一月十八日――壁内某所の建物内でお気に入りの男たちを侍らせ、奉仕させている女がいた。
その女がいる部屋は華美な装飾が施されている。相当な金額を投資しているのが一目で判断できるほどだ。
(彼は上手くやっているかしら)
彼女はソファに腰掛けて優雅に寛ぎながら思考に耽っていた。
彼女の仕事は以外と多い。
資金源、団員、拠点、武器や資材の確保や、セミナー、政財界との交誼など様々な仕事をこなしている。
(次はもう少し大胆なことをさせてみようかしら。その方が面白そうよね)
ロングのスリットスカートを穿いて太股まで大胆に露出し、足を組んで上機嫌に思考を巡らせる。
「紅茶を淹れてちょうだい」
「畏まりました。お嬢様」
側仕えの男性の一人に指示を出す。
男性は慣れた手つきで紅茶を用意する。
「紅茶でございます。お嬢様」
彼女が思考に耽る中、男性が新しい紅茶を丁寧な所作でテーブルに置く。
「ありがとう」
男性に礼を言い、カップを手に取り口をつける。
女が一息吐いたところで念話が飛んできた。
『――姫。今よろしいでしょうか?』
『あら? フランコかしら?』
『はい。フランコです』
『大丈夫よ』
『ありがとうございます』
突然の念話だったが、表情を変えずに慌てることなく応答する。
『新たな計画を実行予定なので報告の為、念話を飛ばしました。姫の望みに添えているかと存じます』
『新たな計画?』
『はい。内容は――』
フランコは計画の詳細を女に説明する。
説明を聞く女は愉快そうにしているが、真剣さも垣間見える表情だ。
『―――以上になります』
『それは面白そうね。あの女にも一泡吹かせられるかもしれないわ』
数秒間考え込むと考えが纏まったのか、組んでいた足を組み替えるとフランコに指示を出す。
『その計画を引き続き遂行しなさい』
『畏まりました』
『でも、もし危険を感じたらあなただけでも逃げなさい。最悪、他の者たちは見捨てても構わないわ。私にはあなたが必要よ』
『望外の喜びです。姫を悲しませるようなことは我が命に誓って致しません』
『ふふ。大袈裟ね』
至極真面目な口調で大仰な言い回しをするフランコに、女は微笑みを浮かべる。
冷酷な単語が混ざっているとは思えないようなやり取りだ。
『次帰ってきた時はあなた一人を目一杯愛してあげるわ』
『ありがたき幸せ』
一通りやり取りを済ませて念話を切ると、女は私室の奥に設けられた寝室に側仕えの男たちを引き連れて行く。歩きながら衣服を脱いで床に置き去りにする。
そして女は側仕えの男たちと夜のお楽しみに励むのであった。
◇ ◇ ◇
一月二十日。
この日、レイチェルはワンガンク区のオルストブルクという町にいた。
ワンガンク区はウォール・ウーノ内の東南東に位置する区だ。
オルストブルクはワンガンク区の町の中で最も大きく、人口が最も多い町である。区内の行政の中心でもあり、区長が勤める庁舎もある。
ワンガンク区は十三区の中で二番目に治安が悪いが、区内の町の中でオルストブルクは比較的マシな部類だ。
「ここも外れですか……」
レイチェルは周囲を見回して溜息を吐く。
彼女はアウグスティンソン隊と共に尋問した際に得た情報を頼りに、反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの拠点を虱潰しに回っていた。
建物内にいる反魔法主義者はみな倒れていたり、拘束されたりしている。
少しでも情報になり得る物は全て回収し、アウグスティンソン隊の手を借りて拘束した者たちを連行して尋問しているが、未だ有益な情報を得られていない。
『――レイ、こっちは外れだ』
『こっちもよ』
『そうか……』
『なかなか上手くいかないものね』
『そうだな』
レイチェルのもとにグラディスから念話が飛んできた。
現在レイチェルとグラディスは別行動をしている。
グラディスは直属の部下を率いて、レイチェルとは反対側の区にある拠点から回っていた。だが、結果は芳しくないようだ。
『まあ、有益な情報は得られていないが、反魔法主義者を拘束できているだけでも収穫だろう』
『そうね』
反魔法主義者は反社会的な思想を持っている者のことだ。
思想を持つだけなら構わないが、実際に反社会的な行動に出る者は立派な犯罪者だ。逮捕してマイナスになることはない。むしろ、治安維持や国家保安の側面から見ても重要案件だ。
有益な情報を得られていないのは残念だが、魔法師として国家保安の為に働けているので決して無駄な労力にはなっていない。
『それに、この国はこれだけの反魔法主義者を抱えていたのだということが判明したのも大きい』
『それも過激派組織のヴァルタンだけでこれほどいるのだものね』
『ああ。他にもいると思うと頭が痛くなる』
レイチェルは念話の先で姉が溜息を吐く姿が思い浮かんだ。
反魔法主義者がいるというのはこの国では共通認識だ。だが、実際に目の当たりにすると予想以上の人数いることが判明した。
反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンだけでもかなりの数がいる。他の組織や、組織に属していない潜在的な反魔法思想の者も合わせると、途方もない数の反魔法主義者がいることを容易に推測できた。
『これは本格的にどうにかしないといけないな』
『私たちにできることなんてほとんどないわ』
『そうだな……』
レイチェルは肩を竦める。
いくら上級魔法師とは言っても、彼女たちは政治家ではない。国としての政策に携われる立場ではないのだ。多少の影響力や発言力はあるが、直接政治に関わることはできない。
『小父貴に話を通すしかないか』
『そうね。小父様に上申してみましょう』
どうやら二人には政治に携わる者との伝手があるようだ。
自分にできないことならば、できる者を頼ればいい。
『とりあえず今は次に行ってみる』
『ええ、こっちも次の場所を回ってみるわ』
回る拠点はまだある。ここで終わりではない。
『また連絡する』
その言葉を最後にグラディスは念話を切った。
「――レイチェル様、全て完了しました」
自分のことを呼ぶ声に振り返ると、そこにはアビーの姿があった。
アウグスティンソン隊の面々は反魔法主義者を連行していた。どうやら無事に連行し終えたようだ。
魔法協会の本部はセントラル区にある。
セントラル区はウォール・クワトロ内にある最も中央に位置する区で、政庁や魔法協会本部など政治を司る中枢が集まる場所だ。唯一、国立魔法教育高等学校のない区でもある。
施設を管理する者が住み込みで働いている以外は、セントラル区に居住している者はいない。
本部はセントラル区にあるが、各区にはそれぞれ支部がある。
拘束した者たちはワンガンク区のオルストブルクにある魔法協会支部に連行した。
魔法協会の地下深くには牢があるので連行するには最適な場所だ。協会側としても犯罪者を受け入れない理由はない。魔法関係の犯罪者ならば尚更だ。
魔法協会にある地下牢の他にも各町には衛兵隊の詰所があり、そこにも牢はある。しかし、反魔法主義者を連行するには魔法協会の方が都合が良かった。
魔法師にも反魔法主義者はいるが、非魔法師の方が圧倒的に多い。衛兵は非魔法師が大半を占めるので、衛兵の中に反魔法主義者がいる確率の方が高くなる。故に確率の低い方である魔法協会を選択していた。
「ありがとございます。では、次もよろしくお願いしますね」
「はいっ!」
レイチェルの言葉にアビーは瞳を輝かせて大仰な態度で敬礼をする。どうやらレイチェルに尊敬の眼差しを向けているようだ。
上級魔法師のレイチェルに、年が近くて同性のアビーが憧れの気持ちを抱くのは自然なことだろう。
「では、行きましょうか」
そうしてレイチェルたちは次の目標へ向けて駆け出した。
◇ ◇ ◇
一段落したレイチェルとグラディスは、合流して目的の邸宅へと足を運んでいた。
場所はウィスリン区で最も大きな町であり、区内の行政の中心でもあるリンドブルムだ。区長が勤める庁舎もある。
ウィスリン区はウォール・トゥレス内の北側に位置し、プリム区、ランチェスター区と並んで最も富裕層が集まる区の一つだ。
「二人とも今日はなんの用だ?」
家の主が腰掛けている執務室のデスクの対面にあるソファに、レイチェルとグラディスは腰掛けていた。
デスクに座すのは威厳のある存在感を振り撒いている白髪交じりの男性だ。
執務室の中は最低限必要な物以外は徹底的に排除しており、いっそ質素にも思えるほど簡素である。部屋の主の性格が窺えるようだ。
「小父貴。単刀直入に言うが、反魔法主義者に対して何か効果的な政策をすべきだ」
グラディスはレイチェルと話し合ったように、反魔法主義者に対する政策を執行すべきだと告げる。
自分たちが見てきたことを詳細に伝え、反魔法的な思想を持つ者が予想以上に存在していることを説明した。
「ふむ。そのことについては儂も以前から懸念しておった」
背凭れに体重を預けた男性はグラディスの提案に賛同を示す。
「だが、そう簡単にことを運べないのもまた事実」
男性は重苦しく言葉を絞り出すと溜息を吐いた。
「やはり、他の方々が足を引っ張っておられるのですか?」
「そうだ。誠遺憾ながらな。七賢人という立場にありながら全くもって情けないことだ」
レイチェルが問い掛けると、男性は重々しく言葉を紡ぐ。
七賢人はウェスペルシュタイン国の頂点に君臨する七人の人物の地位を表す名称だ。所謂、国家元首にあたる地位である。
「まともなのはオコギー卿だけだ。七賢人はいったいいつからあのような情けない組織へと成り下がったのか……」
大きく嘆息する男性は頭を抱えたくなる気分だった。
「オコギー卿は清廉潔白な方ですものね」
「うむ。オコギー卿はまだ若いが国の為に献身し、信頼に値する好人物だ」
「フェルディナンド小父様からしたらお若いかもしれませんが、私たちからしたらオコギー卿も人生の大先輩ですよ」
フェルディナンドの本名は――フェルディナンド・グランクヴィストだ。
高身長で、白い肌に白髪交じりの金髪をオールバックにしており、緑色の瞳には確かな知性が窺える。
七賢人の一人でもあり、その中でも最年長である。現在の年齢は六十三歳だ。
対してオコギーは七賢人の中では最年少であるが、現在四十二歳であり、世間一般的には中年に差し掛かる年齢だ。決して若者ではない。
「まあ、若いからこそ私欲に溺れていないのかもしれぬがな」
長い間権力や地位を有していると人は往々にして性格が歪み、堕落し腐敗するものだ。
権力や地位を都合良く行使したりなど私欲に溺れ、一度美味しい思いをすると手放したくなくなり固執する。
人間とは醜い生き物だ。全ての者に当て嵌まるわけではないが、総じて人間の心は弱い。自身を律し続ける為には相応の精神力を要する。
「あら? 小父様は最古参の七賢人でいらっしゃいますよね? ご自分にも当てはまるのではないですか?」
「うむ。儂も七賢人になってから性格が歪んだものだ」
フェルディナンドは最も在任歴の長い七賢人だ。
長い間権力や地位を有していると人格が歪むというのは決して他人事ではない。間近で見てきたからこその説得力がある。
「小父貴は昔から腹黒いだろう」
「儂はお主らが生まれる前から七賢人を務めておるのだぞ。海千山千にもなろうものだ」
グラディスの指摘にフェルディナンドは肩を竦める。
その様子にレイチェルとグラディスは苦笑した。
長年七賢人を務めてきたのなら大なり小なり腹黒くなるのは仕方のないことだ。
私欲に溺れず七賢人としての務めを果たしているだけでも立派だろう。
「話が逸れたが、反魔法主義者についてだな」
「ああ」
グラディスが頷く。
「オコギー卿にも力を借りて可能な限り尽くしてみよう」
後ろ向きなこと言っていた割にはあっさりと提案を受け入れる。
「そうこなくっちゃな」
「ありがとうございます。小父様」
丁寧に頭を下げるレイチェルと、豪放な態度のグラディスは正反対な姉妹であった。
◇ ◇ ◇
一月二十二日――ランチェスター学園は昼休みの時間になり、生徒は食堂やカフェ、持参した弁当などで昼食を摂っていた。
そんな中、ジルヴェスターは昼食を早々に済ませ、生徒会室へと赴いていた。
扉をノックすると入室を促す声が返ってきたので遠慮なく扉を開く。
生徒会室は綺麗に整理整頓されており、部屋の主の性格が表れているようだ。
「ジルヴェスターさ――いえ、ジルヴェスター君、わざわざ足を運んで頂いて申し訳ありません」
「気にするな」
入室すると部屋の主である生徒会長のクラウディアが、言葉を詰まらせながら謝罪の言葉を口にした。――そもそも先輩が後輩を呼び出すのは何も悪いことではないので、謝る必要などないのだが。それにクラウディアは生徒会長である。尚更謝る必要などない。
「まずは紹介しますね。こちらは風紀委員長のカオル・キサラギです」
生徒会長用のデスクの椅子に腰掛けているクラウディアの横には、一人の女性が立っていた。
ジルヴェスターとは直接の面識がない女性だ。入学式の時と答辞の打合せの時に何度か見掛けた程度である。
その女性のことをクラウディアが彼に紹介した。
「よろしくな。君のことはクラウディアから聞いている」
「自分はジルヴェスター・ヴェステンヴィルキスです。こちらこそよろしくお願いします」
カオルと呼ばれた女性は右手を上げ、軽い態度で挨拶をする。
(キサラギ家か。東方から逃れてきた一族の末裔で、槍術の大家だな)
カオルの一族は、魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れ、生活圏を追われることとなった際に、遠路遥々ウェスペルシュタイン国まで逃れてきた一族の末裔である。
国中に門下生を抱える槍術の大家であり、それ相応の影響力を持ち合わせている一族だ。
女性としては高めの身長を白のブラウス、黒のジャケット、脛の辺りまで隠れる黒のスカートに身を包み、黒のハイソックスを穿いている。
東方人由来の黄色人種の肌色と、黒い瞳とシュートヘアが存在感を放っている。
「どうぞ楽にしてください」
クラウディアは椅子に視線を向けて促すと、ジルヴェスターは遠慮なく空いているデスクの椅子に腰掛ける。
「学園生活はどうですか?」
「今のところ快適に過ごせている」
「そうですか。それは良かったです」
クラウディアは心底嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「もし何か困ったことがあれば遠慮なく仰ってくださいね」
「程々にな」
苦笑するジルヴェスター。
至極真面目な顔で告げるクラウディアの姿を見たカオルは、軽く溜息を吐くと肩を竦めて苦言を呈す。
「あまり職権乱用するとルクレツィアに怒られるぞ」
「あら、それは困るわね」
クラウディアは本当に困ったような表情を浮かべながら口に手を当てるが、完全に無視を決め込んだカオルはジルヴェスターに視線を向けて口を開く。
「監査局局長である三年のルクレツィア・シェルストレームは厳格で手厳しい奴なんだ。だからこそ信頼できるんだが」
「そうでしたか」
学園には生徒で構成された自治組織が四つあり、生徒会、風紀委員会、クラブ活動統轄連合がその内の三つだと以前説明したが、あの時説明を割愛した最後の組織が監査局だ。
監査局は他の組織が公正に職務を全うしているかを取り締まるのが仕事だ。
不正や適切に資金を使用しているかなどを監査する為、公正で厳格な判断を求められる厳しい職務だ。故に監査局の人員には真面目で公正かつ、厳格な者が選ばれる。
その為、監査局の人たちは非常に厳しい人柄なのだが、その分、人間としては非常に信用できる者たちなのだ。
「――それよりクラウディア、本題はいいのか?」
「ああ、そうだったわね」
話が逸れてしまった為、カオルは軌道修正してクラウディアを促す。
「ジルヴェスター君。よろしければ生徒会の一員に加わりませんか?」
本題は生徒会へジルヴェスターを勧誘することだった。
「せっかくだが、断らせてもらうよ」
「そうですか」
ジルヴェスターはあまり考える間もなく断るが、クラウディアはあまり残念そうではなかった。
「始めから駄目で元々でしたから仕方ありません」
「すまんな」
「いえ、ジルヴェスター君が忙しいのはわかっていますから大丈夫ですよ」
クラウディアはジルヴェスターの正体を知っている。
普段から忙しくしていることもわかっていたので、断られる前提で勧誘していた。勧誘だけなら自由なので試しに声を掛けてみたのだろう。
生徒会の役員は生徒会長に任命権がある。
もちろん任命責任も付随するので、誰でも任命するわけにはいかない。能力的にも人格的にも相応しい者を選ばなければならない。
「ということは風紀委員も無理か……」
「風紀委員ですか?」
「ああ。クラウディアに遠慮して譲ったが、私も君が欲しいんだ」
カオルが呟くと、その呟きを耳にしたジルヴェスターは疑問を浮かべた。
どうやらカオルもジルヴェスターのことを狙っていたようだ。
「カオル、とても似合っていて素敵だけれど、それはプロポーズかしら?」
カオルの台詞を耳にしたクラウディアはツッコミを入れる。微笑みを向けているが目が笑っていない。
「――い、いや、そうじゃない。風紀委員長として、風紀委員の一員に欲しかったんだ」
鋭い視線を向けられたカオルは、若干頬と耳を赤らめながら慌てて否定する。
「優秀な者はいくらいても困らないからな。なんてったってジルヴェスター君は首席だしな!」
誤りを訂正するように必死になって早口で言葉を列挙するカオルの姿に、クラウディアは小さく笑う。
(愉快な人たちだ)
仲睦まじい二人のやり取りを間近で見ることになったジルヴェスターは、そんな感想を抱いた。
「それは光栄ですが、申し訳ありません。お断りさせて頂きます」
「そうか……」
「カオルも振られたわね」
「おい」
断られたカオルをクラウディアが揶揄う。
するとカオルはクラウディアの肩を肘で軽く小突いた。
お互いに冗談を言い合える仲であることが容易に判断できる二人の姿に、ジルヴェスターも微笑ましい気持ちになった。
その後も数分間三人で談笑をした後、ジルヴェスターは生徒会室を後にした。
◇ ◇ ◇
放課後になると、ジルヴェスターはステラたちに誘われて魔法の訓練をすることになった。
メンバーはジルヴェスター、ステラ、オリヴィア、イザベラ、リリアナ、アレックスの六人だ。
六人は実技棟の空いている訓練室の使用許可を取ると移動した。
訓練室は空いていればすぐに使用許可を取ることができるが、事前に予約をすることも可能だ。今回はタイミングが良かったのか、偶然訓練室を確保できた。
「……レベッカ?」
目的の訓練室に向けて移動していると、ジルヴェスターは見知った顔を発見した。
「――あっ! ジルくんじゃん!」
見知った顔の人物は、入学式の日に喫茶店で出会ったレベッカであった。
「オリヴィアとステラっちもいるじゃん!」
レベッカはジルヴェスターたちのもとへ駆け寄ってくる。
彼女の背後から一緒にいた女生徒も後を追うように駆けてきた。
「こんなところで何してるの?」
ステラはコテンと小首を傾げてレベッカに尋ねる。
「もうステラっちかわいすぎぃ~」
質問されたレベッカはステラの仕草にハートを射抜かれたようで、一直線に駆け寄って抱きついた。
「ステラっち~、私たち魔法の訓練をしようと思ってたんだけど、訓練室が空いてなくて途方に暮れてたんだよ~。しくしく、悲しみ」
言葉とは正反対にも見える幸せそうな表情で、レベッカはステラのことを抱き締めている。
そんな彼女の頭を撫でながらステラは口を開く。
「わたしたちと一緒に使う?」
ステラがレベッカに提案すると、オリヴィアが自分たちも魔法の訓練をするつもりだったので、訓練室の使用許可を取っていることを説明した。
「えっ!? いいの? やった!」
ステラに頬擦りして喜びをあらわにするレベッカは、抱きついたまま器用に振り返って連れの女性に声を掛ける。
「シズカ! せっかくだし、お言葉に甘えさせてもらおうよっ!」
「本当によろしいのですか? お邪魔ではないでしょうか?」
シズカと呼ばれた女性が確認するように問い掛けると、ジルヴェスターたちは頷いて歓迎の意を示した。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えてご一緒させて頂きます」
「ありがとねぇ~」
シズカは綺麗な姿勢で美しいお辞儀をして感謝を示すが、レベッカは対象的に軽かった。
「改めまして――私はシズカ・シノノメと申します。よろしくお願いします」
一同は順に自己紹介をしていく。
(シノノメ家は風紀委員長と同じく東方から逃れてきた一族の末裔だな。そして剣術の大家でもある)
シズカの一族もカオルの一族と同じく、魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れ、生活圏を追われることとなった際に遠路遥々逃れて来た一族の末裔である。
そして剣術の大家であり、国中に門下生を抱え、相応の影響力を持ち合わせている一族だ。
シズカは白のブラウスの上に灰色のジャケットを羽織り、膝が隠れるくらいの長さの黒いスカートを穿いている。
肌の色、ポニーテールにしているストレートロングの黒い髪と瞳は、カオルと同じ東方人由来のものだ。
一通り自己紹介を終えた一同は、目的の訓練室へ足を向けた。
◇ ◇ ◇
訓練室に移動した一同は、各々目的を持って訓練に励んでいた。――もっとも、ジルヴェスターは軽く身体を動かすだけだったが。
壁に寄り掛かってみんなの訓練を眺めていたジルヴェスターは、シズカの訓練に視線を奪われていた。
視線の先でシズカは木刀を手に訓練に励んでいる。
「ジルがシズカのこと見つめてる」
ジルヴェスターの視線に気づいたステラがジト目を向ける。
「――ん? ああ、彼女の動きに魅入っていた。さすがシノノメ家の御令嬢だと思ってな」
「そんなに凄いの?」
ジルヴェスターの言葉にステラは首を傾げる。
「一つ一つの動きが洗練されていて無駄な動きが一つもない」
ジルヴェスターから見てシズカの剣捌きは洗練されており、剣筋が鋭く、流麗で見る物を魅了する美しさがあると思った。
「とはいえ、シノノメ家の御令嬢に対して俺が批評するのは傲慢で失礼な行為だな」
シズカは国で一番の剣術の大家であるシノノメ家の令嬢だ。
如何にジルヴェスターが優れた人物であっても、幼い頃から剣術の英才教育を受けてきた者に対して批評を述べるのは烏滸がましい行為だ。
「ジルより凄いの?」
「そりゃそうだろう。俺と彼女では比較するのも烏滸がましい」
ステラの中で、ジルヴェスターはなんでも高次元でこなす超人としてインプットされている。なので、自然と出た疑問だった。
「純粋に剣術だけの勝負をしたら手も足も出ないだろうな。力押しでどうにかなる次元でもない」
「ふーん。そんなに凄いんだ」
ジルヴェスターも剣術の心得はある。だが、仮に魔法抜きでの真剣勝負をしたらシズカに軍配が上がるだろう。
女性のシズカより男のジルヴェスターの方が膂力に優れているので、力押しでなんとかなるだろうと思うかもしれないが、それは厳しい。
実力が拮抗していればジルヴェスターに軍配が上がるだろうが、隔絶した実力差があると膂力の差など無いに等しいものだ。
「私たちも少し休憩しようか」
イザベラはそう言うと、一緒に訓練をしていたリリアナと一緒に休憩にする。
それを合図に、他の面々も続々と休憩に入っていった。
「――それにしてもレベッカとシズカが一緒にいるのはなんだか少し意外ね」
休憩に入ったオリヴィアが、先に休んでいたレベッカとシズカに話し掛けた。
「うん。わたしもそう思うけど、なんか気が合うんだよね」
笑みを浮かべるレベッカ。
「私も不思議に思うのだけれど、何故か居心地がいいのよね」
自己紹介をした時よりも砕けた口調になったシズカも同意を示す。
レベッカとシズカは全く異なるタイプだ。
レベッカは派手な外見でノリが軽いところがある。対してシズカは礼儀正しく清廉な印象だ。一見交り合うことがなさそうな組み合わせである。
「まあ、気の合う相手はそんなものよね。自然と惹かれ合うもの」
「うんうん」
微笑むオリヴィアの言葉にステラが頷く。
「とても素敵なことですよね」
「そうだね」
リリアナとイザベラも微笑みを浮かべて同意を示す。
「こうして見ると二人一組の構図ができてるよな」
ジルヴェスターの横に移動して肩を並べていたアレックスは、苦笑しながら女性陣のことを見守っていた。
「そうだな。端から見たら俺たちもそう映るんだろうな」
肩を竦めたジルヴェスターの冗談交じりに言葉に、アレックスは大袈裟に複雑そうな表情になる。
「友人としてなら悪くないが、俺は女が好きだからな」
「それは俺も同じだ」
冗談を言い合う二人は既に仲良しであった。
「イザベラはやはり火属性の魔法が得意なんだな」
会話が途切れたところでジルヴェスターがイザベラに声を掛ける。
「うん。私も一応エアハート家の一員だからね」
魔法師界屈指の名門であるエアハート家は、代々火属性に高い適正を持ち活躍してきている。
イザベラにもエアハート家の血がしっかりと流れているようで、火属性に高い適正があるようだ。傍目に見ただけでもすぐにわかるほどだ。
「一員って……イザベラは直系でしょう」
イザベラの言葉にリリアナがツッコミを入れる。
「うん。まあ、そうなんだけどね」
エアハート家の現当主である女性がイザベラの母親だ。イザベラは間違いなくエアハート家の直系である。
「こうして見ると、それぞれの特徴が見えて面白いわよね」
「そうだな」
オリヴィアの言葉にジルヴェスターが頷く。
人それぞれ魔法に対する特徴は異なる。
個人としてはもちろん、血筋でも特徴に違いが表れるので、研究者肌の人間には面白く映るだろう。
「ちょっと飲み物買ってくる」
アレックスは持ち込んだドリンクを飲み干してしまったようだ。
「俺も行こう。みんなはここで休んでいてくれ」
ジルヴェスターは全員分の飲み物を用意しようと思い、アレックスと共に訓練室を後にした。
◇ ◇ ◇
時同じくして、フィルランツェの中で特に人気の少ない場所に数人の人影があった。住宅街からも表通りからも離れている場所だ。
その中の二人は男性の大人だとわかる。残りの三人はランチェスター学園の制服を着ている。男子生徒二人に女子生徒一人だ。
「――わかりました。当日は合図があり次第行動に移ります」
「頼んだぞ」
「はい。同志たちにも伝えておきます」
何やら声を潜めて話をしていたようだが、学生の中の一人が代表して了承の意を伝えている。
「成功すればお前たちの立場は今より良くなるはずだ」
大人の一人が学生たちを言い含めるように、落ち着いた声音で言い聞かせている。
「そうですね。少しでもそうなれば幸いです」
頷き合っている学生三人の様子を見ると、覚悟を固めているような雰囲気が感じ取れる。
「また近況を伝えにくる。お前たちも中を探っておいてくれ」
「わかりました。できることをやっておきます」
どうやら情報共有の為にまた顔を合わせるつもりのようだ。
「これでこの国も少しは変わるはずだ。我々の行いはこの国を正しいあり方に変える。共に頑張ろう」
目的に酔っているかのように自分たちの行いを正しいものだと信じて疑わない一同の姿は、周囲に恐怖心を与えることだろう。
「ヴァルタンの名の下に」
大人の一人が呟いて締め括ると、他の面々も同じ言葉を復唱した。
その女がいる部屋は華美な装飾が施されている。相当な金額を投資しているのが一目で判断できるほどだ。
(彼は上手くやっているかしら)
彼女はソファに腰掛けて優雅に寛ぎながら思考に耽っていた。
彼女の仕事は以外と多い。
資金源、団員、拠点、武器や資材の確保や、セミナー、政財界との交誼など様々な仕事をこなしている。
(次はもう少し大胆なことをさせてみようかしら。その方が面白そうよね)
ロングのスリットスカートを穿いて太股まで大胆に露出し、足を組んで上機嫌に思考を巡らせる。
「紅茶を淹れてちょうだい」
「畏まりました。お嬢様」
側仕えの男性の一人に指示を出す。
男性は慣れた手つきで紅茶を用意する。
「紅茶でございます。お嬢様」
彼女が思考に耽る中、男性が新しい紅茶を丁寧な所作でテーブルに置く。
「ありがとう」
男性に礼を言い、カップを手に取り口をつける。
女が一息吐いたところで念話が飛んできた。
『――姫。今よろしいでしょうか?』
『あら? フランコかしら?』
『はい。フランコです』
『大丈夫よ』
『ありがとうございます』
突然の念話だったが、表情を変えずに慌てることなく応答する。
『新たな計画を実行予定なので報告の為、念話を飛ばしました。姫の望みに添えているかと存じます』
『新たな計画?』
『はい。内容は――』
フランコは計画の詳細を女に説明する。
説明を聞く女は愉快そうにしているが、真剣さも垣間見える表情だ。
『―――以上になります』
『それは面白そうね。あの女にも一泡吹かせられるかもしれないわ』
数秒間考え込むと考えが纏まったのか、組んでいた足を組み替えるとフランコに指示を出す。
『その計画を引き続き遂行しなさい』
『畏まりました』
『でも、もし危険を感じたらあなただけでも逃げなさい。最悪、他の者たちは見捨てても構わないわ。私にはあなたが必要よ』
『望外の喜びです。姫を悲しませるようなことは我が命に誓って致しません』
『ふふ。大袈裟ね』
至極真面目な口調で大仰な言い回しをするフランコに、女は微笑みを浮かべる。
冷酷な単語が混ざっているとは思えないようなやり取りだ。
『次帰ってきた時はあなた一人を目一杯愛してあげるわ』
『ありがたき幸せ』
一通りやり取りを済ませて念話を切ると、女は私室の奥に設けられた寝室に側仕えの男たちを引き連れて行く。歩きながら衣服を脱いで床に置き去りにする。
そして女は側仕えの男たちと夜のお楽しみに励むのであった。
◇ ◇ ◇
一月二十日。
この日、レイチェルはワンガンク区のオルストブルクという町にいた。
ワンガンク区はウォール・ウーノ内の東南東に位置する区だ。
オルストブルクはワンガンク区の町の中で最も大きく、人口が最も多い町である。区内の行政の中心でもあり、区長が勤める庁舎もある。
ワンガンク区は十三区の中で二番目に治安が悪いが、区内の町の中でオルストブルクは比較的マシな部類だ。
「ここも外れですか……」
レイチェルは周囲を見回して溜息を吐く。
彼女はアウグスティンソン隊と共に尋問した際に得た情報を頼りに、反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの拠点を虱潰しに回っていた。
建物内にいる反魔法主義者はみな倒れていたり、拘束されたりしている。
少しでも情報になり得る物は全て回収し、アウグスティンソン隊の手を借りて拘束した者たちを連行して尋問しているが、未だ有益な情報を得られていない。
『――レイ、こっちは外れだ』
『こっちもよ』
『そうか……』
『なかなか上手くいかないものね』
『そうだな』
レイチェルのもとにグラディスから念話が飛んできた。
現在レイチェルとグラディスは別行動をしている。
グラディスは直属の部下を率いて、レイチェルとは反対側の区にある拠点から回っていた。だが、結果は芳しくないようだ。
『まあ、有益な情報は得られていないが、反魔法主義者を拘束できているだけでも収穫だろう』
『そうね』
反魔法主義者は反社会的な思想を持っている者のことだ。
思想を持つだけなら構わないが、実際に反社会的な行動に出る者は立派な犯罪者だ。逮捕してマイナスになることはない。むしろ、治安維持や国家保安の側面から見ても重要案件だ。
有益な情報を得られていないのは残念だが、魔法師として国家保安の為に働けているので決して無駄な労力にはなっていない。
『それに、この国はこれだけの反魔法主義者を抱えていたのだということが判明したのも大きい』
『それも過激派組織のヴァルタンだけでこれほどいるのだものね』
『ああ。他にもいると思うと頭が痛くなる』
レイチェルは念話の先で姉が溜息を吐く姿が思い浮かんだ。
反魔法主義者がいるというのはこの国では共通認識だ。だが、実際に目の当たりにすると予想以上の人数いることが判明した。
反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンだけでもかなりの数がいる。他の組織や、組織に属していない潜在的な反魔法思想の者も合わせると、途方もない数の反魔法主義者がいることを容易に推測できた。
『これは本格的にどうにかしないといけないな』
『私たちにできることなんてほとんどないわ』
『そうだな……』
レイチェルは肩を竦める。
いくら上級魔法師とは言っても、彼女たちは政治家ではない。国としての政策に携われる立場ではないのだ。多少の影響力や発言力はあるが、直接政治に関わることはできない。
『小父貴に話を通すしかないか』
『そうね。小父様に上申してみましょう』
どうやら二人には政治に携わる者との伝手があるようだ。
自分にできないことならば、できる者を頼ればいい。
『とりあえず今は次に行ってみる』
『ええ、こっちも次の場所を回ってみるわ』
回る拠点はまだある。ここで終わりではない。
『また連絡する』
その言葉を最後にグラディスは念話を切った。
「――レイチェル様、全て完了しました」
自分のことを呼ぶ声に振り返ると、そこにはアビーの姿があった。
アウグスティンソン隊の面々は反魔法主義者を連行していた。どうやら無事に連行し終えたようだ。
魔法協会の本部はセントラル区にある。
セントラル区はウォール・クワトロ内にある最も中央に位置する区で、政庁や魔法協会本部など政治を司る中枢が集まる場所だ。唯一、国立魔法教育高等学校のない区でもある。
施設を管理する者が住み込みで働いている以外は、セントラル区に居住している者はいない。
本部はセントラル区にあるが、各区にはそれぞれ支部がある。
拘束した者たちはワンガンク区のオルストブルクにある魔法協会支部に連行した。
魔法協会の地下深くには牢があるので連行するには最適な場所だ。協会側としても犯罪者を受け入れない理由はない。魔法関係の犯罪者ならば尚更だ。
魔法協会にある地下牢の他にも各町には衛兵隊の詰所があり、そこにも牢はある。しかし、反魔法主義者を連行するには魔法協会の方が都合が良かった。
魔法師にも反魔法主義者はいるが、非魔法師の方が圧倒的に多い。衛兵は非魔法師が大半を占めるので、衛兵の中に反魔法主義者がいる確率の方が高くなる。故に確率の低い方である魔法協会を選択していた。
「ありがとございます。では、次もよろしくお願いしますね」
「はいっ!」
レイチェルの言葉にアビーは瞳を輝かせて大仰な態度で敬礼をする。どうやらレイチェルに尊敬の眼差しを向けているようだ。
上級魔法師のレイチェルに、年が近くて同性のアビーが憧れの気持ちを抱くのは自然なことだろう。
「では、行きましょうか」
そうしてレイチェルたちは次の目標へ向けて駆け出した。
◇ ◇ ◇
一段落したレイチェルとグラディスは、合流して目的の邸宅へと足を運んでいた。
場所はウィスリン区で最も大きな町であり、区内の行政の中心でもあるリンドブルムだ。区長が勤める庁舎もある。
ウィスリン区はウォール・トゥレス内の北側に位置し、プリム区、ランチェスター区と並んで最も富裕層が集まる区の一つだ。
「二人とも今日はなんの用だ?」
家の主が腰掛けている執務室のデスクの対面にあるソファに、レイチェルとグラディスは腰掛けていた。
デスクに座すのは威厳のある存在感を振り撒いている白髪交じりの男性だ。
執務室の中は最低限必要な物以外は徹底的に排除しており、いっそ質素にも思えるほど簡素である。部屋の主の性格が窺えるようだ。
「小父貴。単刀直入に言うが、反魔法主義者に対して何か効果的な政策をすべきだ」
グラディスはレイチェルと話し合ったように、反魔法主義者に対する政策を執行すべきだと告げる。
自分たちが見てきたことを詳細に伝え、反魔法的な思想を持つ者が予想以上に存在していることを説明した。
「ふむ。そのことについては儂も以前から懸念しておった」
背凭れに体重を預けた男性はグラディスの提案に賛同を示す。
「だが、そう簡単にことを運べないのもまた事実」
男性は重苦しく言葉を絞り出すと溜息を吐いた。
「やはり、他の方々が足を引っ張っておられるのですか?」
「そうだ。誠遺憾ながらな。七賢人という立場にありながら全くもって情けないことだ」
レイチェルが問い掛けると、男性は重々しく言葉を紡ぐ。
七賢人はウェスペルシュタイン国の頂点に君臨する七人の人物の地位を表す名称だ。所謂、国家元首にあたる地位である。
「まともなのはオコギー卿だけだ。七賢人はいったいいつからあのような情けない組織へと成り下がったのか……」
大きく嘆息する男性は頭を抱えたくなる気分だった。
「オコギー卿は清廉潔白な方ですものね」
「うむ。オコギー卿はまだ若いが国の為に献身し、信頼に値する好人物だ」
「フェルディナンド小父様からしたらお若いかもしれませんが、私たちからしたらオコギー卿も人生の大先輩ですよ」
フェルディナンドの本名は――フェルディナンド・グランクヴィストだ。
高身長で、白い肌に白髪交じりの金髪をオールバックにしており、緑色の瞳には確かな知性が窺える。
七賢人の一人でもあり、その中でも最年長である。現在の年齢は六十三歳だ。
対してオコギーは七賢人の中では最年少であるが、現在四十二歳であり、世間一般的には中年に差し掛かる年齢だ。決して若者ではない。
「まあ、若いからこそ私欲に溺れていないのかもしれぬがな」
長い間権力や地位を有していると人は往々にして性格が歪み、堕落し腐敗するものだ。
権力や地位を都合良く行使したりなど私欲に溺れ、一度美味しい思いをすると手放したくなくなり固執する。
人間とは醜い生き物だ。全ての者に当て嵌まるわけではないが、総じて人間の心は弱い。自身を律し続ける為には相応の精神力を要する。
「あら? 小父様は最古参の七賢人でいらっしゃいますよね? ご自分にも当てはまるのではないですか?」
「うむ。儂も七賢人になってから性格が歪んだものだ」
フェルディナンドは最も在任歴の長い七賢人だ。
長い間権力や地位を有していると人格が歪むというのは決して他人事ではない。間近で見てきたからこその説得力がある。
「小父貴は昔から腹黒いだろう」
「儂はお主らが生まれる前から七賢人を務めておるのだぞ。海千山千にもなろうものだ」
グラディスの指摘にフェルディナンドは肩を竦める。
その様子にレイチェルとグラディスは苦笑した。
長年七賢人を務めてきたのなら大なり小なり腹黒くなるのは仕方のないことだ。
私欲に溺れず七賢人としての務めを果たしているだけでも立派だろう。
「話が逸れたが、反魔法主義者についてだな」
「ああ」
グラディスが頷く。
「オコギー卿にも力を借りて可能な限り尽くしてみよう」
後ろ向きなこと言っていた割にはあっさりと提案を受け入れる。
「そうこなくっちゃな」
「ありがとうございます。小父様」
丁寧に頭を下げるレイチェルと、豪放な態度のグラディスは正反対な姉妹であった。
◇ ◇ ◇
一月二十二日――ランチェスター学園は昼休みの時間になり、生徒は食堂やカフェ、持参した弁当などで昼食を摂っていた。
そんな中、ジルヴェスターは昼食を早々に済ませ、生徒会室へと赴いていた。
扉をノックすると入室を促す声が返ってきたので遠慮なく扉を開く。
生徒会室は綺麗に整理整頓されており、部屋の主の性格が表れているようだ。
「ジルヴェスターさ――いえ、ジルヴェスター君、わざわざ足を運んで頂いて申し訳ありません」
「気にするな」
入室すると部屋の主である生徒会長のクラウディアが、言葉を詰まらせながら謝罪の言葉を口にした。――そもそも先輩が後輩を呼び出すのは何も悪いことではないので、謝る必要などないのだが。それにクラウディアは生徒会長である。尚更謝る必要などない。
「まずは紹介しますね。こちらは風紀委員長のカオル・キサラギです」
生徒会長用のデスクの椅子に腰掛けているクラウディアの横には、一人の女性が立っていた。
ジルヴェスターとは直接の面識がない女性だ。入学式の時と答辞の打合せの時に何度か見掛けた程度である。
その女性のことをクラウディアが彼に紹介した。
「よろしくな。君のことはクラウディアから聞いている」
「自分はジルヴェスター・ヴェステンヴィルキスです。こちらこそよろしくお願いします」
カオルと呼ばれた女性は右手を上げ、軽い態度で挨拶をする。
(キサラギ家か。東方から逃れてきた一族の末裔で、槍術の大家だな)
カオルの一族は、魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れ、生活圏を追われることとなった際に、遠路遥々ウェスペルシュタイン国まで逃れてきた一族の末裔である。
国中に門下生を抱える槍術の大家であり、それ相応の影響力を持ち合わせている一族だ。
女性としては高めの身長を白のブラウス、黒のジャケット、脛の辺りまで隠れる黒のスカートに身を包み、黒のハイソックスを穿いている。
東方人由来の黄色人種の肌色と、黒い瞳とシュートヘアが存在感を放っている。
「どうぞ楽にしてください」
クラウディアは椅子に視線を向けて促すと、ジルヴェスターは遠慮なく空いているデスクの椅子に腰掛ける。
「学園生活はどうですか?」
「今のところ快適に過ごせている」
「そうですか。それは良かったです」
クラウディアは心底嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「もし何か困ったことがあれば遠慮なく仰ってくださいね」
「程々にな」
苦笑するジルヴェスター。
至極真面目な顔で告げるクラウディアの姿を見たカオルは、軽く溜息を吐くと肩を竦めて苦言を呈す。
「あまり職権乱用するとルクレツィアに怒られるぞ」
「あら、それは困るわね」
クラウディアは本当に困ったような表情を浮かべながら口に手を当てるが、完全に無視を決め込んだカオルはジルヴェスターに視線を向けて口を開く。
「監査局局長である三年のルクレツィア・シェルストレームは厳格で手厳しい奴なんだ。だからこそ信頼できるんだが」
「そうでしたか」
学園には生徒で構成された自治組織が四つあり、生徒会、風紀委員会、クラブ活動統轄連合がその内の三つだと以前説明したが、あの時説明を割愛した最後の組織が監査局だ。
監査局は他の組織が公正に職務を全うしているかを取り締まるのが仕事だ。
不正や適切に資金を使用しているかなどを監査する為、公正で厳格な判断を求められる厳しい職務だ。故に監査局の人員には真面目で公正かつ、厳格な者が選ばれる。
その為、監査局の人たちは非常に厳しい人柄なのだが、その分、人間としては非常に信用できる者たちなのだ。
「――それよりクラウディア、本題はいいのか?」
「ああ、そうだったわね」
話が逸れてしまった為、カオルは軌道修正してクラウディアを促す。
「ジルヴェスター君。よろしければ生徒会の一員に加わりませんか?」
本題は生徒会へジルヴェスターを勧誘することだった。
「せっかくだが、断らせてもらうよ」
「そうですか」
ジルヴェスターはあまり考える間もなく断るが、クラウディアはあまり残念そうではなかった。
「始めから駄目で元々でしたから仕方ありません」
「すまんな」
「いえ、ジルヴェスター君が忙しいのはわかっていますから大丈夫ですよ」
クラウディアはジルヴェスターの正体を知っている。
普段から忙しくしていることもわかっていたので、断られる前提で勧誘していた。勧誘だけなら自由なので試しに声を掛けてみたのだろう。
生徒会の役員は生徒会長に任命権がある。
もちろん任命責任も付随するので、誰でも任命するわけにはいかない。能力的にも人格的にも相応しい者を選ばなければならない。
「ということは風紀委員も無理か……」
「風紀委員ですか?」
「ああ。クラウディアに遠慮して譲ったが、私も君が欲しいんだ」
カオルが呟くと、その呟きを耳にしたジルヴェスターは疑問を浮かべた。
どうやらカオルもジルヴェスターのことを狙っていたようだ。
「カオル、とても似合っていて素敵だけれど、それはプロポーズかしら?」
カオルの台詞を耳にしたクラウディアはツッコミを入れる。微笑みを向けているが目が笑っていない。
「――い、いや、そうじゃない。風紀委員長として、風紀委員の一員に欲しかったんだ」
鋭い視線を向けられたカオルは、若干頬と耳を赤らめながら慌てて否定する。
「優秀な者はいくらいても困らないからな。なんてったってジルヴェスター君は首席だしな!」
誤りを訂正するように必死になって早口で言葉を列挙するカオルの姿に、クラウディアは小さく笑う。
(愉快な人たちだ)
仲睦まじい二人のやり取りを間近で見ることになったジルヴェスターは、そんな感想を抱いた。
「それは光栄ですが、申し訳ありません。お断りさせて頂きます」
「そうか……」
「カオルも振られたわね」
「おい」
断られたカオルをクラウディアが揶揄う。
するとカオルはクラウディアの肩を肘で軽く小突いた。
お互いに冗談を言い合える仲であることが容易に判断できる二人の姿に、ジルヴェスターも微笑ましい気持ちになった。
その後も数分間三人で談笑をした後、ジルヴェスターは生徒会室を後にした。
◇ ◇ ◇
放課後になると、ジルヴェスターはステラたちに誘われて魔法の訓練をすることになった。
メンバーはジルヴェスター、ステラ、オリヴィア、イザベラ、リリアナ、アレックスの六人だ。
六人は実技棟の空いている訓練室の使用許可を取ると移動した。
訓練室は空いていればすぐに使用許可を取ることができるが、事前に予約をすることも可能だ。今回はタイミングが良かったのか、偶然訓練室を確保できた。
「……レベッカ?」
目的の訓練室に向けて移動していると、ジルヴェスターは見知った顔を発見した。
「――あっ! ジルくんじゃん!」
見知った顔の人物は、入学式の日に喫茶店で出会ったレベッカであった。
「オリヴィアとステラっちもいるじゃん!」
レベッカはジルヴェスターたちのもとへ駆け寄ってくる。
彼女の背後から一緒にいた女生徒も後を追うように駆けてきた。
「こんなところで何してるの?」
ステラはコテンと小首を傾げてレベッカに尋ねる。
「もうステラっちかわいすぎぃ~」
質問されたレベッカはステラの仕草にハートを射抜かれたようで、一直線に駆け寄って抱きついた。
「ステラっち~、私たち魔法の訓練をしようと思ってたんだけど、訓練室が空いてなくて途方に暮れてたんだよ~。しくしく、悲しみ」
言葉とは正反対にも見える幸せそうな表情で、レベッカはステラのことを抱き締めている。
そんな彼女の頭を撫でながらステラは口を開く。
「わたしたちと一緒に使う?」
ステラがレベッカに提案すると、オリヴィアが自分たちも魔法の訓練をするつもりだったので、訓練室の使用許可を取っていることを説明した。
「えっ!? いいの? やった!」
ステラに頬擦りして喜びをあらわにするレベッカは、抱きついたまま器用に振り返って連れの女性に声を掛ける。
「シズカ! せっかくだし、お言葉に甘えさせてもらおうよっ!」
「本当によろしいのですか? お邪魔ではないでしょうか?」
シズカと呼ばれた女性が確認するように問い掛けると、ジルヴェスターたちは頷いて歓迎の意を示した。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えてご一緒させて頂きます」
「ありがとねぇ~」
シズカは綺麗な姿勢で美しいお辞儀をして感謝を示すが、レベッカは対象的に軽かった。
「改めまして――私はシズカ・シノノメと申します。よろしくお願いします」
一同は順に自己紹介をしていく。
(シノノメ家は風紀委員長と同じく東方から逃れてきた一族の末裔だな。そして剣術の大家でもある)
シズカの一族もカオルの一族と同じく、魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れ、生活圏を追われることとなった際に遠路遥々逃れて来た一族の末裔である。
そして剣術の大家であり、国中に門下生を抱え、相応の影響力を持ち合わせている一族だ。
シズカは白のブラウスの上に灰色のジャケットを羽織り、膝が隠れるくらいの長さの黒いスカートを穿いている。
肌の色、ポニーテールにしているストレートロングの黒い髪と瞳は、カオルと同じ東方人由来のものだ。
一通り自己紹介を終えた一同は、目的の訓練室へ足を向けた。
◇ ◇ ◇
訓練室に移動した一同は、各々目的を持って訓練に励んでいた。――もっとも、ジルヴェスターは軽く身体を動かすだけだったが。
壁に寄り掛かってみんなの訓練を眺めていたジルヴェスターは、シズカの訓練に視線を奪われていた。
視線の先でシズカは木刀を手に訓練に励んでいる。
「ジルがシズカのこと見つめてる」
ジルヴェスターの視線に気づいたステラがジト目を向ける。
「――ん? ああ、彼女の動きに魅入っていた。さすがシノノメ家の御令嬢だと思ってな」
「そんなに凄いの?」
ジルヴェスターの言葉にステラは首を傾げる。
「一つ一つの動きが洗練されていて無駄な動きが一つもない」
ジルヴェスターから見てシズカの剣捌きは洗練されており、剣筋が鋭く、流麗で見る物を魅了する美しさがあると思った。
「とはいえ、シノノメ家の御令嬢に対して俺が批評するのは傲慢で失礼な行為だな」
シズカは国で一番の剣術の大家であるシノノメ家の令嬢だ。
如何にジルヴェスターが優れた人物であっても、幼い頃から剣術の英才教育を受けてきた者に対して批評を述べるのは烏滸がましい行為だ。
「ジルより凄いの?」
「そりゃそうだろう。俺と彼女では比較するのも烏滸がましい」
ステラの中で、ジルヴェスターはなんでも高次元でこなす超人としてインプットされている。なので、自然と出た疑問だった。
「純粋に剣術だけの勝負をしたら手も足も出ないだろうな。力押しでどうにかなる次元でもない」
「ふーん。そんなに凄いんだ」
ジルヴェスターも剣術の心得はある。だが、仮に魔法抜きでの真剣勝負をしたらシズカに軍配が上がるだろう。
女性のシズカより男のジルヴェスターの方が膂力に優れているので、力押しでなんとかなるだろうと思うかもしれないが、それは厳しい。
実力が拮抗していればジルヴェスターに軍配が上がるだろうが、隔絶した実力差があると膂力の差など無いに等しいものだ。
「私たちも少し休憩しようか」
イザベラはそう言うと、一緒に訓練をしていたリリアナと一緒に休憩にする。
それを合図に、他の面々も続々と休憩に入っていった。
「――それにしてもレベッカとシズカが一緒にいるのはなんだか少し意外ね」
休憩に入ったオリヴィアが、先に休んでいたレベッカとシズカに話し掛けた。
「うん。わたしもそう思うけど、なんか気が合うんだよね」
笑みを浮かべるレベッカ。
「私も不思議に思うのだけれど、何故か居心地がいいのよね」
自己紹介をした時よりも砕けた口調になったシズカも同意を示す。
レベッカとシズカは全く異なるタイプだ。
レベッカは派手な外見でノリが軽いところがある。対してシズカは礼儀正しく清廉な印象だ。一見交り合うことがなさそうな組み合わせである。
「まあ、気の合う相手はそんなものよね。自然と惹かれ合うもの」
「うんうん」
微笑むオリヴィアの言葉にステラが頷く。
「とても素敵なことですよね」
「そうだね」
リリアナとイザベラも微笑みを浮かべて同意を示す。
「こうして見ると二人一組の構図ができてるよな」
ジルヴェスターの横に移動して肩を並べていたアレックスは、苦笑しながら女性陣のことを見守っていた。
「そうだな。端から見たら俺たちもそう映るんだろうな」
肩を竦めたジルヴェスターの冗談交じりに言葉に、アレックスは大袈裟に複雑そうな表情になる。
「友人としてなら悪くないが、俺は女が好きだからな」
「それは俺も同じだ」
冗談を言い合う二人は既に仲良しであった。
「イザベラはやはり火属性の魔法が得意なんだな」
会話が途切れたところでジルヴェスターがイザベラに声を掛ける。
「うん。私も一応エアハート家の一員だからね」
魔法師界屈指の名門であるエアハート家は、代々火属性に高い適正を持ち活躍してきている。
イザベラにもエアハート家の血がしっかりと流れているようで、火属性に高い適正があるようだ。傍目に見ただけでもすぐにわかるほどだ。
「一員って……イザベラは直系でしょう」
イザベラの言葉にリリアナがツッコミを入れる。
「うん。まあ、そうなんだけどね」
エアハート家の現当主である女性がイザベラの母親だ。イザベラは間違いなくエアハート家の直系である。
「こうして見ると、それぞれの特徴が見えて面白いわよね」
「そうだな」
オリヴィアの言葉にジルヴェスターが頷く。
人それぞれ魔法に対する特徴は異なる。
個人としてはもちろん、血筋でも特徴に違いが表れるので、研究者肌の人間には面白く映るだろう。
「ちょっと飲み物買ってくる」
アレックスは持ち込んだドリンクを飲み干してしまったようだ。
「俺も行こう。みんなはここで休んでいてくれ」
ジルヴェスターは全員分の飲み物を用意しようと思い、アレックスと共に訓練室を後にした。
◇ ◇ ◇
時同じくして、フィルランツェの中で特に人気の少ない場所に数人の人影があった。住宅街からも表通りからも離れている場所だ。
その中の二人は男性の大人だとわかる。残りの三人はランチェスター学園の制服を着ている。男子生徒二人に女子生徒一人だ。
「――わかりました。当日は合図があり次第行動に移ります」
「頼んだぞ」
「はい。同志たちにも伝えておきます」
何やら声を潜めて話をしていたようだが、学生の中の一人が代表して了承の意を伝えている。
「成功すればお前たちの立場は今より良くなるはずだ」
大人の一人が学生たちを言い含めるように、落ち着いた声音で言い聞かせている。
「そうですね。少しでもそうなれば幸いです」
頷き合っている学生三人の様子を見ると、覚悟を固めているような雰囲気が感じ取れる。
「また近況を伝えにくる。お前たちも中を探っておいてくれ」
「わかりました。できることをやっておきます」
どうやら情報共有の為にまた顔を合わせるつもりのようだ。
「これでこの国も少しは変わるはずだ。我々の行いはこの国を正しいあり方に変える。共に頑張ろう」
目的に酔っているかのように自分たちの行いを正しいものだと信じて疑わない一同の姿は、周囲に恐怖心を与えることだろう。
「ヴァルタンの名の下に」
大人の一人が呟いて締め括ると、他の面々も同じ言葉を復唱した。

