アネモネ記念日

◇◇
 四時間授業の日を一度たりとも恨んだことはなかったのに。
 放課後はゲームをして、その後はアニメを観て、ちょっとだけ勉強をして。
 怠惰を極める、最高の日となるはずだったのに。
「なるほどねぇ。じゃあ、もうちょっと一目惚れしたところ、詳しく聞かせてもらおうか」
「はい・・・・・・」
 尋問になるとは聞いていない。
 言葉は物騒だが、実際はそこまで酷くない。
 場所は学校の近くにある商業施設のフードコートで、放課後らしく制服を着た人たちもちらほら見かける。
 周りの人たちは食べ物片手に話に花を咲かせている。
 少し離れたところにカップルがいて、二人とも頬をりんごのように真っ赤にしながらいちゃついている。
 あの人ともそうなれたらな、という欲望が生まれたが、そんな煩悩は振り払う。だめだ、考えるだけ無駄だ。
 そして、ずっとニヤニヤしていた百華が、急に重大な証拠を見つけた探偵のような、真剣な眼差しで口を開く。
「てか、聞いてて思ったんだけどさ。碧のその先輩に対する感情がさ、恋愛的な好きとは思えないんだよね」
「恋愛的な好きとは違う?どういうことなの」
 美彩も賛同するように私の横で頷く。
 そうすると、百華は呆れたようにため息を付き、説明をしてくれた。
 曰く、好きにもいろいろな種類があり、恋愛感情はもちろんだが、親愛や友愛、尊敬などがあるらしく、私はその中のある一つの感情に当てはまっているのではないか、と考察したようだ。
「そう。君に当てはまるのは『推し』という感情だよっ!」
 推し。
 辞書で調べると、『人やモノを薦めるとき、評価や応援したい対象を挙げること』などの意味がある。
 更に深堀りすると、『近年ではアイドルや俳優、アニメのキャラクターの中から自分のお気に入りの人物を指すことにも使われる』とも書いてある。
 今回当てはまるのは後者のほうだろう。
 しかし、自分で恋愛感情なのか、推しの感情なのかは判断しづらい。
 どうすればいいのだろうか、と悩んだが、答えは案外すぐに出た。
 恋愛的な好きではなく、『推し』としての好きという感情を持っていると思い込めば良い。
 これはどうせ叶わない恋なのだ。
 諦めたら試合終了だ、とか言うけど、別にこれは試合でもなんでもない。
 無理だと分かっているのに望み続けるのは、精神的にストレスが溜まる。私はそんな非効率なことをしたくはない。
 それだったら、推しを応援しているファン、という立ち位置にいれば苦しむことはないだろう。
 ファンは推しに自ら接触を求めようとしてはいけない。
 そのように考えたらすぐに胸が軽くなった気がする。
 一方は委員長として活躍する先輩。
 もう一方はそれを勝手に見て、勝手に応援している後輩。
 これでいいのだ。自発的に安定した繋がりを切ろうとは思わない。
「一番この策がお互いにとって負担がかからないし・・・・・・」
 勝手に自己完結をしてしまった私を見て、二人がどう思ったかどうかは知らない。
 しかし、私の気持ちを反映したかのごとく、太陽が沈むと同時に雨が降ってきた。
 騒がしいこの空間に雨音が聞こえてくるはずはないのに。
 ぽつぽつと不規則な音が耳に入ってくる。
 時を同じくして、キャンバスの赤は黒に塗りつぶされていった。