アネモネ記念日

◇◇
 卒業式の入場曲でよく流れる壮大な名前の曲をバックに、三年生が体育館に入場する。
 拍手のし過ぎで手のひらが痒くなってきたが、あの人が来るまでは止められない。
 そしてやっと来た凛々しい先輩は、私の五列ほど前の席に座った。
 先輩を近くで見られる。後ろからだけど、背中を真正面から見られる。嬉しい。
 この光が反射する後頭部を、男らしく膝の上で握った拳を見られるのは今日が最後と言っても過言ではない。
 目に焼き付けなければ。
 私の中で先輩が卒業するまでは、覚えておかなければならない。私は先輩の、ファン、だから・・・・・・。
 全員が座ったのを確認し、司会進行の先生の声が響き渡る。
 大音量でスピーカーから流れてきた内容が、右から左に流れていってしまう。
 国歌と校歌を歌い、卒業証書授与に移る。
 百七十人ちょっといる三年生全員分行うのだろうか。流石に苦行だ。
 そう思っていたが、最初と最後の前後五名分のみを行うらしい。
 周りの同級生から安堵のため息が聞こえた。
 そして、卒業生の合唱に移る。
 歌うのは三年生が合唱祭で課題曲として歌った曲と、いかにも卒業というような感動系の歌だ。
 聞いたら誰もが懐かしい、と言うだろう。
 約二百人。ソプラノ、アルト、テノール、バスに分かれて歌うその曲は、言葉に表せないほど素晴らしい合唱だった。
 ジーンとし、鳥肌が立つ。合唱祭の時よりも更に洗練された歌声であり、到底追いつけそうにないほどの歌唱力。
 あぁ。さすが三年生だ。最高学年としての威厳がある。
 歌に集中しながらも、あの人を見つけられた。
 口を大きく開き、一生懸命歌っている姿はうちわを持って応援したくなる。
 そしてそれと同時に、先輩は卒業してしまう。目の前から消えてしまう、という考えが頭をよぎる。
 悲しい事実を突きつけられ、明るい歌詞が聞こえてくるものの、私には共感できそうになかった。
 別れがあれば出会いがある。
 そんな綺麗事、よく言えるよ。
 先輩が卒業したら、同じ色の上履きを履いた新一年生が入学してくる。
 しかし、その中に先輩よりもかっこいい人が現れるだろうか。先輩よりも素晴らしい人に出会えるのだろうか。
 論外だ。断じてない。
 そもそも年下、しかも二つもだ。貫禄が違うし、尊敬の対象にならないだろう。
 外からは風にあおられた木々が揺れる音が聞こえる。
 合唱はいつまでも続いたように感じた。