時間の流れがわからない。
外からもれる光で、夜じゃないことはわかるけど……理が戻らないから、昼なのか夕方なのかは判別がつかなかった。

魁は鏡の中であぐらをかき、額を押さえた。
スマホは持っていたが、何一つ操作できない。時間も、ここに入る直前の時間で止まっている。電池残量が減らないから完全に時が止まってるみたいだ。

勉強しなくていい。授業を受けなくていい。
不安定な未来に頭を悩ませなくていい。ここにいればそれが叶う。
だがそれでも、ずっといたら気が狂いそうだ。

雪のような白さと静寂に包まれている。
白はこの世でもっとも綺麗な色かもしれないけど、この空間は恐ろしい。
“無”を叩きつけられる。それはこの世の終わりで、……終わりがないことを告げていて。大切なものを根こそぎ消していってしまう気がした。

『理……』

理は大丈夫だろうか。俺のふりをして外で過ごすのは絶対しんどいはず。彼は俺の交友関係も、学校の中すらよく知らない。
天然だし、ちょっと抜けてるから階段から落ちたりしないか心配だ。
外の空気を吸わせてやれたことは嬉しいけど、気苦労の方が多そう。

……でも。このまま“俺”として過ごしたら、彼は人生をやり直せる。

それでもいいのか?

俺も別に、生に強い執着があるわけじゃない。
今はむしろ理の方が大事だ。彼の笑顔を見たいと心の底から願ってる。

たまに体を返してもらって、後はここでだらだら過ごすのもいいかも。何度でも交代できて、精神だけが分離するなら便利だし。
……。
精神だけが分離。って。
『……待てよ』
もしそうなら、ここはひとの精神を取り込む空間なのか?

瞼を開け、光に向かって手を伸ばす。浮いてるのか落ちてるのかわからないまま、魁は鏡の位置に視線を向けた。

この場所に精神と肉体を切り離す力があるとして。精神だけがここに閉じ込められてるなら、理の肉体は現実世界に存在してる可能性がある。

そうだ。何で地縛霊だと思い、彼が死んだと決めつけていたんだろう。アホ過ぎる。
理も今の俺と同じ。誰かの代わりに、ここに閉じ込められた。肉体は外に放置され、元々入っていた奴が体を乗っ取った。もしくは、乗っ取られることはなく救急車で運ばれた。

『理は生きてる……?』

生きてる可能性の方が、ずっと高い。
幽霊なんかじゃない。この学校の踊り場で、鏡の中の誰かに狙われたんだ。

この空間の説明ができないのはもどかしいけど、俺達の理解を越えた場所ってことは間違いない。まずここから解放される方法を考えよう。

大丈夫だ。絶対、二人で外に出る方法があるはず。
魁は息を吸い、勢いよく身を起こした。
とりあえず理が戻ってきたら作戦を考えよう。定期的に入れ替わるのもアリだ。彼は東京に住んでいたことがあると言ってたけど、この街に水野という苗字のひとがいないか調べ直そう。

調べて、この街にいなかった場合は……。

『あれっ』

でも、俺の家族じゃないのに、何で知らない人を捜す必要があるんだっけ。
誰のために。
あ、そうだ。理のためだ。

……理?

『さとるって、誰だっけ』