今日は二回も友人におやすみと言われた。
画面に表示された通話終了のマークを見て、静かに息をつく。

「理……」

今の蓮の話から察するに、理はこっちに引っ越し、転校してきた。
俺とまったく同じ。だから鏡に取り込まれた後も桜城高校の制服を着てたのか。

生きてるし、同学年とか……何もかも奇跡だ。
「ううん……」
ただ転校したのが二年に上がった時というと、ちょうどクラス替えのときか?
それだと転校生と言わない限り、周りは気付かないかもしれない。けど少しでもクラスに在籍したなら、東京に戻る際にまぁまぁ注目されるはずだ。
でもここでまた疑問が生まれる。代山や津内さんに協力してもらい、他のクラスの生徒にも尋ねたが、ここ一、二年以内に転校生で知ってるのは俺だけだと言う。

理は転校生のはずなのに、何で誰も知らないんだ。佐々波先生だって、理の名前はおろか、転校生の話をしても首を傾げていたし。

「あ〜……!」

頭を押さえて唸ってると、背後で足音が聞こえた。
「魁くん?」
「うわぁ!」
心臓が止まるかと思った。振り返ると、仕事帰りの父さんが不思議そうにこちらを見下ろしていた。
「そんなところでどうしたんだ。寒いから中に入ろう」
「あ、はい……すみません」
そして気を抜くと敬語に戻る。立ち上がった俺に、彼は困ったように笑った。
「学校は楽しい?」
鍵を取り出し、鍵穴に入れる。短く「うん」と答え、鞄をかけ直した。
「良かった。……大変な時期に、本当にごめんね」
彼の横顔が淋しげに映る。すぐ、進路のことを言ってるんだとわかった。
だから、言うなら今だと思った。
東京の大学に行きたい。卒業したら家を出ようと思う。……と。

でも……それも身勝手な話で。口を開いたものの、声が出なかった。
やっぱり、今日は言えないかも。そう思って俯くと、優しく頭に手を置かれた。

「あの……?」
「やりたいことがあるんだろう? 遠慮しなくていい。全力で応援するから、頑張るんだよ」

どんな目標でも応援する。そう告げて、彼はドアを開けた。
……。
何も打ち明けてない。隠してるけれど、伝わってしまってることがある。
もしかしたら、母にも。
「あら。おかえり。魁も一緒? 珍しいわね」
「ただいま」
「ん。手洗っておいで。ご飯にしましょ」
明るくて、温かい部屋。まだ少し照れくさいけど……優しい、綿雪のような場所。

何故か目頭が熱くなって、すぐに洗面所へ向かった。手はすぐに洗い終えたけど、中々ダイニングに戻れずにいた。
「やば……」
人の優しさで泣くとか、それこそ何年ぶりだ。
鏡の前で赤く染まった目元を見て、可笑しくなる。
理には絶対見せられない。
アホかと思うほど、笑いながら泣いてしまった。






「理。お前が見つかった」
『うえっ』

日本語が変だけど、この言い方しか思いつかない。
早朝、静まり返った校内。その踊り場で、魁はコートを脱いだ。
そんな彼を前に、理は鏡の中で何度もまばたきした。
「昨日東京の友達から連絡きたんだ。お前と同じ中学だった奴」
事後報告になって申し訳ないけど、友人に相談したことを話した。絶対怒らせると思ったから覚悟していたけど、全然そんなことなく。
『ほんとに!? やったー!!』
理は俺が固まるほど大喜びでバンザイした。

「お、怒らないの? 友達にお前の名前言ったのに」
『怒るわけないだろー? ネットでばら撒いたわけでもないし。……てか名前出さずに捜すなんて不可能だよ』

理は苦笑し、鏡に手をつく。
『わかってるのに、何でか俺のことで騒がれるのが怖くて……でも、やっぱり見つけてほしかった。俺の我儘で振り回して、本当にごめん。魁』
俺が勝手に走り回ってただけなのに。理は真剣な表情で呟いた。
「こっちこそごめん。……ここでダラダラすんのも好きだったけど、早く本体に戻らないとな」
『うんっ!』
それからは、理と細かなことを確かめ合った。理は蓮のことは知らなかったけど、中学校の場所や行事は話してる間に思い出していった。
高校も、一年のときは東京で進学したと話した。

『転校。……そうか。俺、転校したんだ』
「思い出した?」
『うん……正確な時期はわからないけど、確かに引越した気がする』

理は顎に手を添え、瞼を伏せる。
『でも、また東京に戻ったのか……俺のせいかな? こっちで何かしらおかしくなったから』
「それはわからないけど、生きてるならいいよ」
生きてさえいれば、いくらでもやり直せる。そう言うと、彼は嬉しそうに笑った。
『そうだね。ありがと、魁!』
「……」
この笑顔が全てだ。
魁は瞼を伏せ、鞄を肩にかけた。
『そうだ! 魁、今日終業式だっけ。明日から冬休み?』
「そう」
『じゃあしばらく会えないのか……』
理は表情こそ変わらないが、覇気のない声で呟いた。
早いもので、学校は終わりに入る。本来なら来年までこの学校には来ないけど。

「大丈夫っ。学校終わったらまたここに来るから、待ってな」
『ん? ……おう』

理は不思議そうに頷く。寂しそうな眼じゃなくなったことを確認し、魁は笑った。
「じゃ、教室行ってくる」
『うん。行ってら!』