黒の巫女と隠し小道


 確かに、人間と(アヤカシ)は共存していた。
 しかし、それは共栄ではなかった。人間は脅威となる妖を駆逐し、妖は人間を糧としていた。ただ、同じ世界に生存していただけである。それでも、各々の領分を守り、決して禁忌を犯すことはなかった。お互いの存在を認識しつつ、不干渉を貫いてきたのである。

 ―――――昭和40年代。
 高度成長期によって一気に近代化が進み、日本列島改造論が世を賑わしていた頃。声は瞬時に空間を飛び、夜の道は電灯によって照らされた。闇は恐怖の対象ではなくなり、夜の世界が少しずつ人間と重なり始める。数百人単位の集落ではなく、人間同士のネットワークは巨大になり数万、数十万人規模の生活を思考するまでになった。すごいスピードで山は削り崩され、川は枯れ、緑は急速に失われた。空は薄い雲に覆われて陽の光は届かず、水面には数え切れない生き物が浮かんだ。全てのバランスが崩れ限界を超えた瞬間、唐突に秩序は崩壊する。



 最も深い山奥にある集落を四霧(シキリ)地区と言った。川が流れ山が近いために、四方から霧が押し寄せてくるという地形が地区名になったようだ。テレビがカラーになった現在でも、日常的に妖が現れている。

(クダン)だ!!」
 駆けて来た地区の男性が叫んだ。
「本当か!! どこに出た?」
 農作業をしていた男性が農具を放り出し、男の方に早足で近寄る。
「玄さんの牧場だ」
「よし、すぐに行こう」
 男達は土が剥き出しの道路を、北に向かって走り出した。

 男達が玄さんと呼ばれた人物の牧場に到着したときには、既に10人近い地区の住民が集っていた。
「本当に件なのか?」
 到着したばかりの男性が声を掛けると、牧場の主が俯き気味に答えた。
「見ろ、間違いない」
 皆の視線が集っている場所を見ると、そこには生まれたばかりと思われる人面牛身の妖が横たわっていた。
 男は言葉に詰まるが、すぐに気を取り直して周囲に指示を始める。
「おい、何をぼんやり眺めているんだ。件が目を開ける前に始末しなければ、とんでもない事が起きるぞ。誰でもいい、(ナタ)を持ってこい。誰もできないならワシがやる!!」

 件・・・人面牛身の妖である。
 妖は必ず特技を1つだけ持っている。それはその種によって違い、時には特殊な能力を持って生まれる個体もいるという。件の特技は「予言」だ。内容は災厄である。しかも、的中率は100パーセントだ。どんな予言であろうと絶対(・・)に起きる。前回出現したときは疫病の蔓延を予言した。その結果、日本国内の約3割が疫病により命を落とした。それ以前の記録では飢饉を予言し、3年続きで干ばつが発生し、やはり総人口の約3割が飢餓により倒れることになった。
 件の出現は不可避の災厄であり、それを防ぐには目を開け、口を開く前に首を斬り落とすしかない。

「持って来たぞ」
 牧場の主が鉈を手にして戻って来る。しかし、手が震えて動くことができない。ずっと待ち望んできた子牛の誕生である。自ら手に掛けるには躊躇いもあるだろう。しかし、もう時間は残されていない。指示をした男が鉈を奪い取ると、件に近付いて行った。そして、目の前で鉈を振りかぶる。
 その瞬間、件がゆっくりと身体を起こし、目を開けた。
「くそ!!」
 振り下ろした鉈が細い首を断ち切る。
 件の頭がゴロゴロと地面を転がり、ちょうど集った者達の真ん中で止まった。
 安堵する者、目を逸らす者、震える者、涙を流す者。全員を見回した後、首だけになった件が口を開いた。


 ―――――黒い巫女が出現する。すべてが転換する。闇は光に、光は闇に。暗黒の時代が訪れる―――――


 そう言い切ると、件から生気が失われた。
 妖は嘘を吐くことができない。話しをすり変える、沈黙することが最大の偽証行為である。だからこそ、予言が絶対に的中する件の言葉は、近い将来に間違いなく起きる事なのだ。

 この場を取り仕切っていた男が周囲を見渡し、この地にある神社へと報告に向かった。