アネモネ記念日

◇◇
 一生明けないと思っていた夜は、赤く光る太陽によって終止符を打たれた。
 学年の違う選ばれし者が集まる二年三組。
 斜め後ろ隣。見えそうで見えないところにいる彼は、やはり格好良くて。
 黒いシルクの髪、部活を引退したせいか前よりも白くなった、でもまだ茶色い肌。
 心の中も見透かせそうな漆黒の瞳と、思春期特有の少し荒れた肌。だが周りよりも綺麗だ。
 二年半使っている相棒の上履きは、使い古しているせいでゴムが取れているところがあったり、白かったであろうところは黒ずんでいる。一年生の時から交換していないのだろうか。
 成長期がまだ来ていないのかはわからないが、先輩の前にいる二人の男の先輩とは十センチほど身長が低い。
 それでもクールでスタイリッシュなのは、推しというフィルターがかかっているからなのだろうか。
 後ろから隣の人と話しているのだろうか。先輩の声が聞こえる。
 体育館で聴いたときと同様、チェロの奏でる音のような安心感のある低い声。
 声変わりが終わったのだろうか。前のように掠れていることはない。
 水平線に広がる太陽の光のようだ。
 私を優しく照らしてくれる、しかし直接見ることは出来ない存在。目が合うなんてもっぱらだ。
 彼の所属するクラスは座っている位置から特定できたが、肝心な名前はまだ分からない。
 こんなにも生身の彼のことが分かったというのに、パズルの最後のピースを見つけようとしない。
 知るチャンスはいくらでもあるだろうが、私は知ろうと思わない。
 きっと知ってしまったら、この防衛線が突破されてしまうだろうから。
 自分の思いを抑えきれなくなり、見るのも許されなくなってしまう。
 それだけは絶対に避けなければならない。
 残り半年、委員会で会えるのは残り十一回。
 目標は先輩に認知してもらうこと。
 学年も違い、接点のない先輩に知ってもらうのは難しいだろうが、そんなことは関係ない。
 存在を知ってもらうのが何よりの喜びだ。
 一線を越えてはいけない。分かっているのに。
 本物を近くで見てしまうと欲が出てしまう。
 耐えなければ。
 委員会開始のチャイムが鳴る。
 それは、私と先輩の物語のプロローグなのかもしれない。