白い。
空白のカレンダーが増えていく。
埋まらない予定を眺め、魁は顔に貼っていた湿布を剥がした。
年が明けた。冬休みに入ってすぐ二日ほど入院して、その間は警察も事情聴取に来て慌ただしかった。医師から安静にしてるよう言われた為、正月は家で静かに過ごした。代山や津内さんがお見舞いに来てくれ、そのおかげで寂しくはなかった。
いや、寂しいとは違う。心の中に空いた穴に降り積もる何かが、風の通りを許さない。
真っ白な世界を眺めている。
「告訴しないって本当かよ、凪原。マジで佐々波先生にやられたんだろ?」
「うん。……でももう話し合えるようなメンタルじゃなくなってるし、何もできないだろうから」
冬休みを終えて登校すると、当然ながら佐々波の姿はなかった。代わりにクラスを受け持つ教師が、佐々波が諸事情により退職したことを告げた。
「凪原君が何も言わなきゃ、先生がしたこと私達以外誰も知らないじゃん。本当にそれでいいの?」
津内さんも、俺の青痣を見て怒っていた。でももう、これ以上ことを大きくするつもりはない。
理も最後に彼を鈍器で殴ったみたいだし、こちらも被害届は出さないことにした。
佐々波は別れる間際もうわ言のように「怖い」と繰り返していた。鏡を異常に怖がっており、現在は精神科に入院している。
「……大丈夫だよ。多分、俺達が卒業するまでは……戻ってこられない」
「そうかもしれないけど……心配だよ」
津内さんは不安そうに俯く。しかし代山は手を叩き、勢いよく立ち上がった。
「ま、大丈夫だろ! 万が一戻ってきたら、そのときは俺が叩き伏せるし! 凪原は、卒業したら東京だからな」
「……さんきゅ」
冬休み中、両親とも何度も話し合って、東京の大学に行くことを了承してもらった。
ひとりの教師が完全に姿を消しても、噂や憶測は数週間で終息する。痣の色が薄れるのと同じで、全てはなかったことにされる。
それが有り難くもあり、歯痒くもあり。……それでも未来に向けて準備しないといけない。
「お。凪原君、久しぶり! 大丈夫? 喧嘩に巻き込まれたって代山君から聞いたけど」
「あはは、派手にやられました。大丈夫ですよ」
久しぶりに売店へ行くと、秦野さんが心配そうにレジから覗いた。近くのジュースを取り、彼に手渡す。
「どこ行ってもガラの悪い連中っているからね。そういうときは闘わないで速攻通報するんだよ」
「ほんとですね。次からそうします」
会計をして、静かに息をつく。すると彼は、不思議そうにテーブルに手をついた。
「でも、何だろ? すっきりしてるようにも見えるね」
「そうですか?」
「うん。憑き物が取れたみたいな」
振り返りかけたが、やめた。自分が今どんな顔をしてるのかわからなかったから。
悲しんでるのかもしれないし、……もしかしたら、笑ってるのかもしれない。
取り繕うということを忘れてる気がしたから、視線は前に向けたまま頷いた。
「そうかもしれません。全て終わったから」
自分の周りを取り巻いていたもの。頭の中を支配していたものがなくなった。
今は白しかない。見えてる世界には上も下も、右も左もなかった。
純白の空間そのもの。
「秦野さん」
「うん?」
「あれは怖いですね。……本当に」



