最強魔法師の壁内生活

 四月五日の午前――政府中枢は混乱に包まれていた。
 七賢人のビリー・トーマスがやつれた顔で登庁したかと思えば、突然自身の過ちを叫び始めたからだ。
 全て自白し終えると、とても正常な精神状態だとは思えない狂乱ぶりで自身を裁くように懇願し始める始末であり、場は一層混沌と化した。

 七賢人であるオコギーがタイミング良く現場に居合わせ、彼の判断で一先ずビリーは医務室に連れて行かれた。
 そして現在は七賢人に緊急招集を掛け、全員が集まるのを『賢人の間』で待っていた。

「オコギー卿、待たせて申し訳ない」

 最初に姿を現したのは、最古参の七賢人であるフェルディナンドであった。

「いえいえ、急でしたので仕方ありませんよ」

 オコギーは恐縮した様子で答える。
 同じ七賢人でも二十歳以上の年齢差があるので、彼は目上の者に対する礼儀を弁えていた。

 席は円卓になっており、フェルディナンドは最奥の席に腰掛ける。
 オコギーは扉に最も近い位置の座席に陣取っていた。
 各々の席は決まっており、古参の者から順に奥の座席が指定席となっている。

 フェルディナンドは事前にジルヴェスターから話を聞いていたので、混乱が起こることは予測していた。故に、迅速に登庁できたのだが、それは内緒である。

「全く、トーマス卿にも困ったものだな」

 フェルディナンドが嘆息する。

「正直、私は戸惑っています……」

 困惑顔のオコギーは言葉に詰まってしまう。

「卿はまだ七賢人としての在任歴が浅いので無理もないが、私たちを除いた七賢人はみな腐っておるぞ」
「そんな身も蓋もないことを……」
「事実なのだから仕方あるまい」

 一切取り繕うとしないフェルディナンドの態度に、オコギーは苦笑するしかなかった。

 オコギーの本名はジェイコブ・オコギーだ。
 七賢人の中で最年少である彼は、老獪(ろうかい)な面々と日々渡り合い気苦労を重ねていた。
 フェルディナンドが良くフォローしてくれるが、他の面々には手を焼いているのが偽らざる現実だ。

 また、薄々七賢人が腐敗していることには気がついていたが、改めてフェルディナンドが毒づくのを目の当たりにすると、今以上に認識を改めなければならないと思った。

「トーマス卿を裁くのは簡単だが、そんな容易に済ませられる話ではないのも頭が痛い」
「それには同意します」

 ビリーの件に話が移行し、フェルディナンドが肩を竦めて愚痴を零す。

「明らかにトーマス卿に非があるとはいえ、彼奴(きゃつ)が非魔法師である以上裁けば反魔法思想の者が黙ってはおるまい」
「トーマス卿自身の影響力も無視できませんからね」

 大半の反魔法主義者は理解を示すだろうが、中には話の通じない輩も存在する。
 一部の自分に都合のいいようにしか物事を判断しないご都合主義者が筋の通っていない抗議をするのが目に見えている為、ビリーを安易に裁くことができない。
 放っておけば市民に危害を加えるのだから手に負えず、簡単に切り捨てるのは許されなかった。

「儂らが反魔法主義者に対する政策について腐心しておると言うのに……足を引っ張りおって」

 以前グラディスとレイチェルに指摘された通り、フェルディナンドはジェイコブと共に反魔法主義者に対する対応を煮詰めていた。
 それが今回の件で検討し直さなければならなくなり、遺憾千万であった。

「一先ずは謹慎処分が妥当と言ったところか」
「そうですね。その間に対策を模索すべきかと」

 安易に切り捨てることが許されないのがもどかしい。
 一度事態に対処する時間が必要だ。

「何より他の面々が協力的か否かも問われるな」

 フェルディナンドとジェイコブを除いた七賢人が共同戦線を敷いてくれるとは限らない。
 ビリーを追い詰めることが自分にとって不利になると判断した場合は、保身に走り妨害してくる可能性すらある。
 決して一枚岩ではなかった。

 ◇ ◇ ◇

 翌日の四月六日――政府は公式に表明を出した。
 その内容は、本日付でビリー・トーマスから七賢人の地位を剥奪する、というものであった。

 本人が自白したことにより罪が明るみとなり、政府としては取り繕うことのできない段階に至っていた。故に有耶無耶(うやむや)にはできず、明確な処分を下す必要があった。

 但し、ビリーに非があるのは明らかなのだが、非魔法師であり世間的に名の通っている彼に処分を下すと反魔法主義者が黙っていない。
 話の通じる相手ならばいいが、中には意思疎通できない厄介な者もいる。そういった者にはいくら言葉を尽くしても無駄だ。とはいえ、何を仕出かすか予測のつかない連中なので無視を決め込むこともできない。

 そこで反魔法主義者を過度に刺激しない範囲で処分を下すことになった。
 まず、口惜しいが逮捕することは諦め、七賢人の地位を剥奪し、降格処分を下した。
 ビリーには一議員として身を粉にして国の為に働いてもらう。

 また、彼が横領した金額はしっかりと返納させ、その上で横領罪による罰金を科す。
 詐欺などで女性を弄んだ件には当然詐欺罪が適用され、罰金刑を科した。それと被害者に対する慰謝料の支払いを命じた。
 それが反魔法主義者を過度に刺激しない限界点だった。――どちらにしろビリーの場合は罰金を支払える資産があるので、仮に逮捕してもすぐに釈放される運命であっただろうが。

 ビリー本人は下された処分を甘んじて受け入れている。むしろ刑が甘すぎると叫んでいるくらいだ。
 厳罰に処してくれないと謎の人物――ジルヴェスター――に、また生きたまま地獄を体験させられると怯えていた。
 だが、彼の要望が通ることはない。
 本来なら刑が軽くなるのは誰にとっても望ましいことなのだが、彼にとっては望みとは対極の判決なのはなんとも皮肉なことであった。

 囲われていた女性たちは無事に解放されたが、例外もいる。
 正式に法的な手続き踏んだ上で身売りをした者は当然解放されない。
 ビリーのことを愛して妾になっていた者で、愛想を尽かさなかった者も残った。
 そしてビリーとの間にできた子供がいる女性の中で、まだ幼い子を抱える者は独り立ちするまで育てなくてはならないので、彼に責任を取らせる為に敢えて残った者もいる。仕方なく残るとはいえ、今までとは違い立場が逆転するので、思う存分こき使って溜飲(りゅういん)を下げることはできるだろう。
 政界での出世を目論んで近寄った者は、ビリーが七賢人の地位を失った途端に去っていった。利用価値がなくなったと判断され、見限られたのだ。

 結果、ビリーは地位、権力、人望を失い、莫大な罰金と慰謝料を支払い、馬車馬の如く働かされ、子育てに奔走し、謎の人物――ジルヴェスター――に怯える生涯を送ることになった。

 この日は紙面と市井を大いに賑わせた。
 しばらくはビリーについての話題で持ち切りとなるであろう。
 それもすぐに飽きて忘れ去られてしまうのであろうが。

 ◇ ◇ ◇

 四月七日――ジルヴェスター宅には複数の人物が集まっていた。
 客間にはジルヴェスター、アーデル、ミハエル、レアル、フィローネ、カーラの六人の姿がある。

 ジルヴェスターとアーデルが同じソファに並んで腰掛け、対面のソファにイングルス一家が三人並んで座っている。そしてミハエルは一人掛けのソファに腰を下ろしていた。

 既に全員自己紹介を済ませている。

 ジルヴェスターが既婚者だったことにレアルは物凄く驚いていた。
 彼の驚きようは滑稽で、一堂に笑いを(もたら)したほどだ。

「この度は本当にお世話になりました」

 カーラが深く頭を下げる。
 隣に腰掛けているレアルとフィローネも母に倣って頭を下げた。

 カーラは茶色の髪をミディアムくらいの長さで纏め、上品で落ち着きのあるフェミニンな印象の女性だ。鮮やかな碧眼に吸い込まれそうになる。

 レアルとフィローネは金髪だが、おそらく二人の髪は父親から遺伝したのだろう。
 そしてレアルの碧眼は母から、フィローネの赤眼は父からの遺伝だと思われる。

 三人はビリーのもとから解放され、久々の再開を果たしていた。
 今回はジルヴェスターがレアルとカーラを迎えにいき、自宅に招待している。

「頭を上げてください」

 ジルヴェスターが頭を上げるように促す。

「この御恩には必ず報います」
「あまりお気になさらずに」
「いえ、そういうわけにはいきません」

 ジルヴェスターとしては本当に気にしなくていいことだった。
 感謝される為に手を差し伸べたわけでも、恩に着せる為に助けたわけでもない。

 しかし、それではカーラの気が済まなかった。

「受けた恩を返しもせずにのうのうと過ごすなどと、そんな恩知らずな真似は致せません」
「そうですか……ご無理はなさらないように」

 カーラの意思を無下に扱うのは野暮だ。
 しかし、恩を返すのに奔走して日常生活を疎かにしては、せっかく自由の身になった意味がない。

「ジル、僕からもお礼を言わせてほしい。本当にありがとう」

 レアルが改めて頭を下げる。

「今度は僕がジルの力になれるように精進するよ。正直、ジルに僕の助力が必要かはわからないけど……」

 確固たる意志の宿った眼差しをしていたが、途中から苦笑交じりになっていく。だが、それも仕方がない。
 特級魔法師第一席であるジルヴェスターが危機に陥る状況は、最早常人には手に負えない状況だろう。
 しかも、ジルヴェスターには第三席であるアーデルが付いている。彼女ほど心強い味方はいない。

 その上、第六席であるミハエルとも良好な関係を築いており、元第六席で現在は準特級魔法師であるレティも生徒の為に尽力してくれるはずだ。
 レアルは国のトップに君臨する面々が助力をしてくれるのに、普通の学生である自分の手が必要になるとは到底思えなかった。

「正直に言うが、今回助けたのはお前が飼い殺しにされるのを防ぐのが最大の目的だった」
「どういうこと?」

 ジルヴェスターの言葉にレアルは首を傾げる。

 ジルヴェスターがイングルス一家を助ける決断を下した最大の理由は、レアルがビリーに飼い殺しにされるのを防ぎたかったからだ。

 現在のレアルは優秀な生徒の域を出ないが、魔法師としての才能は豊かで、将来的には化ける素養があるとジルヴェスターは踏んでいる。それこそ特級魔法師の座も夢ではないと。

「そ、そうかな?」

 予想以上に自分のことを買ってくれていることが嬉しかったレアルだが、それよりも驚きと疑問が上回っていた。
 特級魔法師などと現実味のない話を持ち出されたのだから仕方のない反応だろう。
 自分にそれほどの才能があるのか? とレアルは考え込む。

「ああ、それは俺が保証する」
「……ジルのお墨付きなら事実だと思うことにするよ」

 レアルはジルヴェスターのことを信用している。また、特級魔法師第一席が保証すると言っているのだ。その言葉を疑うのは烏滸(おこ)がましいと思い、素直に信じることにした。

「その才能溢れる若者が飼い殺されるのは国にとって痛手だ」

 優れた魔法師は何人いても困らない。むしろ多ければ多いほど助かる。
 特級魔法師になれるほどの素質を有する者なら尚更だ。
 国防に関わる以上は軽視できない。

「それに有能な者が多ければそのぶん俺が楽できるだろ」
「それが本音か……」

 ジルヴェスターの台詞にレアルは呆れて溜息を吐く。

「気持ちはわかるが……」

 横で聞いていたミハエルはそう呟くと、苦笑しながら肩を竦めた。
 心情的には同意するが、中々言い出しにくい本音であった。

「フィローネにも言ったが、才ある者を世に出さないのは損失以外の何物でもない」

 (くすぶ)っている者を見出(みいだ)すのも上に立つ者の務めだ。
 見出すことで国力が増し、個人の負担が軽減するのなら見す見す放置はできない。

「そうだね。僕も一層励むことにするよ」
「是非とも俺を楽させてくれ」

 少しでも力になれるように努力しようと意気込むレアルは肩に力が入っていたが、ジルヴェスターが口にした言葉に思わず脱力してしまった。本音が駄々洩れでつい笑ってしまったのだ。

 レアルの心に余裕が生まれたところで、ジルヴェスターが口を開く。

「そこでだ、ミハエル」
「なんだい?」

 唐突に話を振られたミハエルは慌てることなく答える。

「お前がレアルを鍛えてやれ」
「――え」

 予想外の言葉にレアルが瞠目して声を漏らす。

「私がかい?」
「ああ」
「理由を訊いても?」

 当然の疑問だろう。
 突然話を振られ、今日初めて対面した相手の面倒を見ろと無茶ぶりされているのだ。
 即座に断ることなく、話に耳を傾ける辺りミハエルはできた大人である。
 ジルヴェスターとの関係値があるからこその対応なのかもしれないが。

「レアルの魔法師としての特徴がお前と酷似しているからだ」
「ほう。それは興味深い」

 実はレアルとミハエルには類似点が多かった。

 レアルの魔法属性の適正はミハエルとそっくりだ。
 ミハエルの方が適正属性の数が多く、適正の高い属性の順も異なるが、レアルが適性を持つ属性はミハエルも全て備えている。
 また、二人が最も高い適正を有していて、得意にしている属性は同じ光属性だ。

 そして属性の適正だけではなく、戦闘スタイルも似ている。
 レアルは剣型のMACを用いるスタイルだ。
 剣で敵を切り伏せ、魔法を駆使して攻撃、防御、牽制、支援を行う。
 攻防、遠近のバランスがいい王道な戦闘スタイルだ。マニュアル通りとも言う。

 要するに、レアルは基本に忠実なマニュアル通りの魔法師と言うことだ。
 そしてミハエルは基本に忠実を限界まで極めた結果、特級魔法師第六席の座を手にした傑物だ。――もちろん、魔力量などの努力だけではどうにもならない持って生まれた才能があってこそだが。

 以上の理由により、レアルを鍛えるのに彼ほどの適任は存在しないとジルヴェスターは思っていた。

「――なるほど」

 理由を聞いたミハエルは顎に手を当てて考え込む。
 難しい顔ではなく、面白そうな表情を浮かべている。

「一度試しに見てみよう」
「ああ。まずはそれで構わない」

 ミハエルはいきなりレアルを預かるのではなく、一度指導してみてから正式に預かるか否かを決めることにした。
 預かる以上は責任が伴う。安易に請け負うことはできないので当然の判断だろう。

「――ちょ、ちょっと待って、話について行けないんだけど……」

 自分のことを放置して話が進んで行くことに、レアルは戸惑っていた。

「お前をミハエルの弟子にしようって話だ」
「いや、説明になってないんだけど……」

 ジルヴェスターが勝手にレアルの今後を決めようとしているのだから、彼の反応はもっともだ。

「いい話じゃない。感謝こそすれ、こちらが拒む理由はないでしょ?」
「そうだけど……」

 カーラの言葉にレアルは釈然としないが反論はできなかった。

 実際問題、特級魔法師の指導を受けられるように斡旋してくれているのだから、ジルヴェスターの提案は魅力的な話だ。普通に生活していたら到底得られないチャンスである。
 誰もが手にしたい立場が棚から牡丹餅(ぼたもち)で転がり込んで来ているのだ。好機をふいにするのは愚かですらある。

 カーラとしても息子を特級魔法師の弟子にしてもらえるのは喜ばしいことだった。
 しかも特級魔法師の中でも人気、人望、人格が備わっているミハエルなら尚更である。

「ジルに恩を返せるように頑張って力をつけるよ」

 レアルは覚悟を決めた。
 自分の意思を無視して進められる話に釈然としなかったが、せっかく貴重な機会を頂けるならと好意に甘えることにした。

「その意気よ」

 息子の判断にカーラは微笑みを浮かべて背中を押す。

「ミハエル様もよろしくお願いします」

 レアルは世話になることになったミハエルに頭を下げる。

「まずは合格か不合格かを見極めさせてもらうけどね」
「はい」

 まだ弟子にするとは決まっていない。
 それは見極めてから決める。

「息子のことをよろしくお願い致します」
「はい。一度息子さんをお預かりします」

 カーラが頭を下げると、ミハエルも失礼のないように誠意の限りを尽くす。

「一先ずレアルの話は終わりだな」

 話が一段落したタイミングでジルヴェスターが話題転換する。

「カーラさんにはしばらく我が家で生活してもらいます」

 ビリーの件が片付いたとはいえ、今後手出ししてこない保証はない。
 ジルヴェスターが匿うのが最も安全だ。なので、しばらくは生活を共にしてもらうつもりでいた。

 それに関してはカーラも理解しているので言う通りにするつもりだったが――

「承知しております。ですが、ただお世話になるだけの立場に甘んじるつもりはありません」

 一方的に世話になる気は毛頭なかった。
 既に何度も助けてもらっている。その上、今後も厚意に甘えるだけの人生を享受するほど性根は腐っていない。

「お世話になっている(あいだ)は、お二方のそばで身の回りのお世話をさせて頂ければと思います」

 世話になる代わりに、カーラは使用人としてジルヴェスターとアーデルに尽くすつもりだった。

「娘と共にご奉仕させてくださいませ」
「――私も!?」

 突如巻き込まれたフィローネは吃驚して声が裏返った。

「まあ、今と変わらないから構わないけれど……」

 フィローネはジルヴェスターの内弟子として掃除、洗濯、料理などの雑用を日々こなしている。
 今と生活がそれほど変わるわけではないので、反論する理由がなかった。

「こちらとしては構いませんが……」

 ジルヴェスターとしても断る理由はない。
 広い家なので信用できる使用人がいるのはむしろ助かる。

 だが、家中での奥向きなことは大部分をアーデルに一任しているので、彼の一存で決めるわけにはいかなかった。
 なので、アーデルに意見を求める為に視線を向ける。

「私も構わないよ」

 もっとも、アーデルはジルヴェスターが決めたことに反対する気は元からなかった。
 基本的に彼女はジルヴェスターに対して従順だ。逆らうこともなく、一歩下がった位置から支えてくれるタイプである。彼女が従順なのには理由があるのだが、今は関係ない話だ。

 いくら従順であっても、ジルヴェスターはアーデルのことを疎かにすることなく、日頃から彼女の意思を尊重している。

「なら決まりだな」

 アーデルが構わないなら、それこそジルヴェスターには断る理由がない。
 カーラの要望はすんなりと受け入れられた。

「ありがとうございます。これから娘共々よろしくお願い致します」

 これでイングルス一家の今後は全て決まった。
 イングルス一家には平穏が戻り、これから新たな生活が始まる。