最強魔法師の壁内生活

 翌日から対抗戦に向けての特訓が始まった。
 新人戦に出場する三十人は顔合わせとミーティングを済ませた後、各自特訓に励んでいる。

 同級生が訓練に励んでいるところをジルヴェスターは見学していた。訓練室が並んでいる実技棟の通路に設置されているベンチに腰掛けている。
 そして隣に座っているクラウディアから対抗戦の説明を受けていた。

 対抗戦は国中が盛り上がる一大イベントなのだが、残念ながらジルヴェスターは興味がなかったので知識が乏しかった。なので、クラウディアの説明は大変助かっている。

 対抗戦は夏季休暇の期間に行われる。
 開催場所はウォール・ツヴァイ内の南東に位置するキュース区の、サントロローデという町にあるオーベル・フォルトゥナート・コロシアムだ。

 オーベル・フォルトゥナート・コロシアムに、魔法協会本部が厳重に管理している仮想(Virtual)空間(space)創造(creation)転送(transfer)装置(device)を設置する。

 仮想(Virtual)空間(space)創造(creation)転送(transfer)装置(device)は、突如として世界中に魔物が大量に溢れ、人類が生活圏を追われることとなった魔興(まこう)歴四七〇年よりも古い時代からある魔法具の遺物だ。

 過去の技術と知識で作られた物であり、現代では増産することができない貴重品でもある。
 多くの技術者と研究者が増産できるように究明しようと試みているが、未だに芳しい成果が出ておらず、現代では完全にブラックボックスの技術となっている。
 ジルヴェスターも研究しているが成果は出ていなかった。

 仮想(Virtual)空間(space)創造(creation)転送(transfer)装置(device)という名称は魔法協会が名付けた。
 Virtual space creation transfer deviceという単語はウェスペル語ではない異国の言語だ。
 魔法補助制御機(MAC)の正式名称であるMagic Assistant Controlleの単語と同じで、世界が閉ざされる前に最も魔法技術が発展していた国に敬意を払って現在もその国の言語を用いている。

 現代では未知の技術で作られた仮想(Virtual)空間(space)創造(creation)転送(transfer)装置(device)は、フィールドとなる仮想空間をランダムに作り出し、その空間に人や者を転送できる代物だ。
 仮想空間で受けたダメージは精神ダメージに変換されるので、身体的ダメージを負うことはない。
 ただし、死亡判定を下されるほどのダメージを負った場合は、三十分経過した時点で仮想空間から強制的に排出される。
 また、対抗戦の場合は自ら棄権した場合も排出される仕様だ。

 仮想空間で死ぬことはないので、昔は訓練用として一般的に用いられていたのではないかと考えられている。
 それが現代では貴重な遺物なので対抗戦や重大な行事でのみ用いていた。

「対抗戦は各校の選手全員参加の総当たりで行われます」

 出題選手は全員仮想空間に送られる。
 転送前に各校それぞれ三十人の中から旗手になる者を五人だけ選んでおく。
 送られる先はランダムであり、近くに味方がいる場合もあれば、敵に囲まれている場合もある。

 その中で旗手の一人がフィールドのどこかにチームの証である(フラッグ)を立てて、本拠となる陣地を築く。どのような陣地を築くかはチームの作戦次第だ。
 旗手が五人いるのは陣地を築く前に戦闘不能になって脱落する可能性があるからだ。リスク分散である。

 そして陣地を制限時間が切れる(タイムオーバー)まで死守するか、他校の生徒が全員脱落するまで守りきれれば五十ポイント獲得できる。
 陣地を築く前に五人の旗手が全員脱落したら当然五十ポイントは貰えない。
 敢えて陣地を築かずに防衛の手間を省く選択肢もあるが、五十ポイントを獲得できるチャンスをみすみす逃すのはもったいないだろう。
 
 逆に他校の陣地を占領したら新人戦の場合は二十五ポイント、本戦なら三十ポイント獲得できる。
 相手の陣地の(フラッグ)を破壊し、占領用の旗を立てたら攻略成功だ。
 占領用の旗は事前に三十人それぞれに十一枚ずつ配布される。

 占領された陣地を取り返したり、別の学校が占領したりすることもできるので、占領地が増えるほど防衛の負担になってしまう。
 占領した数ポイントを獲得できるので、攻めに転じるか防衛に徹するかの駆け引きが重要だ。

「なるほど。事前の作戦を加味しつつ、状況に応じて臨機応変な判断が求められるということだな」
「その通りです」

 脳内で情報を整理したジルヴェスターが頷く。

「そして相手を一人脱落させる毎に十ポイント獲得できます」
「逆に味方が一人やられる度に相手に十ポイント与えてしまうわけか」
「はい」

 相手を脱落させればポイントを獲得できるが、反撃を食らう恐れがあるので、無理に攻めず十ポイントを与えないようにする作戦もある。

「見事な作戦や連携、魔法行使などで技術点を、観客を魅了すると得られる芸術点もあります。どちらも五ポイントずつですね」
「それの基準は?」

 技術点と芸術点を得られる基準がわからないと、獲得ポイントを計算できない。

「残念ながら公表されていません」
「そうか」

 クラウディアが首を左右に振る。

 技術点と芸術点の獲得基準を公表すると、二つのポイントを得ようと無駄に派手な行動に出る可能性がある。
 派手さを意識しても、卒業後に魔法師として活動する上で無駄にしかならない。派手な演出をしている最中に魔物に襲われてしまうので命取りになる。

 対抗戦は魔法師を養成する為に行われるイベントだ。本末転倒になりかねない。
 それが基準を公表しない理由だ。
 しかし、イベントである以上は観客を楽しませないといけない。エンターテインメントとビジネスが絡んでいるからだ。故に芸術点も設けられている。

 そして一年生よりも二、三年生の方が練度に優れているので、技術点と芸術点による加点が必然的に多くなる。
 加点は上限なく獲得できるので積極的に狙っていきたい。
 あくまで真剣に戦った上で加点を貰えれば儲けもの程度に考え、意識するあまり隙を作らないようにするのが肝要だ。

「一先ず概要は把握した」

 対抗戦についての詳細を理解したジルヴェスターは、腰掛けているベンチから見える訓練室に目を向ける。

 そこではカオルが一年生に指導を行っていた。
 別の場所ではオスヴァルドとアリスターも指導役を務めている。

「お前たちは訓練しなくてもいいのか?」

 指導役を務めている者は自分の訓練時間を削っているはずだ。

「もちろんしますよ。ずっと付きっきりで指導するわけではありませんから」
「そうか」

 新人戦と本戦を合わせてのチーム戦なので、後輩の指導をするのは総合優勝に向けて欠かせない。
 それに対抗戦を抜きにしても、純粋に先輩として後輩を教え導くのは当然の役目である。

「メルヒオットさんとガーネットさんが出てきましたよ」

 ジルヴェスターとクラウディアがいる場所からは室内の様子が窺えない位置にある訓練室から、ステラとオリヴィアが出てきた。
 その姿をクラウディアは視界の端で捉えた。

 二人はジルヴェスターたちのもとへ歩み寄ってくる。

「休憩か?」
「ん」

 ジルヴェスターが問うと、ステラが無表情で頷く。

「会長もおられたのですね」
「ええ」

 オリヴィアが会釈すると、クラウディアが微笑みを返す。

「隣、失礼するわね」
「ああ」

 二人はジルヴェスターの隣のベンチに腰を下ろす。
 ジルヴェスターとオリヴィアでステラを挟む形になった。

「二人とも調子はどうかしら?」

 クラウディアが尋ねる。

「そうですね……」

 そう呟いたオリヴィアは、頬に手を添えて困った顔のまま想笑いを浮かべる。

「一対一ならいいのですが、多対一になると対応が追いつかなくて……」
「私も……」

 ステラもオリヴィアの弁に同調する。

「多対一か」

 ジルヴェスターが呟く。

 ステラとオリヴィアは魔法師として優秀だ。
 少なくとも同い年に限定すればトップクラスの実力である。

 だが、如何(いか)に優秀と言えど二人には実戦経験がない。
 一対一なら対応可能でも、複数人を同時に相手取るとなると技術だけではなく経験も必要になってくる。
 それだけ思考することが多くなるからだ。思考を巡らせながら集中力を保つのは難しい。経験がない分は訓練で補うしかないだろう。

「二人なら多重行使(マルチキャスト)で対応できるんじゃないか?」
「難しい」

 ジルヴェスターの言葉にステラが肩を落とす。

「妨害がなければ多重行使(マルチキャスト)できるけれど、戦闘中だとさすがに厳しいわね……」

 オリヴィアは首を左右に振って悩まし気な顔になる。

 多重行使(マルチキャスト)は複数の魔法を同時に行使する高等技術だ。
 ジルヴェスターは流れ作業のように難なく多重行使(マルチキャスト)を使いこなしているが、本来はそう簡単な技術ではない。

 ステラとオリヴィアは集中力を乱されない環境なら二、三種類の魔法を多重行使(マルチキャスト)できる。だが、戦闘中に多重行使(マルチキャスト)できるまで待ってくれる者など存在しない。

「相応の努力は必要だけれど、二人ならできると思うわよ」

 慈愛に満ちた微笑みを浮かべながらクラウディアがそう言うと、不思議とできるような気がしてくる。

「頑張る」
「そうね。頑張りましょう」

 拳を握って気合を入れるステラの姿に、オリヴィアが笑みを零す。

 クラウディア、ステラ、オリヴィアの三人は幼い頃から交流がある。
 魔法師界の名門中の名門であるジェニングス家と、国内でも有数の大企業であるメルヒオット・カンパニーを代々経営しているメルヒオット家に繋がりがあるからだ。社交の場で顔を合わせることも多々ある。
 故に、クラウディアが二人ならできると言ったのは、彼女たちの人柄と魔法師としての才能を知っていたからだ。決して口先だけの無責任な発言ではない。

「お前が鍛えてやったらどうだ?」
「構いませんよ」

 ジルヴェスターがクラウディアに視線を向けると、彼女は渋ることなく了承した。

「会長はお忙しいのではないですか?」

 オリヴィアの言葉にステラが「うんうん」と頷いている。

「大丈夫よ。生徒会の仕事はサラに任せておけば滞りなく処理してくれるもの」

 どうやら副会長であるサラに仕事を丸投げするつもりのようだ。

「それならお願い致します」
「お願いします」

 オリヴィアとステラは表情を引き締めて頭を下げる。

「では、早速始めましょうか」

 そう言うとクラウディアは立ち上がり、空いている訓練室へと足を向けた。

「それじゃ行ってくるわね」
「またね」

 二人はジルヴェスターに一声掛けてからクラウディアの後を追った。

 ジルヴェスターが自分で二人のことを鍛えずに、クラウディアに話を振ったのには理由がある。

 ジルヴェスターは特級魔法師なので、自分の弟子以外に無償で指導するのは憚られるからだ。
 特級魔法師の指導を受けたいと願う者は山ほどいる。

 今は身分を(おおやけ)にしていないので問題ないかもしれないが、もし正体が世間に知られた際に、弟子でもないのに指導を受けたとして、二人が要らぬやっかみを受ける恐れがある。

 友人だからこそ、そのような厄介事に巻き込みたくはなかった。
 仮に指導を買って出ても、ステラとオリヴィアは自分たちだけ特級魔法師の指導を受けるわけにはいかないと遠慮していただろう。

 三人が訓練室に入ったのを見届けたジルヴェスターは席を立ち、その場を後にした。

 数時間後の訓練室の一室には、ボロボロな身形になっていて、尚且つ疲労困憊な様子でまともに立つことができない二人の女生徒がいたとかいないとか。

 ◇ ◇ ◇

 訓練室を後にしたジルヴェスターは、ランチェスター学園の敷地内にある図書館にいた。

 数々の蔵書が本棚に並べられているが、ジルヴェスターは見向きもせずに素通りする。
 辺りに目を向けると、椅子に腰掛けて読書している者、自習室で勉強している者、談話室で談笑している者などがいた。

 ジルヴェスターが求めているのは対抗戦関連の書物だ。
 過去の記録が載っている物や、ルールや歴史などが記されている物など様々ある。
 出版社が発行している物もあれば、ランチェスター学園が――主に文芸部や新聞部――独自に作成した記録本もある。

 ジルヴェスターは今回仕方なく対抗戦に出場することになったが、出るからには真剣に取り組むつもりでいた。
 しかし、残念ながら彼は対抗戦について無知であった。
 故に、対抗戦に関する書物に目を通しておこうと思ったのだ。

 ジルヴェスターは読書が好きなので普段から図書館を利用している。
 なので、目当ての書物の在処は把握しており、足取りが軽い。

 目的の場所に辿り着くと、そこには先客がいた。

「――副会長」

 ジルヴェスターは周りの迷惑にならないように小さな声で呼び掛ける。

 先客は副会長のサラであった。
 書物を読み込む姿が彼女の知的な印象と相まって美しい。

「ヴェステンヴィルキス君ですか」

 サラは手元の書物から顔を上げる。

「目的は同じみたいですね」

 そう言ってサラは一歩横に移動し、対抗戦関連の書物が並んでいる棚の前のスペースを空ける。

「そのようですね」

 ジルヴェスターは苦笑しながらサラの横に並ぶ。
 そして本棚に目を向けて、手に取る書物を選別する。

「生徒会の仕事は大丈夫なんですか?」
「会長の確認が必要な書類以外は全て処理済みです」
「さすがですね。仕事が早い」

 会長であるクラウディアは訓練室で油を売り、サラに仕事を丸投げしている。
 故に、ジルヴェスターはサラが図書館にいても問題ないのかと疑問を抱いた。

 だが全く問題ないようだ。
 書類仕事を苦にしないサラには造作もないことであった。
 ちゃんと自分の職務をこなした上で図書館に赴いている。

「そういえば――」

 ジルヴェスターは本棚に目を向けながら(おもむろ)に口を開く。

「副会長は対抗戦に出場しないんですね」
「ええ」

 サラは対抗戦の出場選手に選ばれていなかった。

「辞退しました」

 いや、正確に言うと候補には選ばれていたし、クラウディアを筆頭に何人も推薦していた。
 しかし、サラには出場する意思がなかった。

「私は作戦スタッフと技術スタッフに専念します」

 対抗戦に参加するのは出場選手だけではない。
 作戦や訓練内容を考案する作戦スタッフと、出場選手のMACを調整する技術スタッフも選抜されて参加する。

 サラは作戦スタッフと技術スタッフにも選ばれており、そちらに専念する為に出場選手としては辞退していた。

「そもそも私は戦闘向きの魔法師ではありませんし、研究者肌なのでサポートする立場の方が性に合っているのですよ」

 魔法師が全て戦闘向きとは限らない。
 治癒魔法が得意な魔法師もいれば、性格的に不向きな者もいる。

 魔工師を養成するのも魔法協会と国にとっては重要課題だ。
 また、魔法師はそれぞれ専属の魔工師にMACの調整を依頼していることが多い。
 だが、それだと学生同士が競う対抗戦でプロの魔工師が調整したMACを用いることになる。

 実家が魔法師の名門である生徒の方が腕の良い魔工師に調整を頼むことができるが、それだと公平ではない。
 なので、公平を期す為に生徒が技術スタッフとして参加することになっていた。
 それに魔法工学技師を志す者が活躍できる舞台にもなっている。

「なるほど」

 納得して頷いたジルヴェスターは気になった書物に手を伸ばす。

「副会長なら選手としても活躍できると思いますが」

 サラは魔法師として申し分ない実力を有しているとジルヴェスターは見ている。
 
 それでも本人の意思を無視して無理強いすることはできない。
 クラウディアたちもサラの意思を尊重して辞退を受け入れたのだろう。

「ありがとうございます」

 笑みを零すサラ。

「ヴェステンヴィルキス君は技術スタッフにも選ばれているので大変ですね」
「本当は技術スタッフとしてだけ参加したかったんですが……」

 嘆息して肩を竦めるジルヴェスターには哀愁が漂っている。

 そのまま二人は互いに書物に目を通しながら会話を続ける。

 ジルヴェスターは選手としてだけではなく、技術スタッフとしても参加が決まっていた。
 主に一年生のMACの調整を担当することになっている。

 技術スタッフとして参加することは元々前向きだった。
 MACを弄れるのは研究になるし、趣味も兼ねているので技術スタッフは最高の立場だ。

 だが作戦スタッフと技術スタッフは二、三年生が務めるのが通例になっている。
 にも(かか)らずジルヴェスターが技術スタッフに選ばれたのは、サラが強く推薦したからだ。
 その推薦にクラウディアも賛同したことにより、一悶着ありながらもジルヴェスターは技術スタッフに選ばれた。

 サラはジルヴェスターが一級技師であることを知っている。
 クラウディアに至っては、『ガーディアン・モデル』の開発者であることを知っている。
 二人がジルヴェスターを技術スタッフに推薦したのは確たる理由があった。

 しかし、一年生を技術スタッフに据えたことは今まで一度もない。
 故に当然反対意見の方が強かった。 

 そこでジルヴェスターが一級技師のライセンスを有していることを伝えた。
 すると面白いくらいに反対者がいなくなり、むしろ賛成派に回ったくらいだ。
 結果あっさりとジルヴェスターの技術スタッフ入りが決定した。

「技術スタッフとしての役目が気晴らしになるといいですね……」

 サラが横目で同情の眼差しを向ける。

 ジルヴェスターは不承不承ながら出場するのに、彼女は出場を辞退している。なので、申し訳ない気持ちになってしまう。
 せめて技術スタッフとして参加することが有意義なものになればいい、と祈ることしかできなかった。

 そんなサラの心情を察したジルヴェスターが苦笑する。

「そうですね。技術スタッフとして楽しませてもらいますよ」

 様々なMACを弄れることで溜飲(りゅういん)を下げることにした。

「たまにはクラブにも顔を出してくださいね」
「ええ、近いうちに顔を出します」

 ジルヴェスターはサラが部長を務めている魔法研究クラブに入部している。
 あまり活動には参加していないが、一応部員の一人だ。
 ちなみにオリヴィアも入部している。

 サラとしては一級技師のジルヴェスターには積極的に参加してほしいのが本音だった。
 しかし無理強いはしない。一級技師としての仕事もあるだろうと配慮しているからだ。

「お待ちしていますね」

 サラが微笑む。

 怜悧(れいり)で冷静なサラは普段あまり表情が変化しない。
 無表情ではないが、表情が変化するのは珍しい。
 その彼女が微笑む姿には神秘的な美しさがある。

 二人はその後も会話を交えながら書物に目を通すのであった。

 ◇ ◇ ◇

 翌日の放課後。
 訓練室の一室に多くの見学者が詰めかけている。

「あー、手も足も出ねぇ!」

 バーナードが床に大の字になって悔しげに声を荒げる。
 額からは汗が流れて呼吸が乱れている。

「……委員長たちが推す理由がわかりました」

 メイヴィスは片膝をつき、槍型の武装一体型MACを杖代わりにしている。

「いや……私もここまでとは思わなかったぞ……」

 胡坐(あぐら)をかいているカオルが苦笑しながら頭を掻く。

「カオル、胡坐(あぐら)ははしたないわよ」

 訓練室の隅に立っているクラウディアが苦言を呈する。
 胡坐(あぐら)をかくのは淑女として相応しくないと思っての指摘だ。

「そういうの、私はいいんだよ」

 だがカオルはあしらうように片手を振る。

「嫁の貰い手がなくなるわよ」
「そもそも私より弱い男のもとに嫁ぐ気はない」
「確かにカオルより強い男性は限られるけれど……」

 断固としたカオルの態度に、クラウディアは頬に手を添えて困り顔になる。
 実際問題、同世代でカオルより強い男は然程いない。
 すぐに思い浮かぶのはオスヴァルドくらいだろう。

「いや……目の前にいるか」

 カオルは口元をニヤつかせて正面にいる人物に目を向ける。

「どうだ? 私を嫁にする気はないか?」

 カオルの視線の先には悠然と佇むジルヴェスターがいた。

「カオル……?」
「い、いや、冗談だぞ」

 クラウディアに感情の籠っていない瞳を向けられたカオルは、恐怖を感じて背中に悪寒が走った。

「ふふ、わかっているわよ」
「お、脅かすなよ……」

 当のクラウディアは、カオルが冗談で言ったのは理解している。
 揶揄(からか)われたからやり返しただけだ。だがカオルは本当に恐怖を感じていた。
 クラウディアを揶揄(からか)う際に、ジルヴェスターのことを色恋方面でのネタに使っては駄目だと心に刻んだ。

(相変わらず二人は仲がいいな)

 二人のやり取りを見ていたジルヴェスターは微笑ましい気持ちになった。

「――そ、それよりもジルヴェスター君は私の想像以上だったよ」

 カオルは話を逸らすように早口で言葉を紡ぐ。

 今回一同が訓練室の一室に集まっていたのは、カオルがジルヴェスターと模擬戦をしたいと言ったことに端を発する。
 彼女は耳に胼胝(たこ)ができるほどクラウディアにジルヴェスターの話を聞かされていた。

 クラウディアのことを信用しているので疑ってはいないが、ジルヴェスターがどれほどの実力者なのかは気になっていたのだ。
 故に模擬戦を申し出た次第である。

 ジルヴェスターとしては対抗戦でエレオノーラの相手をする為に、ある程度は自由に動けた方が都合がいい。
 対抗戦全体のリーダーであり本戦のリーダーでもあるクラウディアが許可しても、一年生であるジルヴェスターがエレオノーラの相手をすると言って納得する者はいないだろう。

 なので、自由に行動できるように自分の実力を見せつけておいた方が話が早いと思い、カオルの提案を受け入れた。

 無論、全力ではない。当然力を抑えて相手をした。
 全力で相手をしたらカオルがただでは済まないからだ。何より正体がバレてしまう恐れがある。

 最初はカオルと一対一で戦っていたが、ジルヴェスターには手も足も出なかった。
 そこで見学していたバーナードが参戦を申し出た。共に見学していたメイヴィスを巻き込んでだ。

 その後、ジルヴェスターは三人を相手に手古摺(てこず)ることもなくあしらった。
 そして今に至る。

 大の字になって悔しがっているが、楽しかったのか口元が緩んでいるバーナード。
 片膝をついて槍型の武装一体型MACを杖代わりにして、肩で息をしているメイヴィス。
 胡坐(あぐら)をかいて「参った」と言うかのように頭を掻くカオル。
 冒頭の場面のできあがりだ。

「次は一矢報いてやるからな!」
「相変わらず戦闘狂ですね」

 バーナードが上半身を起こして右手の拳を突き出すと、メイヴィスが呆れて溜息を吐く。

「楽しいからな」
「だからって巻き込まないでくださいよ……」

 彼女は戦闘が大好きなバーナードにいつも振り回されている。巻き込まれる身としては堪ったものではないだろう。

「これで誰も文句はあるまい」
「そうだな」

 模擬戦を見学していたオスヴァルドの言葉にカオルが頷く。

「ジェニングスの目に狂いはなかったようだ」

 日頃からジルヴェスターのことを賛美歌の(ごと)く熱く語っていたクラウディアの言葉が正しかったと証明された。
 オスヴァルドも以前観察した際に推し量った実力が誤りではなかったと確信を得られた。

 ジルヴェスターが本戦に出場することは決まっていることだが、未だに懐疑的な目を向ける者もいる。一年生なのだから仕方がない。

 しかし、ランチェスター学園でも指折りの実力者であるカオル、バーナード、メイヴィスの三人を相手に汗をかくこともなくあしらうほどの実力を目の当たりにした。
 これで誰も異論を述べることはできなくなるだろう。
 現に見学者の中でどよめきが広がっている。

「カオルはこれで満足したかしら?」
「ああ」

 クラウディアの問いに頷く。

「なら模擬戦は終わりね」
「いや――まだだ」
「ブラッドフォード君?」

 模擬戦を終わらせようとしたクラウディアを静止する声が掛かった。
 彼女は声の主へ顔を向けて首を傾げる。

「ヴェステンヴィルキス。模擬戦じゃなくていいから、この後訓練に付き合ってくれないか?」

 バーナードは手も足も出なかった後輩に頼み込む。
 後輩の実力を素直に認め、自分の糧とする為に頭を下げられるのは彼のいいところだ。
 その姿はジルヴェスターにも好印象だった。

「構いませんよ」
「よろしくな!」

 ジルヴェスターはバーナードのようなタイプが嫌いではない。むしろ好ましく思っている。
 予定があるわけでもないので、彼の頼みを断る理由はなかった。

「よろしいのですか?」

 クラウディアが尋ねる。
 彼女にとってジルヴェスターの手を煩わせるのは我慢ならないことだが、他人にまで同じ価値観を強要する気はない。

 それに特級魔法師であるジルヴェスターが弟子でもない者の訓練に付き合っても問題ないのか? という意味合いも含まれている。

 バーナードの場合は、ジルヴェスターが特級魔法師であることを知らないので問題ない。
 知っていて頼むのなら確信犯だが、知らないならあくまでも後輩に頼んでいる形に過ぎないからだ。
 それに訓練に付き合うだけで本格的に指導するわけではない。

「ああ。俺も身体を動かしておきたいからな」

 身体が鈍らないように動かしておきたかったジルヴェスターには、バーナードの提案は好都合だった。

 クラウディアはジルヴェスター至上主義なので、彼に対しては信者の(ごと)く従順だ。
 本人が問題ないと言っているのなら彼女が口を挟むことはない。

「では、始めましょうか」
「おう!」

 ジルヴェスターが声を掛けると、バーナードは立ち上がってやる気に満ちた顔つきになった。

「私たちは仕事に戻りますね」

 生徒会、風紀委員会、統轄連、クラブ活動、自主練習など、各々予定があるので見学者はクラウディアの後に続くように退室していく。
 詰めかけていた者たちがいなくなり、室内の熱気が下がったように感じる。

 そして数人の見学者を残したまま二人は訓練を始めるのであった。