比翼連理 冷宮皇后は皇帝陛下の最愛

「そういえば君嵐様の異能って何ですか? 未来予知とかですか? 高氏が謀反を起こす未来が見えたとか?」

 江君嵐とともに、霊山へ向う馬車に揺られつつ冷月霏は気になっていたことを次々訊ねた。

 ちなみに今の冷月霏の格好は、絹の襦裙に頭には金の歩揺という皇后らしいと言える服装だろう。
 あれから生活は一変した。皇后にふさわしい立派な宮に住まいは変わり見下してきていた女官や宮女、宦官たちが、やたらとへりくだるようになった。
 もはや冷宮皇后と陰口を叩かれることはない。
 江君嵐は冷月霏を蔑んでいたものたちを後宮から追い出し新しく人を雇うという。女官も宮女も何なら宦官ですら給与が良いためになりたいものはたくさんいるのだ。
 
 妻の問いかけに江君嵐はあっさりと、でも小声で答えた。

「これは、あなたにだけ伝える秘密だが。『カン』だよ」
「カン?」
「そう、カン。例えば碁。こう打てば勝てるというカンが働くことがある。しかし、あらゆることにカンが働くわけでもないらしい。あなたの気持ちを見抜けなかったように。……まぁ、最近は前より当たっている気がするけどね」
「えっーと、まあ一種の未来余地かもしれませんね?」
「そうかもね。弱い未来予知の異能かもしれないね」

 そんな会話をしていると霊山の廟堂まで着いたらしい。外から声がかかり二人は外へ出た。
 廟堂は立派なもので比翼の鳥が彫られていた。
 二人だけで廟堂の中へ進む。
 ひどくひんやりとした空気がまとわりつく。決して嫌なものではなかった。むしろ心地良い。
 最奥まで、たどり着くと比翼の霊鳥の掛け軸があった。

「霊鳥様……どうか、この異能の呪いというべきものはどのようにして解けばいいのでしょうか?」

 江君嵐が目を閉じて、祈りを捧げ問いかける。
 冷月霏も、祈りを捧げる。

「どうか君嵐様を長生きさせてくださいませ。私はどうなってもいいですから」
「月霏さん……あなたは私が死んだら後追いすると言ったね? それは私も同じだよ」

 いつの間にか、まぶたを開けていた江君嵐がこちらを見ていた。

「それは困りますね」
「なら、自分がどうなってもいいとか考えないことだよ」
「……」

 そんなやりとりをしていると、掛け軸が揺らめいた。風はないはずなのに。

「掛け軸が……」

 冷月霏がつぶやくと聞き覚えのない男女の声が響いた。 

「まったく、このような夫婦に会うのは久しいな」
「ええ、まったくね」

 冷月霏は驚いたが怖いとはなぜか感じなかった。
 江君嵐が問いかける。

「比翼の霊鳥様であらせられますか?」
「よくわかったなぁ。ああ、そなたは『カン』がいいという異能の持ち主であったか」
「はい、直感的にそうかと思いました」
「あはは、その通りだ」
「霊鳥様……この異能の呪いを解く方法を教えていただきたい」

 雌の霊鳥が言う。

「あなたには関係のないことよ?」

 冷月霏はびっくりした。江君嵐も同様であったようだ。

(関係ない?)

「関係ないとはどういうことです?」

 江君嵐が驚きを滲まして訊ねた。

「比翼の異能を使いこなすのに必要なもの……それは夫婦の愛と比翼の血……そうあなたたちが持つ紋章が血が濃い証ね」

 冷月霏は思わず自分の額の紋章を触る。
 
「……異能は時に呪いとして身を蝕む。そして翎娘は確かに異能の呪いを抑える力を持つ。しかし、それが真に発揮されるのは互いに『愛』がある場合のみ。……翎娘の力を用いて、呪いをいくらかは遠ざけることは出来ても死後、さらに苦しむことになる。愛すべき妻を軽んじた罰として、永遠とも思える時を苦しむのよ。逆に愛さえあれば、異能は人の身に奇跡を起こす。歴代皇帝皇后の中に人ではあり得ない長寿がいるのもそういうことよ」
「……それはつまり、異能に蝕まれないために……異能の真の力を引き出すために本当に必要だったのは夫婦愛であると?」
「ええ、その通りよ。千年も経って、このことは忘れられてしまったみたい」
「はあ!? さっさっと教えてくれないからたくさんの皇后が犠牲になったじゃないですか!?  というかご自分の子孫でもあるんですから助けてくださいよ! そのせいで君嵐様と私も大変な目にあったんですけど!?」

 冷月霏が叫ぶ。それに、ははっと雄の霊鳥が笑う。

「子孫といっても、ずいぶん年月が経ったしなぁ。それにしても威勢のいい娘よのぉ。太祖の妻であった祥嘉(しょうか)皇后もそのような娘であったぞ。私たちは、ただ太祖と祥嘉皇后を気に入って力をその子孫にも貸してやっただけだ。それに比翼の霊鳥は比翼連理の夫婦としか話せない性を持つ鳥でのぉ」
「……やはり異能を解いていただきたい」

 江君嵐の言葉に雌の霊鳥が不思議そうな声音で問いかける。

「どうして? あなたたちは愛し合う夫婦でしょう? 異能の犠牲になることはないのよ。異能とは年月をかけてそして比翼連理を達成してこそ強くなるもの。いずれ、あなたなら完全な未来予知が出来るようになるわ」
「この先、事実が広まっても……またたくさんの皇后が犠牲になるかもしれません。真の愛は容易く手に入れられません。そうしたらまた皇后たちが皇帝の寿命のために犠牲になるでしょう。我が母のような皇后をもう出したくありません」
「いいの? 異能はこの皇家の要でもあるでしょうに?」
「かまいません」
「……」

 沈黙がその場に落ちる。
 少しして、雄の霊鳥が答えた。

「よかろう。だが、そなたには異能はそのままにしておこう。そなたたちのことは気に入ったからなぁ。太祖と祥嘉皇后そっくりだ。……異能を受け継がせたくなったらまたここに来ればいい」
「……ありがとうございます。しかし、私にも異能はいりません。異能なしでもやっていける方法を私が模索します。そして、子孫にそれを伝えます」
「ふーん、そうか。まぁ、気が変わればここに来い」
「いつでも来るといいわ」

 比翼の鳥たちの笑い声が響き、やがて完全に消えた。彼らは、どこかへと消えたようだった。

「あっ……」

 江君嵐の驚いたような声音に冷月霏は、何事かと彼を見た。

「どうしました?」
「未来が見えた……」

 比翼の霊鳥たちの最後の贈り物だろうか。

「どのような……?」
「共白髪な私とあなたが、微笑む未来だ」
「それは幸せな未来ですね」
「そうだね。……あなたを、さんざんな目に合わした私だが……あなたのことを愛している。今世も来世もその先も、あなたと過ごしたいとおこがましくも思ってしまう。こんな私だが一緒にいてくれるだろうか?」
「ええ、もちろんです、ずっと一緒です。私も愛しています、君嵐様」
「ありがとう、月霏さん。……永遠に愛している」

 二人はお互いなしでは生きられない比翼の鳥のように寄り添いあったのだった。