理は頬を膨らまし、瞼を伏せた。
最初からこんないじけてるのは珍しい。
「モテモテって、ちょっと話してただけだろ。勘違いからの自意識過剰は痛いぞ」
『ふっ……わかってないな。通りすがりのどうでもいい男にわざわざお菓子なんてあげないよ。あの娘達は魁に声を掛けるキッカケを探してたんだ』
と、理は謎に考える仕草をした。しかし落ち着いていたのはちょっとで、すぐにいつものワチャワチャした態度に戻る。
『あー羨ましい! そのうちポッキーゲームとか見せつけられそう! そしたら俺、嫉妬で怨霊になりそう!』
「ただのクラスメイトとするわけないだろ……」
羨ましいらしい。彼は半泣きになりながら頭を抱えた。
「あれぐらいで荒ぶるなって。お前の方がイケメンだし、生きてたときは絶対モテモテだっただろ」
『知らないよ……記憶ないもん……』
理は怒りとも悲しみともとれない目で見つめてきた。ある意味今までで一番悲壮感が漂っている。
魁はイヤホンを取り出し、理の頭部分に手を触れた。
「元気出せよ。お前は絶対モテた。俺が保証する」
『そうかな……じゃ、魁は俺のことかっこいいと思う?』
「そうだなー……」
鏡にもたれ、視線だけ向ける。
正直かっこいいっていうか、可愛い、の方がしっくりくるけど。
「かっこいいよ。惚れる」
『魁……! お前って奴は……』
理は顔を上げ、嬉しそうにこちらを見つめた。
ちなみに、こういうチョロいところが可愛い。というのは胸の中だけに留め、ポケットに手を入れる。
「俺が女だったら、お前と付き合いたいと思う」
『く〜! それめっっちゃ嬉しい!!』
理はその場で飛び跳ねそうなほど満面の笑みを浮かべた。
『うーんそうだな、俺も! もし魁が女子だったら絶対告ってたね! それか、俺が女子だったら魁に……』
大盛り上がりで話していた理は、ハッとして口を手で塞いだ。
『おお怖……何か変な方向に話進んでんな。悪い、今の忘れて』
「ふはっ」
ほんと、男二人で何言ってんだって感じだ。
互いに顔を見合わせ、吹き出した。
『魁がかっこいいのは事実だからな。そうそう、今日たまたま女の子達の話が聞こえてさ。二年の転校生がイケメン〜! って言ってたよ。絶対お前のことだね』
「他にも転校生がいたのかもしれないだろ」
『いないって!』
ツッコみ合い、空が薄暗くなるまで色々話した。
「そうだ。明日バイトの面接に行ってくる」
『うぉ、頑張れ。バイト自体は初めてじゃないんだっけ?』
「ああ。東京にいたときは単発もいっぱいあったし、ちょくちょくやってたから」
脚を組み直し、ふんふんと頷く理に振り返る。
「ちょっとでも金貯めて、早く自立しないと」
『……やっぱ、新しいお父さんと住むのがしんどいのか?』
理は少し言葉を濁していたが、意を決したように尋ねてきた。
首の後ろに手を回し、小さくかぶりを振る。
「ううん。優しいし、母さんも前より余裕できてるし、何つっても毎日楽しそう。だからすごく良かったよ」
『じゃあ三人で暮らしても……』
「二人が幸せになってくれたらそれでいいんだ。自分がそこに入って、留まろうとは思わない」
瞼を伏せ、ずっと昔に仕舞い込んだ記憶の箱を取り出した。
誰にも言えない……見られたくない、傷だらけの記憶。それが初めて外気に触れた。
「俺の前の父親、最後の方は仕事しないわ酒癖悪いわで最悪だったんだ。最終的に暴力振るうようになったから、母さんも限界きて、一時おばあちゃん家に逃げてたことある。だから母さんが幸せならいいか、って思うんだ」
母は父の再起を願っていたが、機嫌が悪い父が俺を殴ったと知ったとき、離婚を決意した。
今でも時々申し訳ないと零すことがあって、俺はそれが地味にきつかった。
一発二発殴られるぐらい、なんてことない。むしろ俺が離婚するキッカケをつくってしまったことに、尋常じゃない罪悪感を覚えた。
「母さんは母さんで、俺が金で困らないようにって頑張ってたんだけどさ。何かプレッシャーかけちゃってんなら、いっそ早く離れた方がいいと思って」
『魁……』
理は最後まで黙って聞いていたが、静かに首を横に振った。
『何も知らない俺が偉そうに言うことじゃないけど……お前は自分を追い詰めてるよ』
波紋のない水面みたいだ。静寂な池に心を沈めている。
理の声は、おかしなぐらい自分の中に澄み渡る。
『魁はお母さんのことが大切で、お母さんも魁を大切に想ってる。だから無理に離れる必要はない! 少なくとも、罪滅ぼしをするのは違うと思う』
鏡から離れ、理と正対する。彼はいつもよりずっと険しい顔つきで俺を見ていた。
『もう充分頑張ってんだから。ちゃんと自分のこと認めて、褒めてやれよ』
「……」
……本当に、頑張ってると言えるんだろうか。
極力感情を抑えて、淡々と目の前のことをこなしてきた。そうすることで大人になれると思っていたけど、人の優しさに鈍感になってしまった気がする。
俺はずっと、なにか間違えてしまっていたのかもしれない。
「そうだな。罪滅ぼしが駄目なら、早く大人になることが恩返しかな?」
自立すれば、結果的に早く離れることになるし。
そう零すと、理は大きなため息をついた。
『大人になるってそんなに大事か? 年齢的にもお前はまだ子どもだろ。我儘でいいんだよ! 卒業したら家を出るって決めたなら、卒業するまではいっぱいお母さんと話して、傍にいなって!』


