最強魔法師の壁内生活

 三月二十五日――ウィスリン区の外れに位置するクリステントという町で、連れ立って歩く男女の姿があった。

 クリステントはウィスリン区の西部に位置し、区内の町では最も西方にある町だ。
 比較的小さめの町ではあるが、鉄道が通っており、西部の周辺地域で暮らす者にとっては欠かすことのできない町となっている。
 ウィスリン区の中では最も西部に位置する町だが、更に西方に行くと村があるので区内で人の営みがあるのはクリステントが最西端ではない。

「ジル、ここよ」

 連れ立って歩いていたのはジルヴェスターとレイチェルであった。
 レイチェルの先導のもと、目的の場所へと辿り着く。

「普通の公園だな」

 二人が辿り着いたのは何の変哲もない一般的な公園であった。
 子供が遊べそうな遊具があり、大人でものんびりと過ごせるようなスペースもある。家族揃って楽しく過ごせる公園といった印象だ。

「例の不審死があった影響で今は閑散としているけれど、普段は子供たちの元気な声で賑わっているそうよ」
「そうか」

 公園を見渡すと人の姿はちらほら確認できるが、子供の姿は見当たらない。
 レイチェルの言葉を肯定するかのような状況だ。

 この公園に二人が赴いた理由は、昨今問題になっている謎の不審死が続出している件の調査の為である。

「このベンチで亡くなっているところを発見されたみたいね」

 二人が注目したのは、人々がのんびりと過ごせるような拓けたスペースに置かれている一つのベンチだった。

「見通しは良さそうだな」
「ええ、遮る物はないし人通りも少なくはないみたいよ」

 (くだん)のベンチがある場所は、周囲から視線を遮る物がなく、見通しがいいように見受けられる。
 もし人が争っていたら人目につくことだろうと容易に推測できた。

(じじい)の情報通り争った形跡は見当たらないな」

 ベンチを始め、周囲には争ったと思われる形跡は一切見当たらない。

「なるほど。俺にお鉢が回って来るわけだ」
「そうね。おそらくあなたにしか()()ないと思うわ」

 争った形跡がなく、健康体であった者が次々と突然亡くなっている。
 しかもフェルディナンドが目を掛けている政治家に限ってだ。誰がどう見ても明らかに不自然である。

 不自然な点が見当たらないのならば、普通では見えない物を()ればいい。

 ジルヴェスターはベンチへ眼を向ける。
 彼の金色の瞳が一層光輝く。
 すると、ジルヴェスターの視界には色鮮やかな(もや)のような物が映った。色鮮やかな(もや)のような物が空気中を漂っている。

 彼の瞳に映る色鮮やかな(もや)のような物の正体は、空気中に漂う魔力だ。
 色鮮やかなのは、空気中に漂う魔力は各属性による影響を受けているからだ。例えば、火属性の影響を強く受けていると漂っている魔力は赤くなる。色鮮やかということは複数の属性の影響を受けているということだ。

 基本的に人が生活している場所では色鮮やかな魔力が空気中を漂っている。なので、この場に漂う魔力に特別可笑しなところはない。
 火山や豪雪地帯などは例外だ。例えば、火山は火属性の影響を強く受けている為、空気中に漂う魔力は赤一色といっても過言ではないくらい赤みを帯びている。

(これは……)

 空気中に漂う魔力に視線を()らすジルヴェスターは、ある一点を注視した。

 色鮮やかな魔力が空気中を漂う中、ジルヴェスターが見つめる先には濁った色の魔力が僅かに漂っていた。濁っている色の元の色は紫だと思われる。紫が濁っておどろおどろしい色になっていた。

(紫の魔力が濁っているということは、何者かが(じゅ)属性の魔法を行使した痕跡か……)

 紫色の魔力は(じゅ)属性の特徴だ。
 空気中に漂う魔力には二通りある。
 まず一つは元から空気中に漂っている自然発生の魔力だ。
 そしてもう一つは、魔法師が魔法を行使した際に自身の体内から放出される魔力だ。

 魔法師の体内から放出された魔力は共通して濁っている特徴がある。
 故に、濁っている紫色の魔力が空気中に漂っているということは、何者かが呪属性の魔法を行使した後だと推測できるわけだ。

「何かわかったかしら?」

 ジルヴェスターの表情に僅かながら変化があったのを見逃さなかったレイチェルが尋ねる。

「ああ。おそらく暗殺の線が濃厚だな」
「やはりそうなのね」
「とはいえ、ここは外だから確証はない」
「それもそうね」

 外だと風による空気の流れが影響して、空気中に漂う魔力が流されてしまう。
 今回は僅かに残滓(ざんし)が残っていたが、そもそも別の場所から流れてきた物の可能性がある。
 魔法師の体内から放出された魔力は時間が経てば自然と濁りがなくなり、自然発生している魔力と同化していく。
 故にあくまで可能性があるだけで、確証となるものではなかった。

「別の場所も()()みないことにはなんとも言えんな」

 現状はまだ整合性がない。
 関係のある現場を全て確かめる必要があった。

 ジルヴェスターの『魔眼』には複数の能力が宿っている。
 一つは魔法師が発動する術式を読み取ることができるというものであったが、彼が先程用いたのは魔力を可視化する能力だ。
 空気中に漂う魔力はもちろん、体内に内包している魔力まで可視化することができる。
 相手の魔力量や適性のある属性まで判別することが可能な為、非常に汎用性の高い能力だ。

「では、次の場所にも行ってみましょうか」
「ああ」

 次の現場に向かう為にレイチェルが先導するように歩を進める。

「その前に昼食を摂りましょう」
「そうだな。時間的にもちょうど良いタイミングだ」

 現在の時刻は正午をすぎた辺りだ。
 この後もいくつもの現場に赴かなくてはならない。しっかりと栄養補給しておくべきだ。

「近くの喫茶店にでも寄りましょうか?」
「任せる」

 二人は石畳みの道を歩いていく。

 人が通行する分には充分だが、馬車が通るには厳しい道幅だ。
 一見入り組んでいるように見えるものの、しっかりと計算されて区画整理されているのがわかる。

 住民が生活する際の利便性は考慮されているが、町自体の作りが一昔前の物なので不便な点があるのも事実だ。例を挙げると、大通りは問題ないが小道に入ると馬車が通れない場所がある点だろう。とはいえ、どの町にも馬車が通れない小道などはあるものだ。

「――ここにしましょう」

 二人は街並みに溶け込んだ喫茶店の前で立ち止まる。
 あまり人通りの多くない小道を通った先にある、こじんまりとした喫茶店は隠れ家のような(おもむき)を感じられた。

 二人は喫茶店の扉を潜る。
 扉の上部に取付けられた鈴が鳴り、店内に来客を告げる。

「――いらっしゃい」

 カウンターの奥にある厨房から店主と思われる紳士的な男性が出迎えてくれる。

「ご自由にどうぞ」

 給仕を務める女性のウエイトレスが自由に席を選んでいいと促す。

 その言葉に従って二人が店内を見回すと、他には三名の先客がいた。
 他の客から比較的離れたテーブル席に移動して腰掛け、メニューに目を通して注文する商品を吟味する。

 二人が注文する商品を決めると、レイチェルがウエイトレスを呼ぶ。
 注文を取りに来たウエイトレスに二人ともそれぞれ目当ての商品を頼む。

「畏まりました。少々お待ちください」

 注文を受けたウエイトレスが下がっていく。

「少しはゆっくりできるわね」
「そうだな」

 対面に腰掛けている二人は向き合う形になっている。

「あと何ヶ所あるんだ?」

 今日のジルヴェスターは、不審死した者が亡くなった各所を赴いて調査することに予定がびっしりと埋まっている。

「ミハエル様に頼まれた現場を除いて六ケ所よ」

 レイチェルはジルヴェスターに言われ、事前に情報を入手していた。

「そうか」

 ジルヴェスターがそう呟いた後、二人は言葉を交わすことなく注文した商品を待つ。

「――失礼致します」

 沈黙を打ち破るようにウエイトレスがカップを載せたトレイを持ってやってきた。
 レイチェルの手前には紅茶とケーキを、ジルヴェスターの手前にはコーヒーとサンドウィッチが置かれる。商品をテーブルに置くとウエイトレスは下がっていった。

「頂きましょうか」
「ああ」

 レイチェルはカップを手に取り一口啜る。

「美味しいわね」

 ほっと一息吐くレイチェルは心が落ち着く気分だった。
 続けてフォークを手にし、ケーキを一口サイズだけ取り分けて口に運ぶ。

「これも美味しいわ。甘すぎなくて食べやすいのがいいわね」

 生クリームを使っているが、甘さを控えめにして作られていた。
 スポンジ部分はふんわりと柔らかく口当たりがいい。

「ここは中々の穴場かもしれないわ」

 いい喫茶店を見つけて得した気分になったレイチェルの表情が緩む。

「楽しそうだな」

 そんなレイチェルの姿を見守っていたジルヴェスターが、コーヒーカップを片手に口を挟む。

「ええ。せっかくゆっくりできるのだから少しは楽しまないと」

 レイチェルは多忙な毎日を送っている。なので、少しでも落ち着いてのんびりとできる時間は貴重だった。――もっとも、彼女が忙しいのはほぼジルヴェスターの所為なのだが。

 ジルヴェスターはカップをテーブルに置いてサンドウィッチを手に取る。

 二人が軽食で済ませているのは、あまり食べすぎると動けなくなるからだ。
 とはいえ、栄養補給を怠っても動けなくなるので、軽く食べるくらいがちょうど良かった。

「あなたとこうして過ごすのは久々ね」
「そうだな」

 二人は元々共に行動することが多かった。
 姉弟のように育ったのもあるが、特級魔法師と、そのサポーターという立場上、共に行動する機会が多い。だが、ジルヴェスターがランチェスター学園に入学して以降は、共に行動する機会が減っていた。

「アーデル様に申し訳ないわね」
「お前相手にか? それはないだろ」
「まあ、私たちの関係は姉弟くらいにしか思っていないわよね」
「だろうな」

 自分がジルヴェスターを独り占めしている現状に、彼の同居人であるアーデルに対し申し訳ない気持ちがあったが、レイチェルとジルヴェスターの関係は姉弟のようなものだ。気にすることではないと思っているだろう。

「そもそもお前とアーデルは姉妹みたいなもんだろう」
「それはそうね。確かに妹のように良くしてくれているわ」

 アーデルとレイチェルではアーデルの方が年上だ。
 レイチェルの姉である長女のマリアンヌとアーデルは同い年で幼馴染でもある。そういった関係上、マリアンヌの妹三人――年の離れた末妹は除く――は、アーデルには昔から妹のようにかわいがってもらっていた。

「そもそもあいつの(ふところ)はそんなに狭くないしな」
「ふふ。あなたは本当にアーデル様のことが好きね」
「まあな」

 ジルヴェスターのアーデルに対する絶対的な信頼を垣間見たレイチェルは笑みを零す。
 レイチェルの言葉に即答するだけあり、ジルヴェスターがアーデルのことを心の底から想っているのが良く伝わってくる。

「なんだかちょっと妬けるわ」
「……」

 含むところのあるレイチェルがそう呟くと、ジルヴェスターは何も言い返せなかった。
 何も言い返せない理由があるので、黙るしかなかったのだ。

 沈黙が場を満たしたところでレイチェルがカップを手に取り紅茶を啜ると、つられるようにジルヴェスターもカップを手にしてコーヒーを飲む。

「――そうそう、あなたにお願いがあったのよ」
「なんだ?」

 紅茶を楽しんでいたレイチェルが思い出したように呟くと、カップをテーブルに置く。
 ジルヴェスターもカップをテーブルに置いて聞く態勢を整える。

「そろそろ人を増やしてほしいのよ。もう少し私の負担を減らしてくれないかしら」
「つまり隊を率いろと?」
「それも一つの選択肢ね。せめて一人か二人くらいは部下を増やしてもいいと思わない?」

 ジルヴェスターはレイチェルに様々な仕事を任せている。
 優秀な彼女は滞りなくこなしているが、さすがに負担が大きい。なので、人員を増やして少しでも負担を軽減してほしかった。

 特級魔法師には隊を率いている者が多い。
 ソロで活動している者もいるが、ほとんどの特級魔法師は隊を率いている。

 ジルヴェスターの場合はサポーターとしてレイチェル一人を従えているだけであり、隊を率いているわけではない。

「検討しておこう」
「お願いね」

 ジルヴェスターとしてもレイチェルに負担を掛けていることは理解している。
 レティにも少しは労ってあげなさいと釘を刺されていることを考慮すれば、一考の余地があった。

「――さて、そろそろ次に行きましょうか」
「ああ、そうだな」

 この後もまだ赴かなくてはならない現場が複数ある。
 休憩は程々にしておかなければ時間がいくらあっても足りない。

 席を立った二人は会計を済ませると、喫茶店を後にした。

 ◇ ◇ ◇

 翌日の三月二十六日――ジルヴェスターとレイチェルは、アークフェネフォール区のメルクカートリアにある魔法協会支部にいた。

 二人は魔法協会支部の応接室にあるソファに対面する形で腰掛けている。
 ジルヴェスターが上座でレイチェルが下座だ。

 時間を潰す為にジルヴェスターは読書に興じ、レイチェルは紅茶を楽しんでいる。
 室内を(いろど)るオブジェが置かれている室内は静寂が場を満たしているが、二人には全く苦ではなかった。

 そのまま数分の時を過ごすと扉がノックされる。

「――失礼するよ」

 扉を開いて室内に足を踏み入れたのはミハエルであった。

「待たせてすまないね」
「気にするな」
「来て早々だけど、外に馬車を待たせているんだ」
「そうか。なら待たせるのは悪いな」

 ジルヴェスターは書物を異空間収納(アイテム・ボックス)に収納して立ち上がる。それに合わせるようにレイチェルも席を立つ。

「早速行こう」
「そうしてくれると助かるよ」

 応接室を出ると、ミハエルが先導するように廊下を歩く。

 魔法協会支部には職員はもちろん、魔法師の姿もある。
 ミハエルは名と顔を知られているので視線が集まっていた。

 そうなると当然、共にいるジルヴェスターとレイチェルも注目を集めてしまう。
 二人のことを知らない者ならば、ミハエルと共にいる人物に好奇心を向けてしまうことだろう。――もっとも、ジルヴェスターの正体を知っている者はほとんどいないので、この場にも当然いなかったが。
 レイチェルは名――主に姓――を知られているが顔はあまり知られていない。なので、彼女も好奇心の対象にされている。

「二人ともあまり目立ちたくはないだろうに申し訳ないね」

 ミハエルが詫びる。

「仕方ないだろう」
「そうですよ。お気になさらないでください」

 ジルヴェスターは肩を竦め、レイチェルはミハエルを気遣うように言葉を掛ける。

「そもそもお前と街中で落ち合う方が面倒なことになるだろう」
「はは、面目ない」

 ジルヴェスターの指摘にミハエルは苦笑するしかなかった。

 魔法協会支部ですら好奇の視線に晒されているのだ。これが街中だった場合の結果は容易に想像できるだろう。

「支部長にも申し訳ないことをしたかな」
「……そうだな」
「ふふ。支部長は大層驚かれておいででしたよ」

 申し訳なさそうに言うミハエルの姿にジルヴェスターは再び肩を竦め、レイチェルは支部長とのやり取りを思い出していた。

「二人と合流するには魔法協会支部(ここ)が都合いいと思って支部長に取り計らってもらったんだけど、さすがに相手が第一席だと無用に緊張させてしまうよね。しかも想像していたであろう人物像よりジルはだいぶ若いし」

 ミハエルに落ち合う場所を事前に指定されていたジルヴェスターとレイチェルは、魔法協会支部に訪れた際に支部長の出迎えを受けている。

 支部長はミハエルに特級魔法師第一席と約束を取り付けているので、滞りなく合流できるように魔法協会支部の応接室を使わせてくれと頼まれていた。
 特級魔法師第六席の頼みなので支部長は最優先で取り計らった。

 支部長はミハエルとは交流があり人柄を知っていたが、ジルヴェスターとは全く接点がない。
 そもそも名前も顔も知らないのだ。故に人柄も当然知らない。

 万が一粗相があった場合はどのような対応をされるかわからないので、支部長は不手際がないように努めようと終始緊張しっぱなしであった。

「もちろん支部長には、ジルの正体は内密にするように頼んでおいたから安心していいよ」
「気が回るな」

 ジルヴェスターは自身の正体を積極的に(おおやけ)にする気はない。
 フェルディナンドの意向もあるが、可能な限り本性は隠しておきたった。平穏な学園生活の為に少なくともランチェスター学園を卒業するまでは。
 そのことを理解していたミハエルは抜かりなく釘を刺していた。

 廊下を歩いていた三人は魔法協会支部を出ると、馬車を停めてある停車場に向かう。

「さ、乗って」

 停車場に停めてある馬車に辿り着くと、ミハエルが乗車を促す。

 促されたジルヴェスターが先に乗って上座に腰掛け、後に続いて乗車したレイチェルはジルヴェスターの隣に腰掛ける。
 そして最後に乗り込んだミハエルが下座に腰掛けた。

 立場はジルヴェスターが最上位なので彼が当然上座だ。
 次に高い地位なのはミハエルだが、レイチェルはジルヴェスターの隣である上座側に腰掛けた。

 本来ならレイチェルが下座に座るべきなのだが、彼女は自分がミハエルの隣に座るわけにはいかないと判断し、ジルヴェスターの隣を選択した。
 そしてミハエルはレイチェルの配慮を理解していたので、当然のように下座に腰掛けた。

 そもそも地位は関係なく、今回はミハエルがジルヴェスターを頼った末の行動だ。なので、彼は端から下座を選択するつもりでいたので結果は変わらなかった。――もっとも、この場にいる三人の関係性上そのような堅苦しい気遣いなど必要ないのだが。

 三人を乗せた馬車は手綱を握る御者の操縦のもと走り出した。

 ◇ ◇ ◇

 ジルヴェスター、レイチェル、ミハエルの三人を乗せた馬車は目的地に到着した。
 三人は一軒の邸宅の前で馬車から降りる。

 ミハエルが玄関扉の横に設置されているインターホンを押した。
 インターホンを通してミハエルと家人がやり取りを交わす。

 ミハエルの後方で待機しているジルヴェスターは、邸宅の全貌を視界に収めていた。

(極一般的な邸宅だな。住宅街だから人通りはあまり多くないか……侵入自体はそれほど難しくはないな)

 住環境について考えを巡らせていると、玄関扉が開かれる音が鳴る。

「――お待ちしておりました」

 扉を開けたのは家人の女性であった。
 三十代に見える女性の姿を目にしたジルヴェスターとレイチェルは、隠し切れていない疲労感を抱えてるように見えた。

「何度もすみません」
「いえ、お気になさらないでください」

 大変な時に何度も時間を取らせてしまって申し訳ないとミハエルが詫びる。

「どうぞお入りください」
「はい。失礼します」

 女性に促されてミハエルが玄関扉を潜り、ジルヴェスターとレイチェルも後に続く。

「今日はミハエル様のご友人がお見えになるとのことでしたが……」

 女性がジルヴェスターとレイチェルに視線を向ける。

 今日三人がこの場に赴いたのは、ミハエルの頼みを聞き入れたジルヴェスターを連れてくることだった。
 昨日から不審死の件の調査を行っていたジルヴェスターたちは、既に一通り調査を終わらせている。だが、一ヶ所だけまだ調査していなかった。それが今いる場所だ。

 三日前にミハエルが訪れた時は、残念ながら目ぼしい成果を得られなかった。

「ええ、紹介しますね」

 ミハエルがジルヴェスターの方を向いて女性に紹介する。

「こちらが私の友人の特級魔法師第一席――ジルヴェスター・ヴェステンヴィルキスです」
「お初にお目にかかります」

 ミハエルの紹介に合わせるようにジルヴェスターが挨拶する。

「――え」

 対して女性は目を見開いて驚きをあらわにし、口から言葉にならない声を漏らした。

「……『守護神(ガーディアン)』様ですか?」
「そうですよ」

 女性が言葉を絞り出すように質問すると、ミハエルが首肯した。

「……驚きの余り眩暈がしそうです」

 女性は廊下の壁に手を当てて身体を支える。
 ミハエルは女性を支える為に慌てて手を取った。

 冗談のように感じてしまうが、女性はミハエルの人柄を知っているから信用している。
 彼がこのような場で冗談を言うわけがないと思っている女性は、ジルヴェスターの正体を疑わずに信じた。

「驚かせてしまい申し訳ありませんが、彼の素性は内密にお願いします」
「……わかりました」

 女性は平静を装っているが、内心は天手古舞(てんてこまい)だった。
 ミハエルに紹介された友人が素性の知られていない特級魔法師第一席であり、しかも内密にするように釘を刺される。天手古舞になってしまうのも仕方がないだろう。

 特級魔法師第一席は、異名以外は(おおやけ)になっていない。
 その理由は知らないが、何かしら事情があるのだろうと女性は思っていたので、内密にする件はすんなりと受け入れられた。

 ミハエルは事前にジルヴェスターに第一席と明かす承諾を貰っていた。
 女性がいくらミハエルのことを信頼しているとはいえ、特級魔法師であるミハエルでも手をこまねいている件を、普通の人間が解決できるとは中々思えないだろう。

 それにミハエルのことは信用していても、彼が連れてくると言っていた人物のことまで信用しているわけではない。
 だが、その連れてくる人物が特級魔法師となると話が変わってくる。しかもミハエルよりも上位の第一席だ。

 手っ取り早く最低限の信用を得る為に、ジルヴェスターの身分を明かすと事前に打ち合わせしていた。
 特級魔法師の肩書は伊達ではなく、その効果は覿面(てきめん)だ。

「そしてこちらの女性は彼の部下のレイチェル・コンスタンティノスさんです」

 ミハエルは続けてレイチェルを紹介する。

「『聖女』様の御令嬢の?」
「はい。三女のレイチェルです。以後お見知りおきを」

 コンスタンティノス家は有名な一家だ。特級魔法師である母を筆頭に、全員が国内有数の魔法師である。
 なので、コンスタンティノスについては女性も当然知っていた。

「私はアナベルと申します。こちらこそよろしくお願い致します」

 レイチェルに関しては、コンスタンティノスの名が信用を得る手段となる。
 彼女の母である『聖女』の人望がなによりも影響しており、コンスタンティノスの名は国内に深く根付いていた。

「それでは早速ですが、ロバートさんの執務室に失礼しますね」
「はい。全てお任せします」

 いつまでも立ち話していては本来の目的を達せられない。
 ミハエルが要件を切り出すと、女性――アナベルは一同を先導するように歩き出した。

 ロバートの執務室に到着すると、ミハエルが扉を開けて真っ先に入室する。
 彼の後に続いてジルヴェスターとレイチェルも室内に足を踏み入れる。

「私が調べた限りだと不審な点は一つ見当たらなかった」

 ジルヴェスターはミハエルの言葉に耳を傾けながら室内に視線を巡らす。
 レイチェルは扉の近くで待機して二人の様子を見守っている。

「確かに事前に聞いていた通り争った形跡は見当たらないな」

 納得したジルヴェスターはそう言うと――

「一つ尋ねても?」

 アナベルに視線を向けた。

「はい。なんなりと」
「ご主人が亡くなって以降、窓を開けましたか?」
「窓ですか? いえ、一度も開けていません。現場は手付かずのまま残しておいた方がいいかと思いまして」
「なるほど。それはいい判断でした」

 アナベルは質問の意図がわからないまま答えた。

「何かわかったのかい?」

 ジルヴェスターの口ぶりに疑問を抱いたミハエルが尋ねる。

 実は、ジルヴェスターは邸宅にお邪魔した瞬間から魔眼の力を行使していた。
 彼の眼ははっきりと証拠を捉えていたのだ。

「ああ。結論を言うと……」
「構いません。包み隠さず本当のことを仰ってください」

 結論を告げようとしたジルヴェスターは途中で言葉を止め、アナベルに視線を向けた。
 彼女の前で真実を口にしてもいいのか迷いがあった。彼女には酷なことになると思い、確認の意味を込めて視線を向けたのだ。

 そして覚悟を決めた表情のアナベルが了承したので、ジルヴェスターは続きの台詞を口にする。

「――ロバート殿の死因は暗殺だ」
「やはり……そうですか……」

 ジルヴェスターから告げられた言葉に、アナベルは力なく床に崩れ落ちる。
 近くにいたレイチェルが慌てて支えるが、身体は力なく脱力していた。

「……何がわかったんだい?」

 ミハエルが説明を求める。

「この部屋には(じゅ)属性の魔法を行使した痕跡が色濃く残っている」
「やはり――」
「ああ。別の現場にも残っていた(じゅ)属性の魔力の残滓(ざんし)だ」

 ジルヴェスターの言葉の意味を察したレイチェルが声を漏らしたが、彼は構わずに言葉を続けた。

「どういうことだい?」

 二人のやり取りについていけないミハエルが詳しい説明を求める。

「ここ以外の不審死した者が亡くなった現場を昨日全て回ったが、七ヶ所中五ヶ所で同じ魔力の残滓(ざんし)を確認した」
「それが(じゅ)属性の魔力だったと……」
「そうだ」
残滓(ざんし)のなかった二ヶ所は?」
「屋外だったからな。既に風に流されてしまったか、自然発生している魔力と同化してしまったのか、はたまた本当に偶然にも事故や病なりで突如亡くなってしまったかのどれかだろう」
「そうか……」

 ロバート以外の不審死した者は全て屋外で亡くなっていた。
 故に魔力の残滓(ざんし)を確認できない場所もあった。こればかりは仕方がない。いくらジルヴェスターでも不可能なことは存在する。

「……犯人は必ず私が捕らえる!」

 崩れ落ちているアナベルの姿を見て心が苦しくなったミハエルは、拳を握り締めて決意をあらわにする。
 そんなミハエルに対して、ジルヴェスターが犯人像を告げる。

「おそらく犯人は相当な手練れだろう」
「確かに……(じゅ)属性の魔法で暗殺したということは、高位の魔法を行使したということになるね……」

 (じゅ)属性の魔法で暗殺に適した魔法はいくつか存在するが、どれも高位の魔法だ。
 その魔法を誰かに気付かれることなく難なく行使できる者が犯人ということになる。
 腕の立つ者が絡んでいるのは確実だ。

「可能な限り俺も手を貸そう」
「ありがとう。助かるよ」

 ジルヴェスターは助力を申し出る。
 乗り掛かった舟だ。一先ず問題が解決するまでは協力することにした。
 フェルディナンドに頼まれたのもあるので手を引く気はない。

 黒幕はまさか特級魔法師の二人が自分を探しているとは思いもしないだろう。

 その後、ジルヴェスターとレイチェルは邸宅を後にし、ミハエルはアナベルをケアする為に残ることになった。