最強魔法師の壁内生活

 七月下旬。
 遂に対抗戦の日がやってきた。

 出場選手は期待と不安を胸に抱えている。
 作戦スタッフは可能な限りのサポートを行った。後は作戦会議を行ったら見守るだけだ。
 技術スタッフはMACの調整を完璧に行ったが、対抗戦開始直前まで担当している魔法師と二人三脚で調整を確認する。
 その他の対抗戦に関われない生徒は応援に駆けつけたり、夏季休暇を謳歌したりするはずだ。

 そしてキュース区のサントロローデに場面を移す。
 サントロローデにあるホテルに各校の生徒が集結していた。
 これから懇親会が開かれるからだ。

 ちなみに学校毎に宿泊先として提供されるホテルは異なる。
 サントロローデは観光地としても人気なのでホテルの数が多い。なので、十二校毎に別々のホテルを用意できる。

 とはいえホテルによってグレードが異なる。高級ホテルもあれば、良心的な価格のホテルもある。
 前回の対抗戦の順位が上だった学校からグレードの高いホテルを提供してもらえる仕組みだ。
 その為、今回はランチェスター学園が最も高級なホテルを利用させてもらうことになっている。

 そして各校の出場選手、作戦スタッフ、技術スタッフは、各々が泊まるホテルの部屋に荷物を置いた後、ランチェスター学園の生徒が利用するホテルに足を運んでいた。
 懇親会が行われるホテルは、協力してもらっているホテルの中で最もグレードの高いホテルで行うことになっているからだ。
 前回の優勝校はわざわざ別のホテルに足を運ばなくてもいい。優勝校の特権だ。

 ジルヴェスターが会場に足を踏み入れると、既にほとんどの生徒が集合していた。
 ランチェスター学園以外の制服に身を包んだ者が多くいるので不思議な感覚だ。

 ジルヴェスターは入り口近くの壁に背中を預ける。

 懇親会は立食形式のパーティーだ。
 各々自由に軽食や飲み物を手に取って舌鼓を打っていた。

 少し離れた場所ではアレックスがプリム女学院の生徒をナンパしている。
 オリヴィアは甲斐甲斐しくステラのお世話をしているようだ。
 レアルは他校の女子に囲まれて困り果てており、助けを求めるような視線を周囲に向けている。
 イザベラとリリアナはデザートに夢中だ。
 料理が趣味のレベッカは興味津々に味を研究している。ビアンカとシズカは付き合わされているようだ。

 その他の面々も思い思いのひと時を過ごしていた。

 みんなが飲食や談笑に興じている姿を眺めていると、前方から両手に一つずつグラスを持ったクラウディアが歩み寄ってくる。
 足音一つ立てない足取りは優雅であり淑女然としていて美しい。

「楽しんでいますか?」

 そう言うと、クラウディアは右手に持ったグラスを手渡す。
 グラスを受け取ったジルヴェスターは中身を一口啜る。
 中身は白葡萄(ぶどう)のジュースだった。

 味は甘味が強く、後味がさっぱりしている。
 渋みが少ないので甘い葡萄(ぶどう)ジュースを好む人や子供などにおすすめだ。

 クラウディアも同じものを飲んでいる。

「正直こういう場はあまり好きではないんだが……」
「ふふ、そうでしたね」

 ジルヴェスターは賑やかな場所を好まない。
 静かな場所で一人黙々と研究や開発、読書などをしていたいタイプだ。
 だからこそ輪に加わらずに隅で静観していた。

「お前はこんなところにいてもいいのか?」

 クラウディアは生徒会長としても、ジェニングス家の令嬢としても、交誼(こうぎ)を結んで親交を育む必要があるはずだ。
 そういった政治的側面を抜きにしても、純粋に懇親会を楽しんだっていい。

「俺に付き合わなくてもいいんだぞ」

 もしかしたら一人でいる自分に気を利かせてくれているのだろうか? とジルヴェスターは思った。

「いえ、少々嫌気が差していたところでしたので……」

 クラウディアは苦笑しながらさりげなく数ヶ所に視線を向ける。
 その視線の先を追うと、こちらを窺うように見ている他校の男子生徒が複数人いた。
 いや、正確に言うとクラウディアのことを見ている。

「なるほど。お前も大変だな」

 クラウディアは誰が見てもまごうことなき美女だ。
 彫刻のような整った顔立ちに、凹凸のはっきりとした身体つきをしている。手足が長くてスタイル抜群だ。
 お淑やかで品位があり、落ち着いた雰囲気をしている淑女の代表のような立ち振る舞いに誰もが視線を奪われる。

 魔法師としての実力も同世代の中で随一だ。
 正に容姿端麗と文武両道を体現している才媛である。
 しかも魔法師界の名門であるジェニングス家の令嬢というおまけ付きだ。

 そんな彼女のことを放っておく男の方が少ないだろう。
 男が夢中になるのもわかる。振り向かせたいと思うのは道理だ。
 色恋の話だけに限らない。家同士の繋がりを構築したいと目論む者もいるはずだ。

 ちなみにランチェスター学園の男子生徒がクラウディアを口説くことはない。
 畏れ多いのもあるが、彼女がジルヴェスター至上主義なのを知っているからだ。
 崇拝している相手がジルヴェスターだとは知らなくても、慕ってやまない相手がいることは周知の事実である。

 クラウディアは他校の男子に囲まれ、粗相のないように愛想笑いをしていた。だがあまりにも人数が多く、その上しつこかった。
 それに辟易してしまい、ジルヴェスターのもとに避難して来たのである。――男と楽しそうに話しているところに割って入れる勇気のある者がいないとも限らないが。

 諸々の事情を察したジルヴェスターは、クラウディアに同情の眼差しを向けた。

 その後もクラウディアと談笑していると、出入口から会場に足を踏み入れる者がいた。
 会場にやって来た人物の存在に気がついた者から波及していくように騒がしくなる。

「なんでわたしがわざわざ足を運ばないといけないのよ。そもそもこのホテルはわたしにこそ相応しいでしょ」

 一人でやって来た人物は髪を掻き上げながら悪態をつく。明らかに不機嫌だ。

「これも全て前回の対抗戦で総合優勝を逃した所為ね。いくらわたしが天才でも他が足手纏いじゃ孤軍奮闘でしかないし」

 その者は入口近くの壁に背中を預けていたジルヴェスターの横を通りすぎていく。

「邪魔よ。凡愚(ぼんぐ)の分際でわたしに余計な手間をかけさせないで」

 不遜(ふそん)な態度を隠そうともしない。
 他者を等しく見下している目つきをしており、同級生や先輩のことすら()()ろす始末だ。
 しかも自分が人垣を避けるのではなく、周囲の者たちに道を譲らせている。他校の生徒だろうがお構いなしだ。

「彼女がエレオノーラ・フェトファシディス様です」

 クラウディアが小声で告げる。

「……なるほど」

 傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度を垣間見たジルヴェスターは無表情で頷いた。

 (くだん)の人物――エレオノーラは、特級魔法師である自分に最もグレードの高いホテルを割り当てるべきだと考えているようだ。
 それで不満を隠そうともせずに文句を垂れている。

 ジルヴェスターは遠ざかっていくエレオノーラの後ろ姿を目線で追う。

 エレオノーラは肌が白く、胸元に届かないくらいの長さで毛先が緩くカールしている、燃えるような赤い髪が存在感を放っている。本当に燃えているかのように錯覚するほどだ。

 彼女の他者を見下したような目つきは、妖しく光る赤い瞳も相まって高飛車な印象が強まっている。

 プリム女学院の制服はタイトなワンピースなので身体の線が良くわかる。
 細身でスラっとしていて手足が長い。優れた魔法師故に顔立ちが整っており、間違いなく美少女だ。
 しかし明らかに性格に難があるので、男女問わず好かれないだろうことは容易に想像がつく。

「あれは……駄目だな」

 そう呟いたジルヴェスターは首を左右に振って肩を竦める。

「プリム女学院の学園長が頭を抱える訳がわかった」

 エレオノーラの態度は看過できない。あれでは特級魔法師の地位を貶めてしまう。責任感が欠如している証拠だ。
 特級魔法師として最低限は相応しい態度を取ってもらわなければならない。

「俺は彼女になんの恨みもないが、第一席の責任として鼻っ柱を()し折ってやろう」
「やりすぎないでくださいね」
「善処する」

 元々頼まれていたこととはいえ、あまり乗り気ではなかった。
 だが実際にエレオノーラの態度を目の当たりにして認識を改めた。話には聞いていたが、想像以上に酷かった。
 性根を叩き直してやらねばならない、とジルヴェスターは気を引き締めた。

 少々度がすぎてしまうかもしれないが、それは大目に見てもらいたいところだ。
 仮想(Virtual)空間(space)創造(creation)転送(transfer)装置(device)のお陰で死ぬことはないのだから。

「二人で何話しているんだ?」

 風紀委員の面々を従えていたカオルがひとりでやって来た。

「大したことじゃないわよ」
「そうか」

 クラウディアが軽くあしらも、カオルは詮索することなく引き下がる。
 元々話題の内容に興味があったわけではなく、声を掛けるきっかけの言葉にすぎなかったのだろう。

「ジルヴェスター君、すまないがクラウディアを借りてもいいか?」
「構いませんよ」
「すまんな」

 何故かジルヴェスターに了承を求める。
 断る理由はないので首を縦に振るが、釈然としない。

「ご主人様の許可が下りたことだし、クラウディアは少し付き合ってくれ」
「ご主人様だなんて……」
「冗談で言ったのになんで嬉しそうなんだよ……」

 照れながら身体をくねらせて恍惚(こうこつ)としているクラウディアの様子に、カオルは若干引く。
 多幸感に打ち震える姿が妙に色っぽい。

 敬慕してやまないジルヴェスターが自分のご主人様になった光景を妄想して悦に入っている。
 ジルヴェスター至上主義の彼女らしい反応だ。冗談が全く通用していない。

 カオルは深く溜息を吐くと、クラウディアの手を引っ張る。

「プリム女学院の生徒会長を待たせているんだ。さっさと行くぞ」

 カオルはプリム女学院に友人がいる。
 その友人を介し、プリム女学院の生徒会長に頼まれてクラウディアを呼びに来たのだ。
 どうやら大事な話があるらしい。

 クラウディアはカオルに連れ去られていく。
 二人の後ろ姿を見送ったジルヴェスターはグラスの中身を飲み干す。

 すると、今度はオリヴィアがやって来た。

「ジルくん」

 困った顔のまま愛想笑いを浮かべている。

「どうした?」
「申し訳ないのだけれど……ちょっと付き合って」

 オリヴィアはジルヴェスターの左手を引っ張る。
 そして自分の腕を絡めた。

「あそこにいる三人のアプローチがしつこくて」

 オリヴィアの視線の先を辿ると、同じ体型、同じ顔の三人組がいた。
 
「三つ子か」

 区別がつかない容姿から察するに三つ子なのだろう。

「ええ。そうらしいわ」

 オリヴィアは首肯すると、三つ子がいる方向へと歩き出す。
 ジルヴェスターは歩幅を合わせてついて行く。

「男からアプローチされるのはいつものことだろ」

 オリヴィアは男性からの人気が高い。
 整った顔立ちに男好きのする主張の激しい身体つき。色気のある立ち振る舞いと雰囲気。面倒見が良くて包容力がある人柄。
 男の視線を釘付けにしている要因はいくらでも思いつく。

 彼女は男の視線を浴びることにもアプローチされることも慣れているので、普段は意に介していない。

「あの三人は全く引き下がる気配がない上に露骨で……」
「そうか」

 ほとほと困っていたようで、左手を頬に添えて深く溜息を吐いた。

「だから相手がいるって言えば引き下がると思ったのよ」
「なるほど。俺は男避けか」
「そういうこと」

 ジルヴェスターは近くにいたウェイターに中身が空になったグラスを預ける。

 事実はどうであれ、恋人がいると伝えることで諦めてくれないだろうかと思った。
 その為に(てい)良く使われるのがジルヴェスターの役目というわけだ。

「というわけでお願いね」
「ああ」

 オリヴィアはジルヴェスターの顔を見上げながらウインクする。

 彼女がジルヴェスターを頼るのには訳があった。
 ジルヴェスターが色恋沙汰に関する彼女の頼みを断れないのにも理由がある。

 その訳はオリヴィアの両親、兄、叔母、ステラの両親、アーデル、レイチェル、レティしか知らないことだ。
 いずれはステラにも話すことになるが、今はまだ時期尚早だ。

「ステラはいいのか?」

 いつも一緒にいるはずのステラがいない。

「ええ。レベッカたちに預けたわ」

 言われた場所に視線を向けると、そこにはレベッカに餌付けされているステラがいた。
 幸せそうに食べ物を詰め込んで頬を膨らませている。

 面倒事に巻き込まない為に避難させたのだろう。
 ステラはオリヴィアの言うことは素直に聞くので、手間を掛けずに避難させることができたのは幸いだった。

 (くだん)の三人の近くまで辿り着くと、会話が聞こえてきた。

「いやー、凄い美人だったな!」
「オリヴィアさんか……」
「叱られたい」

 三人はオリヴィアに夢中なようで、自分たちの世界に入っている。
 ジルヴェスターたちが近付いていることに気がついていない。

「めっちゃタイプだ!」
「女神のような御方だ……」
「踏まれたい」

 一人変態的な発言をしている者がいるが、聞こえなかったことにした。

 声の届く位置まで辿り着くと、オリヴィアが背後から声を掛ける。

「マクダニエルズさん」

 名前を呼ばれた三人が一斉に振り返る。

「オリヴィアさ――」

 顔を赤くして嬉々とした様子の三人は言葉に詰まった。
 意中の相手の隣に知らない男がいたからだ。

 呆然としている三人のことは放っておいてオリヴィアは言葉を続ける。

「好意を持って頂けるのはありがたいのですが、私には彼がいるので申し訳ありません」

 オリヴィアは軽く頭を下げる。
 頭を上げた後、自分の胸をジルヴェスターの左腕に押し付けた。
 腕が胸に挟まれ、豊満で柔らかい胸は形が歪む。
 それでも張りがあるので綺麗な形を保っており、余計に妖艶(ようえん)さが増していた。

 三人は固まった身体を動かすことなく、頭だけ動かしてジルヴェスターに視線を向ける。
 ぎこちない動きなので、まるで機械のようだ。
 身長差の関係で三人はジルヴェスターのことを見上げている。

「高身長で、しかもすんげぇイケメンだ」
「神々しくて眩しい……」
「睨まれたい」

 三人が順に呟く。

「これは俺たちの出る幕がないな」
「そうだな……。その方がオリヴィアさんは幸せだろう」
「諦めの感情もまた興奮する」

 頷く三人の動きが揃っている。さすが三つ子と言ったところか。

 話の流れから察するに、どうやらオリヴィアのことは素直に諦めるようだ。
 意外と聞き分けがいい。もっと粘着するかと思っていたのでジルヴェスターは意外感に包まれた。

 オリヴィアが幸せなら二人の関係を引き裂くのは野暮だと考えているようだ。
 あくまでもオリヴィアの幸せが第一ということらしい。

「イケメン君、俺はジェイソン・マクダニエルズだ。オリヴィアさんのことをよろしくな!」
「俺はジェイレン・マクダニエルズ。二人は美男美女でお似合いだな」
「俺はジェイデン・マクダニエルズだ。興奮した。ありがとう」

 ジェイソンから順に握手を交わし、ジルヴェスターも名乗った。
 一人だけ変態がいるが気にしないことにする。

 ジェイソンが長男で、ジェイレンが次男、ジェイデンが三男だそうだ。全く見分けがつかない。

 ジェイソンは長男らしく纏め役のようで、三人の中では一番しっかりしていて朗らかな印象だ。
 次男のジェイレンは仕草と言動がいちいち芝居がかっているが、最も頭が切れるらしい。
 三男のジェイデンは少し残念なところがあるように見受けられる。しかし、やる時はやる男だそうだ。

「だが、機会があればまたアプローチするぞ」
「二人がいつまでも仲睦まじいことを祈るよ」
「焦らしプレイ」

 打ちひしがれても完全には諦めていないのか、虎視眈々(こしたんたん)と機会を窺っているようだ。
 それでも二人の幸せを祈るあたりは人の良さが滲み出ている。

「では、オリヴィアさんお幸せに! 対抗戦を楽しみにしているよ!」

 ジェイソンが代表して告げると、三人は素直引き下がって行った。

「悪い奴らではなさそうだな」
「ええ。だからこそ無下にするのはどうかと思ったのよ」
「なるほどな」

 失礼な輩なら遠慮なく突き放すが、三人は終始オリヴィアのことを第一に考えてアプローチしていた。
 無遠慮なことをせず、常に紳士的な対応だっただけに突き放すのが憚られたのだ。

 可能な限り穏便にことを収める為にジルヴェスターを頼ったというわけであった。

「それにあいつらは中々腕が立つと思うぞ」
「あら、そうなの?」
「ああ」

 オリヴィアが首を傾げる。

 マクダニエルズ三兄弟の魔法師としての実力は侮れない、とジルヴェスターは見て取った。
 魔眼を使わなくてもわかる。一定以上の魔法師なら誰でも可能だ。

「対抗戦では気をつけておくことだな」
「ええ、そうするわ」

 三兄弟はエル魔法教育高等学校の一年生なので、オリヴィアとは新人戦で相まみえる可能性がある。
 もしかしたら対抗戦を荒らす存在になるかもしれない。気に掛けておいて損はないだろう。

「――ジルくんとオリヴィアがイチャイチャしてる……」

 聞き慣れた声が背後から掛かったが、やけに力のない口調だ。
 疑問に思いながら振り返ると、そこにはステラ、レベッカ、シズカ、ビアンカがいた。
 マクダニエルズ三兄弟がいなくなったのに気がついたステラたちがやって来たようだ。

 そして先程の力のない呟きはレベッカの声であった。
 おそらく嫉妬や羨望が胸中で渦巻いたが、自覚がないので上手く処理できなかったのだろう。それで無意識に呟いてしまったのだと思われる。
 
 一方で、ステラは腕を組む二人のことを無表情のままジーっと見つめていた。

「おやおや」

 ビアンカがにんまりと愉快そうな笑みを浮かべて口を開く。

「これは……レベッカはお呼びじゃない感じかな~」
「な、なんのこと!?」

 ジルヴェスター本人に気があることを勘付かれたくないレベッカは、動揺を誤魔化そうとする。

 二人が言い合っているのを無視してステラが喋る。

「終わったの?」
「ええ」
「そ」

 小さく頷いたステラは、オリヴィアとジルヴェスターが組んでいる腕の解いて、自分が間に割って入る。
 自分の右腕をジルヴェスターの左腕に絡め、左腕をオリヴィアの右腕に絡ませた。
 二人に挟まれる形で腕を組み、ご満悦だ。幸せそうで何よりである。
 まるで兄と姉に甘える末っ子みたいだ。

 オリヴィアは「あらあら」と言いながら慈愛の籠った眼差しでステラのことを見守っている。
 ジルヴェスターも拒絶することなく受け入れていた。

「もう、ステラっちはかわいいな~」
「羨ましいの間違いでしょ」
「ビアンカは黙ってて!」

 レベッカは言い争いながらもステラの行動を視界に収めていた。
 そしてどうやらステラの行動が琴線(きんせん)に触れたようで目尻が下がっている。
 ビアンカのことを睨む目つきとは雲泥(うんでい)の差だ。

「オリヴィアは大変だったわね」
「ジルくんのお陰で助かったわ」

 シズカがオリヴィアを労う。
 マクダニエルズ三兄弟の件はステラから聞いていたので把握していた。

「ジル君もお疲れ様」
「俺は突っ立っていただけだがな」

 ジルヴェスターは苦笑するが、役に立ったのは事実だ。
 シズカの労いを受ける資格はある。

「――みなさんご一緒だったのですね」

 今度はリリアナがイザベラを伴ってやって来た。

「ステラはご機嫌だね」
「ん」

 ご満悦なステラの様子を見たイザベラが微笑む。(なご)む光景に肩の力が抜けた。

「――やっと解放された……」
「何がそんなに嫌なのか」
「僕はアレックスみたいにはできないよ……」

 げっそりした顔のレアルと、彼の肩に腕を回しているアレックスもやって来た。

「レアルは随分とお疲れだな」
「ジル、聞いてくれよ。こいつ女子に囲まれてウハウハの状況だったのに、通り掛かった俺に助けを求めてきやがったんだよ」
「お前なら嬉々としてそうだな」
「そりゃそうだろ。ハーレムで羨ましい限りだったぜ」

 二人が一緒にいたのは、ナンパに奔走していたアレックスがたまたまレアルの近くを通り掛かったからだ。
 レアルがこれ幸いと助けを求めると、アレックスは「やれやれ」と言いながら助けに入った。

 しかし、アレックスは善意だけで助けたわけではない。
 レアルのことを囲む女子たちをナンパし始めたのだ。ナンパするのにちょうどいいと思って助けに入ったのだろう。

 アレックスが会話の主導権を握ると場が盛り上がったが、レアルは相槌を打つだけの機械と化していた。

 最終的にはアレックスが上手く場を収めて穏便に退散したという次第だ。

「ちゃっかりしているな」
「当たり前だろ。せっかくのチャンスだったからな」

 呆れと感心が同居した複雑な表情のジルヴェスターが肩を竦める。

 隙を見てはすかさずナンパするアレックスはさすがと言うべきか、節操がないと呆れるべきか。
 男から見たら感心する部分もあるが、女性からしたら白目を向けたくなるだろう。

「お陰で複数人とデートの約束を取り付けられたし、懇親会は最高だな」
「程々にな」

 ほくほく顔のところに水を差すようで申し訳ないが、友人として釘を刺しておく。

「ジルくんが人のこと言えるのかしら……」

 オリヴィアが誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

「……」

 ジルヴェスターの耳にはしっかりと届いていたが、一部の者しか知らない事情により何も言い返すことができなかった。
 (くだん)の事情に関してオリヴィア自身は納得しているし不満もない。なので、揶揄(からか)っているだけだ。
 それはジルヴェスターも理解している。
 しかし返す言葉がないのは変わらない。

 オリヴィアの呟きが他の面々には聞こえていなかったのがせめてもの救いだろう。

「一先ず、お前は美味いもんでも食ってストレスを発散しろ」

 アレックスがレアルの背中を押す。

「うん。そうするよ……」

 疲れ果てて肩が下がっているレアルは、近くのテーブルに置かれているケーキに手を伸ばした。

 ◇ ◇ ◇

 懇親会が盛上りを見せる中、一人の男性が壇上に姿を現した。
 気配がなく、会場にいるほとんどの人は気づいていない。

 壇上の中心に立った男が口を開く。

「――みなさん、懇親会を楽しんでいますか?」

 男性の声は鼓膜に残り安心感を与えてくれる低くて渋い声だった。

 突然室内に響いた声に驚きの声がこだまする。
 ジルヴェスターとレアルは気づいていたので平静だが、一緒にいる面々は驚いていた。

「いま私が声を発する前に、私の存在に気がついていた人は数人しかおりませんでしたね」

 男性は数人に視線を向ける。
 目が合ったジルヴェスターは肩を竦めた。

「つまり私が襲撃犯だった場合に対応できたのは、その数人だけということになります」

 男性の言葉に場が騒然となる。
 務めて穏和な口調だが、言っていることは辛辣だ。魔法師として未熟と言っているに等しいのだから。

「とはいえ、みなさんはまだ学生です。少しずつ魔法師としての自覚を養ってください。焦りは禁物ですよ」

 優しい笑みを浮かべる。
 その笑みには人を惹きつける不思議な力があった。

「挨拶が遅れましたが、私は魔法協会本部長のマクシミリアン・ローゼンシュティールです」

 壇上の男性――マクシミリアンが名乗ったことで(ざわ)めきがより大きくなる。

 マクシミリアンの名を知らない者はほとんどいない。
 魔法協会の本部長は、魔法協会のナンバースリーである。支部のトップである支部長よりも本部長の方が立場は上だ。本部長よりも上位の地位は会長と副会長しかない。

 魔法協会の重役が現れたのだ。騒然となるのは道理だろう。
 しかもマクシミリアンは三十八歳の若さで本部長の座まで登り詰めた才人だ。

「本来は別の者が来る予定でしたが、無理を言って変わってもらいました」

 穏和な笑みに、会場にいる大勢の者の視線が釘付けになる。

 懇親会では主催を務めている魔法協会の者が登壇して激励するのが恒例になっているが、例年ならマクシミリアンほどの大物が来ることはない。なので、今は正に異例の事態である。

 彼は本部長という魔法協会の重役を務めているが、腰が低くて穏和な性格だ。
 お陰で生徒たちは過度に緊張することなく話に耳を傾けることができている。

 収拾がつかない事態になっていたらどうしていたのだろうか、と思いながらジルヴェスターは冷めた視線を向けて静観していた。

 ジルヴェスターとマクシミリアンは面識がある。だからこその冷めた視線だ。
 視線の意味は、「本部長なのにフットワーク軽すぎだろ」という呆れの表れだった。

「相変わらず本部長は年齢不詳だね」

 イザベラが苦笑する。

 面識があるからこその言葉だ。
 普通は簡単に本部長に会えたりはしないのだが、さすがは魔法師界の名門であるエアハート家の令嬢だ。エアハート家だからこそ会う機会があったのだろう。

 マクシミリアンは白い肌をしており、肩に掛からないくらいの長さの茶髪が特徴だ。少し癖がありカールしているが、丁寧にセットしてあって清潔感がある。

 長身でスラっとしているのでスーツが良く似合う紳士だ。
 実年齢よりも十歳ほど若く見える為、年齢不詳と言われることが多い。

 魔法師としても優秀であり、文武を兼ね備えた頼れる男だ。
 人望が厚く、将来的には魔法協会の会長の座に最も近い人物とも言われている。

「せっかくみなさんが楽しんでいる場を長話で遮るのは野暮なので、一言だけ私から言わせてください」

 マクシミリアンは会場にいる生徒たちを見回してから続きの台詞を紡ぐ。

「今は純粋に対抗戦を楽しんでください。仲間やライバルと楽しく切磋琢磨することで成長できると私は思っています。もちろん魔法師としての自覚は忘れないでくださいね」

 最後には年甲斐もなくウインクをする。
 実年齢よりも若く見える外見の所為で違和感がなく、女性陣の心を鷲摑みにしていた。
 優れた魔法師故の整った顔立ちも影響している。

「それではおじさんは退散しますので、みなさんは引き続き懇親会を楽しんでください。ただし、羽目を外しすぎないように気をつけてくださいね」

 そう言うとマクシミリアンは壇上から降りて出入口へと足を向けた。
 すれ違う生徒一人一人に声を掛ける気遣いを自然と行えるあたりが、人望を集める所以(ゆえん)なのかもしれない。

 マクシミリアンが会場から退室すると、室内の盛り上がりが戻っていく。

「まさか本部長が来るとはなー」
「そうだね。僕も驚いたよ」

 アレックスが後頭部で腕を組みながら呟くと、レアルが相槌を打った。

「本部長って、めっちゃイケメンなんだね」
「若く見えるけど、三十八歳なんだよ」
「――え!?」

 レベッカは本部長に会ったこともなければ見掛けたこともない。――マクシミリアンだと気づいていないだけで、遠くから見掛けたことはあるかもしれないが。
 少なくとも本人と理解した上で会ったのは今回が初めてだ。
 故に、「イケメンだな~」と軽い気持ちで眺めていた。
 だからこそイザベラが口にした言葉に驚いて目を見開いている。

「三十手前くらいだと思ってた……」
「人を見た目で判断してはいけないってことよ」
「だね~」

 シズカの指摘はもっともだ。
 人を見掛けで判断すると痛い目に遭うこともある。
 何より相手に失礼だ。

「ま、今は懇親会を楽しもうぜ」
「今回ばかりはあんたに賛成」

 反目し合うことの多いアレックスとレベッカだが、珍しく同意見のようだ。

「みんなも一緒にね」

 レベッカの声掛けに一同が頷く。

 他校と交流できる貴重な機会だが、結局は仲良しグループで同じ時を過ごすことになるのであった。