眩い月光に照らされる道を歩き、家を目指す。
ドアを開けようと鍵を取り出したとき、ちょうどスマホの着信音が鳴った。
「あれ」
画面に表示された名前を見て、即座に電話に出た。
「魁っ。もしもし」
「もしもし。久しぶりじゃん、蓮」
電話の相手は蓮だった。嬉しくて、鍵は開けずにその場に留まる。
「先生の恋愛、大人しく見守ってるか? あんま首突っ込むと悪影響だから程々に」
「水野理。って、お前が前に言ってた名前で合ってる?」
え。
唐突過ぎてフリーズしてしまった。しかしすぐに意識を集中させ、通話越しに尋ねる。
「そ、そうだけど。どうした?」
「お前と別れた後も、やっぱ聞いたことあるなって思って……中学のときの卒業アルバム見返したら、いたんだ。今写真送るから確認して」
「……」
ほとんど機械的にSNSのアプリを開く。だが蓮のルームに表示された写真を見た瞬間、時が止まった。

「理」

写真に写っているのはひとりの少年。一クラスの全生徒が載ってるページに、彼はいた。
間違いない。口元を押さえ、何とかスマホを耳にあてた。
「ちなみに、漢字合ってる?」
「うん。……理科の理って言ってたから」
「やったな。俺は一度もクラス一緒になんなかったから関わりなかったけど、モテてたから知ってたんだ」
電話の先で、誇らしげに笑う蓮の声が聞こえた。
「俺の記憶力大したもんだろ」
「あぁ、本当に……すごいよ。ありがとう」
驚きと感動で、全然言葉が出てこないのが申し訳ない。でもこちらが動揺してることを悟ったのか、蓮は声のトーンを落とした。
「お前には幽霊じゃね、とか言っちゃったけど、水野は生きてるよ。で……変な話、茨城にはいないと思う」
「え。何でわかるんだ?」
家の前の手摺を掴み、慌てて尋ねる。力を入れ過ぎて指先が痛んだが、離すことすら忘れていた。
「中三のとき、水野と一番仲良かった奴に連絡したんだ。高校はこっちだったんだけど、二年に上がる時に茨城に引っ越したらしい。でもまたすぐに戻って来たんだと」
「…………」
……どういうことだ?
意味がわからない。二の句が継げずにいると、蓮も頭が痛そうに話した。
「俺もよくわかんないし、そいつも詳しいことはわからないみたい。ただ、水野はすぐ茨城から戻ってきて、定時制だか通信の高校に行ったらしい。だから東京にいるのは間違いない。……お前がいる茨城の高校にいるわけないよ」
蓮は情報不足だと思ってそうだ。でも、実際は情報過多だった。
魁は頭を押さえ、ゆっくりその場に屈んだ。
「つまり、何だ。魁が見てた奴は、その〜。幽霊は幽霊でも、ドッペルゲンガーみたいな?」
「ドッ……」
言い得て妙だが、やっぱりちょっと違う。俺が見てるのは精神だけだが、“本体”の方だから。
「わかっ……た。ちょっと混乱してるけど、話は理解した」
自分を宥め、納得させる為に、何度も頷いた。
本当は今すぐうわーと叫びたかったけど、気が触れたと思われそうなので必死にこらえる。
まずは、このことを教えてくれた蓮に感謝しよう。
「ありがと、蓮。なんつうか……本当に、知ることができて良かった」
「……本当に? 何か、ちょっと悩んだんだ。逆に知らない方がいいのかな……って」
彼らしかぬか細い声に、思わず笑みがこぼれる。相変わらずだ。いつも豪快なくせに、時々心配なほど細やかで、優しい。

「全然。おかげで一歩進めたよ。ありがとな」
「……そっか。良かった」

しゃがみ込んだまま、空の満月を眺めた。
驚くことだらけだけど、一番大きな希望を掴んだ。
理は生きてる。東京で、どこかの高校に通っている。
誰かと入れ替わってるのか、中身が空っぽなのかはわからないけど、充分嬉しくて泣きそうだった。
「……あ! なぁ、蓮が通ってた、その中学校の名前って」
「ん? 名津原中学」
「それだ!」
部活の話をしたとき、理が一度だけ口にした。俺はうっかり忘れたけど、決定打となって返ってきた。
点と点が繋がっていく感覚が、こんなにも痛快だとは。歓喜から震えが止まらない。
「蓮。俺、理に会いたいんだ。……どうしたら見つけられるか、悪いけど知恵貸してくれないか」
「ん? ん〜……前にいた高校で訊いても、個人情報言われて教えてもらえなさそうだからなぁ。……あ」
蓮は苦しげに呻いていたが、早口で続けた。
「水野の友人は、親の繋がりで東京に戻ってきたこと知ったらしい。だからそいつの親に頼めばコンタクトとれるかも……だけど」
「だけど?」
「何か水野の親も、東京に戻ってから人付き合い避けてるらしいんだ。今は連絡先変えてる可能性もある。だから難しいかも」
「そっ……か」
家庭の事情は色々あるだろうし、そこは赤の他人にはわからない。
でもわざわざこちらへ引っ越して、逃げるようにまた東京に戻ったのは。どう考えても、理が変わったことが原因のように思う。

今の彼がどうなってるかは謎だが、これまでの理じゃなくなったことで歯車が狂ったのかもしれない。
「今わかってんのはそれたけ。一応そいつに水野の親と連絡とれそうか訊いてはみるけど……」
「ありがとう。でも無理はしなくていいよ。そもそもお前が訊きづらいだろうし……でも俺がいきなり連絡したら、それこそ警戒されちゃうよな」
「そだな。ま、ちゃんと段階踏んでけば平気だよ。じゃあまたな」
「うん。本当に……本当にありがと、蓮」
「はは。全然! おやすみ」