メロンパンを頬張り、頑張って咀嚼する。
美味しいのに変な感じがする。上手く飲み込めない。

鏡から離れられたことを手放しで喜べない。頭の中にあるのは魁のことだけ。

何で魁があそこに閉じ込められて、自分が彼の体に入ってしまったんだろう。魁が体ごと鏡の中に入ってきたならともかく……いや、それも駄目か。
魁の具合が悪化してないか心配だ。
でも落ち着いて考えると、最悪の事態は免れた。二人で鏡の中に入っていたら、それこそ絶望的。外にSOSを発信するしかないけど、信用できるひとを捜すのもひと苦労。

( この二人は信用できそう……だけど )

実際のところはわからない。一見優しそうでも、悪意を隠し持つ人間はごまんといる。

ひとは裏切る生き物だ。それは経験済みだから間違いない。
理は野菜ジュースを飲み、端に置いた。
心の奥底に、腐臭を放つ感情がある。何が起因してるのか覚えてないが、確信している。
他人を信じるな。信じたから、あんな目に遭ったのだと。

そうだ。思い出してきた。
怖い。俺を裏切ったひとのことが。

俺を裏切ったひと……って、誰だっけ?

「凪原!」
「わっ」

どす黒く渦巻く感情は、明るい声で遮断した。隣に座った(というかタックルしてきた)代山が、俺の口元にティッシュを押し当てたから。

「間違いなくおかしいな」
「おかしいわ。凪原君がそんなボロボロこぼして食べるなんて」
「…………」

食べ方が下手なのは素直に謝ろう。一度ビニール袋に戻し、膝の上に置いた。
「お腹いっぱいで……ごめん、大丈夫なんだけど」
「何が大丈夫なんだよ。悩みがあんなら言えって約束しただろ?」
あれ、したよな? と、彼は津内さんに振り返った。
津内さんは微妙な顔をしていたけど、やがて「したかも」と頷いた。

「ねぇ、凪原君。もしかしてあの子のことで何かあったんじゃないの?」
「あの子?」
「顔しか知らない、気になってる男の子のことだよ」

なっっ。
驚いて、思わず二度見してしまう。
でもすぐに、魁が自分のことを彼らに話したのだとわかった。
ただ前に約束したとおり、肝心なことは伏せてくれてるみたいだ。
肉体を手に入れたせいか、記憶保持に異常はない。むしろスラスラと引き出せる。その爽快さに感動しながら、前に傾いた。
「ううん、そうじゃない。そっちはやっぱり、進展なくて」
「そっか……じゃあ、尚さらだよ。そのことで思い詰めてるんじゃない?」
「いや、そんなことは」
「あ〜、絶対それだ! お前四六時中そのこと考えてるもん。もう実は前世は異性で、恋人同士だったんじゃないか?」
「こ……っ!?」
ぶっ飛んだ台詞を受け、メロンパンを落としかける。魁の友達とは言え、聞き捨てならない。魁の沽券の為にも否定しなければ、と咳払いした。
「違うよ。面白いから捜し出したいだけだ」
「名前しか知らない奴に、そんな情熱かけらんねえよ。実は会ったんじゃないのか?」
「会ってない」
「超目泳いでるぞ」
嘘下手かとツッコまれ、すさまじく気まずい空気が流れた。
ああ、もう帰りたい。帰る場所ないけど、とりあえず魁のところに逃げ出したい。
半泣きになりながら俯くと、頭をがしがしと撫でられた。

「ま、お前が話したくないならいーよ。俺らはお前がしたいこと応援したいだけだし」
「だねー。でも気が向いたら教えてね。いつでも待ってるから」

「……!」

二人は立ち上がり、俺に向かって手を差し出した。
いや。俺じゃなくて、魁に。これまで全力で俺を捜し、二人に感謝を伝えてきた魁に向かって。

「凪原君、教室戻ろっ」
「行こうぜ、凪原」

二人の後ろに光が射している。
辛いぐらいの眩さに目を細め、片手を翳した。

「……うん」

やっぱり、ここは俺の居場所じゃないな。なんと言っても眩し過ぎる。
この光を浴びて真顔でいられるのは魁ぐらいだ。あのクールな少年なら、照れくさくても上手く誤魔化すだろう。
自分は無理。どうしたって笑ってしまう。
「ごめん。行こう」
学校って、友達って、本来そういうものだった気もしたり。
青春って恥ずかしいから、自分はやっぱ適度な休憩が欲しい。

でも安心した。一番大事な友人の傍にいるのが、こんなにも優しい子達で。

良かったな、魁。

勢いよく立ち上がり、理は二人の後を追った。