「凪原ぁ! 卒業生集団が一気に来て大変だったよ! 教室真っ暗で見えないから衣装踏んづけて引き裂いちゃうし」
「ほんと最低! それ縫うのすごい時間かかったんだよ!」
「まぁまぁ……」

二日間の文化祭は、クラス一丸となり無事に終えた。
お化け役の代山と津内さんはお決まりの口論を繰り広げていたが、最終日は打ち上げとして、遅くまで教室でジュースを飲んだりして騒ぎまくった。
準備の居残りが続いたりして大変だったけど、きっとこの日は忘れない。大人になっても思い出すと思う。
クラスで撮った写真を眺め、思わず目を細めた。

「お。凪原君、こんにちは」
「こんにちは、秦野さん」

自分が思ってる以上に満たされてる。そのことに感謝し、一日一日を大切に過ごしたい。
売店へ行くと、レジにいる秦野さんがにこやかに手を振った。
「最近何か怖いことはあった?」
「全然。……ていうか、申し訳ないんですけど……実は元々そういうのは信じてないタチで」
「あれっそうなの? じゃあ何で怪談とか探してたんだい」
他に生徒がいないことを確認し、レジ前に寄る。声を落とし、軽く頭を下げた。
少し脚色して、理の件になぞらえる。
「すみません。詳しくは話せないんですけど……知り合いが、昔踊り場で怖い想いをしたらしくて」
「踊り場で?」
秦野さんは腕を組み、首を傾げた。
「はい。でも秦野さんが何も感じないって話してたから、無理やり安心してたんです。それも結局怖いの裏返しなんですけど」
理は霊だけど、現状は自分しか認識していない。それが何だか切なくて、また不安でもあった。
努めて明るく笑うと、秦野さんは静かに頷いた。
「なるほどね。でも、ぶっちゃけ俺が見えない霊もたくさんいるよ。ひとつは、今にも消えそうなすっごく弱い霊。それともうひとつは、……存在を上手く隠せるぐらい強い霊」
「怖いです」
「あはは、怖がらせて言ってごめんね。でもほんとに、見えるか見えないかは関係ないんだ。何となく嫌な感じがする場所ってあるだろう? そういう、本能的に悟るものが一番信用できるよ。霊とは関係なしに」
本能……。
それこそ第六感みたいなやつだろうか。科学や理屈では説明できない直感。
秦野さんはまた微笑み、軽く指を鳴らした。

「だから俺の言うことはもちろん。あまり人が言うことを鵜呑みにしちゃ駄目だよ」



否が応でも時間は進む。自分が今いる場所を自覚させてくれる。
一週間、また一週間。俺の学校生活は終わりへ近付く。

けど、“彼”は違う。学校生活が終わるわけじゃない。それよりもっと大きくて、重くて、冷たいものだ。

「ほら、理。これこの間見てきた滝」
『うわ〜!! でかい! 綺麗!』

早朝、まだ生徒が登校するには早い時刻。魁は校舎二階の踊り場で、鏡にタブレット画面を翳した。
「三大瀑布のひとつだから、母さんが急に見たいって騒ぎ出して、三人で……紅葉も綺麗だったよ」
『うんうん。家族で楽しめたなら良かったよ』
理ははにかみ、紅葉に囲まれる滝の写真を眺めた。
『前より一緒に過ごす時間増えた?』
「そう……だな。この前は一緒にプラネタリウム行ったし。前は本物の星の方が見たいと思ってたけど、あれはあれでリラックスできて良かった」
『へぇ〜。でも大事だよね、そういうの。魁はこれから受験でストレスたまるだろうからさ。たまには体動かしたり、逆に温泉に行って寛いだりした方がいいよ!』
それは確かに。動けない理の手前申し訳ないけど、腑に落ちる。
タブレットを下ろし、魁は息をついた。

何だかんだ、もう十一月。年を越したら、あっという間に三年生になってしまう。
三年になると授業が減って、学校にいる時間そのものが少なくなってしまう。そのときに、果たして理に時間を割くことができるだろうか。先を見据えるなら今本気で動き出した方がいいかもしれない。
代山も津内さんも理について調べてくれたけど、捗々しくはないし。彼らの時間をとるのも限界だ。

「そうだ。理、北海道旅行のことだけどさ。普通に飛行機でいい?」
『どゆこと?』
「いや、時間はかかるけど新幹線でも行けるんだよ。何ならフェリーもあるぞ」

移動手段は早いに越したことはないけど、この前蓮が電車で喜んでいたことを思い出した。自分は近場なら車が好きだし、なるべく理の希望に沿いたい。
すると彼は面食らったように首を傾げた。
『俺飛行機しか考えてなかったよ。そっか、新幹線って手もあるのか』
理はそれもいいなー、と笑っていたが、急に黙り込んだ。

『……あれ。新幹線じゃないけど……すっごい小さい頃、北海道まで電車で行ったことあるかも』
「ほ、ほんと? 電車? 新幹線じゃなくて?」
『新幹線じゃない。ベッドがあったんだ』
「それは……」

寝台列車か? 今はほとんどが運行終了したと言うけど。
『下のベッドに父さんと母さんがいて、上のベッドに俺と妹がいたんだ。ワクワクしてあまり眠れなかった』
「いっ……!」
まただ。
また、理の記憶が流れてきている。
「妹いたんだな。何歳下?」
『ん? 二つ』
「てことは、今何歳?」
『えーと。俺が十六だから、十四?』
十六歳。
ということは一年。もしくは、誕生月によって自分と同じ二年。
その年に、理は亡くなったことになる。これだけでもわかってよかった。

「な、なぁ。お前が住んでた住所だけど」
『あ! 魁、人が来そう』

理の声と同時に、階段の下で賑やかな声が聞こえた。
くそ、こういう時に限って……。

鏡から離れ、廊下の角を曲がる。あと少しで住所まで聞き出せたかもしれないのに。今度はもっと早くに来るか、誰もいない遅い時間に話そう。
焦りから救いようのない苛立ちを覚えてしまっている。
唇を噛んでタブレットを脇に抱えると、誰かが傍に立った。

「凪原君。おはよう」
「あ……おはようございます」

爽やかな朝にお似合いの担任、佐々波先生が笑顔で右手を上げた。
「そういえば文化祭お疲れ様。皆凪原君のことすごいって褒めてたぞ。絵が上手いから、もしかして美術系に行くのか? それとも情報系?」
「まだ全っ然考えてません……」
本当は考えないといけないんだけど、それどころじゃない。ため息をつくと、彼は心配そうに顔を覗かせていた。
「いや、まあそれはこれからゆっくり考えていけば大丈夫! だけど……ちょっと顔色悪くないか?」
額に手を当てられる。彼の掌は大きく、温かかった。
「熱はなさそうだけど……」
「大丈夫ですよ。寝不足なんだと思います」
「そうか……何度も言ってるけど、無理はしちゃ駄目だぞ。家庭のこともね」
佐々波先生は少し言い淀んだものの、小声で零した。
親が再婚したばかりということを知ってるから、普通より気に掛けてくれてるんだろう。頭を下げ、ひそかに感謝した。
「大丈夫です。家のことも、……進路のことも。今のところは」
本当に。一番心配してるのはそこじゃない。
しかし誰にも打ち明けられない。理に口止めされてる以上、彼があそこにいることは。
「凪原君さ」
先生の指が俺の前髪を持ち上げた。

「最近よく、そこの踊り場にいるよね?」
「え」