理に一喝され、思わずたじろぐ。
自分を殺してまで大人になるなと言う彼を見据えた。

大人の基準は、正直まだわからない。親元から離れて、金銭的援助を受けなくなれば自立なのだと思ったけど、それだけじゃないだろうし。
必死に背伸びしていたから、つま先が疲れた。
『もちろん加減があるけど、時には甘えんのも子どもの務めだと思うよ』
「はは。お前、ほんとブレないよな」
可笑しくって、腹を押さえて笑った。
「そういうとこ、羨ましいっていうか……尊敬する。俺は結構ウジウジ考えるからさ」
『それも大事だけどな。俺は考えるより前に動くから熟考しなきゃだけど、魁は元々慎重だから大丈夫だよ』

理は軽く笑った後、優しく微笑んだ。

『お前は頑張ってる。だから不安になったらここに来いよ。俺が何百回でも言ってやるから』
「……ありがと」

心強い。そして、心地いい。
ここは俺の第二の安息地だ。理の頬に人さし指をつき、破顔する。
「じゃ、まだ子どもでいようかな」
『おう。それでヨシ!』
理はグッドサインをし、それから頷いた。
『魁のお母さんなら、絶対優しいから。……大丈夫だよ』
「……ん」
何だかんだ、励まされてしまった。
小さく息をつき、真っ白な天井を見上げる。
彼の言うとおり、無理はしないで。のんびりと前に向かって歩いていくか。
その先に見える景色を楽しみに、今は目の前のことに目を向けよう。
『ま、極論警察のお世話になんなきゃオッケー!』
「テキトーだなぁ……でも、お前の親は今頃何してるだろうな」
ふと考える。理が何らかの事情でいなくなって、取り残された家族のことを。
何年経ってるか分からないけど、彼らは今この瞬間も理のことを考えてるかもしれない。そう思うと胸の中が熱くなった。
理はここに居るって教えてやりたい。そして、会わせてやりたい。
でもそれは身勝手なエゴかもしれない。皆が皆、非現実的な事象を受け入れられるわけじゃないから。むしろもっと困惑して、傷つく可能性もある。

難しいな。一体何が、彼と彼の家族の“幸せ”になるんだろう。

『俺の親は元気じゃないかな』
「何でそう思うんだ?」
『俺が適当な性格してるから。そんだけ!』
「子どもをなくして平気でいられるのはやばい親だけだよ……」

呑気な理の袖を引き、額を押さえる。
「そうだ。実は今日、この学校の卒業生と話したんだ」
だいぶ話し込んでしまっていたが、一番大事なことを思い出し、指を鳴らす。
「その人達は五、六年前に在籍してて、やっぱりこの鏡の前で起きた事件のことも知ってた」
『事件? この鏡の前で、定期的に倒れる人がいるってやつ?』
「そう。でもそれは何十年も前から起きてることなんだとさ」
腕を組み、深く頷く。
「お前はその事件と関係なさそうだな」
『ん〜……だな。だって俺、ここで誰かが倒れてんの見たことないもん。いたらさすがに騒いで、誰かに見つかるよ』
理は下に屈み、ため息をついた。
『ま、階段駆け下りてきた奴と駆け上がってきた奴がタイミングよく衝突したんだろ』
「皆そう言うんだけど、それなら二人いるはずだろ? でも倒れてんのは必ず一人なんだと」
そう。仮にその場から逃げたとしても、心配して教師や友達に言いそうなもんだ。だから奇妙な話だと思ってしまう。ひとり戻ったらまたひとりいなくなる、というのも奇妙だ。

しかし理は立ち上がって肩を竦めた。
『俺は何年ここにいるのかも分からないし、事件のことも知らなかった。……昔は知ってて、今忘れてるだけの可能性もあるけど。貧血気味の子も結構いるし、階段上ってヘバッたんじゃない?』
「ま……否定はできないわな」
意外と冷静な理に同意し、手摺を掴む。もうひとつ大事なことを思い出したので、彼の方に目線を向けた。
「そういやその卒業生のひとが霊感あるらしくてさ。でもこの階段で変なものを感じたことはないって言ってた」
『霊感〜? 大丈夫か、それ。胡散臭い』
「その通りだけど、お前の存在が一番胡散臭いことわかってるか?」
静かにツッコむと、理は咳払いした。

『だから、その頃に俺はいなかったのかもしれないじゃん。俺がここの地縛霊になったのはせいぜい五年以内の話とかさ』
「そうだな……」

実際、理は口調も感性も最近の少年のように思う。スマホを持っていたのが何よりの証拠だし。
『てか、魁は霊感ないだろ。でもこうして俺を認識して、俺と話してる。だから霊感なんてアテにならん』
「確かに」
それは一理ある。霊と無縁だった俺が、理の声に気付いたのは他に要因があったからだ。
「でも、それだと余計わからなくなってくるよ」
『まぁ良いじゃん! それより明日は面接だからここに来ないんだろ? 最近人気のアイドルの写真見せて』
「呑気だな……」
しかし理がワクワクしてる為、人気急上昇中の女の子グループのライブ映像を見せた。
『この真ん中の娘、超可愛い。俺もペンライト振りたい』
「アイドルに熱中する霊って面白いな」
冷静に返したが、理は高揚して聞こえていなかった。目をきらきらさせ、スマホに映るアイドルを眺めている。
『ふあ〜。武道館とか東京ドーム行きたいなぁ。……あれ、でも……何か大昔に行ったことある気もしてきた。いつだっけ……』