない。俺はすぐに「いいね」のスタンプを送った。

『したら、うちでお泊まり会する?』

間を置かずに返信が来る。
お泊まり会、って言い方が妙に可笑しくて、思わず口元が緩んだ。

「なにニヤニヤしてんの」

台所から盆を持って出てきた母が、つま先で俺の尻を小突く。この家の女性陣はすぐ俺の尻を狙う。

「別にしてない」

――いや、してたな。
 
誤魔化すように頬を撫でながら、体を起こした。

「ほら、甘夏むいたから食べな」

ちゃぶ台に並んだ房にすぐ手を伸ばす。
ひと口かじると、きゅっとした酸味のあとに果汁がじわっと弾けて、さっぱりしていた。
 
「相手、澄くん?」

腰を下ろし、自分も甘夏を口に運びながら、母が顎で俺のスマホを指す。

「そうだよ」

と俺が答えると、母は「仲ようなったねぇ」と、昼間の和泉さんとほとんど同じ調子で目を細めた。

「みっちゃん喜んどったで」

と母が続ける。
 
「なんで、俺と澄が仲良くなると、澄のお母さんが喜ぶわけ?」

甘夏をもう一房つまみ、指についた果汁を拭こうとティッシュに手を伸ばす。
その肩を、ばあちゃんが手の甲で軽く叩いた。「茶」という無言の要求だ。ついでにポットから急須へ湯を注ぐ。

「まあ、ほら。いろいろあったから」

「いろいろ?」

ばあちゃんの湯呑みに茶を注ぎながら聞き返す。
母はそれ以上続けず、煎餅の袋を開けてぱきりと割り、口へ運んだ。
話を畳む気配を感じ取って、俺はもう一度問い直す。

「いろいろって何。なんかあったの?」

「あぁ、まあな。ちょっと、事故にあったりして」

「事故?」

急須を持つ手が止まった。

母はちらっとばあちゃんのほうを見る。
ばあちゃんは何事もない顔で茶を啜り、膝の上の小麦を撫でている。完全に我関せずだ。

母は話を切り出してしまったことを少し後悔しているみたいで、その曖昧な態度が余計にもやもやする。

「あぁ、澄くんから、聞いてないんやねぇ……」

そう言って、またやや強引に話を締めくくる。

胸の奥が、ざらっとした。
わけ知り顔の母の言いようがなんとなく気に入らなくて、俺はそれ以上は興味がないという体で甘夏をまたひとつつまむ。

澄との距離を、母の一言で勝手に測られた気がした。

俺はこの町ではまだ新参者だ。どこか馴染みきれていないところもある。でも、その中で澄との距離だけは、わりと近いと思っていた。周りの反応からしても、澄が俺にだけ妙に懐いているのは明らかで、だから他のクラスメイトとは少し違う、くらいには。

事故って何だ。

昔から澄を知っているクラスメイトたちは、そのことも知っているのかもしれない。
俺だけ知らない、というのは少し面白くない。

澄はあえて言っていないのか。それとも、たまたま話す機会がなかっただけか。
 
そんなことを考えていると、ちゃぶ台に置いていたスマホの画面が光った。メッセージは澄からだ。

『しない?』

それだけ。

何の話だったか一瞬考えて、思い出す。
――お泊まり会だ。返信していなかった。

とりあえず了承のスタンプを返す。詳しいことは明日学校で話せばいい。

けれど澄はどうも俺とDMのやりとりを続けたいみたいだ。

『いつにする?』
『夕飯もうちで食べるやんな?』
『何好き?』

矢継ぎ早に質問が送られてくる。

正直、友達としては少し違和感のある距離だ。だけど、さっきの母とのやり取りのせいか、今はこの澄の様子にどこか安堵してしまう。
 
『今度の土日は?』
『食べる』
『カレーかすき焼き』

短く返しながら、ちゃぶ台の上の小麦と、食べかけの甘夏を一枚撮って送ってやる。

『会いたいなぁ』

急にそんな一文が届いて、どきりと心臓が跳ねた。

やっぱり、少し変だ。澄の俺への懐き方。
その違和感に名前をつけそうになって、俺はぶんぶんと大袈裟に首を振る。

『明日、学校で会えるだろ』

ややそっけなく返しながらも、内心は落ち着かない。
入力中の表示を待つあいだ、妙に鼓動が早くなる。
 
『え? 小麦、学校に連れてくるん?』

「そっちかよ!」

そう叫んで、俺は畳の上にスマートフォンを放り投げた。