最強魔法師の壁内生活

 風紀委員らが西門で攻防を繰り広げていた頃、ジルヴェスターの姿は学園の東門を出て一、二分のところにあった。
 冷気を孕んだ夜風がジルヴェスターの頬を撫でる。

「ここか……」

 目的の場所を発見したジルヴェスターは建物に視線を向けて小声で呟く。
 建物は住居にも事務所にも使えるタイプの少し古めのアパートだ。

(外に二人、中には三十人といったところか)

 ジルヴェスターは魔法を行使して建物を探っていた。

 使用した魔法は――『音響感知(サウンド・パーセプション)』。
 この魔法は音属性の第四位階魔法であり、超音波を放って周囲の様子を探ることができる探知魔法だ。術者の技量や用いる魔力量により探知範囲や精密性が左右される。
 左手首に装着している腕輪型の汎用型MACを用いた。

(西門の方が大人数だったな)

 西門から襲撃を仕掛けてきた者たちは大所帯であった。
 それに比べるとこちらの方が人数は少ない。

(まあ、人数の差など然したるものではないが)

 彼には有象無象の集団など警戒に値すらしない。仮に油断していても些事だ。

(しかし、奴らは本当に何がしたいんだ?)

 ジルヴェスターの中では未だに拭えない疑問があった。

(反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンとしては魔法師を敵視するのも、強硬な手段に出ることも理解はできる)

 反魔法主義を掲げている以上、魔法師を敵視するのも排斥を謳うのも理解できることだ。

(だが、国立魔法教育高等学校に手を出すのは自殺行為に等しい。レティのいるランチェスター学園(うち)なら尚更だ)

 魔法師の卵が(おも)とはいえ、非魔法師で構成されている反魔法主義団体が、多くの魔法師を抱えている国立魔法教育高等学校に襲撃を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。
 しかも元特級魔法師第六席であり、現準特級魔法師である『残響』――レティ・アンティッチを敵に回すことになる。
 正常な判断を下せる者ならば冒すことではないだろう。

(まあ、狂信者の考えなど理解できなくて当然か)

 ジルヴェスターは考えても仕方ないことだと切り捨てる。

 狂信者の考えを理解できるのは同じ狂信者に限るだろう。
 理解しようとするのは無駄な労力でしかない。

(いずれにしろ俺の平穏を脅かす者は容赦しない)

 ジルヴェスターは今の生活を気に入っている。
 幼少期から壁内壁外問わず戦場を闊歩していた彼は、現在の友人たちと過ごす平穏な学生生活は、とても新鮮で居心地が良く代えがたいものになっていた。
 故に、今の日常を脅かすモノには容赦するつもりなど微塵もなかった。

(さっさと終わらせてしまおう)

 思考を切り替えたジルヴェスターは、右手の中指に嵌めている指輪型MACに魔力を送り込んで魔法を行使する。用いているMACは単一型だ。
 すると、彼は建物の外で周囲の警戒に当たっている一人の背後に突如として現れた。

 彼が用いた魔法――『影移動(シャドウ・ムーヴ)』は、影属性の第八位階魔法であり、影を介して自由に行き来できる移動魔法だ。

 第八位階魔法を片手間に行使してしまうジルヴェスターの実力が一目で垣間見える。

 標的の背後に移動したジルヴェスターは、左手首に装着している腕輪型MACを用いて別の魔法を行使する。こちらのMACは汎用型だ。

 すると標的にされた相手は自分が何をされたのかもわからぬまま、その姿を消した。

 もう一人の標的にも影移動(シャドウ・ムーヴ)で瞬時に接近すると、先程と同じ魔法を行使する。
 そして後に残ったのはジルヴェスターの姿だけであり、標的にされた二人の痕跡は何一つとして残らなかった。

 対象の存在を消し去った魔法は――『次元封鎖(ディメンション・ロック)』だ。
 次元封鎖(ディメンション・ロック)は無属性の第八位階魔法であり、対象を異次元の空間に閉じ込める拘束魔法である。

 物陰から移動して一瞬の出来事だった。
 ジルヴェスターは流れ作業のように行ったが、やっていることは高次元のレベルだ。そんな簡単に第八位階の魔法を何度も使えたら誰も苦労しない。

 建物内の人間に気取られることのないように隠密行動を心掛けているのかと思ったが、見張りの二人を消したジルヴェスターはなんの躊躇もなく建物に侵入した。

 堂々と正面から建物に入ったジルヴェスターはすかさず魔法を行使する。用いたのは左耳の耳朶に装着している耳飾り(ピアス)型の単一型MACだ。
 すると、彼を囲むように無数の人影が出現した。
 しかし、その人影からは生気が感じられず、とても人間とは思えない様相を呈している。

「――行け」

 そうジルヴェスターが一言呟くと、無数の人影が動き出す。

 彼が行使した魔法――『死者の軍勢(アンデス・アーミー)』は、闇属性の第八位階魔法であり、死者の軍勢を召喚する支援魔法だ。召喚する軍勢の数は術者が用いた魔力量に依存する。

 召喚した死者の軍勢が建物内を我が物顔で闊歩する。

「――誰だ!?」

 その姿を発見した敵が声を上げた。

「人じゃない!? ぐわっ!」

 驚きで動きを止めた一瞬の間に、死者の軍勢の一体に心臓を()り抜かれてしまった。胸元から血を吹き出し、口からも血を吐き出した末に全身の力が抜けて地に伏す。

「――くそっ! 侵入者だ!!」

 誰何(すいか)する声を耳にして様子を窺いに来た者が先程の惨状を目にし、侵入者の存在を伝える為に大声を上げる。

 その者に対し、死者の軍勢の一体が上段から剣を振り下ろす。

「くっ」

 相手はなんとか対応し、警戒を兼ねて(たずさ)えていた剣で受け止めるも――

「ぐわぁあああ!!!」

 残念ながら受け止めきれずに吹き飛ばされ、後方の壁にめり込んでしまった。

 ――『死者の軍勢(アンデス・アーミー)』はその名の通り死者の軍勢だ。
 つまり生きている人間とは違い身体的な制限がなく、リミッターが解除されている。
 生きている人間が普段全力で発揮できる力は、身体が負荷に耐えられるように七十~八十パーセントくらいにセーブされているのに対し、自我のない死者の軍勢はリミッターが解除されているので百パーセント、百二十パーセントと人外の力を常時発揮できる。
 とても人間が太刀打ちできるものではない。
 その上、感情がないので容赦がなく、文字通り死兵となる。
 非常に厄介な魔法――それが『死者の軍勢(アンデス・アーミー)』だ。

 吹き飛ばされた者は衝撃に耐えられず、両手があらぬ方向に曲って骨があらわになっており、あまりの痛みに意識が飛んでいる。

 同じように各所では死者の軍勢(アンデス・アーミー)による蹂躙が行われていた。

「――これは!? まさか『死者の軍勢(アンデス・アーミー)』か!?」

 すると、辺りに響く声で魔法の正体を言い当てた者がいた。
 その者はどうやら魔法師だったようで、魔法で対抗している。

「このような高等魔法がいったい何故――」

 だが、(むな)しくも言い終わる前に死者の軍勢(アンデス・アーミー)に捻りつぶされてしまった。

 各所で行われている蹂躙には目もくれず、ジルヴェスターは建物の中を悠然と闊歩していた。
 相手の生死を気にも留めない冷酷な一面が窺える。事実、彼は相手の生死には微塵も興味や関心がなかった。眉一つ動かさない表情は彼の心情や覚悟を如実に物語っている。

 その後も一方的な虐殺――もとい戦闘が繰り広げられていく。

 ◇ ◇ ◇

 ランチェスター学園の西門では攻防が繰り広げられ、東門近くの建物ではジルヴェスターによる蹂躙が行われている頃、レイチェルも行動していた。

「やっと見つけましたね」

 隣に控えるアビーが呟く。

 二人は反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの本部を遂に見つけた。
 ここに至るまで数々の拠点を制圧し、団員を拘束、尋問を繰り返すことでここまで辿り着いていた。

 そして二人は現在、ヴァルタンの本部を目視可能な距離にある建物の陰に隠れて様子を窺っている。

「ええ。中を探ります」

 頷いたレイチェルは、大腿部(だいたいぶ)に取り付けているホルスターから短剣(ダガー)の武装一体型MACを抜き手に取ると、すかさず魔法を行使する。

 この短剣(ダガー)の武装一体型MACはジルヴェスターがレイチェル用に設計した物であり、彼女が最も得意にしている風属性の単一型に仕上げている代物だ。

 レイチェルが行使した魔法は――『空間探知(エア・マップ)』だ。

 この魔法は風属性の第四位階魔法であり、風の動き、声、音を風の流れに乗せて自身に届かせることにより、地形や生物の有無を探ることができる探知魔法だ。行使し続ける限り魔力を消費する。

 室外など風のある環境の方が能力を遺憾無く発揮できる魔法だが、室内でも問題なく使える。
 室内でも人が動けば空気が動く。その動きまで察知することができるので、生物がいる時点で見抜ける。窓が開いていれば尚いい。

 レイチェルは空間探知(エア・マップ)でヴァルタンの本部を含む周囲を探る。
 彼女から凪ぐように風が出現すると、(なご)やかに舞い指定した範囲に風が広がっていく。

(……一人?)

 空間探知(エア・マップ)は建物内の状況を知らせてくれて、中には一人の人間の存在が確認できた。

(いえ、本部に一人なわけ――)

 ランチェスター学園に襲撃を仕掛けている状況なので人手が足りなくなるとはいえ、まさか本部に一人で待機しているわけがないと思ったレイチェルはより注意深く探ろうとしたが、想定外の事態が起こり瞬時に空間探知(エア・マップ)を解除する。

「――気付かれました!」
「え!?」
「どうやら相手を侮っていたようです」

 本部に座す相手はレイチェルが行使した魔法を察知したようだ。
 レイチェルが瞬時に魔法を解除したのはいい判断であった。あのまま魔法を行使し続けていれば自分たちの存在を完全に感知されてしまっていた。

「レイチェル様の魔法を察知したということですか!?」
「ええ。情けないことですがそうなります」

 アビーはレイチェルの魔法を察知した相手に驚愕した。
 優れた魔法師が行使する魔法は察知するのが難しい。それだけ優れた技量を有しており、精密な操作も可能だからだ。――高レベルの魔法師の中には、精密という言葉など知らないとばかりに力押しで済ませてしまう者もいるが。

 アビーにとってレイチェルは尊敬の念しか抱かない存在だ。それだけ上級魔法師という肩書は大きい。
 そんなレイチェルの魔法を察知した相手には驚愕するしかなかった。

「想定していたよりも手練れかもしれません。気を引き締めましょう」
「はい」

 二人は相手の実力に対しての認識を改める。

「幸い察知されただけで特定まではされていないはずです」

 レイチェルの感触では察知されただけで、行使した魔法や術者の存在、場所までは認識されていないと感じた。

「ですが、警戒を強めてしまったでしょう。このまま様子を窺っていたら逃げられてしまうかもしれません」

 不信感を与えてしまった場合、相手は警戒を強めて相応の反応を示すだろう。
 逃走、臨戦態勢、先取先攻など、取る手段は状況によって様々だ。

 しかし、空間探知(エア・マップ)で探知した通りに相手は一人しかいないのであれば、逃走を選択する可能性が最も高い。一人でできることは限られる。冷静な判断を下せる者ならば逃走一択だろう。腕に自信のある者でない限りは。

「そうですね。突入しますか?」

 アビーの問いにレイチェルは一瞬考える。

「……そうしましょう。時間を掛けるほど相手が有利になります」
「わかりました」
「あの建物には裏口があるのを確認しました。アビーさんは裏手に回ってください。私は正面から行きます」
「了解です」

 レイチェルは空間探知(エア・マップ)で探知したことで建物の間取りを把握しており、建物には裏口があるのを確認していた。
 アビーに裏手に回ってもらうことで挟撃し、逃走経路を潰す算段だ。

「くれぐれも深追いはしないようにしてくださいね」

 レイチェルの言葉に頷いたアビーは建物の裏手へと駆け出した。

 ◇ ◇ ◇

 反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンのナンバーツーであるエックスは本部に詰めていた。
 ヴァルタンの代表であるヴォイチェフを始め、団員を送り出した後は必要な後方支援を行っていたが、それも既に完了し手持ち無沙汰になっている。

「――ん?」

 自分の執務室にあるデスクの椅子に深く腰掛け、コーヒーを片手に休憩していたエックスは違和感を抱き、周囲に視線を彷徨わせる。

(見られている?)

 何者かに監視されていると悟り、言葉を口にしないように努める。
 言葉を口にすることで自分にとって不利になる情報を与えてしまう恐れがあるからだ。

(……潮時か)

 そこからのエックスの判断は早かった。
 自分にとって不利になりかねない証拠となり得る物と、欠かせない必要な物を素早く回収し、執務室を出て駆け出す。

(初めからランチェスター学園への襲撃が上手く行くとは思っていなかった)

 エックスは現在ランチェスター学園で戦っているであろうヴォイチェフたちのことを思い浮かべる。

()に喜んでさえ頂ければいい)

 敬愛してやまない人物に想いを馳せると、表情が恍惚(こうこつ)していく。

(それに奴らは既に手綱が効かなくなってきていたからな。切り捨てるのにはいい頃合いだった。ヴォイチェフたちには悪いが、奴らは所詮道具にすぎない)

 エックスにとってヴォイチェフらヴァルタンの団員は、(はな)から目的を果たす為の都合のいい道具にすぎず、いざとなればいつでも切り捨てる腹積もりであった。

(後は俺が逃げきれば終わりだ)

 自分にとって不利益になり得る証拠物を一つ残さず持ち帰られれば御の字だった。

()、すぐに参ります)

 まるで自分がこの場を無事に脱することができると確信しているかのようだ。それほど自信があるのだろうか。

 エックスは恍惚(こうこつ)した表情で建物の裏口へと近づいていく。

 ◇ ◇ ◇

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)、地獄絵図と化した状況の中、悠々とした足取りで歩いていたジルヴェスターは建物の最奥へと辿り着いた。扉の取っ手を掴むと、なんの警戒もなく無造作に扉を開く。
 すると、扉を開いたジルヴェスターに覆い被さるように影が差す。

 影の正体は、最奥の部屋に座していた大柄な男であった。
 大柄な男は扉が開いたと同時に、手にしていた大斧を気勢良くジルヴェスター目掛けて振り下ろす。振り下ろされた大斧は、ジルヴェスターの頭を()ち割り胴体を乱雑に両断してしまった。

「――それは偽物だ」
「――!?」

 大柄な男の背後に伸びる人影から、突如人が現れて言葉を発した。
 人影から現れて声を発したのは、なんと先程両断されたはずのジルヴェスターであった。
 大柄な男は突然の声に驚きながらも、瞬時に振り向いて大斧を振ろうとしたが――

「無駄だ」

 それよりも早く、ジルヴェスターは左手首に装着している腕輪型の汎用型MACを目の前の男に掲げる。そして魔法を行使した。
 すると、左手から刺々(とげとげ)しくバチバチと音を立て、如何(いか)にも害のありそうな様相を呈している魔法が放たれた。

「ぐっ」

 魔法が男に直撃する。
 男は一度痙攣すると身体から力が抜けたのか脱力して床に片膝をつき、大斧を手放してしまう。

 ジルヴェスターが放った魔法は――『麻痺(パラライズ)』だ。
 この魔法は呪属性の第二位階魔法であり、対象を麻痺させる妨害魔法である。

「な、何故だ。たった今、確かに両断したはず……」

 自分が先程両断したはずの人物と全く同じ容姿をした人間が目の前にいる事実に、男は戸惑っている。

「偽物だと言っただろう」
「何?」

 男の疑問に律儀に答えるジルヴェスター。

 さっきの魔法は影属性の第六位階魔法――『影分身(ドッペルゲンガー)』だ。

 ――『影分身(ドッペルゲンガー)』は影でできた分身を出現させる支援魔法だ。分身は術者の意思通りに行動させられる。また、分身の数を増やすほど魔力を消費する。

 つまり男が先程両断したのは、影分身(ドッペルゲンガー)のジルヴェスターだったということだ。
 その事実に行き着いた男は声を荒げる。

「第六位階だと!? 団員に(けしか)けた屍人(しびと)といい、貴様はいったい何者だ!!」
「この姿を見てわからないか?」

 どうやら建物内で起こっている惨状のことは把握しているようであり、戦闘を続けるより会話を交えて相手のことを探る選択をしたようだ。
 男の誰何(すいか)にジルヴェスターは自身の格好を強調する。

「その姿が一体……」

 男は目の前で余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)としているジルヴェスターの格好を改めて見直す。

「――!? その格好はまさか……!」

 今更ながら男はある事実に気づく。

「ま、まさか、貴様は特級魔法師か!?」

 魔法師は魔法師として活動する際、自身の階級を示す記章を身に付ける必要がある。そしてそれは当然特級魔法師にも当てはまる。

 特級魔法師には背中に序列を示す数字を刻まれ、左腕にも数字を刻まれた腕章が付いているコートが支給される。
 特級魔法師は魔法師として活動する際、このコートを身に付けなければならない。ただのコートではなく、魔法具でもある代物だ。コートには術式により体温調節に優れた機能が備えられており、寒暖差に関係なく活動できるように配慮されている。

「そうだ」

 男の言葉にジルヴェスターが頷く。

「何故こんな所に特級魔法師がいる!」
「それは俺がランチェスター学園の生徒だからだな」
「何だと!?」

 男の疑問はもっともだ。出て来る
 ただの魔法師ではなく、わざわざ特級魔法師が出張るほどの案件でない。
 上級魔法師も特級魔法師も貴重な戦力だ。魔法協会としては他に優先してほしいことがあるはずなので、仮に出てきても中級魔法師が関の山だと男は踏んでいた。

 だがヴァルタンにとっては不幸でしかないが、ジルヴェスターはランチェスター学園の生徒だ。
 彼は自分の平穏な学生生活を脅かす者を排除する為に出てきたにすぎず、魔法協会は全く関与していない。

「――いや待て!」

 あることに気づいた男が声を張り上げる。

「特級魔法師がランチェスター学園の生徒なわけがないだろう!」
「そんなことはない。事実ここにいる」
「学生の身分で特級魔法師の地位を与えられているのは、現役では『()()』だけのはずだ。だが、『()()』は女だろう!」

 ――『紅蓮(ぐれん)』とは、ある特級魔法師の異名で、学生にも(かか)わらず特級魔法師の地位を与えられた才媛だ。

 男の言う通りジルヴェスターと『紅蓮(ぐれん)』では性別が異なる。

「なら貴様はいったい何者だと言うのだ」

 男は眉間に皺を寄せて睨みながら再び誰何(すいか)する。

「――ああ、そうか。知らないのは無理もない。むしろ知らなくて当然か」

 そこでジルヴェスターは自分があることを失念していたことに気づき、対面している男からは見えない位置にある左腕の腕章を見えるように示す。

「――!!」

 腕章に視線を移した男は、今日一番の衝撃を受けて驚愕した。
 顎が外れるという言葉を体現するかのような驚きようだ。

(いち)……だと……」

 目にした腕章に記された数字を見て男は呆然と呟く。

 ジルヴェスターの腕章に記された数字は、一の字だった。
 一ということは――つまり特級魔法師第一席ということだ。
 特級魔法師は国の頂点に位置する魔法師である。そして第一席ということは、その特級魔法師の中でも頂点に君臨する存在ということだ。

 男が驚愕するのは無理もない。

「確かに第一席だけ名は不明だが……」

 男は国が抱える特級魔法師を順に思い浮かべると、第一席だけ名前が不明だったのを思い出す。
 男は魔法を毛嫌いしているので、特級魔法師についても最低限必要な情報しか把握していない。魔法に関することは考えたくもないほどだからだ。
 
 特級魔法師は魔法協会と七賢人の意向で威を示す為に異名と名前を公表しているが、唯一(ゆいいつ)第一席だけは異名を公表しているだけで名前は公表されていない。
 これにはジルヴェスター本人の意思、魔法協会、七賢人、三方の意見が一致した結果、公表しない方針になっていた。

 ジルヴェスターは元々学生になって平穏な学生生活を送ることを考えていたので、名は知られていない方が都合が良かった。他にも理由はあるが、この場では関係ないことだ。

 魔法協会としては、ジルヴェスターが特級魔法師になったのは今よりももっと幼い頃だったので、幼い子供に戦闘を強要していると民衆に思われてしまうことを危惧した故にだ。風聞を気にした結果でもある。興味本位の視線や妬み嫉みといった害になるものからジルヴェスターを守る意味合いもあった。

 七賢人は魔法協会と(おおむ)ね同じ理由だが、そもそも現在の七賢人には特級魔法師第一席が誰なのかを知らない者もいる。
 七賢人に関してはフェルディナンドの意向や情報操作が大いに影響している。

「……ということは本当に貴様が『守護神(ガーディアン)』だと言うのか?」

 男の問いにジルヴェスターが頷く。

 ――『守護神(ガーディアン)』はジルヴェスターの異名だ。
 国を守る守り神、最後の砦、という意味を込めて与えられた異名である。

「そうか……。ランチェスター学園は手を出してはいけない領域だったか……」

 ジルヴェスターが頷いたのを受けて、男は諦めたかのように胡坐(あぐら)をかく。
 特級魔法師第一席であるジルヴェスターが在籍するランチェスター学園は、決して手を出していい相手ではなかったのだと男は思い至った。

「『守護神(ガーディアン)』が出てきた以上仕方ない。好きなようにしてくれ」

 男は両腕を上げて戦意がないことを示す。
 目の前の人物が特級魔法師第一席であることを認めた男は、どうやら諦めの境地に達したようだ。

 それも仕方のないことだろう。特級魔法師を前にしては戦意を保つ方が難しい。

 だが男は戦意を喪失したわけではい。勝算がないと判断したのだ。見た目に反して意外と冷静な判断を下せる男のようである。

「そうか。手間が(はぶ)けていい」

 ジルヴェスターは男が本当に諦めたのだと判断した。
 仮に男が諦めていなくても彼には然したる問題はないのだが、余計な手間が(はぶ)けるに越したことはない。

「確認だが、お前が反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの代表――ヴォイチェフ・ケットゥネンで間違いないか?」
「ああ。間違いない。俺がヴォイチェフ・ケットゥネンだ」

 ジルヴェスターは男がヴァルタンの代表であるヴォイチェフだと当たりをつけていたが、決して確証があったわけではない。なので、今更ながら改めて確認した。

「拘束する。大人しくしろ」
「殺さないのか?」

 ヴォイチェフを拘束する為に拘束魔法を行使しようとしたジルヴェスターに、ヴォイチェフは疑問を浮かべる。

「お前は殺さない。(おおやけ)に裁く必要があるからな」
「……そうか」

 ヴォイチェフを殺すのは簡単だが、殺して終わりというわけにはいかない。
 反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの首魁であるヴォイチェフを公的に裁くことで、反魔法思想の者や民衆に国の姿勢を示す必要があるからだ。
 牽制や抑制に繋がる為、ジルヴェスターは拘束して七賢人――フェルディナンド――に引き渡すつもりだった。丸投げとも言う。

「こんなこと言える立場ではないが、団員には可能な限りの温情を頼む」
「それは俺が決めることではない」
「……そうだな」

 ヴォイチェフの懇願をジルヴェスターはにべもなく流す。

 そしてジルヴェスターはヴォイチェフを拘束した。

 ◇ ◇ ◇

 レイチェルはヴァルタンの本拠地に正面から堂々と踏み入る。
 先程、空間探知(エア・マップ)で探知した情報を頼りに進んで行く。

(人の気配が感じられない)

 建物内の様子を窺う。

(やはり、いるのは一人だけのようね)

 空間探知(エア・マップ)で探知して得た情報に誤りはないと確信する。
 戦場での経験が豊富な者には気配や雰囲気である程度感知できる。その点、レイチェルには確かな経験値があった。
 彼女の経験則に照らし合わせると確証はある。だが、絶対ではない。なので、レイチェルは注意深く辺りを警戒しながら歩を進めていく。

『――レイチェル様!』

 扉が開いている部屋に差し掛かり様子を窺おうとした時、裏口へ回ったアビーから念話(テレパシー)が飛んできた。

『どうしましたか?』
『標的と接敵します!』

 どうらや建物に唯一残っていた人物は裏口へ回っていたようだ。
 アビーが存在を察知しているのがその証拠である。

『逃げの一手ですか。判断が早いですね』

 標的が逃走を決断するのはレイチェルが思っていたよりも早かった。

『すぐに向かいます。深追いはせずに引き止めておいてください』
『了解です』

 アビーには時間稼ぎを命じる。そこで念話(テレパシー)が切れた。
 自分の身の安全を第一にする方針は揺るがない。しつこいようだが、レイチェルは深追いしないようにと再三伝える。

(少し肩に力が入りすぎているきらいがあるものね。何度注意してもしすぎということはないわ)

 アビーはレイチェルと行動を共にすることで肩に余計な力が入っていた。
 レイチェルにいいところを見せたいのか、尊敬する上級魔法師といることで緊張しているのかはわからないが、絶対に空回りしないという保証はない。
 何度も注意するに越したことはないだろう。

(少し急ぎましょうか)

 レイチェルは左手の中指に嵌めている汎用型の指輪型MACに魔力を送る。
 そして指輪型のMACが一瞬光ると、魔法が発動した。

 行使した魔法は身体強化(フィジカル・ブースト)だ。

 身体強化(フィジカル・ブースト)で向上した身体能力を駆使して裏口へと駆け出した。