最強魔法師の壁内生活

 一月十六日――ジルヴェスターは自宅からランチェスター学園へ登校していた。
 自分の所属するクラスである一年A組の教室へと初めて足を踏み入れる。

 教室は教壇から半円形で階段状に席を設けられている教室になっていた。
 扉は教壇の横辺りと、階段状になっている席の最上段の後方にある。この二ヶ所の扉は、どちらを利用しても構わない。

 入口から一瞬教室内を見渡し、ステラとオリヴィアの姿を確認する。確認したジルヴェスターは歩みを進めた。

「おはよう」
「おはよう。ジルくん」

 二人の一つ後ろの席に腰を下ろしたジルヴェスターに、ステラとオリヴィアが立て続けに挨拶する。

「おはよう」

 挨拶を返すジルヴェスター。

「席が自由なのは嬉しいわよね」
「そうだな」

 オリヴィアの言う通り席は各自の自由だ。空いている席を各々が自由に選ぶことになっており、その日その時の気分で毎回違う席に座ることができる。――もっとも、段々と座る席は固定されていく傾向にあるが。

 オリヴィアの言葉に「うんうん」と頷いているステラの姿を視界に収めながら同意を示すジルヴェスターが自分の考えを述べる。

ランチェスター学園(うち)は生徒の自主性を重んじる校風だからな。こういったところにも生徒の自由が認められているんだろう」

 ランチェスター学園だからこそ固定の席を定めていない。他校とはまた違った風習だ。こういったところにも各校の特色が表れている。

「オリヴィアと一緒にいられる」
「ふふ。そうね。わたしも一緒にいられて嬉しいわ」

 各自自由に席に座れ、ステラがオリヴィアと一緒にいられることができるので嬉しそうにしている。そんなステラのことを見て慈愛の籠った笑みを浮かべるオリヴィアも大変嬉しそうだ。

「ジルも一緒」
「そうだな。俺も見知った者がいた方が何かと心強い」

 視線を向けてくるステラに、ジルヴェスターは口元を緩めながら同意を示す。

 彼は幼い頃から戦場――壁内壁外問わず――を駆け回っていたのもあり、一般的な人たちに比べると世間離れしているところがある。その上同年代の知り合いも少ない。なので、見知った者が近くにいるのは心強かった。彼はできるだけ平穏な学生生活を送りたいのだ。

「――よっ、首席さん」

 三人で話しているところに、ジルヴェスターの横に立った少年が突然声を掛けてきた。

「隣いいか?」

 少年はジルヴェスターの隣の空いている席に目線を向けながら尋ねる。

「ああ」
「失礼するよ」

 ジルヴェスターの了承を得た少年は遠慮せずに腰を下ろす。

「んじゃ改めて――俺はアレクサンダー・フィッツジェラルドだ。アレックスって呼んでくれ。よろしくな」

 アレックスは軟派な態度で自己紹介をする。

「俺はジルヴェスター・ヴェステンヴィルキスだ」
「わたしはオリヴィア・ガーネットよ。この()はステラ・メルヒオット」
「よろしく」

 三人とも順に自己紹介をしていくと、アレックスはステラの名前に驚いて目を見開いた。

「メルヒオットって、あのメルヒオットか?」
「多分そのメルヒオットで合ってる」

 アレックスの率直な疑問に、ステラは慣れたものといった態度で端的に答えた。
 メルヒオット家は知らない者はいないというくらい有名な一族なので、同じような質問は良くされるのだろう。

「フィッツジェラルド家も有名だろ」
「まあな。メルヒオット家に比べたら蟻みたいなもんだけど」

 ジルヴェスターのツッコミに、アレックスはお道化(どけ)た態度で答える。

 アレクサンダー・フィッツジェラルドは褐色の肌をしており、黒みを帯びた深く(あで)やかな赤色の髪を長めのウルフカットにし、襟足は特に長めだ。緑色の瞳が良く映えて、端正な顔立ちをより際立たせている。

 身長は高いがジルヴェスターよりはやや低いくらいだろう。
 制服は黒のワイシャツに赤のジャケットを羽織って着崩しており、スラックスは黒色だ。所謂、チャラいといった言葉がピッタリと当てはまる人物だ。

 彼の実家であるフィッツジェラルド家は、魔法師界でも結構名の通った一族である。代々雷属性と火属性に優れた適正を持つ血族だ。クラウディアのジェニングス家ほどではないが、比較的名門の部類に入るだろう。

「それに俺は七男だからな。わりと自由気ままにやらせてもらっているさ。姉も四人いるし、弟と妹も何人もいるけどな」

 アレックスは笑いながらそう言うと、軽く髪を掻き上げる。

「兄弟多いのね」

 オリヴィアが呟く。

「ああ。親父は女好きだからな」
「そういえば当代の当主殿は多くの女性を囲っているらしいな」
「あ、俺は本妻の子だぞ」

 ジルヴェスターの言う通り、アレックスの父である当代の当主は好色だと知られており、事実多くの女性を囲っている。この国は一夫一妻制なので多くの妾を囲っているということだ。
 そしてアレックスは当主である父と、その妻との間に生まれた息子である。

「にしても親父もやるよな~。マジで尊敬するよ」
「「……」」

 多くの女性を囲っている父のことを尊敬していると言うアレックスに、ステラとオリヴィアはジト目を向ける。それでも彼は全く動じない。

 オリヴィアが一瞬ジルヴェスターに()()()な視線を向けると、その視線の意味を理解した彼は少しだけばつが悪くなって苦笑した。

 四人で話していると予鈴が鳴り、教壇横の扉が開いて一人の女性が入室してくる。
 その女性が教壇へ向けて歩を進め中央にある教壇に立つと、階段状になっている席へと向き直った。一度各席を見渡してから女性は口を開く。

「私はメルツェーデス・バウムガルトリンガーだ」

 そう自己紹介する女性は凛々しい佇まいをしている。
 白い肌をしており、鉛白(えんぱく)色のハンサムショートヘアと、空色の瞳が凛々しさを際立たせている。

 女性としては高めの身長でスタイル抜群だ。パンツスーツを違和感なく着こなしている姿は、如何(いか)にも女性から人気がありそうな、かっこいい大人の女性といった風貌をしている。

「一応、上級三等魔法師だ。これから一年間担任として諸君を指導することになるが、よろしく頼む」

 上級三等魔法師といえば、特級魔法師と準特級魔法師を除けば上から三番目の階級であり、魔法師の中でも精鋭中の精鋭であるエリートの証だ。

(上級魔法師の教師とは珍しいな)

 ジルヴェスターはメルツェーデスへ視線を向けて意外感を表す。

 中級以上の階級は上へ行けば行くほど人数が少なくなる。
 初級魔法師は所謂見習いのような立場なので、余程実力のない者でない限りは、ある程度魔法師として活動していればそのうち下級へと昇級できる。
 下級魔法師になって初めて一人前と見なされ、下級が最も人数の多い階級だ。
 中級魔法師は前線で活躍できる一線級の魔法師であり、人数の絶対数はここから減っていく。

 上級魔法師ともなれば最精鋭なので、教師にしておくのはもったいない人材だ。なので、上級魔法師の教師は珍しい。
 そもそも上級魔法師で教師になろうとする者自体が珍しいだろう。教師は比較的高収入の部類に入るが、上級魔法師は教師として働くよりも魔法師として活動した方が余程稼げる。

 国としてもできれば上級魔法師には教師ではなく魔法師として活動してほしいだろう。可能ならば積極的に壁外へ赴いてほしいはずだ。
 だが、未来の魔法師を育てるのも国としては重要な課題である。その点、上級魔法師でも教師として優秀な者ならば後進の育成に携わってもらいたいという思惑もあるので、上級魔法師の教員も一定数はいる。とはいえ絶対数は圧倒的に少ない。

「今日は諸君へ各種簡単なガイダンスを行う。しっかりと聞いておくように」

 メルツェーデスはそう言うと、一度生徒一同を見渡してから続きの台詞を告げる。

「我が校の授業科目は、一般教養以外は各自自由に選択できる」

 言語学、算術、歴史など一般教科はクラス毎に全生徒共通で行われる。一般教科以外は履修内容を各自自由に選択できる仕組みだ。自由な校風であるランチェスター学園だからこそのシステムだと言えるだろう。

「自分が学びたいことを積極的に学ぶのか、苦手な分野を克服する為に学ぶのか、自分の考えでしっかりと選択するように。決して友達と一緒がいいからなどというくだらない理由で選択しないように」

 学びたい分野も学びたい動機も人それぞれだろう。その点、各自自由に選択できるシステムは理に適っている。

 しかしメルツェーデスが言うように、友達と一緒が良いからなどというくだらない動機で選択されるのは困る。学校側にも生徒の側にも全く利点がないからだ。

「諸君はまだ若いので三年間は長く感じるかもしれないが、実際は三年間などあっという間だ。この期間に学んだことが将来に直結する。学生時代にもっと真面目に勉学に励んでいれば上級魔法師になれたのに、勉学を怠った結果、中級魔法師止まりだった、なんてこともあり得ることだ。若い時の成長力は侮れない。故に再三言うが、しっかりと考えて自分の意思で選択するように。迷った時はいつでも相談を受け付けるからな」

 若い時は時間が経つのを遅く感じ、逆に歳を重ねれば重ねるほど時間が経つのを早く感じるようになる。
 若い時に積んだ経験というのは後に多大な影響を与えるというのも事実だ。
 上級魔法師であるメルツェーデスが言うと説得力がある。

「最初のうちは興味のある科目を一通り受けてみるのもいいだろう。時間はあっという間に過ぎると言ったが、焦らずにしっかりと考えることが何よりも重要だ」

 確かに何事も焦ると良いことは起こらない。

「学内の施設も各自一度は事前に足を運んでおくように。場所がわかりませんでしたと言って授業に遅刻するのは言い訳にならないからな」

 学園の敷地は広大だ。
 授業を実施する各教室や施設の場所を事前にしっかりと把握しておく必要がある。

「次にクラブについてだ。クラブ活動も学生の内にできる貴重な場だ。加入するもしないも自由だが、是非とも悔いのない学生生活を送ってほしい」

 課外活動も学生生活を送る上で需要なファクターだ。
 メルツェーデスとしても、生徒たちには人生一度きりの学生生活を可能な限り悔いなく、満足できるように送ってほしいと思っている。

「各クラブは勧誘に必死だ。入学間もない時期は多少手荒くなることもあるので注意するように」

 勧誘は一年を通して可能であり、加入することもいつでも可能ではあるが、大抵の生徒は入学間もないうちにいずれかのクラブに入部する。なので、各クラブにとって今の時期は狙い目なのだ。

 今の時期は各クラブが勧誘に精を出して、多少行きすぎた行為に出ることも多々あるが、学園側としてはある程度は黙認している。これも生徒の自主性を重んじる校風故にだ。

「勧誘でトラブルに巻き込まれた際は生徒会や風紀委員、統轄連に相談するように」

 自主性を重んじる校風故に、学園の治安や風紀を守るのも生徒の役目だ。
 学園には生徒で構成された自治組織が四つある。その内の三つが生徒会、風紀委員会、統轄連だ。

 生徒会は生徒会長を筆頭に学園の自治を司る組織である。学園の治安を守る役割もあるが、主な職務は文官色の強い内容だ。

 風紀委員会は風紀委員長が長を務め、学園の治安を守る為に、校則違反者や不審者などを取り締まる警察と検察を兼ね備えた組織だ。業務内容柄、公正な判断を下せる人格者で、尚且つ戦闘面でも優れている者が選ばれる傾向にある。

 統轄連は正式名称をクラブ活動統轄連合と言い、組織のトップである総長を筆頭に各クラブを管理するのが主な職務だ。また、学園の治安を守る役目もあり、風紀委員会から助力を要請されることもある。

 学園の自治を司る組織はもう一つあるが、ここでは割愛する。

「ちなみに私は魔法実技クラブの顧問を務めている。興味のある者はいつでも歓迎するぞ」

 メルツェーデスは担任であるのをいいことに、自分の生徒たちに抜け目なく勧誘を行う。どうやら茶目っ気もある先生のようだ。

 その後もメルツェーデスによる諸々の説明が行われていく。

 ◇ ◇ ◇

 企業や店舗が数多く軒を連ね、商業の中心地であることが良くわかるオフィス街に、複数の魔法師の姿があった。
 場所はネーフィス区で最も大きな町であり、区内の行政の中心でもあるリンドレイクだ。区長が勤める庁舎もある。

「隊長、これからどうします?」

 周囲の建物の中でも一際大きく、経営が好調だとわかるワナメイカー・テクノロジーの本社にいる魔法師の集団の中にいる一人の男性が、自身の上司である隊長に今後の方針を尋ねる。

「まずは二人一組になって周辺を調査する」

 白い肌に清潔感のある茶色のミディアムヘアの隊長は、茶色い瞳を備えた目で十五人いる隊員一同を見渡して方針を述べる。

「二コラは私と本社に待機だ」

 隊長は白い肌をしていて、(だいだい)色のベリーショートに髪を整えている女性隊員に視線を向けた。

「了解です」
「では、アウグスティンソン隊、各自行動開始」

 隊長のその言葉を合図に、十一人の隊員が二人一組になって四方に分散して行った。
 この場に残ったのは隊長と二コラの二人だけだ。

「隊長」
「なんだ?」
「ここ最近の事件はやっぱり反魔法主義者が関わっているんですかね?」
「わからん。だが、それを確かめる為にこの任務に取り掛かっている」

 連日世間を賑わせている事件には共通項がある。

 それは被害にあった()()が全て魔法関連であるということだ。
 ワナメイカー・テクノロジーの施設が襲撃されたように、魔法関連の施設が度々被害を受けている。施設だけではなく、魔法師――魔法的資質を有する者――が襲われる事件まで相次いでいた。
 しかも(たち)の悪いことに女性や子供、魔法を実戦レベルで行使できない者、魔法的資質を有するだけで魔法自体一切扱えない者など、比較的襲いやすい者に狙いを定めている始末だ。

 その上、魔法に関わっている非魔法師まで被害に遭っている。ワナメイカー・テクノロジーに勤めている者などだ。おそらく、非魔法師でも魔法に少しでも関わっていると悪と見なされるのだろう。

 このような魔法に対して見せる徹底した姿勢が、反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの仕業によるものではないかと目されている理由だ。

「襲撃者がなんであろうと、我々魔法師としては決して看過できないことだ」
「そうですね」

 魔法師として反魔法主義者による行動を見過ごすわけにはいかない。
 反魔法主義者による行動を許せば、魔法師の地位や立場を脅かされることになる。

 何より、魔法師がいるからこそ人類もこの国――壁内――で安穏と暮らせていけているのだ。
 もちろん非魔法師の存在も欠かせない。魔法師と非魔法師の共存があってこそ、この国は成り立っている。

 魔法師の存在がなくては壁外に蔓延る魔物の脅威に対応できず、滅亡する未来を待つことしかできない。だが、魔法師――魔法師ライセンス所有者――以外の大半の人間は、壁内から出たことがないので壁外の脅威を知らない。

 無知故に壁外のことを甘く考えてしまい、魔法師との違いや差に劣等感や妬み嫉みといった負の感情が生まれてしまう。

 そういった擦れ違いの結果、国が亡びるなど目も当てられない。

「少しでも尻尾を掴めるといいのだが……」

 隊長が希望に縋るような口調で呟く。

 アウグスティンソン隊の隊長を務めるマイルズ・アウグスティンソンは、連日の事件を重く捉え、解決の一助となる為に自分の隊を率いてワナメイカー・テクノロジー本社へと赴いていた。

 マイルズの左腕には中級一等魔法師の地位を示す腕章がある。

 魔法師として活動する際は、階級を示す記章を身に付ける必要がある。タイプは様々あり、マイルズは左腕に腕章を身に付けているようだ。

 中級一等魔法師ということは一線で活躍できる優秀な魔法師だ。事実、彼は魔法協会や隊員から厚い信頼を寄せられている。
 そして共に待機している二コラはアウグスティンソン隊で最も若い十九歳で、一番の後輩だ。階級も隊の中で最も低い。マイルズと同じで左腕に記章を付けており、それを確認すると下級五等魔法師だった。

 マイルズは隊を分ける時はなるべく二コラを自分と行動させるようにしている。
 彼女は魔法師としてまだ経験が浅く、実力的にも未熟な部分がある。なので、可能な限り隊長である自分がいつでもフォローできるように共に行動させているのだ。直々に指導する意味合いもある。
 二コラはそのことを理解しているので、待機を命じられても不満なく受け入れている。

 マイルズは若い魔法師の育成に定評があり、魔法協会も評価している点だ。故に魔法協会も安心して若い魔法師のことを託しており、アウグスティンソン隊への入隊を希望する声も多い。
 アウグスティンソン隊で経験を積み、後に自分の隊を設立する者も多く存在する。

「みなさんの報告を待ちましょう」
「そうだな。君もいつでも動けるよう準備は怠らないように」
「はい。わかりました」

 マイルズは少しだけ緩んだ空気を引き締めた。

 ◇ ◇ ◇

 ジルヴェスターたち一年A組の面々はメルツェーデスの引率のもと、上級生の選択科目の授業風景を見学していた。
 一年生が履修する選択科目を選考する上で、少しでも参考になればと学園側が用意している授業見学の時間だ。
 一年生と上級生では選択科目の種類に違いはあるが、実際に自分の目で雰囲気を確認しておくのは大事なことだろう。

「この専攻科目は工学技術研究という」

 一同はメルツェーデスの説明に耳を傾ける。

 現在ジルヴェスターたちが見学しているのは、工学技術研究――通称・工技研――という科目を専攻している二年生の授業だ。
 魔法工学に関する科目は他にも複数あるが、工技研は魔法工学技師ライセンスの取得を志す者を対象とした科目である。

「現状魔法師を目指す者に比べて、魔工師を志す者は圧倒的に少ない。諸君には少しでも興味を抱いてもらえると、私個人としても学園側としても嬉しい」

 魔工師を志す者は魔法師を志す者に比べると絶対数が圧倒的に少ない。どこか魔法師が主役で、魔工師は脇役といった漠然とした風潮があり、そういった印象を持っている者は多い。

「魔工師を目指す奴の大半はキュース魔法工学院に行くよな。魔工師関連の授業はわざわざランチェスター学園(うち)で扱わなくても良くないか?」

 メルツェーデスの言葉を聞いて疑問を抱いたアレックスは、呟くようにジルヴェスターに問い掛けた。

 魔法師は派手で活躍の場を目撃する機会が多いが、魔工師はあまり表に出てこないので、直接お目にかかる機会が少なく、地味なイメージがあるのは拭い切れない事実だ。

 実際に見た上で、凄さのわかりやすい魔法師の方が憧れる子供は多いだろう。対して魔工師は直接お目にかかる機会が少ないのに加えて、一定以上の造詣を有していないと凄さを理解することができない。故に、必然的に魔工師に憧れる子供が少なくなってしまうのだ。

「確かにキュース魔法工学院を選択する者は多いが、魔工師を志す者の絶対数が少ない現状、少しでも魔工師の人数を確保したいんだろう。それに選択肢を増やすこともできるからな」

 キュース魔法工学院はウォール・ツヴァイ内の南東に位置し、キュース区に設置されている国内に十二校ある国立魔法教育高等学校の内の一校だ。

 キュース区はウォール・ウーノ内の東南東に位置するワンガンク区に次いで工業が盛んな区だ。工場や工房はワンガンク区ほどではないが、販売店はキュース区の方が多い。
 そういった経緯でキュース魔法工学院は魔法工学に力を入れており、関連したカリキュラムが多く、魔法工学技師を志している生徒が多く在学している。

 キュース魔法工学院だけではなく、他の学校でも魔工師の育成に取り掛かれば、それだけ生徒の将来への裾野を広げることができるのでデメリットはないだろう。

「対抗戦もあるから尚更だ」
「なるほど。確かにそれはあるか」

 ジルヴェスターの説明にアレックスは頷いて納得した様子を示す。

 対抗戦に出場する選手のMACを調整するのは、技術スタッフとしてチームメンバーに選抜された生徒の役目だ。MACの調整次第で勝敗を分けることもある。学園側としては勝率を上げる為に優れた技術スタッフを育成したいという思惑もあった。

「だから俺たちにこの授業を見学させたんだろう」

 ジルヴェスターは学園側の意図を推測する。

「さすがだな。お前の推測通りだ」

 ジルヴェスターとアレックスの会話を聞いていたメルツェーデスが、彼の推測を肯定した。

「いえ、少し考えれば(おの)ずとわかることです」
「そうだな。諸君にプレッシャーを与えるわけではないが、対抗戦は政治的な側面もある。学園側としては、可能な限りいい成績を残してもらいたいというのが偽らざる本音だ」

 その言葉に一人の男子生徒が、「それ、プレッシャーっすよ……」という呟きを零した。

 対抗戦は生徒が主役の祭典だが、政治的な側面があるのは否定しようがない事実だ。
 より良い成績を残した学校は、十二校ある国立魔法教育高等学校の中でも強い発言権を得ることができる。その影響力は馬鹿にできない。

「まあ、今気にしても仕方のないことだ。まずはしっかりと学業に取り組むことだな」

 宥めるようなメルツェーデスの言葉に、生徒たちは少し落ち着きを取り戻したようだ。代わりに今後の学業に向けて気を引き締めている。

「そもそも対抗戦の出場選手に選ばれるのかもわからんしな」

 アレックスは口元を釣り上げ、意地の悪い笑みを浮かべて場を茶化す。

「確かに」
「今気にしても仕方ないことよね」
「まずは選手に選抜されるように頑張らないとな」

 アレックスの茶化しが功を奏したのか、少々張り詰めていた場の空気が霧散し、生徒たちは気持ちを切り替えるように言葉を漏らした。

「次へ移動するぞ。静かについて来なさい」

 今は授業見学中だ。
 工学技術研究の授業は見学内容の一部でしかない。見学はこの後も続く。あまりのんびりしていてはいくら時間があっても足りない。

 そもそも見学しているのはA組だけではない。各クラス三十人ずつでA組~H組まであるので、効率良く行わないと時間を無駄に浪費してしまう。

 メルツェーデスの案内のもと、次々に授業見学を行っていく。

 共通科目である魔法実技を始め、術式研究、剣術指南、医学講座、野外活動指南など、様々な選択科目の授業を見学した。

 魔法実技の授業に瞳を輝かせる者もいれば、剣術指南の授業を食い入る目で見つめる者など、各自充実した時間を過ごせたようだ。

 一同はA組の教室に戻ると各々席に腰掛けた。

明日(あす)から本格的に授業が始まる。一般科目はもちろん、選択科目の授業も始まるので各自検討しておくように」

 魔法師を育成にするのに時間はいくらあっても困らない。むしろ時間は多い方がいい。
 入学早々だが選択科目の授業も始まる。あまりのんびりしていられないのが実情だ。各自選択科目の吟味に時間を割く必要がある。

「先程も言ったが、悩んだ場合は一度体験してみるといい。今はなんとも思わなくても、一度授業を受けてみたら興味が湧くこともあるからな」

 初めから選択する科目が決まっているのなら別だが、迷っているのなら一度体験してみるのは大事なことだ。何事も経験してみないことにはわからないことだらけだろう。

「相談はいつでも受け付ける。遠慮なく私のもとを訪ねるといい」

 そう締め括ったメルツェーデスの号令で、この日は解散となった。

 メルツェーデスが退室すると、各自自由に動き始める。
 帰り支度をする者、選択科目について話し合う者、クラブ見学に行く者など様々だ。

「――ジルくん、この後時間あるかしら?」

 出入口の混みあいを避ける為に、人口密度が下がるまで席に座って大人しく待機していたジルヴェスターにオリヴィアが声を掛けた。

「ああ。何かあるのか?」
「ええ、これから選択科目について意見交換をしようと思って、よければジルくんもどう?」

 意見交換の場に誘われたジルヴェスターは少し考える。
 オリヴィアの隣には当然のようにステラもいる。そして他に二人の女子生徒の姿もあった。どうやら授業見学の間に仲良くなったようだ。

 ジルヴェスターは既に選択する科目は決めていたが、せっかく学生になったので学生らしく生活しようと思い至り、オリヴィアの提案を受けることにした。

「構わんよ」
「俺もご一緒していいか?」

 了承の旨を伝えたジルヴェスターの隣にいたアレックスが便乗して参加を希望する。

「ええ、もちろんよ。みんなもいいわよね?」

 オリヴィアは一緒にいる三人にも確認を取る。
 三人とも頷いているので、どうやら無事に了承してくれたようだ。

「どこで意見交換するのかな?」

 授業見学の時に仲良くなったと思われるオリヴィアと一緒にいる二人の内の、髪が深みのある真っ赤な色の凛々しい出で立ちをしている方の女生徒が尋ねる。

「そうね……カフェなんてどうかしら?」

 学内にはカフェテラスが併設されている。
 ちょっとした話をするのにはうってつけだろう。

「いいと思う」

 ステラが賛成すると、他の面々も賛成の意を表明したので、場所はカフェテラスで決定した。

「先に自己紹介してもいいかな?」
「ああ、そうね。ごめんなさい気が回らなくて」

 話が一段落したところで凛々しい女生徒が自己紹介を提案すると、オリヴィアは初対面同士の面々がいるのにも(かか)わらず話を進めてしまったことを詫びる。

「私はイザベラ・エアハート。よろしく」

 イザベラと名乗った少女は白い肌に赤い瞳を備えており、深紅色のマニッシュショートヘアが特徴的だ。

 白いブラウスの上に赤のジャケットを羽織り、赤いスカートは膝よりやや上辺りの長さで、黒のパンティストッキングを穿いている。

 女性としては高めの身長で手足が長く、麗人という言葉がピッタリと当てはまる佇まいをしており、同性から人気がありそうな出で立ちをしている。

(エアハート家か、名門中の名門じゃないか)

 ジルヴェスターはエアハート家について思考を向ける。

 イザベラの生家であるエアハート家は、魔法師界でも有数の名門だ。
 アレックスのフィッツジェラルド家も名門だが、エアハート家の方が断然名門である。
 クラウディアのジェニングス家と並んで、この国のトップに君臨する名家なのがエアハート家だ。

「わたしはリリアナ・ディンウィディーです。よろしくお願いします」

 イザベラと共にいたもう一人の少女が名乗った。
 リリアナは白い肌に黄色の瞳を備えており、白茶(しらちゃ)色の髪はゆるリッチウェーブにしている。

 ステラと同じくらいの身長だが、大きく異なるのが凹凸の激しい身体つきだ。
 制服はブラウス、ジャケット、スカートは全て白で統一し、黒のタイツの穿いており、清楚な印象を周囲に与えている。

(ディンウィディー家。こっちも名門だ)

 リリアナの生家であるディンウィディー家も名門だ。
 エアハート家ほどではないが、フィッツジェラルド家と同等の名門であり、決して侮ることはできない。

 その後ジルヴェスターとアレックスも順に自己紹介を済ませると、七人連れ立ってカフェテラスへ移動した。