最強魔法師の壁内生活

 学園に戻ったジルヴェスターはステラとオリヴィアの二人と別れて別行動をしていた。
 彼が足を運んだのは学園長室だ。学園長室に辿り着いて扉をノックすると、入室を促す声が返ってきた。

「――入るぞ」
「いらっしゃい」

 室内には応接用のソファとローテーブルが置かれており、華美すぎず、質素すぎてもいないバランスの取れた調度品が並んでいる。そして奥には部屋の主が腰掛けるデスクがあった。
 そのデスクから女性の声が掛かる。ランチェスター学園の学園長だ。

「わざわざごめんなさいね」
「構わんよ」

 学園長は足を運んでもらったことを申し訳なく思っており、気品を崩さない仕草で頭を上げると、笑顔を浮かべてジルヴェスターを歓迎した。

「コーヒーでいいわよね? ブラック?」
「ああ」

 立ち上がって室内の奥まったところにある必要最低限の設備を備えたキッチンへ、学園長がコーヒーを淹れに向かった。
 学園長はジルヴェスターの好みを把握しているので、軽いやり取りだけで済ませられる。

「座って少し待ってて」

 学園長は応接用のソファにジルヴェスターを促す。

 ソファに腰掛けて数分待つと、二つのカップとお菓子を入れた器を載せたトレイを持った学園長が姿を現した。
 トレイからカップを取り出して一つをジルヴェスターの前に置き、もう一つを自分の前に置く。そして中心にお菓子を入れた器を置くと、学園長がジルヴェスターの対面のソファに腰掛けた。ちなみに学園長のカップの中身は紅茶だ。

 まず互いにカップを手に取り、一口(すす)って落ち着いてから学園長が口を開く。

「まずは入学おめでとう。これ、入学祝いよ」

 祝いの言葉と共に『異空間収納(アイテム・ボックス)』から綺麗に包装された品を取り出す。
 どうやら腕輪型のMACを用いて魔法を行使したようだ。

「ありがとう。だが、学園長が一人の生徒を贔屓していいのか?」
「今は学園長としてではなく、ただのレティ・アンティッチとして贈っているからいいのよ」

 学園長として一人の生徒を贔屓するのは良くないことだ。それを危惧したジルヴェスターの疑問に、学園長――レティが片目を瞑りウインクをして答えた。

「そうか。ならありがたく受け取っておく」
「ええ。そうしてもらえると嬉しいわ」

 厚意をありがたく受け取ったジルヴェスターに、レティは慈愛の籠った微笑みを向ける。

「開けても?」
「いいわよ」

 綺麗に包装された祝い品を解くと、中には懐中時計と万年筆が入っていた。

「少し遅くなって申し訳ないけれど、誕生日プレゼントも一緒にしておいたわ」

 ジルヴェスターの誕生日は一月七日だ。
 今日は一月十五日なので八日遅れのプレゼントということになる。

「これ高かったろ?」

 ジルヴェスターは懐中時計と万年筆に目を凝らすと高価な物だと当たりをつけた。
 時計は意匠を凝っているが華美になりすぎず、持ち歩きやすくなっている。万年筆も実用的でありながら細かなところまで繊細に作り込まれているのが見て取れ、どちらも職人の業が遺憾なく発揮されたからこそ完成された一品だった。

「お金なら心配いらないわよ」
「そうか。ならいいが」
「それにしても貴方ももう十六歳になったのね」

 レティは過去に想いを馳せ感慨に耽る。

 彼女との出会いは八年ほど前に遡る。
 レティが特級魔法師第六席になって一年ほど経った頃だ。

 現在は一線を退いて席次を返上し準特級魔法師になっているが、当時は若き俊英として名を馳せていた。――『残響(ざんきょう)』という異名は現在も色褪せることなく国内に轟いている。

 八年前に初めて出会った時、ジルヴェスターは八歳で、レティは二十一歳だった。

 ジルヴェスターは当時八歳ながら魔法師として活動しており、特級魔法師第六席だったレティの世話になったことも多々あった。
 今ほどではないにしてもジルヴェスターは当時から優れた魔法師だった。だがいくら優秀とはいえ、さすがに八歳の子供には限界がある。肉体的にも精神的にもだ。

 如何(いか)に経験豊富なベテラン魔法師でも心身ともに過酷なのが魔法師という職務だ。
 そんな中、八歳の子供が魔法師として活動していること自体が本来は異常である。

 魔法師ライセンスは年齢関係なく取得できるが、普通は八歳の子供がライセンスを取得しようとは思わないし、周囲の者が反対するだろう。仮に取得を目指しても高確率で落ちるのが目に見えている。全くいないわけではないが、ジルヴェスターは極稀な例であるだろう。――もっとも、彼の場合は自分の意志関係なく周りが放っておかなかったのだが。

「あの頃は世話になったな」

 当時のことを脳裏に思い浮かべたジルヴェスターは、素直な気持ちをレティに告げる。

「当然のことをしたまでよ。それに放っておけなかったもの」

 他の同世代の人よりもいろいろと人生経験も豊富で精神的に大人びていたジルヴェスターだが、大人でも過酷な魔法師としての活動を八歳の頃からこなしていたのだ。
 魔法師としての活動はもちろん、精神的にもレティには助けられていた。――それも最初の内だけだったのだが。

「八年も前だものね。私も歳を取るわけだわ」

 現在二十九歳のレティが溜息を吐く。

「まだ若いだろ。外見も魔法師としても」
「あら、ありがとう」

 ジルヴェスターは思ったことを率直に伝えると、レティは微笑みを浮かべた。

 レティ・アンティッチは女性としては高めの身長でスラっとした長い手足、白い肌に葡萄(ぶどう)のような赤黒い紫色の髪を脱力ウェーブのロングにしており、撫子(なでしこ)のような少し紫みのある薄い赤色――ピンクに近い――の瞳が宿っている。

 出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる凹凸の激しい豊満な身体つきだ。
 だらしなくならない程度に着崩したスカートタイプのレディスーツを着用しているが、隠しきれていない有り余る色気を醸し出している。もっとも、隠す気があるのかは本人のみが知ることだが。

「――さて、そろそろ本題に入るわ」

 ジルヴェスターがレティの元を訪れたのは何も談笑する為ではない。

「例の件はどうだったのかしら」
「そうだな……」

 レティは事前にジルヴェスターに頼み事をしていた。
 ジルヴェスターとしてはレティの頼みというのもあるが、個人的にも気になっていたので快く引き受けたのである。
 今回はその報告に訪れた次第だ。

「活発に動いているのは反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンのようだ」
「そう。私の調べでも同じだわ」

 何もレティはジルヴェスターに丸投げしていたわけではない。
 自分も情報を探っていた。学園長としても、元特級魔法師第六席としても、準特級魔法師としても人脈や力を持っている。
 国に関する情報収集はお手の物だ。

 だが、レティは一線を退いている身でもある。
 それに学園長としての職務もあり、身軽な立場ではない。
 故に魔法師としての実力も地位もあるジルヴェスターに依頼したのだ。

「過激派という名に相応しい暴れっぷりだ。少しでも魔法に関わる()()には見境ないようだな」

 (もの)(もの)問わず、魔法に関わるものには見境なく過激な行動に出ている反社会的団体である。

「生徒たちが巻き込まれないといいのだけれど」

 レティが最も懸念しているのは生徒が巻き込まれることだ。
 生徒は若い故に精神的にも実力的にも未熟な者が多い。学園長として心配の種である事実は覆りようがない。

「どうだろうな。少なくとも学園内にいる限りは大丈夫だと思うが、絶対ではないからな」

 そこでジルヴェスターは一度言葉を止め、レティに視線を向けると続きの言葉を口にする。

「普通に考えてレティがいるこの学園に手を出す馬鹿はいないだろう。だが、つけ入る隙がある以上絶対とは言えん」

 国内でもトップクラスに位置する実力者のレティが学園長を務めるランチェスター学園に手を出す恐れ知らずはそうそういないだろう。
 だが、手を出す出さないに(かか)わらず、つけ入る隙はある。いくら可能性が低くても対応を怠っていい理由にはならない。
 将来有望な魔法師の卵を失うわけにはいかないのだ。レティ個人としても大事な生徒に被害が及んで欲しくはないというのが偽らざる本心だ。

「魔法を忌み嫌っている以上、魔法師になる前の生徒を狙うのは理に適っている」
「そうよね。寮で暮らしている生徒はともかく、自宅から通学している子たちはより注意が必要ね。もちろん寮に住んでいるからと言って、絶対に安全とは言えないけれど」

 寮は学園の敷地内にある。学園には警備員もいる上に防犯面の設備も整っている。それに学内にはレティを始め、魔法師ライセンスを有する教師陣もいる。敷地内の教職員寮に暮らしている者もいるので、何か問題があれば迅速に対応することが可能だ。

 とはいえ、自宅から通学している者や、寮で暮らしている者も学園の敷地外に出ることがある。買い物や散歩など、学外に赴く用事はいくらでもある。
 学外に赴く者全ての安全を守ることは不可能だ。

「おそらくだが、反魔法主義団体には魔法師も加わっているだろうな」
「魔法師が反魔法主義団体に加担していると?」

 溜息を吐いて告げるジルヴェスターの言葉に、レティは眉間に少し皺を寄せて疑問を呈す。

「ああ。被害にあった場所をいくつか見て回ったが、非魔法師だけでは到底不可能な手際だった」

 少し考える仕草を見せたジルヴェスターは、一呼吸置いて続きの台詞を口にする。

「それに明らかに魔法の痕跡が見て取れた。巧妙に隠しているみたいだったが、俺の目は誤魔化せない」
「……そう。あなたがそう言うなら事実なのでしょうね。困ったものだわ。魔法師が反魔法活動をするなんて」

 溜息を吐いてからカップを手に取り一口二口啜ると、再び溜息を吐く。二度目の溜息は深々としており、その様子から彼女の心情がありありと察せられる。

 魔法師が反魔法的な活動をするということは、自分のルーツを否定しているということになる。
 両親や祖父母、更に遡った祖先に魔法的資質を有する者が一人もいなかったとしても、魔法的資質を有する者が生まれてくることはある。所謂、一族の魔法的資質を継承する始祖にあたる人物ということになるだろう。
 そういう人のことを――『第一世代』と呼び、その人を起点に魔法師としての一族が築かれていく。逆に魔法師から非魔法師が生まれることもある。

 いずれにしても、魔法師が反魔法的な活動を行うというのは、自身を否定していることと同義である。
 自分で自分たちの立場を悪化させている矛盾な行動だ。

 魔法師は社会的な地位が保障されている。全ての魔法師に当てはまるわけではないが、魔法師は一般的な仕事をしている非魔法師よりも収入面で恵まれている。

 過酷な訓練を行った先に得た地位で、尚且つ危険の伴う仕事なので収入面で恵まれているのは当然のことなのだが、大半の非魔法師はそのことを知らない。

 魔法師は個人の働き次第で収入面も上下する上に、常に死と隣り合わせの環境に身を置いている。対して大半の非魔法師は壁外に出たこともなければ、魔法師が普段どんな生活を送っているのかも知らない。

 故に偏見が生まれ、格差を意識してしまう結果にもなっている。知人に魔法師がいても、あくまで話を聞いた上で想像することしかできないからだ。

 大多数の非魔法師は魔法師に対して友好的、中立的な態度を示しているが、一部には否定的な立場を取る者がいるという事実は覆らない。そして、その中の更に一部が反魔法的な活動を行っているのだ。

 魔法師が反魔法的な活動に加担するということは、魔法師界も一枚岩ではないということの証左でもある。

「一概に魔法師と言ってもみな同じではないからな」
「そうね。仕方ないと言えば仕方ないのよね。いろいろと複雑な気分よ」

 魔法師――魔法的資質を有する者――とはいえど、同じ魔法師にも様々な人間がいる。
 上級や特級魔法師になれるような非常に優れた者。
 一線で活躍できるが上級にはなれない中級魔法師。
 その中級魔法師にもなれない下級魔法師。
 そもそも魔法を扱えても魔法師になれないような、実戦レベルで魔法を行使できない者。
 魔法的資質を有していても全く魔法を扱えない者。
 といった具合に同じ魔法師とはいえ簡単に一括りにはできない。

 才能や実力、地位や立場が異なれば当然価値観や目指すものが違ってくる。なので、魔法師が反魔法的な活動を行うのも多少は理解できるし、仕方のないことだとも二人は思っている。――とはいえ、決して看過することはできないが。

「学園内にも反魔法主義団体に加担している者や、加担はしていなくても反魔法的な思想を持つ者がいるかもしれない」
「その辺りはしっかり対応しなければならないわね。何もないのが一番だけれど」

 レティには学園を守る責任がある。
 何もないのが一番だが、万が一何かあった時の為に対応を怠って手遅れになるのだけは避けなくてはならない。

「引き続きレイに調査させているから、また何かわかり次第報告する」
「ええ。お願いするわ」

 話が一段落すると、ジルヴェスターはカップを手に取ってコーヒーに舌鼓を打つ。

「レイチェルは働き者ね。ありがたいわ」
「そうだな。良くやってくれている」

 レイこと――レイチェルはジルヴェスターの部下である。
 レティとは面識があり、良く知っている間柄だ。

「最近会えていないわね。よろしく伝えておいてもらえる?」
「ああ。わかった」

 レティは現在進行形で反魔法主義団体の件でも世話になっている。
 直接伝えられないのは申し訳ないが、例え人伝えでも何も伝えないのよりは幾分かマシだろう。礼儀的にも精神的にも。

 ジルヴェスターはコーヒーを飲み干すと席を立つ。

「それじゃ、失礼するよ」
「ええ。今日はありがとうね」

 勝手知ったる間柄なので軽く挨拶を済ませただけで退室しようと扉の取っ手に手を掛けたところで、レティが思い出したようにジルヴェスターの背に向かって声を掛ける。

「――ああ、そうそう。落ち着いたらで構わないから一度(うち)に顔を出してもらえる? ()()()が会いたがっているのよ」
「そういえば最近忙しくて会いに行けてないな。わかった。落ち着いたら一度顔を出そう」
「ええ。お願いね」

 レティの言葉を受けて()()()のことを思い浮かべたジルヴェスターは、一瞬の迷いもなく了承する。
 ジルヴェスターの返事を聞いたレティは、嬉しそうに笑みを浮かべて彼が退出するのを見送った。

 ◇ ◇ ◇

 入学式の片付けが一段落したところで、生徒会室には二人の少女の姿があった。
 髪の長い方の少女は椅子に腰掛け、もう一人の髪が短い方の少女は腕を組んで立っている。

「今年の新入生は粒揃いなんだろ?」
「ええ」
「それは楽しみだな」

 髪が短い方の少女が尋ねると、もう一人の少女が頷いた。
 すると、髪が短い方の少女は口元をにやけさせて、楽しみを隠し切れない様子をあらわにする。

「今年の対抗戦はランチェスター学園(うち)の三連覇が(かか)っている。新人戦のポイントも重要になるな」
「そうね」
「何より今年から本戦には()()()が出てくる。本戦は厳しくなるから、より新人戦のポイントが肝になってくる」
「プリム女学院のあの()ね」
「ああ」

 対抗戦には新人戦と本戦でそれぞれポイントが設けられており、ポイントを得る条件は細かく設定されている。その中で最終的に最も多くのポイントを獲得した学校が優勝を勝ち取ることができる仕組みだ。如何(いか)に多くのポイントを得るかが優勝への分かれ道となる。

 プリム女学院はウォール・トゥレス内の南西に位置し、ウィスリン区、ランチェスター区と並んで最も富裕層が集まる区の一つであるプリム区に所在する、国立魔法教育高等学校の十二校ある内の一校だ。

 プリム区は十三区の中で最も綺麗な街並みをしていると言われており、最も治安の良い区でもある。そんなプリム区には十二校の中で唯一の女子校であるプリム女学院が存在する。

 プリム女学院はランチェスター学園と同じ三大名門に数えられる内の一校だ。唯一の女子校であり、お嬢様学校でもある。
 女学生が憧れる学院で、国立魔法教育高等学校に入学することを考えている女子の八割近くは、プリム女学院を志望しているとも言われている。専願併願問わず受験する女子が多い憧憬(しょうけい)を向けられる学院だ。
 プリム女学院の生徒は、他校の女子生徒から羨望(せんぼう)の眼差しを向けられることが多々ある。

 教員や事務員、警備員などの学院に勤める者も全員女性で構成されている徹底ぶりだ。
 女性はもちろん、男性からも別の意味で憧憬(しょうけい)を向けられている。――男性の場合は男子禁制の場所に対する興味本位の視線や、完全に下心満載の不埒な視線などと様々だが。

 そしてプリム女学院には、淑女としての礼儀作法や、花嫁教育などを学ぶ授業が設けられている。所謂、フィニッシングスクールというやつだ。専門の学校ではないので、正確にはフィニッシング()()()()ではないのだが、スクール自体がプリム女学院の教育課程に組み込まれているようなものである。

「確かに本戦は熾烈(しれつ)な争いになるわね」
「――なあ、クラウディア。正直私は対抗戦に()()()が出るのは反則だろうと言いたいよ」
「カオル、気持ちはわかるけれど仕方ないわよ。他校とはいえ、あの()も私たちと同じ国立魔法教育高等学校の生徒なのだから」

 溜息を吐いて思わず愚痴を零すカオルを、クラウディアは苦笑しながら窘める。

 どうやらプリム女学院には要注意人物がいるようだ。
 ランチェスター学園の優勝を阻む敵として二人が要警戒している者とは、いったいどのような人物なのか。 

「いずれにしても対抗戦までまだ時間はあるわ。選手選考も含めてしっかりと準備をしていきましょう」
「そうだな」

 その人物のことは対抗戦を迎えれば(おの)ずとわかることだ。
 
 今は選手選考などの事前準備に注力することの方が重要だろう。
 ランチェスター学園は自主性を重んじる校風なので、対抗戦に出場する選手の選考は基本的に生徒主導で行われる。生徒会などの要職に就いている者たちが中心となって選手選考を行うのが伝統だ。

「――そういえばお前もプリム女学院を受験したんだよな?」

 カオルは以前聞いたことをふと思い出す。

「ええ。受験したわよ。一応、六校受験したもの」

 クラウディアは魔法師界の名門であるジェニングス家の令嬢なので、当然プリム女学院も受験していた。

「結果はどうだったんだ?」
「ありがたいことに六校全て受かっていたわ」
「……さすがだな」

 クラウディアが受験した全ての学校の試験に合格したという事実に、カオルは素直に感嘆した。

「それでもランチェスター学園(うち)に来たんだな」

 六校から合格を貰っていたということは、入学する学校を六校の中から選べるということだ。
 そしてクラウディアはその六校の中からランチェスター学園を選択した。
 プリム女学院という大半の女性が憧れる学院に合格していたのにも(かか)わらずだ。

「ええ。私は元々ランチェスター学園が第一志望だったもの。他は保険で受験しただけよ」

 クラウディアの本命は初めからランチェスター学園だった。
 あくまで不合格だった場合のことを考慮して、ランチェスター学園以外の五校を受験したのである。

「プリム女学院は第二候補だったわ」

 もしランチェスター学園が不合格で他の学校に合格していたら、その中からプリム女学院を選んでいた。

「お前がランチェスター学園(うち)に来てくれて良かったよ。もしお前までプリム女学院に行っていたら、対抗戦とか目も当てられない結果になっていただろうな……」

 クラウディアがプリム女学院を選んでいた場合の対抗戦を想像したカオルは、現実逃避しているかのように遠い目をして肩を竦める。

「あなたはプリム女学院受けなかったのよね?」
「ああ。あそこはな……私は性に合わん。むしろ私があそこで勉学に励む姿を想像できるか?」
「ふふ。きっと女の子たちからモテモテだったでしょうね」
「おい。私は女なんだが……。勘弁してくれ」

 カオルはプリム女学院に憧れを抱かなかった少数派だ。元々性格的に毛色が合わないので、(はな)から眼中になかったのである。
 仮にプリム女学院に通っていた場合の自分の姿を想像したカオルは小さく身震いをし、クラウディアの揶揄(からか)うような台詞には顔を顰めて深く溜息を吐きながら肩を竦めた。

「……そうか。お前がランチェスター学園(うち)に来ることを決めていたのは、例のお前の()()()が来ることをわかっていたからか?」

 少しの間思考を巡らせていたカオルは、合点がいったというように確認の意味も込めてクラウディアのことを弄りながら尋ねる。

「ええ、そうよ。私の全てはあの()()に捧げているもの」
「……」
「対抗戦もあの()()がおられるのだから何も恐れることはないわ」

 だが、カオルの弄りは全くと言っていいほど通用しなかった。
 クラウディアはさも当然のこととして真顔で肯定したのだ。彼女の瞳には微塵も濁りがなく、むしろ輝きに満ちてすらいるとカオルは思った。

 カオルはクラウディアが(くだん)の王子様に傾慕(けいぼ)しているのを知っていたが、ここまで澄んだ瞳を恥じることなく向けられるとさすがにたじろいでしまう。

「話には聞いていたが、そんなに凄い奴なのか?」

 クラウディアから王子様のことを何度か聞かされていたが、ここだけの話、聞いていたカオルは親友の話には話半分で付き合っていたので、あまり鵜呑みにしていなかった。

 改めてクラウディアに問い掛けたカオルだったが、彼女はこの時の言動を悔いることになる。

「それはもう素晴らしい()()よ!」

 良くぞ訊いてくれましたと言わんばかりに瞳を輝かせて口を開いたクラウディアは、その後しばらく力説することになる。
 何故かクラウディアに謎のオーラのような物を幻視したカオルは、瞼を閉じて目頭の辺りを摘まむ行為を数回繰り返し、自分の視界を疑う羽目になった。

 その後カオルは長時間も拘束されることとなり、クラウディアの王子様に対する想いを甘く見ていたことにただただ後悔したのであった。

 ◇ ◇ ◇

 日が沈み外灯が街中を照らす時間帯に、街中から少し逸れた薄暗い場所で(うごめ)く複数の影があった。
 場所はネーフィス区の第二の町であるマーカイウに所在し、ワナメイカー・テクノロジーが所有する魔法技術研究所だ。

 ネーフィス区は、ウォール・ツヴァイとウォール・トゥレスに挟まれているウォール・ツヴァイ内の南西に位置する区だ。商業の中心地であり、多くの企業や店舗などが軒を連ねている。

「これより任務を遂行する。各自行動開始」

 集団を率いるリーダーのその言葉と共に、配置に着いていた者たちが作戦通り各自行動を開始する。
 統率が()()()()()よう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どちらともとれる動きで行動している。

 研究所に勤める魔法師や非魔法師達も協力して応戦するが、虚しくもことごとく研究施設を破壊され、その上研究資料や金目の物を一切合切奪取されてしまう。

 そして目的が達成されると、複数の影の姿は闇夜に消えていった。

 翌日の新聞には、ワナメイカー・テクノロジーが所有する魔法技術研究所が襲撃されたと大々的に記事にされていた。

 今回の事件も、連日新聞を賑わせていた反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンによる事件と関係しているのかと事実と憶測を交えた内容で記され、紙面を賑わせている。

 研究所には魔法師も非魔法師も勤めているが、無論、魔法技術研究所なので魔法師――魔法的資質を有する者――の割合の方が圧倒的に多い。研究者の大半は魔法師で、非魔法師はほんの僅にいるだけである。その他の非魔法師は事務員など直接魔法や研究に関わらない者たちだ。 

 研究者になる魔法師にはどちらかと言えば戦闘向きではない者や研究者肌の者、魔法を実用レベルで行使できない者などが多い。

 その研究所に勤める非魔法師と、実用レベルでは行使できないが多少は魔法を扱えるものの研究者故に身体を鍛えていない魔法師に対し、非魔法師だが身体を鍛えている実行犯で構成されるヴァルタンのどちらに()があるのか、いくら研究者といえども魔法師であることに変わりはない者たちが、そんな簡単にヴァルタンに好き放題やられるのか、本当に犯人はヴァルタンなのか、と記者や有識者の意見や憶測が紙面に掲載されている。

 この日はこの事件の話題で魔法師と非魔法師を問わず、国内の各所で賑わうのであった。