担任が心配なのはわかるけど、追尾はやり過ぎだ。
「でも岡ピ十年彼氏いないって言ってたし、遊ばれてないか心配なんだよ。今度鞄にこっそり紛失タグ入れとこうかな」
「良いこと教えてやる。一年以下の拘禁刑、もしくは百万円以下の罰金」
「やめるわ」
山盛りの青椒肉絲と回鍋肉が運ばれてきた。ご飯も山盛りで、猛烈に腹が減ってきた。
「いただきまーす! ま、それはさておき。新しい学校はどう?」
蓮は白飯をかきこみ、俺に視線を向けた。
「うん。最初は不安だったけど、皆すごく優しくて……何とかやれてるよ」
「お、良かった。でもまあ、お前は落ち着いてるからな。俺はあんま心配してなかったよ」
黒酢を取り、蓮は俺の方に小籠包を差し出した。

「苗字、凪原だっけ?」
「そう」
「良いじゃん。新しく生まれ変わった感じする」

生まれ変わる……。

苗字が変わることを、そんな風に考えたことはなかった。新鮮な気分に浸り、烏龍茶を飲む。
魁の元の苗字は吉澤だ。十七年間使ってきた名前を失うのは、今までの自分を失うようで空恐ろしさもあったのに。

友人は、それを前向きに捉えている。違う角度で見ることの大切さも感じ、静かにグラスを置いた。
「ところで、魁。……何か良いことあった?」
「はっ? 何で?」
「うーん。何か前よりイキイキしてる。引っ越し直前にやつれてたせいかもしんないけど」
蓮は椅子の背にもたれ、顎に手を添えた。
彼の言うとおり、転校前はバタバタして毎日顔が死んでたと思う。だから、落ち着いた今顔色が良く見えてるのかもしれない。
でもそれだけじゃないと言うように、蓮は眉根を寄せる。
「前髪伸ばした?」
「あ、それは髪切りに行ってないから」
「財布変えた?」
「父さんに買ってもらった」
「好きな娘ができた?」
「あー……」
頷きかけ、すんでのところでこらえた。

「できたのか! 好きな娘!」
「できてない」

何とか答えたものの、妙な間を空けてしまったせいで説得力はゼロ。
くそ、失敗した。好きな娘はいないのに。
「ふぁ〜。あのクールな魁に、とうとう好きな娘が」
「だからいないっての。この前から新しくバイトも始めたんだ。恋愛してる暇なんかないよ」
熱い回鍋肉を食べ、烏龍茶で流し込む。蓮は不思議そうにまばたきした。
「え、またバイト? 来年受験だろ?」
「お金貯めたいんだ。東京に戻るつもり」
火傷覚悟で小籠包を口に入れる。案の定地獄の熱さで戻しかけたが、慌てて口を押さえた。
「あっつ……別にここで進学すんのが嫌ってわけじゃなくて。就職のこと考えると、なるべく色々見られる場所にいたいんだ」
「そっか。それは良いんじゃない? 将来のこと決めんのは自分なんだし」
蓮は笑って小籠包を食べた。
「俺も特にやりたいこととか見つかってないから、行けそうな大学を手当たり次第リストアップしてるとこだよ」
「やっぱそうなるよな」
笑い合い、デザートの杏仁豆腐を頼んだ。蓮は最近ハマってる歌手やチャンネルについて楽しそうに語った。
以前は毎日していたのに、懐かしくて仕方ない。離れるってこういうことなんだな、としみじみ思った。

「話は戻るけど。好きな娘は同じクラス?」
「だから違うって……」

蒸し返さなくていいのに、蓮は興味津々だった。彼も前の学校で結構告られてた気がするけど、何故か彼女はつくらなかった。
部活の方が楽しいとか言ってたから、それでかもしれない。部活がない日は、必ずどこかに誘って来たし。
それはともかく、この話は早くフェードアウトさせないと。
「好きな娘……じゃないんだけど、気になってる奴がいんだ」
「あん? それ、好きなんじゃないの?」
「違う。男で……それに顔と名前以外、何も知らないんだ」
「何だそれ」
破茶滅茶な話に、蓮は露骨に驚いた。しかし興味深そうに頬杖をつく。

「詳しく聞かせろよ」
「あぁ……時々学校の中で会うんだけど。どこのクラスにも所属してないみたいなんだよ」

自分でも、かなり無理がある話だとわかっていた。でも、何も知らない彼だから。信頼してる友人だから、ファンタジーとして話せてしまった。
「どこのクラスにもいないなら、授業中どこにいんの?」
「……わからない」
「…………」
さすがにアホ過ぎるというか……オチがない。
非常に気まずくて、話したことを後悔し始めていた。
「わるい。変な冗談言って」
「いや。お前はあんまり、意味わからん冗談とか言わないだろ。……真面目に悩んでんじゃないの」
蓮はテーブルに手を置き、こちらを見据える。
さすが、一番傍にいただけある。というか、彼は元々洞察力があった。今頃思い出して、こそばゆさに頬を掻く。
「どこのクラスにもいなくて、普段どこにいるかもわからない。不法侵入じゃなきゃ、それ幽霊じゃね?」
「……やっぱ、そう考えるのが自然?」
「お前以外の人達が認識してるなら別だけど。お前以外で、そいつのこと知ってる人いるの?」
首を横に振ると、彼は深く息をついた。
「白昼堂々現れる幽霊ってのも微妙だけど。まあ、幽霊かもな」
蓮は杏仁豆腐を食べ終え、肩を竦めた。

「魁が心霊系信じてないのは知ってるし、俺は見てないから何とも言えないけど……お前はどう思ってんの?」
「え?」
「怖いとか、何かあるだろ」

怖い。……理が?
いいや。恐怖なんて皆無。あるのはただただ、───儚さ。
「悲しくなる」
スプーンを置き、瞼を伏せた。
「ほんとは授業受けたいんじゃないか。家に帰りたいんじゃないか。……人並みの青春を送るはずだったのに、いつもひとりでいるんだ。だから、見てて悲しくなる」
「…………」