都心から電車で二時間。
そこからローカル線に乗り換えて四十分。
さらにバスで二十分。
どこを向いても、山、山、山。
「映えねぇ……」
画面の端に広がる緑を見ながら、俺はついついボソリとつぶやいていた。
インカメラに切り替えたスマホには、背景の山と一緒に、片方の口角を不満げに持ち上げた顔の俺が映っている。
田舎で悪目立ちしないようにと、黒く染めたはずの髪は、光の加減で少しだけ明るさが残っていた。耳には何もつけていないピアスホールが、左にひとつ。
目尻の少し上がった猫目はわりと評判がいい。加工すれば、それなりに見られる顔にはなる。とはいえ、この背景じゃそれもたいして意味はない。顔だけで「いいね」を引っ張れるほどのポテンシャルがあるわけじゃないから、どこで撮ったかのほうが、俺にはずっと大事なのだ。
俺は制服のブレザーのポケットにスマートフォンを突っ込んで、無意識にぎゅっと握りしめた。
「宮城(みやぎ)くん、どしたん? 山、珍しい?」
景色を眺めて眉をひそめていた俺の顔を、今日会ったばかりのクラスメイトの女子が覗き込んでくる。和泉(いずみ)さん、だったか。
「いや、まあ……」
方言混じりの声は可愛いと思う。思うけど。
この景色を見ていると、自然とため息が出る。感動じゃない。
うんざり、のほうだ。
まだこの町に来て一週間も経ってないのに、もう見飽きた気がする。
まじで、山しかない。
駅前にビルはないし、背の低い建物がぽつぽつ並んでいるだけ。
コンビニは一軒。閉店は二十二時。
街灯は少なくて、夜は本当に暗い。
三方を山に囲まれているのに、空だけがやたら広い。
――それが、ここ久瀬町だ。
高校二年生、転校初日。
都心から来た転校生なんて、この町じゃちょっとしたイベントらしい。
案の定、朝から放課後の帰り道まで、俺は常に数人に囲まれていた。
「都心と違って空気ええやろ」
そう声をかけてきた男子も、和泉さんと同じクラスメイト。
名前は忘れた。
転校生って不利だよな。こっちは一人、向こうは複数。次々名乗られたって覚えきれない。最初はちゃんと聞いてたけど、三人目くらいで諦めた。
「なぁなぁ、東京ってまじで普通に芸能人歩いてるん?」
「六本木とか渋谷行けば、たまに見るよ」
「うわ、やばぁ! 宮城くん誰見たことある?」
「芸人とか俳優とか?」
「ねね、ストーンズは? 見たことある?」
「いや、ないかも」
「えーそうなんやぁー」
「東京の高校生ってみんな毎日学校帰りスタバ行くってまじ?」
「毎日は行かないよ。普通に金なくなるし」
「髪どこで切ってたん? 表参道?」
「いや、近所の美容院」
質問攻め。向こうは東京に興味津々の様子だ。
でも正直、俺のほうはこの町に一ミリも興味が持てない。
電波は弱いし。
虫はでかいし。
町全体がこっちを観察してるみたいで、居心地が悪い。
自然とため息が出た。
「そういえばさ、宮城くんもう夜宮神社(よるみやじんじゃ)いった?」
「ん?」
車もほとんど通らない田舎道を、四、五人で横に広がって歩いている。
隣の和泉さんが、小石をコツンと蹴りながら聞いてきた。
「え? もしかして、まだ行ってないん?」
「……まじ」
「ヤバくね?」
急に空気が変わる。
この感じ、嫌だ。
みんなが知ってて、俺だけ知らない。
しかも“神社”ってワードがもう不穏。
「神無(かんなし)トンネル通ってきたやろ?」
「神無トンネル?」
「そう、この町入るときの。案内板立ってたやつ」
記憶を辿る。
蔦が絡んでて、やけに暗かったトンネル。
あの時は、田舎に向かう親の運転する車の中で絶望してたから、余計に陰気に見えただけかもしれないけど。
「外から来た人が神無トンネル通ったなら、夜宮で祓ってもらったほうがええよ」
「祓う?」
「念のためやけどな」
「そやな、してもらった方がええ」
なんで?
何を?
何度か聞いた。でも、誰もちゃんと答えない。
俺の質問は、すっと流される。
神社。祓い。
なんだよ、それ。
ぞわ、と背中に悪寒が走る。
気のせいだと思いたくて、腕をさすった、その瞬間。
――パシッ。
「ウヒャァ――ッ!」
田舎の町の、やたらと朗らかな春の空に、俺の情けない叫び声が響き渡った。
視線が一心に集まってくるのを感じる。
俺はザラついたアスファルトに尻餅をついたまま、今の自分の情けない声に戦慄していた。
都会から来たオシャレボーイ。
なんなら女の子たちに憧れられちゃったりして。東京の高校じゃまあ、そこまで目立つ方じゃなかったけどこの町じゃ一目置かれるなんてのもあり得たかもしれない。
それなのに、この醜態。
取り繕わなければ。
そんなふうに目をキョロキョロさせていると後ろから声がかかる。
「ごめん、だいじょぶ?」
男子の声だ。このやろう。ちょっと際どい話してる時に、いきなり肩叩いてくるんじゃねぇよ。
「い、いや。大丈夫。気にしないで」
くく、と首を回して、俺は背後を振り返った。
立っていたのは同じ制服を着た男子。少し短めの黒髪で、二重幅が広くてなんか眠たそうに見える。
「お、澄(すみ)やん。おつぅ」
「どしたん」
「一緒に帰ろうやぁ」
周りの反応からして、このぼーっとした雰囲気の男が澄で、たぶん同級生なんだろう。
みんなの声に、澄は「ああ」とか「うん」とか、力の抜けた返事をしている。
ただ、俺はひとつ気になっていた。
澄が俺の肩を叩いたであろう右手で、ずっと何かを握っているのだ。
澄は俺のその右手を気にする視線に気がついたらしい。ふと、その手を持ち上げて「虫、ついとった」とだけ抑揚のない声で言った。
「ええ、澄、宮城くんの肩に乗ってた虫、とってあげたん?」
「えらいやん、優しいやん」
「ええこに育ったなぁ」
なんだそれ。
よくわからないノリで会話が転がっていく。
「見せて見せて? なに? バッタ?」
田舎の女の子って、わりと虫平気なんだな。
和泉さんが、きゃいきゃい言いながら澄の右手を覗き込む。
やめてほしい。俺、虫苦手なんだよ。
肩についてたって思うだけでゾワゾワする。でっかいバッタとか出てきたらどうしよう。
身構えていると、澄は躊躇いなくパッと手を広げた。
何もない。
「逃げられたわ」
抑揚のない声で澄が呟いた。
じゃあ、なんで握ってたんだろう。
そう思ったけど、みんなは「鈍いなぁ、澄」なんて言いながらケラケラ笑っていて、誰も気にしていない。
「宮城くん、立てる?」
澄が少し体を屈め、座り込んだままの俺に右手を差し出す。
俺はバッタを掴み損ねたその手を見て、少しだけ考えてから「大丈夫」と答え、自分で立ち上がろうとした。
――ガクン。
何故か、膝に上手く力が乗らない。
「どしたん? 宮城くん」
「なになにー?」
同級生たちが覗き込んでくるので、俺はへへっと曖昧に笑って誤魔化した。
やばい。これ、腰抜けてる。
視線を泳がせていると、正面の澄と目が合った。
澄は幅広の二重を二度ほどぱちぱちさせてから、「ああ」と小さく口元を動かす。
「足、挫いたんやろ」
そう言ってしゃがみ込み、俺の足首あたりを指先でつんと突く。
正直、痛くもなんともない。けれど、腰が抜けたよりは足を挫いたことにしておいたほうがまだマシだと思い、俺は小さく頷いた。
「ええ、大丈夫なん?」
「宮城くん家どこ? 遠いん?」
「うちの親、車出せるかもやで、呼ぼか?」
重なる声に押されるように顔を上げると、いつの間にかぐるりと囲まれている。
みんないいやつだ。それはわかる。わかるけど、今は少し放っておいてほしい。肩を叩かれて驚いて腰を抜かしました、なんて知られたくない。
「てか、澄んち近いし、ちょうどええやん」
「おお、そうやな。ちょうどええ」
――ちょうどええ?
何がだよ。
「宮城くん、まだ神無のお祓いしてへんのやて」
和泉さんの視線を受けて、澄がこちらを見た。
「ええ、そうなん」
それだけ言ってから、
「ほな、うち来る?」
そう続けると、俺の腕を取って自分の肩に回し、そのまま腰を支えて立たせる。体がふらつくのを押さえられながら、俺は一歩踏み出す。たぶん、腰が抜けていることに澄は気づいている。
「こん中でいちばん澄んち近いしな」
「みんなで行こやぁ」
俺が何か言う前に、話は勝手に進む。
「みんなも来るん?」
「うん、せっかくやし、宮城くんと仲良うなろや」
「ええけど……明日、例祭やろ。供える団子足りん言うて、婦人会が今こねとる。来たら確実に丸めさせられるで」
澄のその一言で、場の勢いが止まる。
顔を見合わせる気配があった。どうやらみんな団子はこねたくないらしい。
「……したら、また違う日にしよか」
誰かがそう言い、笑いながら散っていく。足音と声が遠ざかり、気づけば俺は澄に支えられたまま道に取り残されていた。
「あの……澄くん?」
「澄でええよ」
「じゃあ……澄」
「うん、何」
「さっきのさ。みんなが言ってた、神無トンネルのお祓いって何?」
澄の歩みがふっと緩み、そのまま止まる。引かれる形で俺も立ち止まるが、澄は前を向いたまま口を開いた。
「まぁ、あれやな。迷信ってか、風習みたいなもんやから、こっちはあんま気にせんでええよ」
そう言ってまた歩き出すので、俺も遅れて足を動かす。
「でもさ、あんなにお祓いお祓い言われると、ちょっと気になるっていうか」
「せやから、じいちゃんに頼んだる」
「じいちゃん?」
「うん」
澄が顎を上げる。その先に石段が続いている。苔の浮いた段の上に朱色の鳥居が立っているのが見えた。
「じ、神社?」
「うん、俺んち」
鳥居の中央に掛かった木の額に目が留まる。墨で書かれた文字を追う。
――夜宮神社。
さっきの会話が、そこでようやく繋がった。
そこからローカル線に乗り換えて四十分。
さらにバスで二十分。
どこを向いても、山、山、山。
「映えねぇ……」
画面の端に広がる緑を見ながら、俺はついついボソリとつぶやいていた。
インカメラに切り替えたスマホには、背景の山と一緒に、片方の口角を不満げに持ち上げた顔の俺が映っている。
田舎で悪目立ちしないようにと、黒く染めたはずの髪は、光の加減で少しだけ明るさが残っていた。耳には何もつけていないピアスホールが、左にひとつ。
目尻の少し上がった猫目はわりと評判がいい。加工すれば、それなりに見られる顔にはなる。とはいえ、この背景じゃそれもたいして意味はない。顔だけで「いいね」を引っ張れるほどのポテンシャルがあるわけじゃないから、どこで撮ったかのほうが、俺にはずっと大事なのだ。
俺は制服のブレザーのポケットにスマートフォンを突っ込んで、無意識にぎゅっと握りしめた。
「宮城(みやぎ)くん、どしたん? 山、珍しい?」
景色を眺めて眉をひそめていた俺の顔を、今日会ったばかりのクラスメイトの女子が覗き込んでくる。和泉(いずみ)さん、だったか。
「いや、まあ……」
方言混じりの声は可愛いと思う。思うけど。
この景色を見ていると、自然とため息が出る。感動じゃない。
うんざり、のほうだ。
まだこの町に来て一週間も経ってないのに、もう見飽きた気がする。
まじで、山しかない。
駅前にビルはないし、背の低い建物がぽつぽつ並んでいるだけ。
コンビニは一軒。閉店は二十二時。
街灯は少なくて、夜は本当に暗い。
三方を山に囲まれているのに、空だけがやたら広い。
――それが、ここ久瀬町だ。
高校二年生、転校初日。
都心から来た転校生なんて、この町じゃちょっとしたイベントらしい。
案の定、朝から放課後の帰り道まで、俺は常に数人に囲まれていた。
「都心と違って空気ええやろ」
そう声をかけてきた男子も、和泉さんと同じクラスメイト。
名前は忘れた。
転校生って不利だよな。こっちは一人、向こうは複数。次々名乗られたって覚えきれない。最初はちゃんと聞いてたけど、三人目くらいで諦めた。
「なぁなぁ、東京ってまじで普通に芸能人歩いてるん?」
「六本木とか渋谷行けば、たまに見るよ」
「うわ、やばぁ! 宮城くん誰見たことある?」
「芸人とか俳優とか?」
「ねね、ストーンズは? 見たことある?」
「いや、ないかも」
「えーそうなんやぁー」
「東京の高校生ってみんな毎日学校帰りスタバ行くってまじ?」
「毎日は行かないよ。普通に金なくなるし」
「髪どこで切ってたん? 表参道?」
「いや、近所の美容院」
質問攻め。向こうは東京に興味津々の様子だ。
でも正直、俺のほうはこの町に一ミリも興味が持てない。
電波は弱いし。
虫はでかいし。
町全体がこっちを観察してるみたいで、居心地が悪い。
自然とため息が出た。
「そういえばさ、宮城くんもう夜宮神社(よるみやじんじゃ)いった?」
「ん?」
車もほとんど通らない田舎道を、四、五人で横に広がって歩いている。
隣の和泉さんが、小石をコツンと蹴りながら聞いてきた。
「え? もしかして、まだ行ってないん?」
「……まじ」
「ヤバくね?」
急に空気が変わる。
この感じ、嫌だ。
みんなが知ってて、俺だけ知らない。
しかも“神社”ってワードがもう不穏。
「神無(かんなし)トンネル通ってきたやろ?」
「神無トンネル?」
「そう、この町入るときの。案内板立ってたやつ」
記憶を辿る。
蔦が絡んでて、やけに暗かったトンネル。
あの時は、田舎に向かう親の運転する車の中で絶望してたから、余計に陰気に見えただけかもしれないけど。
「外から来た人が神無トンネル通ったなら、夜宮で祓ってもらったほうがええよ」
「祓う?」
「念のためやけどな」
「そやな、してもらった方がええ」
なんで?
何を?
何度か聞いた。でも、誰もちゃんと答えない。
俺の質問は、すっと流される。
神社。祓い。
なんだよ、それ。
ぞわ、と背中に悪寒が走る。
気のせいだと思いたくて、腕をさすった、その瞬間。
――パシッ。
「ウヒャァ――ッ!」
田舎の町の、やたらと朗らかな春の空に、俺の情けない叫び声が響き渡った。
視線が一心に集まってくるのを感じる。
俺はザラついたアスファルトに尻餅をついたまま、今の自分の情けない声に戦慄していた。
都会から来たオシャレボーイ。
なんなら女の子たちに憧れられちゃったりして。東京の高校じゃまあ、そこまで目立つ方じゃなかったけどこの町じゃ一目置かれるなんてのもあり得たかもしれない。
それなのに、この醜態。
取り繕わなければ。
そんなふうに目をキョロキョロさせていると後ろから声がかかる。
「ごめん、だいじょぶ?」
男子の声だ。このやろう。ちょっと際どい話してる時に、いきなり肩叩いてくるんじゃねぇよ。
「い、いや。大丈夫。気にしないで」
くく、と首を回して、俺は背後を振り返った。
立っていたのは同じ制服を着た男子。少し短めの黒髪で、二重幅が広くてなんか眠たそうに見える。
「お、澄(すみ)やん。おつぅ」
「どしたん」
「一緒に帰ろうやぁ」
周りの反応からして、このぼーっとした雰囲気の男が澄で、たぶん同級生なんだろう。
みんなの声に、澄は「ああ」とか「うん」とか、力の抜けた返事をしている。
ただ、俺はひとつ気になっていた。
澄が俺の肩を叩いたであろう右手で、ずっと何かを握っているのだ。
澄は俺のその右手を気にする視線に気がついたらしい。ふと、その手を持ち上げて「虫、ついとった」とだけ抑揚のない声で言った。
「ええ、澄、宮城くんの肩に乗ってた虫、とってあげたん?」
「えらいやん、優しいやん」
「ええこに育ったなぁ」
なんだそれ。
よくわからないノリで会話が転がっていく。
「見せて見せて? なに? バッタ?」
田舎の女の子って、わりと虫平気なんだな。
和泉さんが、きゃいきゃい言いながら澄の右手を覗き込む。
やめてほしい。俺、虫苦手なんだよ。
肩についてたって思うだけでゾワゾワする。でっかいバッタとか出てきたらどうしよう。
身構えていると、澄は躊躇いなくパッと手を広げた。
何もない。
「逃げられたわ」
抑揚のない声で澄が呟いた。
じゃあ、なんで握ってたんだろう。
そう思ったけど、みんなは「鈍いなぁ、澄」なんて言いながらケラケラ笑っていて、誰も気にしていない。
「宮城くん、立てる?」
澄が少し体を屈め、座り込んだままの俺に右手を差し出す。
俺はバッタを掴み損ねたその手を見て、少しだけ考えてから「大丈夫」と答え、自分で立ち上がろうとした。
――ガクン。
何故か、膝に上手く力が乗らない。
「どしたん? 宮城くん」
「なになにー?」
同級生たちが覗き込んでくるので、俺はへへっと曖昧に笑って誤魔化した。
やばい。これ、腰抜けてる。
視線を泳がせていると、正面の澄と目が合った。
澄は幅広の二重を二度ほどぱちぱちさせてから、「ああ」と小さく口元を動かす。
「足、挫いたんやろ」
そう言ってしゃがみ込み、俺の足首あたりを指先でつんと突く。
正直、痛くもなんともない。けれど、腰が抜けたよりは足を挫いたことにしておいたほうがまだマシだと思い、俺は小さく頷いた。
「ええ、大丈夫なん?」
「宮城くん家どこ? 遠いん?」
「うちの親、車出せるかもやで、呼ぼか?」
重なる声に押されるように顔を上げると、いつの間にかぐるりと囲まれている。
みんないいやつだ。それはわかる。わかるけど、今は少し放っておいてほしい。肩を叩かれて驚いて腰を抜かしました、なんて知られたくない。
「てか、澄んち近いし、ちょうどええやん」
「おお、そうやな。ちょうどええ」
――ちょうどええ?
何がだよ。
「宮城くん、まだ神無のお祓いしてへんのやて」
和泉さんの視線を受けて、澄がこちらを見た。
「ええ、そうなん」
それだけ言ってから、
「ほな、うち来る?」
そう続けると、俺の腕を取って自分の肩に回し、そのまま腰を支えて立たせる。体がふらつくのを押さえられながら、俺は一歩踏み出す。たぶん、腰が抜けていることに澄は気づいている。
「こん中でいちばん澄んち近いしな」
「みんなで行こやぁ」
俺が何か言う前に、話は勝手に進む。
「みんなも来るん?」
「うん、せっかくやし、宮城くんと仲良うなろや」
「ええけど……明日、例祭やろ。供える団子足りん言うて、婦人会が今こねとる。来たら確実に丸めさせられるで」
澄のその一言で、場の勢いが止まる。
顔を見合わせる気配があった。どうやらみんな団子はこねたくないらしい。
「……したら、また違う日にしよか」
誰かがそう言い、笑いながら散っていく。足音と声が遠ざかり、気づけば俺は澄に支えられたまま道に取り残されていた。
「あの……澄くん?」
「澄でええよ」
「じゃあ……澄」
「うん、何」
「さっきのさ。みんなが言ってた、神無トンネルのお祓いって何?」
澄の歩みがふっと緩み、そのまま止まる。引かれる形で俺も立ち止まるが、澄は前を向いたまま口を開いた。
「まぁ、あれやな。迷信ってか、風習みたいなもんやから、こっちはあんま気にせんでええよ」
そう言ってまた歩き出すので、俺も遅れて足を動かす。
「でもさ、あんなにお祓いお祓い言われると、ちょっと気になるっていうか」
「せやから、じいちゃんに頼んだる」
「じいちゃん?」
「うん」
澄が顎を上げる。その先に石段が続いている。苔の浮いた段の上に朱色の鳥居が立っているのが見えた。
「じ、神社?」
「うん、俺んち」
鳥居の中央に掛かった木の額に目が留まる。墨で書かれた文字を追う。
――夜宮神社。
さっきの会話が、そこでようやく繋がった。


