『​破天荒ガール、世界を殴る』 ​〜カレーの匂いで闇堕ちした勇者を置き去りにして、私は聖剣(棒)で無双する〜


​【第1話:青髪の女剣士テラと折れた名剣『そこをどけ、不純物』】


『​破天荒ガール、世界を殴る』
​〜カレーの匂いで闇堕ちした勇者を置き去りにして、私は聖剣(棒)で無双する〜




​私が世界を救うなんて、これっぽっちも思っちゃいない。

私の目的はいつだってシンプルだ。

美味い酒と、女の子の笑顔。そして邪魔な男をぶん殴る自由。それだけだ。




​【第1話:青髪の女剣士テラと折れた名剣『そこをどけ、不純物』】


「や、やめてください……!」

「おいおい、店員の姉ちゃん。俺たちはこの町を守っている〝衛兵様〟だ。その俺たちが一杯付き合えって言ってるんだぜ?」

政府領の軍事都市、フォーマルハウト。
この街には重厚なレンガ造りの軍事施設が建ち並び、衛兵たちが政府の権威を盾に好き勝手をしていた。
人々は街を取り囲むように建てられた灰色の防壁と、衛兵たちの存在に心底うんざりしている。

その街の一角に、一軒の酒場が店を構えていた。

酒場、カッシーニ。
昼間だというのに店内には、ふわっと肉を焼く香ばしい匂いと、酒の甘い匂いが混じり合っていた。
壁に飾られたステンドグラスの明かりが、グラスを傾ける者たちの顔を照らし出している。
だが、その賑やかな人々の話し声の中に、不協和音が混ざっていた。

「一杯くらい付き合ってくれたって罰は当たらねぇだろ?こっち来いよ」

「……まだ仕事中なんです、離してください……っ!」

​給仕の少女ヘーベが拒絶するが、衛兵ティタンは無理矢理その細い手首をつかみ、自分たちのテーブルへ引き寄せようとする。

「仕事ぉ?そんなことより、俺たちを労ってくれよ。なぁ?」

​相方の衛兵フォボスも下卑た笑いを浮かべる。周囲の客は、見て見ぬふりをするように、顔を背けていた。

だが――。

「…………うるさい」

​冷たく、しかし芯の通った声が、酒場の騒がしさを切り裂くように響いた。

――カウンターの隅。
そこには、昼間から大振りのジョッキを傾けている、一人の女がいた。
無造作な青い髪が特徴的な女剣士。
顔には笑みもなく、ただ静かに衛兵を見つめている。
だが、その赤い瞳の奥には、〝燃え盛る炎のような激しさ〟があった。

「その汚らわしい指を、今すぐその子の肌から離せ。でなければ……その腕ごと、たたっ斬るぞ」

「あぁん!?どこのどいつだ、偉そうに……ッ!?……て、テメェは……!」

​衛兵ティタンの顔が、見る見るうちにサーッと青ざめていく。
その青い髪、青いマント、真紅の瞳。
そして、幾度もの修羅場を潜り抜けた者だけが持つ、鋭利な刃物のような雰囲気。

「……〝青髪のテラ〟!政府から追われている、あの賞金首かッ!?」

​フォボスが思わず声を上げる。テラと呼ばれた女は、不敵に口角を上げた。

「ほう。腐ったミカンにしては、情報の処理が早いじゃないか。……だが、不合格だ。私の名を呼んでいいのは、未来ある少女だけだ。貴様のような下衆が、気安く呼んでいい名じゃない」

​テラがゆっくりとカウンターから身を起こす。
その瞬間、酒場全体を覆っていた熱気が、凍てつくような冷気に変わった。

「ぬ、抜かせッ!たかが女一人、俺たち治安維持部隊の敵では――」

「そこをどけ、不純物」

​――ドォォォォォォン!!

​凄まじい打撃音。
テラの右足が、まるで青い稲妻のようにティタンの腹部を捉えた。
想像を絶する衝撃音と共に、屈強な男の体が木の葉のように宙を舞う。

​――ガシャァァァン!

​酒場のガラス窓が、まるで爆発したかのように飛び散る。

「ごふぉっ……!?げ、げはぁッ……!?」

​ティタンは、酒場の窓を突き破り、表の石畳へと叩きつけられた。
フォボスが腰の剣に手をかけようとするが、それよりも早く、テラの凍てつくような視線が彼を射抜く。

「お前も、相棒を一人にするのは可哀想だろう?追いつかせてやろうか」

「ひ、ひぃぃぃっ!!」

​情けない悲鳴を酒場に響かせながら、フォボスは逃げ出した。
一度も後ろを振り返ることなく、窓から差し込む陽光へと、転がるように消えていった。

「ふん、運動にもなりゃしない。……大丈夫か?ヘーベ。怖い思いをさせたな」

​テラが乱れた髪を乱暴に払うと、その勇ましくも美しい横顔が光に縁取られる。
ヘーベは返事も忘れ、自分を守り抜いた女剣士の凛々しさに見惚れていた。

「いいかい、ああいう男には笑顔を見せる必要なんてない。次はもっと高い酒を注文させて、酔い潰れたところを身ぐるみ剥いでやりな」

​いたずらっぽく微笑むテラの視線が重なり、ヘーベの頬が赤く染まる。

「ピィィィーーーーーーッ!!」

​裏通りに、悲鳴にも似た高く鋭い警笛の音が響き渡る。それは助けを求める叫びだった。

「応援を呼べ!応援を呼べーーーッ!!青髪のテラだ!町中の衛兵、総員でかかれッ!!」

​町中に響き渡る警笛の音に、テラが顔をしかめる。
ガチャガチャという鎧の音、大勢の足音。周囲の路地から、次々と衛兵たちが姿を現す。

「……チッ。昼のお散歩にしては、少しばかりゲストが多すぎるな。おい、相棒。出番だぜ」

​テラは腰の鞘から、自慢の細剣――〝ゴブニュ・テンレイヤー〟を引き抜いた。
鍛冶師ゴブニュが〝十層もの強化を施した〟と豪語していた、特注の(はずの)名剣だ。

「一掃してやる。道を開けな……ッ!」

​テラが鋭く剣を一閃させる――!

​――パキィィィィィィン……

「…………は?」

​視界の先、わが相棒の〝上半身(剣先)〟が、美しく弧を描いて宙を舞っていた。
手元に残ったのは、見るも無残にへし折れた〝根元〟のみ。十層の強化とやらは、どこへ消えたのか。

「…………折れた?え、嘘だろ?まだ一回も当ててないぞ?なんでだよ……」

​テラの呆然とした表情は、一瞬で怒りに変わった。

「ハハハハ!壊れたか!女一人で何ができる!運の尽きだな、テラ!」

​衛兵隊長ジュノーが勝ち誇った声を上げる。

「…………あの、クソ野郎。……ゴブニュの野郎!!いつか、廃棄区画のゴミ捨て場に突っ込んでやる!!」

​背後からは数十人の重装歩兵。前方からも増援。手元にあるのは、もはやただの鉄の棒だ。

「やってられるか!どけえぇぇ!私は忙しいんだよッ!!」

​テラは折れた剣を衛兵の顔面に投げつけると、驚異的な瞬発力で包囲網の隙間を駆け抜けた。
その逃走は、まるで青い流星のようだった。