破天荒ガール、世界を殴る。〜聖剣強奪!女の子を泣かせる奴は全部ぶっ飛ばす〜

第20話【セレネ編】失敗作と呼ばれた少女。完璧な計算式の街で、勇者は〝自由〟への愛を叫ぶ


「なんだ、この街の連中は。効率化だのタイパだの数字の奴隷になりおって」

魔王領へと続く街道。そこに、あらゆる〝無駄〟を排除し、美しささえも計算された結晶都市ログスがそびえ立っていた。
建物から道に至るまでが磨き上げられた水晶で構成され、すべてが左右対称に整えられた〝完璧〟をうたう街だ。
しかし、そこに活気はない。行き交う人々は無機質な灰色の法衣を纏い、手元の端末に映し出される数値(ログ)だけを見つめて無言で歩いている。

「どいつもこいつも前を見ないで板(端末)を凝視して歩きやがる」

『まあ、お前も女の子のことしか凝視していないがな』

「おい!」

​テラがいつもの調子で不敵に笑うが、セレネの体は、冷たい氷に触れたかのように強張っていた。

「……そうですね。無駄は汚れと同じですから。ここでは、感情の揺らぎさえ〝非効率という不純物〟として扱われます」

​セレネの声は、いつもの事務的な冷徹さとは違っていた。
それはまるで、感情を殺すためのプログラミングを無理やり自分に上書きしているような、痛々しいほどに平坦な響きだった。

​いつもなら、テラが歩道にある〝勇者立ち入り禁止〟の看板を物理的に蹴り飛ばすたびに、彼女は即座に「公共物損壊罪、罰金金貨30枚。記録済みです」と小言を言う。

だが、今は違う。

テラがわざと大理石の噴水を聖剣の鞘で叩いて大きな音を立てても、セレネは何も言わない。

「…………」

ただ、視線を一点に固定し、機械的に馬車を走らせているだけだ。ペンのインクの蓋が開いていることにも気づいていない。

「……おい、セレネ。さっきから一文字も書いていないじゃないか。私の今日の〝入国時の華麗な門突破〟を記録しなくていいのか?」

「……あ、申し訳ありません、テラ様。少々、疲れて思考が停止しておりました」

「嘘をつけ。お前の目は遠くを……〝過去〟を見ている目だ。……この街で、何かあったのだろう?」

テラの探るような視線を感じると、セレネは諦めたようにふっと息を漏らした。そして馬車を走らせながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

「……仰る通りです。テラ様、ここは私の生まれ故郷……私が〝捨てられた場所〟なのです」

彼女の手元、手綱を握る指先がわずかに震えている。

「私の両親は〝絵描き〟でした。数値化できない〝芸術〟を大切にする、ログスでは珍しい変わり者です」

「…………」

「ですが……私が幼い頃、崩落事故で星となりました。引き取られた先が、ここの市長アルマド叔父の家です」

​独り残された少女セレネに、アルマドが突きつけたのは父親のペンだった。それは画家だった父が、スケッチのために使っていたものだ。

『お前の両親が死んだのは、芸術などという無駄な感情に溺れたからだ。生き残りたいなら、世界をただの「数字」として記録しろ。感情は不純物だ』

​それ以来、彼女は自分の心を〝事務的な記録〟という殻に閉じ込めた。
彼女にとってペンを握ることは、自分を殺し、芸術の色彩をモノクロの帳簿に変える儀式に他ならなかった。

「叔父にとって、私は遺産を引き継ぐためだけの〝一時的な資産〟に過ぎませんでした。用が済めば、計算の邪魔になる〝エラー〟」

セレネは自嘲気味に微笑む。

「彼は私を〝政府への強制出向〟という名目で、この街から……彼の人生のキャンバスから、消去したのです」

「…………」

「……私は、捨てられたのです。テラ様。この冷たい計算式の街に、私の居場所は最初から存在しない……」

​テラは無言で話を聞いていたが、その拳がギリ……と鳴った。

「そうか。ならば、その〝計算式〟とやらを、私が今から根底からひっくり返してやる」

『よく言った。女の子の涙を計算式に組み込めぬような愚か者に、支配者の資格などない。私の正義(ちから)、存分に振るうがいい』

馬車が検問所に差し掛かると、ビーッと無機質な警告音が響いた。

『警告。馬車内の魔力反応が許容値を超えています。精密検査のため、3時間の停車を命じます。』

「……あぁ?3時間だぁ?」

「……我慢してください、テラ様。ここはログス。怪しい挙動は即座に監視ドローンに検知されます。馬車で静かに検問を待つのが、最も〝効率的〟な入国方法です」

「3時間待って検問を通る?そんなの〝タイパ〟が最悪だろうが!セレネ、私に捕まっていろ!」

​テラはセレネを担ぎ上げると、馬車の外に広がるログスの幾何学的な街並みへ躍り出た。

「いいか、セレネ。道がなければ、屋根を道にすればいいだけだ!」

​テラは、悲鳴を上げるセレネの腰を抱き寄せると、迷わず屋根から屋根へダイブした。

「テラ様ぁぁぁ!物理法則が、自由落下がぁぁ!」

「気にするな、私が法則だ!」

​テラは屋上を駆け抜け、突き当たると隣の屋根へ。距離がある場所では、聖剣の刀身を壁に突き立てて支点にし、大車輪の要領でさらに加速して次の屋根へと自分たちを放り投げた。

「ああっ、あそこの尖塔が折れた!あの彫刻も粉々です!」

​テラは、整然と並ぶ水晶の尖塔を足場に、街を蹂躙するように跳ねる。

――かつてセレネが描いたキャンバスが焼かれた広場。彼女が〝役立たず〟と罵られた学校。
そのすべてを、テラのブーツが、そして聖剣から放たれる黄金の光が塗りつぶしていく。

「いいクッションになったな!ほら、次だぞ!」

『おい、テラ!私は聖剣であって、高跳び用のポールではないぞ!!』

​テラはまるで巨大なピンボールの玉のように、ログスの整然とした屋根を次々と蹴り飛ばし、最短距離でアルマドの屋敷へと迫る。

「……っ、生きてる……生きてるのが不思議です……っ。ははは……っ」

「ガタガタ言うな。ほら、アホ面をした叔父の城が見えるぞ!」

​目の前にそびえ立つのは、街の全ての動きをデータで支配する、いわば〝都市の脳〟とも呼べる場所――アルマドの屋敷。
数名の武装した執行官と、空中にホログラムが展開され、一人の男が投影された。

『……ほう、失敗作のセレネが戻ったか』

セレネの叔父であり、街の最高執行責任者(CEO)アルマドだ。きっちりと七三に固められた、セレネと同じ銀の髪。そして、洗練されたストライプ柄の高級スーツを着こなし、全身から「選ばれた者」のオーラを放っていた。

『政府から〝使い物にならないなら処分しろ〟と連絡があったが、まさかこんな野蛮な女勇者に媚びを売って生き延びていたとはな』

​セレネは、指が白くなるほどペンを握りしめた。

『……貴様、まだその〝呪われたペン〟を持っていたのか。無駄だ、お前の人生はすでに私の数式の中で〝完結したゴミ〟なのだ』

​セレネの瞳には、かつて「貴様は失敗作なのだ」と言い聞かせられていた頃の深い絶望が滲む。

『……その女勇者と失敗作を捕らえる。魔王軍への〝手土産〟にすれば、我が街の安全はさらに十年間保証される』

「手土産だと?面白い。ならば私からも土産を持っていってやろう。……〝絶望〟という名の黒い絵の具をな!」

「……テラ様、追手が来ます!街の防衛ドローンが全機こちらをロックオンしました!」

「いいだろう。まとめて私の〝最短ルート〟の踏み石にしてくれる!」

『無謀な。我が屋敷のセキュリティは魔導障壁で守られている。勇者といえど、突破には300年はかかる計算だ。大人しく投降――』

「300年?私の計算じゃ〝3秒〟だ!」

​テラは聖剣ガイアセイバーを抜き、力を刀身に集束させた。

「セレネ、しっかり記録しておけ!!テラ・クラァァァッシュ!!」

​――ズドォォォォォォンッ!!

​放たれた超質量の斬撃は、アルマドが誇る障壁を、紙細工のようにまとめて切り裂いた。

『なっ……!?バカな、私の理論上、物理攻撃で突破される確率は0.000001%!』

「計算違いだったな。私の辞書に〝不可能〟という文字はない!」

「叔父様……テラ様の力は、貴方の愛する数式には収まりきらない〝奇跡〟そのものなのです」

​テラは襲い来る執行官たちを弾き飛ばすが、アルマドは余裕の笑みを崩さない。

『無駄だ。街の全機能が私の思考と直結している。お前の暴力も、我らが統治する〝絶対秩序(プログラム)〟の前には無意味だ――』

​その瞬間、床がパカッと開き、テラとセレネは地下500mの廃棄物処理場へと垂直落下した。