選別の儀を境にして、千夜の生活は更に厳しくなった。
元々病弱な千夜は1年の3分の1を欠席し、登校しても保健室で休んでいることが多い。そのため、学校に友達と呼べるほど親しい者はできなかった。それには、双子の妹である真尋の影響も大きい。
千夜と真尋は双子ということもあり、顔の各パーツはよく似ている。2人とも目鼻立ちが整っており、あと数年もすれば間違いなく美しく成長するだろう。そのため、幼い今でも十分に目立つ存在であった。特に真尋は天真爛漫な性格で、運動も勉強も学年でトップクラスということもあり、学校にファンクラブができるほど人気がある。
しかし千夜は病弱で学校を休むことが多く、極度の人見知りということもあって人付き合いに難があった。加えて、勉強は得意であるものの、真尋と違い運動は全くと言っていいほどにできない。人は欠点だけを論い、徹底的に追い詰める。特に、別の何かが秀でている場合は、苛烈なイジメに発展することもある。容姿端麗な千夜は、手頃なターゲットとなってしまった。
普通に考えれば、人気者で妹でもある真尋が救済する場面である。実際に、選択の儀までは仲裁することも多くあった。しかし、あの日以降、真尋は完全に千夜を見捨てるようになった。内容はともかく、千夜が自分を差し置いて、唯一無二の存在になったことが面白くなかったのである。
千夜は学校で不条理な仕打ちを受けていたが、それは帰宅してからも変わらなかった。
九戒神社において毎週4日、赤の巫女が巫女神楽を修得するための鍛錬が行われている。同時期に何十人と一族に若い女性がいることはなく、現在赤の巫女とされているのは3人だ。そのうちの1人が真尋であり、当然のように残りの2人は真尋の味方だ。
学校と違い周囲に気を遣う必要がないこともあり、千夜に対する真尋の態度は容赦が無い。ただでさえ身体が弱い千夜を、神主の目を盗んでは無理矢理鍛錬に参加させ、修得する必要がない神楽を舞わせもした。当然、千夜は体調を崩すことになり、更に学校を休み忘れられていく。
結局のところ、真尋の千夜に対する嫉妬が原因だ。
大部分で優位に立っているからこそ、それを逆転し得るモノを手にしたことが許せない。例えそれが何の役にも立たなくても、それがあるだけで面白くない。真尋は祖父である直道が嫌いだった。口煩く、面倒なことばかりを指示するからだ。それでも、千夜が祖父と仲良くしている姿を見ると、無性に腹が立った。だから、そんな時は、千夜に言い掛かりをつけて無理なことをやらせ、失敗するところを見て溜飲を下げた。
今回は黒の巫女云々よりも、もっと根深いことが原因だ。
黒の巫女は選別の儀以降髪を切ってはいけない。
赤の巫女は選別の儀以降髪を肩より長くしてはいけない。
選別の儀まで、真尋の髪は肩より20センチ近く長かった。千夜も切るのであれば何の不満も無かった。赤の巫女になる時には、髪を切らなければならないことを、真尋は事前に知っていたのだから。千夜も切るのであれば、何の問題もなかったのだ。
「もう、千夜は休憩した方がいいと思うよ。身体も熱くなっているだろうから、これはサービスね」
3人の倍以上も踊らされ、覚束ない足取りで本殿から下りた千夜に、真尋が用意していたバケツの水を引っくり返した。
千夜は悲鳴を上げることもなく、振り返って文句を言う訳でもなく、ずぶ濡れのまま本殿を離れた。向かう先は本殿の裏手にある離れである。そこは生前の直道が暮らしていたが、今は千夜の隠れ家になっている。黒の巫女について直道が何か書き残していないか、それを調べる担当が千夜になっているからだ。
離れに到着した千夜は押入れに置いてあったタオルで全身を拭く。冬ではないといっても、10月になろうとしている時期だ。水に濡れたまま放置していれば風邪をひく可能性が高い。
タオルで頭を拭きながら、千夜は今日の出来事を考える。
何も悪いことをしていないのに、同級生からは意地悪をされ、悪口を浴びせられた。
帰宅すると不要な神楽を踊らされ、意味も無く頭から水を被せられた。
悲しくないはずがない。
悔しくないはずがない。
でも、我慢するしかない。
無意識に、タオルを握る千夜の手に力が入る。
でも、抗ったところで勝てるはずがない。
多勢に無勢。いや、1人。
神主である父親は真尋の言葉を信じるだろう。
母親は部屋に篭もったまま姿を見せない。
助けてくれる人はいない。
助けてくれる人?
不意に千夜は祖父が言った言葉を思い出した。
―――――狐の石像の裏側に移動して、神社を囲っている白壁に向かってパンパンと2回手を叩くんだ。そうすると、壁に丸い穴が開いて小道が現れるんだよ―――――
千夜はタオルを手にしたまま玄関に移動すると、クツを逆さにして溜まっていた水を出す。そして、ずぶ濡れのクツを履くと、そのまま狐の石像の下に向かって駆けた。
元々病弱な千夜は1年の3分の1を欠席し、登校しても保健室で休んでいることが多い。そのため、学校に友達と呼べるほど親しい者はできなかった。それには、双子の妹である真尋の影響も大きい。
千夜と真尋は双子ということもあり、顔の各パーツはよく似ている。2人とも目鼻立ちが整っており、あと数年もすれば間違いなく美しく成長するだろう。そのため、幼い今でも十分に目立つ存在であった。特に真尋は天真爛漫な性格で、運動も勉強も学年でトップクラスということもあり、学校にファンクラブができるほど人気がある。
しかし千夜は病弱で学校を休むことが多く、極度の人見知りということもあって人付き合いに難があった。加えて、勉強は得意であるものの、真尋と違い運動は全くと言っていいほどにできない。人は欠点だけを論い、徹底的に追い詰める。特に、別の何かが秀でている場合は、苛烈なイジメに発展することもある。容姿端麗な千夜は、手頃なターゲットとなってしまった。
普通に考えれば、人気者で妹でもある真尋が救済する場面である。実際に、選択の儀までは仲裁することも多くあった。しかし、あの日以降、真尋は完全に千夜を見捨てるようになった。内容はともかく、千夜が自分を差し置いて、唯一無二の存在になったことが面白くなかったのである。
千夜は学校で不条理な仕打ちを受けていたが、それは帰宅してからも変わらなかった。
九戒神社において毎週4日、赤の巫女が巫女神楽を修得するための鍛錬が行われている。同時期に何十人と一族に若い女性がいることはなく、現在赤の巫女とされているのは3人だ。そのうちの1人が真尋であり、当然のように残りの2人は真尋の味方だ。
学校と違い周囲に気を遣う必要がないこともあり、千夜に対する真尋の態度は容赦が無い。ただでさえ身体が弱い千夜を、神主の目を盗んでは無理矢理鍛錬に参加させ、修得する必要がない神楽を舞わせもした。当然、千夜は体調を崩すことになり、更に学校を休み忘れられていく。
結局のところ、真尋の千夜に対する嫉妬が原因だ。
大部分で優位に立っているからこそ、それを逆転し得るモノを手にしたことが許せない。例えそれが何の役にも立たなくても、それがあるだけで面白くない。真尋は祖父である直道が嫌いだった。口煩く、面倒なことばかりを指示するからだ。それでも、千夜が祖父と仲良くしている姿を見ると、無性に腹が立った。だから、そんな時は、千夜に言い掛かりをつけて無理なことをやらせ、失敗するところを見て溜飲を下げた。
今回は黒の巫女云々よりも、もっと根深いことが原因だ。
黒の巫女は選別の儀以降髪を切ってはいけない。
赤の巫女は選別の儀以降髪を肩より長くしてはいけない。
選別の儀まで、真尋の髪は肩より20センチ近く長かった。千夜も切るのであれば何の不満も無かった。赤の巫女になる時には、髪を切らなければならないことを、真尋は事前に知っていたのだから。千夜も切るのであれば、何の問題もなかったのだ。
「もう、千夜は休憩した方がいいと思うよ。身体も熱くなっているだろうから、これはサービスね」
3人の倍以上も踊らされ、覚束ない足取りで本殿から下りた千夜に、真尋が用意していたバケツの水を引っくり返した。
千夜は悲鳴を上げることもなく、振り返って文句を言う訳でもなく、ずぶ濡れのまま本殿を離れた。向かう先は本殿の裏手にある離れである。そこは生前の直道が暮らしていたが、今は千夜の隠れ家になっている。黒の巫女について直道が何か書き残していないか、それを調べる担当が千夜になっているからだ。
離れに到着した千夜は押入れに置いてあったタオルで全身を拭く。冬ではないといっても、10月になろうとしている時期だ。水に濡れたまま放置していれば風邪をひく可能性が高い。
タオルで頭を拭きながら、千夜は今日の出来事を考える。
何も悪いことをしていないのに、同級生からは意地悪をされ、悪口を浴びせられた。
帰宅すると不要な神楽を踊らされ、意味も無く頭から水を被せられた。
悲しくないはずがない。
悔しくないはずがない。
でも、我慢するしかない。
無意識に、タオルを握る千夜の手に力が入る。
でも、抗ったところで勝てるはずがない。
多勢に無勢。いや、1人。
神主である父親は真尋の言葉を信じるだろう。
母親は部屋に篭もったまま姿を見せない。
助けてくれる人はいない。
助けてくれる人?
不意に千夜は祖父が言った言葉を思い出した。
―――――狐の石像の裏側に移動して、神社を囲っている白壁に向かってパンパンと2回手を叩くんだ。そうすると、壁に丸い穴が開いて小道が現れるんだよ―――――
千夜はタオルを手にしたまま玄関に移動すると、クツを逆さにして溜まっていた水を出す。そして、ずぶ濡れのクツを履くと、そのまま狐の石像の下に向かって駆けた。



