彼を取り残すことはしない。そう誓うと、理は恥ずかしそうに視線を逸らした。
『うは、鳥肌立ったわ。魁って無自覚のタラシだよな』
「はぁ? 俺だってこんなこと言ったのお前が初めてだよ」
むくれて返すと、彼の頬はさらに紅潮した。
『お互い初めて尽くしか。……変なの』
彼の言うとおり。変だ。
でもそれは会った時から。
俺はどうしようもないほど彼に囚われている。執着している。
というか、俺を変にしたのがお前だし。という言葉を喉元で堪え、その場を離れた。
カレンダーの日付けは移り変わる。どうにもできないことを受け入れろと告げるように。
鏡の少年は、それをわかってるようだ。
理の反応は見てて飽きない。小さなことにも驚いて、小鳥みたいにパタつく。それが嬉しいから、最近流行りのファッションとか音楽を聴かせて感想を共有した。
決して触れられない、誰にも明かせない親友だ。
何歳なんだろう。誕生日はいつだろう。
家族はどこにいる? 趣味はあった?
好きな子は、いた?
知りたいことがたくさんある。訊きすぎだって怒られそうなほど。
魁は校舎の白い階段を上った。
この棟の踊り場に鏡が設置されているのは、理がいる二階と、三階、四階だけだ。五階もあるが特別授業でしか使わず、鏡はない。
ひとまず三階と四階の鏡を調べてみたが、特に気になる部分はなかった。当然理も現れない。
彼は二階の踊り場の鏡にだけ留まっている。だから二階でなにかあったんだろうけど……その情報が何もなくて詰んでしまう。
「凪原、何か険しい顔してんな。どした?」
放課後に教室へ戻ると、代山がポッキーを口から出してやってきた。見ると力尽きたのか、クラスメイト達は出し物の準備を中断してだらだら談笑している。
「お前も疲れたんだろ。売店に飲みもん買いに行こうぜ!」
「うん」
彼と一緒に売店へ向かうため、二階の踊り場を抜ける。理の存在は感じられなかった。
階段に足をかけてから、代山に問いかける。
「なぁ、何か思ったことない?」
「何!? 俺何かした!?」
彼は露骨に驚き、大声を上げた。訊き方が悪く勘違いさせたようだ。
「違う違う、ここ通るとき違和感とかなかった? 例えば、寒気とかさ」
「寒気? 別にないよ! 廊下は基本寒いし!」
「そっか……サンキュー」
嫌な汗をだらだらかいてる代山が不憫で、慌てて謝る。そこで話はフェードアウトすると思ったが、彼は急に手を叩いた。
「そういや凪原、前もそういう、心霊的なこと訊いてたよな。実はオカルトマニアなんか」
「…………」
違う。ときっぱり言いたいのは山々だけど、理のことを思うとどんな些細な情報も仕入れたい。
ため息を飲み込んで頷くと、代山は俺の背中を思い切り叩いた。
「じゃ、明日売店行こうぜ! ちょっと人紹介してやっから!」
「紹介?」
藪から棒のようだが、彼は妙にウキウキしている。不思議に思いつつ、翌日になって売店へ向かうと、代山はレジにいる若い男女に声をかけた。
「秦野さん! あ、春川さんもこんちは。今ちょっといいスか?」
「あら、代山くん。こんにちは」
「や。どうしたの?」
呼びかけに応えた二人は、代山を見ると朗らかな笑顔を浮かべた。
「凪原。こっちの男のひとが秦野さん。で、こっちの女のひとが春川さん! ウチの卒業生で、月金だけバイトしてんだよ」
それはすごい。
訊けば二人は大学院に行ってるらしい。才色兼備というワードがパッと頭に浮かんだ。
そしてそんな二人と顔見知りになる代山も、改めてコミュ力強いなと感心した。彼は耳元でコソッと「多分この二人付き合ってる」と言ってきた。
「秦野さん。こいつ俺の友達で、凪原っていうんです。先月東京から転校してきたばっかで」
「東京から? 色々慣れなくて大変じゃなかった?」
「あ、いえ……荒んでた心がだいぶ癒されました」
「アハハ! 君面白いね」
何とかウケて、二人は楽しそうに笑った。優しそうな人達だし、それは良い……けど。
「代山。何でこの人達を紹介するって言ったわけ?」
代山に小声で尋ねると、彼は思い出したように指を鳴らした。いや、マジで忘れてたんだろうか。
「秦野さんって前に霊感あるって言ってたじゃないですか。この学校で何か心霊体験したことあります!?」
────そういうことか。
代山の直球な質問に、秦野さんはもちろん春川さんも目を丸くしていた。周りに他の生徒がいないのが救いだ。
俺が質問したわけじゃないのにめちゃくちゃ気まずくて、嫌な汗が流れる。
固唾を飲んで待っていると、秦野さんは頭を搔いた。
「この学校では怖い思いしたことはないかな」
「じゃ、怖くない思いはしたことあるんですか」
「引かれるからあまり言わないけど。霊ならそこら中にいるし、一々気にしてらんないよ。よっぽど変な見た目とか、怖い雰囲気出してないと、霊だってことにも気付けないし」
ああ。確かに、そういう話もよく聞く。
隣にいた春川さんは「それだけでも怖い」と自身の腕をさすった。
「七不思議とか知らないスか? 凪原が興味津々なんですよ。まさかのオカルトボーイで」
やめろ。
「はは、凪原君てクールっぽいけど、そういうの好きなんだね。でも良いと思うよ。俺は現実で見ちゃってるからホラー映画とかはわざわざ観ないけど」
秦野さんは腕を組み、楽しそうに肩を揺らした。もし本当に霊感があるなら、俺のお遊び同然の探究心に眉を下げてそうだ。
色々気まずい……けど、卒業生に話を聴ける機会はそうそうない。腹を括ってとことん質問しよう。


