『爆発まであと三分! レイモンドがジェット機に乗り込む! 操縦桿ってそれ? エンジンかからないし! もう外出た方がいいよ! 島ごと吹っ飛ぶなら海に飛び込んじゃえ!』
「理、もうちょっと静かに観れない?」

階段前の踊り場。バイトなし、文化祭準備のない放課後。
魁は鏡に背を預け、目を細める。手に持ってるスマホはこの前全国公開されたアクション映画が再生されていた。動画配信サイトでさっそく有料公開された為、鏡の少年にも観せてるわけだが。

友人が必死に捜してくれている、謎多き存在。水野理に、魁はため息をもらした。
『あーっ!! 死んだ!!』
「死んどらんて」
画面の中で、時限式爆弾が爆発した。しかし煙の中からジェット機が飛び出し、主人公は無事に敵地である島から脱出してみせた。
『あぁ、良かったぁ。もうハラハラして寿命縮んだ』
霊の寿命が縮むかどうかはわからないが、理は映画に満足したようだ。
鏡に向かって映画を観せてるのは不思議な感覚だけど、理が喜ぶ顔が見れたら充分だ。
ふと思い立って、スマホのカメラを起動する。フロントに切り替えると、映るのは自分の顔だけだった。
後ろにある鏡には、何も映ってない。

やっぱカメラには映らないか……。
一枚ぐらい、二人の写真を撮りたいところだけど。完全に心霊写真だから、それも微妙だろうか。

スマホをポケットに仕舞う。そして代山からもらったポッキーを取り出した。
『あ。ポッキー』
「そういえば、ポッキーも知ってたな」
『うん。人の顔とか名前は一切覚えてないのに、そういう知識はあんだよね』
理も不思議そうに眉を寄せている。
何が記憶を呼び起こすキッカケになるかわからないし、色々見せるのも大事かもしれない。
何の気なしに食べていたが、急に物心ついてポッキーを口にくわえた。

『何してんの』
「ポッキーゲームしようぜ」
『やだこの子。とうとうおかしくなっちゃった』

理は何故かオネエ口調になり、口元を押さえた。俺も、我ながら意味不明だと思うけど。
理が生前誰かとポッキーゲームをした可能性もなきにしもあらず。真似事によって記憶が花開くかもしれない。壁に手をつき、ポッキーを鏡に近付けた。
はたから見たら鏡に壁ドンしてポッキーくわえてる男の図。事故ですか、事件ですか、と訊かれてもおかしくない状況だ。

「むむむ、むむ」

くわえてるから上手く喋れないし。理は神妙な表情になった。
『どういった感情で眺めたら良いんですかねえ』
別に何もしなくていい。……のだが理は手を叩き、顔を近付けてきた。
しかも瞼を閉じ、口を突き出すような形で。
『これが間接ポッキーゲーム』
「おまっふざけんなよ」
『ふざけてんのはそっちだろ。どんな反応を期待してんだよ』
ポッキーを離し、理を睨めつける。彼もまた、別人かというほどドスのきいた声で睨み上げてきた。
『何が悲しくて男とポッキーゲームしなきゃなんないんだ』
「その言葉そっくりそのまま返す。生前お前に彼女がいて、ポッキーゲームをした極小の可能性に賭けたんだよ」
楽しい映画鑑賞から一転、険悪なムードが流れる。俺も羞恥心に殴り殺されてると言うのに……理は拗ねてる様子だった。

『俺に彼女はいないと思う。……何となく』
「何となくねぇ。お前は何でもそう言うからな」

言葉を思いきり打ち返してやると、また理はムッとした。
『でも初恋は絶対あるね。絶対、魁よりは恋愛に夢を馳せてた』
「あぁそう。そりゃ良かった」
今ほど、触れられなくて良かったと思うことはない。物理的に触れられたら多分どついてる。
しかし年下かもしれないし、ここで荒ぶるのはおとなげない。怒りを鎮める呼吸法を試し、何とかいつもの調子に戻った。

「それはいいとして。去年も、一昨年のアルバムにもお前の名前はなかった」

腰に手を当て、声を抑える。理も顔つきを変え、俺の方に振り返った。
「すると三年前の生徒か……そもそもアルバムには載らなかったのかもしれない。そこはお前の親と学校が話し合って決めることだから、わからない」
理は頷いた。驚くでもなく悲しむでもなく、淡々と。
『最近よく考える。俺って本当に存在したのかな、って』
「理……」
『こんなに魁に調べてもらってるのに、俺が生きてた痕跡が見つからないのは……俺の方がおかしいとしか思えない。この記憶も、おかしな力が働いてるだけで……早く消えた方がいい、有害な存在なのかもしれない』
「そんなわけあるか!」
考えもせず叫んでしまった。手を振り、鏡に向かって押し殺してた想いをぶつける。

「お前は絶対“こっち”にいた。でなきゃこんな風に話せるわけない。映画を観たり、楽しめるわけない。だから絶対大丈夫だ」

理の瞳の色は揺れている。だけどそれは、俺を映してる。きっと俺も、彼と同じぐらい瞳がぬれている。

「毎日楽しい。……そう思わせてくれたお前が有害な存在なわけないだろ。お前は素直で、明るくて。……いつも輝いてるよ」