「理……」
初めて聞く、弱々しい声音。その脆い響きが、爆発の裏に隠れる気持ちを易しく教えていた。
寂しかったんだな。
ここから解放する方法を探すのも大事だけど。それ以上に、ずっとひとりだった彼の話し相手になるのも大事なことだった。
「……ごめん。お前を成仏させることで頭がいっぱいだった」
彼が俺を見つけて……俺と関わりを持ってどれほど喜んでいたか。知っていたけど、共感できてなかった。
スマホをポケットに仕舞い、鏡に触れる。
本当は頭を撫でてやりたいけど、それはできないから。できる限り近付き、声を落として宥めた。
はあ。……押したりつついたりしたい。
急に、昔飼ってた犬を思い出した。俺がソファでスマホを触ってるといじけて、スマホを憎み、腕ごと叩き落とそうとしてきた。
犬と人間は違うけど、シチュエーションは何か似てる。ひそかにフフッと思ってると、理は額を押さえて呟いた。
『いや、俺が百パー悪い。浄霊も俺の為にやってくれてたのに、完全に逆ギレした。本当にごめん。なさい』
「大丈夫だって」
屈んだまま土下座しそうだから、こっちも床に片膝をつけた。
『もう二度と逆ギレしないから許してぇ……』
一瞬で自己嫌悪モードに入るところが可笑しいというか……誰よりも人間らしくて笑った。
感極まったのか、理は鼻をすすってえぐえぐと嗚咽し始めた。相変わらず幼く見える。だから尚さら、頭を撫でてやれたらいいのに、とため息をついた。
「理」
ひんやりした鏡面に肩をつけ、涙目の彼にささやく。
「お前は大事な友達だ」
『魁……』
もう、理は自分の心の大部分を占めている。
こんなにも誰かに夢中になったのは生まれて初めてだ。ちょっと恥ずかしいけど、小声で伝えた。
理もまた、恥ずかしそうに……だけど嬉しそうに笑った。
『はああ。ありがと』
「こちらこそ」
生きてたって死んでたって関係ない。見える世界が違っても、こうして見つめ合ってるんだから。
今はまだ、彼がいる喜びを噛み締めてもいいのかもしれない。
『色々悩んでたんだけど……やっぱり魁に声かけて良かった』
空が青紫に染まっていく。照明がついて、廊下は白く光った。
傍には、優しい声を紡ぐ少年。
『魁に会えて良かった』
「……おう」
これ以上を求めたらバチがあたりそう。
夢でも見そうなほど心地いい空間に、全てを委ねたくなってる自分がいた。
◇
「凪原魁君だよね? 良かったらバスケ部の体験入部に来ない?」
早くも、新しい学校で三週が過ぎた。最近は入部の勧誘を受けることも増え、地味に困ってもいる。
「君背も高いし、すぐに上達すると思うよ。興味あったら体育館に来てね!」
「ウス……」
ひとまず頷き、今までもらったチラシを机に並べる。
気持ちは有難いけど。部活+受験対策+バイト+浄霊は無理ゲーだ。
椅子に深くもたれ、教室の天井を見上げる。すると代山と津内さんがやってきた。
「凪原〜。お、それって部活の勧誘チラシ?」
「凪原君、部活入るの?」
「いや。不可能と悟ったとこ」
チラシをまとめ、机の中に入れる。時間は有限。着実に目の前の問題をこなしていかないと。
難しい顔をしていたのか、二人は互いに顔を見合わせた。
「凪原、悩みがあんなら聞くぞ。ファミレスで」
「今日からシャインマスカットフェアやるの! パフェ食べたいから、皆で行かない?」
「お、おぉ。了解」
ということで、その日は代山と津内さんで駅近のファミレスに行くことにした。
「凪原ってマジで彼女いないの? 思い出と一緒に東京に置いてきてない?」
「ない。ほら、タルト来たぞ」
「きゃ〜! パフェも美味しそう!」
それぞれスイーツを頼んで、秋の味覚を満喫した。思えばこんな風に誰かと店に来るのも久しぶりで、何だか嬉しい。
転校が決まった時、仲良かったクラスメイトは皆悲しがってくれた。一番の親友とも、長時間電話した。
本当、人生ってつら。……って、一ヶ月前までは思ってたのに。
どうしよ。今こんなに楽しいじゃん。
「ウチのクラスの娘達は凪原くんのこと良いなって思ってるよ〜」
「へぇ! ね、ところで俺は?」
「代山のことは誰も話してなかったよ」
「アウトオブ眼中かよ」
代山は灰のように白くなってる。不憫に思い、肩を叩いた。
「でも、来年は三年だし。実際は恋愛どころじゃないよな」
「ふふ、そうだね。でもだからこそ、最後に青春したいって思わない?」
津内さんは大きめの一口を頬張った。可愛らしいピンクのリップに、生クリームがつく。
紙ナプキンを渡すと、彼女はありがとうと微笑んだ。
青春か。
事あるごとに聞くけど、いまいちわからない。恋愛=青春みたいに言う人が多いけど、そうとは限らない。部活やバイトも青春だ。
性別も年齢も、もっと広くて自由なはず。高校生は恋愛に取り憑かれ過ぎだと思う。
理なんて鏡に取り憑いてるのに毎日楽しそうだし……充実の形も人それぞれなんだろう。
「津内さんは彼氏いるの?」
「いるわけないじゃん」
「好きなひとは?」
コーラを飲んで尋ねると、彼女は一瞬だけ左上に視線を向けた。そっちには、タルトの切り分けに苦戦する代山がいる。
「あはは。全然できないよ」
「そうなんだ」
これは決まりだな……。
隣にいる呑気な代山に視線を向け、ため息と共にまたコーラを呷る。
相手が鈍感だから、苦労しそうだ。
心の中だけ彼女にエールを送り、三人で店を出た。


