山の向こうに見える燃える夕陽を、紫の雲が飲み込もうとしている。
一番賑わってる駅前の通りを歩きながら、三人で空を見上げた。
「……俺さ」
自分達の間を吹き抜ける風があまりにも気持ちよくて、言うつもりがなかったことが口から出てきた。
「母親が再婚して、それで引っ越してきたんだ」
「へっ」
代山は驚き、固まった。津内さんもなにか察し、足を止めてこちらを見上げる。
せっかく楽しい空気だったのに、自ら気まずくするのは最低だと思った。
でも、彼らだから。……これからも一緒に過ごしたいと思ったからこそ、隠さずに打ち明けたかった。
「今は新しい父親と三人で暮らしてる。すごく良い人で、幸せだよ。……でも卒業後は家を出て、東京の大学に行こうと思ってる」
一歩前に踏み出し、振り返る。声が震えかけたけど、二人の目を見て、静かに呟いた。
「この街にいるのは、後ちょっとになるかもしれない。でも、良ければ時々こうやって遊んでほしい」
友達なんて、もう無理して作らなくていいと思っていた。
無難に、当たり障りなく関わっていけばいい。その想いを容易く打ち崩した二人に、改めてお礼を言う。
「く……空気読まないこと言って、ほんとにごめん。とにかく、今日誘ってくれて嬉しかったんだ。だからその、逆に伝えなきゃ、って思って」
あぁ。てかこれ、理のが伝染ったのかも。
あいつがすぐ嬉しいだの何だの叫ぶから、俺もストレートな気持ちを口にしてしまった。
羞恥心で噴火しそうだったけど、少しして代山は俺の肩に手をかけ、引き寄せた。
「何だよ〜! そういうことはバンバン言って良いんだって!」
「そうだよ。進路は人それぞれだし! 嬉しかったって言われたら、私達も嬉しいもん!」
二人はその場で飛び跳ね、ハイタッチを求めてきた。
思わず脱力し、呆ける。
どうやら杞憂だったみたいだ。俺の小さな不安なんて、……本当に優しい人達の前では。
「私達も、実は凪原君を誘う時ちょっと緊張してたんだよ。皆でわいわいするの嫌いだったらどうしよ。嫌われたらどうしよう、って」
津内さんは照れくさそうに笑った。そんなことで嫌うわけないんだけど、やっぱり人は、他人にはわからないことで悩むものらしい。
胸の中に熱いものがじんわりと広がっていく。
ひとりじゃない。そう思わせてくれる存在を感じている。
「ありがとう。改めてよろしく」
「うん! よろしく!」
「俺らの絆は永遠だなっ!」
最後までテンション高い代山に苦笑しつつ、それぞれの家に向かって別れた。
山に囲まれた、小さいが温かな街。今もなにかに包まれている。
今夜はよく眠れそうだ。
理のことも心配だけど、もう少し落ち着いたら、前の学校の親友にも電話しよう。
恥ずかしくても、唐突でも、感謝は何回言ってもいいって教わったから。
ポケットの中のスマホにそっと触れ、鮮やかな藍色の空を見上げた。
◇
「さむ……っ」
十月に入り、朝と夜は寒い日が増えた。
「お。魁君、おはよう」
「おはようございます、由本さん」
高校へ向かう最寄りのバス停に着くと、一番ご近所さんの青年、由本さんに出会した。正確な歳は知らないけど、まだ若いのにスーツが似合っている。
しかも桜城高校の出身だと言うから、一番身近なOBだ。
「学校は慣れた?」
「はい。もうすぐ文化祭で」
「あ〜。文化祭とか懐かしいな……せっかくだからとことん楽しみな」
彼は仕事が忙しいのか、物思いに耽った様子で駅へ向かった。
生活で大きく変わったことはない。強いて言えば、どのクラスも文化祭の準備に追われ、忙しくしてることぐらい。
俺のクラスはお化け屋敷をやることになった。代山がお化け役で、津内さんは衣装作りに奮闘している。俺は部屋の装飾を担当し、タブレットで全体の大雑把なデザインを描いていた。
「部屋の中が暗いから、作り込んでもお客さんにはあまり見えなそうだよな」
『だからって手ぇ抜くなよ、魁。文化祭は高校生の一大イベントなんだから!』
「そういうことはわかってんだな……」
放課後、魁は階段の踊り場に座り込み、鏡の中の理と話していた。
片耳にイヤホンをし、誰かと電話してるように偽装する。これで独り言を聞かれても言い訳ができる。
ファイルを保存し、魁は立ち上がってタブレットの液晶を鏡に向けた。
『わ、すご。お前絵上手いなー』
「昔狂ったように車とかロボット描いてたから。人物以外はわりと得意だよ」
タブレットをわきに抱え、感心してる理に応える。彼は「相変わらず完璧だなぁ」と言って笑った。
『完璧過ぎて引くゥ』
「引くな。それより、新しく思い出したことはないか?」
ここは真面目に、低い声で尋ねる。
実は最近大きな進展があった。思考し、話すことが増えたからなのか、理は時折昔のことを口にするようになったのだ。
そのどれもが、パンよりご飯派だったとか、家では絶対裸足だったとか、死ぬほどどうでもいい情報ばかりだけど。これはかなりの希望に違いなかった。
理の記憶が戻れば、命を落としたキッカケがわかる。そうすればここに留まる理由も、ここから解放される方法も探せる。
ただひとつ懸念してることは────きっと、その最期は辛くて苦しい記憶だということ。
全て思い出したとき、理は深く傷つく可能性がある。それだけが不安だった。
『あ! あるある、俺も昔スマホ持ってた! 魁みたいに寝る前にエロ動画は観てないけど』
「観てねえよ殺すぞ」
『怖』
理はセルフハグして俯いた。
『てか殺すったって俺はもう死んでるもんねー。やっぱ怖くない』
「いや、怖いかどうかはさておき今のは言い過ぎた。ごめん」
『いいって。急に反省されると反応に困るし、我に返らないで』
「……」
意味のないやり取りはやめ、大事な話に戻ろう。スマホを持っていたというのは大きな情報だ。
彼が亡くなった時期はそう古くないということ。あとは“いつ”在籍していた生徒なのか知りたい。
「……なぁ。お前のこと、皆に訊いて回ったら駄目?」
『駄目! それは絶対駄目。騒がれて、有名になりたくない。何でなのかわからないけど、それは本当にやなんだ。わ、我儘言ってマジで申し訳ない』


