カイトは身を起こそうとしたが、身体が鉛のように重い。視界はぼやけ、隣にいるはずの鋼鉄の温もりを探して、無意識に右手を伸ばした。
だが、そこには誰もいない。
記憶が奔流となって押し寄せる。膝をつき、凍りついて二度と動かなくなったエミリアの姿。自分を抱きしめたまま、雪に埋もれていったあの機械の塊。
「エミリア……っ! あ、あぁぁ゛ああああ!」
喉を引き裂くような叫びを上げ、カイトは自分の胸を掻きむしった。失った。自分を「人間」として愛してくれた、たった一つの魂を。
絶望に打ちひしがれ、涙を床に零したその時。
『泣くなよ。せっかく、特等席を確保したんだからさ』
脳内で、懐かしい皮肉げな声が響いた。
カイトの動きが止まる。その声は、耳から入ったものではない。自分の思考の内側から、直接湧き上がってきたものだ。
「……エ、ミリア……?」
『ああ。お前の手首のチップをハッキングして、意識をアップロードした。……正直、お前の脳内はスラムの裏路地より散らかってるな。整理するのに苦労したぞ』
視界の隅に、青白い光の粒子が立ち上る。
カイトの視覚神経に干渉したエミリアの「残像」が、目の前の空間に浮かび上がった。それは、初めて出会った頃のような、どこか幼さの残る、けれどあの頃よりずっと穏やかな表情をしたエミリアだった。
「生きて、るのか? お前、そこにいるのか?」
『肉体はない。今の俺は、お前の神経系に寄生するデータに過ぎない。お前が見るものを俺も見、お前が触れるものを俺も感じる。……嫌か? 四六時中、俺と一緒なのは』
カイトは笑った。頬を伝う涙は、今度は凍ることなく、温かい雫となってこぼれ落ちた。
彼は自分の手首――バーコードが刻まれた皮膚に、そっと唇を寄せた。
「嫌なわけないだろ。最高だ。やっと、お前の本当の心臓に触れた気がする」
それからの日々、カイトの人生は一人であって、一人ではなかった。
獲物を狩る際、エミリアが網膜上に照準を投影して補助し、カイトが迷ったときはエミリアの演算が正しい道を示した。
夜、一人で眠る時も、カイトの夢の中には常にエミリアがいた。そこは城も管理番号もない、二人だけの本当の楽園だった。
カイトは知っている。いつか自分の寿命が尽きる時、脳内のエミリアも共に消えることを。
だが、それはかつて恐れた「死」ではなかった。
一人の人間と、一人のゴースト。
二人は、凍てついた世界を溶かすほどの確かな熱を持って、未開の荒野を歩き続ける。
手首のバーコードは、もう自分を縛る数字ではない。
それは、愛した機械が刻んだ、永遠の再会の約束だった。
だが、そこには誰もいない。
記憶が奔流となって押し寄せる。膝をつき、凍りついて二度と動かなくなったエミリアの姿。自分を抱きしめたまま、雪に埋もれていったあの機械の塊。
「エミリア……っ! あ、あぁぁ゛ああああ!」
喉を引き裂くような叫びを上げ、カイトは自分の胸を掻きむしった。失った。自分を「人間」として愛してくれた、たった一つの魂を。
絶望に打ちひしがれ、涙を床に零したその時。
『泣くなよ。せっかく、特等席を確保したんだからさ』
脳内で、懐かしい皮肉げな声が響いた。
カイトの動きが止まる。その声は、耳から入ったものではない。自分の思考の内側から、直接湧き上がってきたものだ。
「……エ、ミリア……?」
『ああ。お前の手首のチップをハッキングして、意識をアップロードした。……正直、お前の脳内はスラムの裏路地より散らかってるな。整理するのに苦労したぞ』
視界の隅に、青白い光の粒子が立ち上る。
カイトの視覚神経に干渉したエミリアの「残像」が、目の前の空間に浮かび上がった。それは、初めて出会った頃のような、どこか幼さの残る、けれどあの頃よりずっと穏やかな表情をしたエミリアだった。
「生きて、るのか? お前、そこにいるのか?」
『肉体はない。今の俺は、お前の神経系に寄生するデータに過ぎない。お前が見るものを俺も見、お前が触れるものを俺も感じる。……嫌か? 四六時中、俺と一緒なのは』
カイトは笑った。頬を伝う涙は、今度は凍ることなく、温かい雫となってこぼれ落ちた。
彼は自分の手首――バーコードが刻まれた皮膚に、そっと唇を寄せた。
「嫌なわけないだろ。最高だ。やっと、お前の本当の心臓に触れた気がする」
それからの日々、カイトの人生は一人であって、一人ではなかった。
獲物を狩る際、エミリアが網膜上に照準を投影して補助し、カイトが迷ったときはエミリアの演算が正しい道を示した。
夜、一人で眠る時も、カイトの夢の中には常にエミリアがいた。そこは城も管理番号もない、二人だけの本当の楽園だった。
カイトは知っている。いつか自分の寿命が尽きる時、脳内のエミリアも共に消えることを。
だが、それはかつて恐れた「死」ではなかった。
一人の人間と、一人のゴースト。
二人は、凍てついた世界を溶かすほどの確かな熱を持って、未開の荒野を歩き続ける。
手首のバーコードは、もう自分を縛る数字ではない。
それは、愛した機械が刻んだ、永遠の再会の約束だった。

