せっかく理が話してくれた中学の名前が思い出せないことは、本当にもどかしかった。
なにか衝撃を与えれば思い出すのではと、試しに代山に頭を叩いてほしいと頼んだが、保健室に連れて行かれそうになったのでやめた。
「環境の変化。バイトとテストと文化祭の準備。お前は自分じゃ気付かないほど疲れてんだよ。甘いもんでも食って休めって」
「凪原君、私売店でプリン買ってきたから食べて」
「いや、大丈夫。ありがとう」
代山と津内さんは優しいから、かなり心配してくれた。
でも俺自身は元気だし、理の情報収集に燃えている。
大丈夫だと彼らを宥め、マイペースに過ごした。
「そうだ。二人にお願いがあるんだけど……」
「何? 何でも言ってみ。この偉大な代山君が叶えてしんぜよう」
「ありがと。去年とか、一昨年卒業した先輩の……卒業アルバムを見せてもらうことってできないかな」
アルバムも立派な個人情報だ。悪用するつもりはないとはいえ、不審がられてもおかしくない。
迷う様子だったらすぐにやめようと思ったが、代山も津内さんも笑顔で頷いた。
「大丈夫だよっ。私、部活の先輩でまだ連絡とってる人いるからお願いしてみる!」
「俺も〜。余裕で見せてくれると思うよ」
彼らは快く聴いてくれた。
本当に、何でこんな優しいのか……不思議だけど、手を合わせて頭を下げる。
「本当にありがと。今度何か奢る」
「やったー!」
過日。
二人はそれぞれ去年の卒業アルバムと、一昨年の卒業アルバムを借りてきてくれた。
これでわかった。
去年と一昨年の卒業アルバムに理はいない。
ということは、一、二年の間に卒業した生徒ではない。
もしくは、卒業アルバムに載らなかった生徒かもしれない。
もし在学中に亡くなった場合……卒業アルバムに写真を残すかどうかは、遺族の意向で決まることが多いらしい。
もっと遡って調べても、遺族が反対していたら卒業アルバムでは見つけられないことになる。
( 在籍していたことを調べるには先生にお願いするのが一番だけど…… )
それこそ個人情報だ。重要な情報は教えてもらえない気がする。
それに死因は大きい。事件や事故ならなにか記事が残ってる可能性もあるが、現時点で手掛かりはないし、病死なら絶望的。
いっそ行方不明になってるのでは、と公開されている全国の行方不明者リストも捜してみたが、該当しなかった。
これはあまり考えたくないけど、死亡が確認された場合「見つかった」ことになり、行方不明者リストから除外される。やはり見つけることが困難になる。
「はぁ……」
どうしたらいい。どうしたら理の痕跡を見つけられる?
お前はどこの誰なんだ。額を押さえてアルバムを閉じると、津内さんが心配そうに前の席に座った。
「捜してる人、見つかった?」
「ううん。……ごめん」
「そっかぁ……」
彼女も残念そうに俯いた。
俺が誰を調べてるのか知りたいはずなのに、訊いてこない。そういう気遣いができるのは、同じ年ながらすごいと思う。
俺よりずっと大人だ。
「津内さんがいる間に、退学とか転校とかでいなくなったひとがいるかわかる?」
「ええ。どうだろ、私はあまり聞いたことないけど……一年のときにあったとしても、忘れてる可能性あるかも。別のクラスだとそんなに話回ってこないし」
「そっか……」
確かに、自分も顔見知りでない生徒がいなくなってもまず気付かない。いたことにすら気付いてないんだから、名前を聞いても次の日には忘れてそうだ。
「見せてくれてありがとう。今度……いや、明日にでも代山連れて、また何か食べ行こ。カラオケとかでもいいし」
「それはいいんだよ。ううん、行くのは大賛成だけど……! 私達より、凪原君のことが心配」
津内さんは次に発する言葉を探すように、前で手を組んだ。
騒がしい教室の中で、ここだけ音が止んでる気がする。
「何かね。凪原君が卒業より前にどこかに行っちゃう気がして、心配なの」
「……!」
彼女の前髪が、目元に影を落とす。声も覇気がなく、触れたら崩れそうな印象だった。
「またなにか悩んでない?」
「ううん……」
俺というより、他人のことで悩んでいる。だから難しいところだ。
けど、彼女の目には俺が焦ってるように映ってる。それは間違いないから、小さく頷いた。
「悩んでる。でも、それが理由でどっかに行ったりはしない。大丈夫だよ」
「本当?」
「本当。約束する」
理にしたのと同じ。
全て投げ出して、ひとりで逃げたりしない。
彼女を安心させるため、何となく掌を前に翳した。
「ハイタッチ」
「……ふふ。はい!」
彼女は嬉しそうに、俺に掌を合わせた。
しかしその瞬間、乱暴に机に手をつく奴が現れた。
「だーっ! 何それ!?」
「代山」
代山は声を荒げ、俺と津内さんを見下ろした。
何それはこっちの台詞だけど、大人しく続きを待つ。
「何ふたりだけで青春してんの? 俺を除け者にして! 俺のことは遊びだったってこと!?」
「うわ……キモい」
津内さんは寒そうに自身の腕をさすった。
「お前らが付き合ったら、俺は末代までこの学校に噂広めてやるからな!」
「は? 勘違いやめてくれる? 私も凪原君も超迷惑!」
……。
何かすごい口論が勃発してしまった。
というか、津内さんが不憫だ。顔を真っ赤にして、中々な声量で怒ってる。
多分代山のことが好きだろうに。
アルバムを二つ重ね、二人の間に無理やり割り込んだ。
「終わり! 今度はマロンフェアやってるって言うから、放課後食いに行こ!」


