理は悪戯っぽくはにかんだ。
彼は体はもちろん、メンタルも大きなダメージを受けただろう。けど全てを悲観して捉えてるわけじゃない。
理は儚いけど、誰よりも強いことを知っている。だから何の根拠もなく大丈夫だと思った。
彼の笑顔が花開くなら、ほとんどのことは小さい。
気が狂いそうなほど求めた世界が、触れられる位置にある。それはなんて素晴らしく、美しいことか。

「そうか。じゃあ来月まで暇だよな? 空港行くぞ」
「ん!?」

彼の腕を掴み、もう片手でスマホを操作する。今日の日付けで空いてる席を探し、二人分の航空券を予約した。
「ちょ、魁。それどこ行き?」
「決まってんだろ。お前が行きたい行きたいって言ってた北海道だよ」
忘れたとは言わせない。鋭い目つきで見つめると、彼は「ふええ」と身を縮めた。

「う、嬉しいけど今から? 何も打ち合わせてないのに!」
「問題ない。全部頭に入ってる」
「うおっ……前から思ってたけど、魁って行動力の高さ半端ないよな」

理は驚きつつも、鞄を掛け直して後をついてきた。その足取りは軽く、心なしか弾んで見える。
彼も喜んでくれているだろうか。この再会と、出発を。
「一年温めた計画なんだから、嫌でも覚える。ガイドは任せろ」
「お〜かっこいい! 惚れる!!」
彼は嬉しそうに頷き、俺の肩にわざとぶつかった。
でも、惚れるとか言ってんのに、

「何泣いてんの。理」
「…………っ」

結局真逆の反応をしてる。
どこまでもアンバランスで、危なっかしくて。───可愛い奴だ。
「大丈夫」
振り返って、人目もかまわず強く抱き締めた。
本当に、一瞬だけ……。離れてから理の目元にたまった涙を指ですくう。笑いかけると、彼は袖で拭い、雫を振り落とした。

「うう……俺はお前と一緒なら、どこにでも行く!」
「ふはっ。そんじゃ、まずはご所望の雪を見に行くか」

この時期なら、まだ降り積もった銀世界が見られる。理の頭を撫で、練り続けた旅行プランの見開きを頭の中でめくった。

当たり前だけど当たり前じゃない、一枚の板を挟んで出会った少年。
彼の隣に並べる幸せを噛み締め、再び改札口を抜けた。

「ありがと、魁」
「こちらこそ。改めてよろしくな。……理」

差し出された手を取り、強く握る。
初めて触れた彼の手のひらは、思わず力を緩めてしまうほど柔らかかった。


俺達が体験したことは、これからも誰にも言わないだろう。
でもそれでいい。あの世界は雪と同じで、触れたらとける儚いものだった。

ひそやかに舞い落ちる、きわめて(めずら)かな現象。

地に落ちて水となり、新たな花を咲かす。閉じることのない、巡り巡る氷晶だ。