鏡に巣食う魔物。怪異。
休み時間、魁はタブレットで全国の逸話、怪談、都市伝説を調べていた。

( 幽霊に絞ってたから気付かなかったけど、色々ある )

鏡の中に映るのは悪魔だとか、もうひとりの自分が魔物化するとか。特に海外は興味深いものが伝話がたくさん見つかった。
理の死因がわかればあそこに留まる理由がわかると思ったけど、両親と妹がいたこと以外進展はない。

……ちょっと自分に置き換えて考えてみるか。

もし俺が、気付いたときには鏡の中にいて、知らない高校の踊り場を眺める状況に置かれたら……どうする?
最初は生徒達の話を盗み聞きして、今いる場所がどこか把握して。とりあえず優しそうな生徒に声を掛けるかもしれない。
自分じゃどうにもできないと判断したら、外に助けを求めるはずだ。でも理はそうしなかった。成仏したい気持ちはあるはずだが、積極的に動こうとはしない。

そもそも理は生や未練に無頓着過ぎる気もする。普通はもっと必死になる。それかあまりに長い時間過ごして、全て諦めてしまったか……。
数学の時間、黒板に目を向け、教壇に立つ先生の話に耳を傾けた。頭半分はそっちに使い、もう半分は理のことに集中する。

今さらながら、おかしいことだらけだ。鏡に取り憑く地縛霊なんて……増して鏡から出られない地縛霊なんて聞いたことがない。
俺がもし理と同じ立場だったなら。─────死んだ覚えもないなら、まずはそこに閉じ込められたと考える方が自然じゃないか?

「……っ!」

持っていたペンが指から滑り、床に転がる。
急に猛烈な目眩に襲われた。目の前が大きく左右に揺れ、机に突っ伏す。
「……凪原?」
落としたペンを拾わないことで、隣の代山が不思議そうに俺の名前を呼んだ。
「おい、大丈夫か? 顔すげー白いぞ」
「あぁ……」
やはり寝不足か、貧血かもしれない。額に手を当て、瞼を伏せる。
「ちょっと、保健室行ってこいよ。……田山先生ー!! 凪原が具合悪いみたいで、保健室行かせてやってもいいスか!? いいですよね!?」
追撃やめろ。皆もめっちゃ見てくるし。
「あぁ。凪原君、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です。すみません」
口では大丈夫と言ったが、本当にくらくらする。気持ち悪い。
それでも何とか立ち上がり、教室の扉へ向かった。
廊下側の席にいた津内さんが、心配そうに振り返る。
「凪原君、誰かについてもらわなくて平気?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
彼女に微笑み、廊下へ出る。踵が上がりきらない。脚を引きずるように進み、手摺りに掴まりながら階段を降りていく。

「ぐ……っ……」

頭が痛い。割れそうだ。
佐々波先生に近付かないよう言われたが、保健室に向かう為にどうしてもそこを通ることになる。
壁に手をつきながら、魁は二階の踊り場で足を止めた。
「……とる」
校内では四時間目が始まったところ。全ての生徒が教室で授業を受けていて、廊下には誰も来ない。それを良いことに、少し彼と話してから保健室へ行こうと思った。
「理……俺だ。……いる?」
けど、やっぱり限界だったかもしれない。手が滑り、そのまま床に倒れてしまった。

『んっ? ……魁!? おい、どうした!?』

鏡の目の前で倒れた為、耳元で理の声が聞こえた。かなり切羽詰まった声で、思わず顔を上げる。
「はは。悪い、何か頭痛くて。……でも大丈夫、多分ただの貧血だよ」
『貧血って……待って、今って授業中? 近くに誰もいないのか?』
理はしゃがみ込み、鏡に両手をついた。
『くそっ』
理が、こちらの面を殴りつける。俯き、掠れた声で零した。

『魁、大丈夫か!?』

ゆっくり頷く。
そんな大ごとじゃない。まずは理を安心させる方が先だと思い、床に肘をついた。
「大丈夫。だから、そんな顔すんなって」
本当に泣き虫だな……。
目元を赤く染める理に笑いかける。彼は不安と戸惑いに満ちた瞳を揺らし、俺を怒鳴りつけた。
『お前が俺の前で倒れるからだろ! 倒れるなら教室にしろよ、バカ!』
ごもっとも。何とか上半身を起こし、鏡に映る少年に向き直る。
「ごめんごめん。大丈夫だから」
理の両手の位置に、自分の両手を翳す。
これ以上心配させたらマジで可哀想だ。優しく宥めながら、体を引きずる。

「今なら立てそう」

よいしょ、と鏡に両手をつく。
理と両の手のひらを合わせる形で立ち上がった、そのとき。
「うわっ!?」
『え!?』
目の前にあった支えがなくなり、また前に倒れ込んでしまった。

いってぇ……!!
鏡に向かって立ち上がったはずなのに、どうなってんだ?
打ちつけた顔を押さえながら視線を上げると、そこには不自然なほど何もない白の世界が広がっていた。
階段も踊り場もない。鏡もない。
どこだ、ここ。
頭が真っ白になって呆然としてると、背後から声が聞こえた。

「魁!」

振り返ると、あの大型鏡と同じサイズの切り抜きのような穴が宙に浮いていた。
その中に見えるのは、階段と踊り場。

「魁……これ、まさか……」

そして、戸惑いながらこちらを見つめる“俺”がいた。