「う〜。さむ……!」
よく父や母が時の流れの速さに戦慄してるけど。高校生の毎日も、恐ろしいほど速いと思う。
気付けばもう年の瀬。魁はコートを羽織り、玄関の洗面所で軽く寝癖をなおした。
「お。魁くん、コート出したんだ。似合ってるよ」
「ありがとう。……父さん」
少しこそばゆい気持ちになりながら、出勤する父を見送った。
「魁、ほら。お弁当」
「ありがと」
母も、忙しないが楽しそうだ。
三年になったら午前授業が増えるから、手作り弁当が食べられるのもあと少しか。両手で受け取り、心の中で恭しくお辞儀した。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
元気な母に見送られ、まだ薄暗い住宅街を抜ける。バスに乗り、朝日に照らされる田園を眺める。
イヤホンで音楽を聴きながら、もう見慣れた景色を見つめた。
水が張った場所は鏡のようで、空に浮かぶ雲を映している。あまりに綺麗だったから、バスから降りて写真を撮った。
理は自然が好きで、山や海の写真を見せると興奮してる。これも後で見せよう。
バスに乗ると、久しぶりに由本さんと顔を合わせた。
「お。おはよ、魁くん」
「おはようございます。寒いですね」
「本当にね。朝布団から出るのが辛いよ」
彼は息が白くなったと手を擦り合わせた。
「あれ、でも魁君はもうすぐ冬休みかな?」
「はい。でも、学校は好きだから……そこまで嬉しくもなくて」
そう言うと、彼は驚きながら感心していた。
俺も内心では、学校が好きだと言ったことに驚いてる。
でも、学校に行かないとあいつに会えないからな。
「……そうだ。あの、由本さん。由本さんが高校に通ってた時、怖い噂とかありませんでした?」
「怖い噂? どういう系の?」
「心霊系です」
最初の頃はこういうことを訊くのは憚られたが、今は何の躊躇いもない。電車の長椅子に彼と隣り合わせて座り、流れる景色を見つめた。
由本さんは顎に手を添えながら、記憶を辿っていた。
「ごめん、全然思いつかないや。せいぜい、大昔あの辺りで大火災があったことぐらい」
「火災……ですか」
「うん。あと空襲とか。でも戦時中は日本中であったことだから、ちょっと違うかもね」
朝なのにがらがらの車内。時が止まってるような空間で、膝に乗せた鞄をぎゅっと抱き寄せる。
「学校って大きな土地が必要でしょ? だから曰く付きの場所に建てることは珍しくないんだよ。なんせ土地代も安いし」
なるほど、そうなのか。
訊けば由本さんは不動産会社に勤務していて、同じ業界のひとから地元の怖い噂も色々聞いてるようだった。
「そんなとこだから、怖い噂のひとつやふたつあっても珍しくないってこと。……怖がり過ぎると悪いモンが寄ってきちゃうから気をつけて!」
彼は笑いながら目的の駅に降りていった。
秦野さんにも、やっぱ同じようなこと忠告されたな……。
理じゃないけど、大人は大人で逞し過ぎだと思う。
ひとり取り残され、誰もいない車両でため息をついた。
スマホを仕舞い、寒さと闘うように高校前の坂道を駆け上る。枯れ木が並んでいるが、桜も多いから春にはピンクの道になるのかもしれない。少し先の未来を想像しながら、いつもの校門を潜った。
廊下を上っていると、ちょうど同じタイミングで代山がやってきた。
「凪原! 大晦日さー、暇だったら近くの神社行かね? この辺じゃ有名なんだけど、俺ん家はいつも夜中行って甘酒飲むんだ」
屋台もいっぱいあるぞ、と彼は笑った。お腹を押さえてるから、多分食べ物が目的なんだろう。
「いいね。親に聞いてみる」
いくら近所とはいえ、夜中に黙って外へ出たら心配されそうだ。母以上に、父に。
笑って返すと、代山はうんうんと頷いた。
「でも、ほんと早いよな。お前が転校してきて、もう三ヶ月って」
「な。早い」
「お前が捜してるあの子は全っ然見つからないし!」
彼は肩を上げてぼやいた。あれから色々調べてるけど、まだ難航中だ。
現在在籍して、登校してない生徒も全員確認したけど、理の名前はなかった。
もしかして、他の高校に転校した。……って可能性もないか?
急に閃いて、朝のホームルームが始まる前に教卓にいる佐々波先生の元へ向かった。
「おはようございます」
「おはよ」
「先生、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
賑やかな机側を背に、魁は声を潜めて尋ねた。
「水野理って生徒を知りませんか?」
「水野?」
先生はプリントを整理していた手を止め、こちらを見た。
「卒業生かもしれないし……転校した生徒かもしれないんですけど」
もうヤケクソだ。情報不足にも程があるが、一縷の望みをかけて見返した。
けど、佐々波先生は眉根を寄せ、腕を組んだ。
「う〜ん。俺は聞いたことないな。その子がどうかした?」
「い、いえ。すみません、大丈夫です」
そりゃそうだよな。先月になってようやく、SNS以外なら訊いても良いって理が言うから、クラスメイト達にもそれとなく訊いたし。
不思議そうに首を傾げる先生から離れ、窓際の席に腰を下ろした。
年を越してしまう。この時期は何となくソワソワするけど、今年は特にだ。
真夜中、理はひとりで年を越すのか。可哀想だから、前日あたりに夜中に学校に潜入してしまおうか。バレたら大ごとだけど。
早いもので、二週間後には冬休みに入ってしまう。魁は教科書とノートを広げ、黒板を眺めた。
こんなに不思議な体験を現在進行系でしているのに、教室の中はなんて平和なんだろう。
何も起きない。いつも通り、ゆったりと流れていく。
来年の今頃は何をしてるかな。
机の下でのこっそりスマホを取り出し、ブクマしている旅行サイトを開いた。
来年は無理でも。再来年には、夢を叶えられるだろうか。
バイトと勉強。それと、人捜し。目まぐるしい日々の中で、大人にならなきゃいけない時間も迫ってきている。
それでも強く生きたい。今の自分を奮い立たせてくれてる少年に、雪の花を見せられるように。


