本作は現在、MUNPIA、Royal Road、エブリスタ、ノベマ!、Purrfiction、アルファポリスにて、著者本人が直接連載を行っている公式原稿です。
Scene 01_01.
深い夜明け前。유석(惟碩:ユイセキ)は容易に訪れぬ眠りに、寝返りを打つように身を起こしては、週末を迎えた夜明けに携帯を開いた。相当に冷え込んだ空気が開け放たれた窓から流れ込むと、惟碩は寝返りひとつ打たなかったほど冴えた意識のまま、開いた窓を閉めておいた。희진(熙珍:ヒジン)からの文字が一通、届いていた。その中には、惟碩がうまく立ち回って事を進める方法と計画が短く収まっていた。結果は見えていたが、過程は記されていない文字だった。惟碩は大したことでもなさそうに電話を伏せて置くと、傍らに据えられた大画面のテレビの電源を入れた。夜明け前に起きた他国の緊急ニュースが流れていた。上半身を脱いでいた惟碩が、隣の衣紋掛けに掛かったローブを羽織っては、画面の中身を改めて注視した。何故なのか互いを憎み、獣と見做し合う国家間の紛争だった。かなりの大事に膨れ上がる戦争の内容にしばし関心を寄せていた惟碩が、やがて両腕をまっすぐ伸ばし、興味のなさを露わにした。チャンネルを変えた。くだらないバラエティが騒々しかった。しばらく流し見たテレビを消した。リモコンを放り投げるようにベッドの脇に置くと、枕元に据えたオーディオを小さく鳴らした。深い夜明けが流れていた。どこか落ち着かない気分だった。再びベッドにまっすぐ身を横たえ、静かに流れ出す音楽を聴きながら集中しようとした。腕枕を頭に添え、天井を見つめていた。静寂だった。聞こえてくる音楽がいつの間にか耳を素通りし始めた頃、惟碩は巡らせていた思案の端を掴み取ったかのように、口の端を巧みに吊り上げてみせた。閉めたはずの窓が、再び開いた。異様な音を立てながらゆっくりと開いた窓から、凄まじい薄ら寒さが満ちた。惟碩は横たえていた身を静かに起こした。ことさら騒ぎ立てはしなかった。騒いだところで、誰も聞く者のいない独り身の本家ではあったが、惟碩は常に急がなかった。焦りも見せなかった。起こした身を回し、ローブを正してから背後を向いた。礼を示すように両膝をゆっくりと折り、開いた窓の向こうに垂れ込めた何かへ言葉を伝えた。
惟碩 : 早い刻限にございます。いかなる御用でお越しになられましたか。
惟碩の落ち着いた言葉を受けたのは、何もないかのように見える窓の向こうの漆黒の闇だった。濃い闇の中では、普段は見えていた夜空の星すらも見えなかった。揺蕩う波のように座した闇の中から、目という目を全て失った気配が、窓辺の向こうでたゆたっていた水を惟碩の居室へ注ぎ込むように押し出した。惟碩は黒い水を全て浴びた後も、微動だにせず、部屋を満たした검은 물(黑水:コムンムル)の中にそのまま座していた。コムンムルが揺蕩うように、ゆるりと身を起こし始めた。惟碩はさらに腰を低くし、拝するように身を伏せた。
どこに。
惟碩 : 間もなく、整いましょう。一つだけ確かになれば、直ちに実行致します。
誰も、何も見えなかった。あの方。現世に。たしかに。
何の声も聞こえはしなかったが、惟碩はその意を全て受け止め、答えを返していた。惟碩の身に触れたコムンムルの波から、意が伝わっていた。惟碩が顔を上げ、己の前に身を起こした何かを見上げた。何かが腰を深く折り、惟碩の鼻先へその存在を垂らした。瞳の存在しない気配の凄まじさだった。単に凄まじく見える形が手渡す恐怖ではなかった。顔のように見える丸みを帯びた何かだった。顔と感じられる黒い何かの上には何も存在しなかった。あるべき目すら深い虚空を見るかのように、空のまま黒い水だけを零し続けていた。まるで泣いている者のように見えた。
惟碩 : 門を煽る삼도천(三途川:サムドチョン)をお下しくださいませ。その折、器にお入りになれましょう。それ以外の事は、確認を済ませた上で申し上げます。
惟碩は萎縮することなく、己の意を落ち着いて伝えた。泣く顔を垂らしていた何かが、再び腰をゆっくりと伸ばし、惟碩から遠ざかった。惟碩の部屋へ高く満ちていたコムンムルの水路が、次第に水位を下げていった。下がりゆく水位がやがて剥き出しの床を露わにした時、全ての黒い水を含んだかのような、黒い탈(面:タル)が一つ、床にぽつんと置かれていた。惟碩は濡れた身をゆるりと立てた。髪の毛まで全て濡れた惟碩が、煩わしそうに手で水気を大雑把に払い落とすと、ベッドに置いてあった電話を取った。水が付いてはいたが、動かなくなるほどではなかった。大したことでもなさそうに画面を灯してから、どこかへ電話を掛けた。
Scene 01_02.
熙珍が深く眠っていた身を寝返った。行儀悪く眠り込んだ熙珍が、腹を掻きながら深い眠りに就いていた。電話が鳴った。一切の明かりもないほど暗くしてから深い眠りに就いていたため、けたたましく鳴る画面の光が熙珍の閉じた目を否応なく開かせた。視界をかろうじて確保しながら、手を難儀して辿った。床を手探りし、かろうじて電話を手にすると、表示された番号を確認した。深い溜息を吐いた。
熙珍 : はい。
Scene 01_03.
すっかり嗄れた熙珍の声が聞こえてきた。惟碩は思わず狼狽えたまま、笑みを零した。
惟碩 : 申し訳ありません。夜更けに。
Scene 01_04.
熙珍 : 構いません。どうぞ。
熙珍が電話を一旦離し、今日の日付を確認した。零時を過ぎていたため、週末の夜明けになっていた。
熙珍 : どうせ今日は週末ですし。午後にもう少し寝れば済みます。
大きな欠伸を噛み殺した。
Scene 01_05.
惟碩 : お越しになられていました。
惟碩が床に置かれたまま、姿が見えないよう裏返しになっている面を、じっと見下ろしていた。
Scene 01_06.
熙珍は眠りに浸かったままだった。だが惟碩の言葉は正確に聞き取っていた。欠伸をかろうじて隠すように吐き出しながら、大したことでもなさそうに頷いた。
熙珍 : 置いていかれましたか。
惟碩 : ええ。面一つに収められています。
熙珍 : 事を起こす時期は事務長にお任せします。前もって一言だけいただければ。私も気にはなっていましたので。
惟碩 : 本当に、사절단(使節團:シセツダン)が人間の身体に入って過ごせるとお考えですか。
熙珍 : 生きた者には入れないでしょうが、
熙珍が再び力いっぱい伸びをしながら、まだ整理しきれていない言葉を手繰った。
熙珍 : 死んだ人間であれば、ええ。可能です。
Scene 01_07.
惟碩が頷いた。済まなそうな気配をもう少し滲ませてから、電話を切ろうとした。
惟碩 : 承知しました。遅くに申し訳ありません。どうぞお休み——
Scene 01_08.
熙珍 : もう目が覚めました。覚めたついでに、考えを少し整理してからお伝えします。團長直属の별동대(別動隊:ビョルドンデ)なしには制御が難しいでしょう。開いたのなら、閉じることまで考えねばなりません。前もって一言だけいただければ。サムドチョンの水に触れられたのですから、今日明日はゆっくりお休みください。
すっかり明瞭になった熙珍の声だった。ベッドの上で寝返りを打つように散らかったまま眠り込んでいた熙珍が、ベッドの下へ足を踏み出しては、身をまっすぐに立てた。
Scene 01_09.
惟碩 : 承知しました。ありがとうございます。
熙珍 : 今日、様子を見る限り、端女どもも全て糾合したようでした。昨夜、館長級の女どもがどこかへ出て行きましたから。石塊がますます焦るでしょう。もう少し経てば、己の意すらまともに述べられない耄碌した舎利に過ぎなくなるでしょうから。ああ、それと。
電話を切ろうとしていた惟碩が、熙珍の呼び掛けに再び応じた。
惟碩 : どうぞ。
Scene 01_10.
熙珍がまっすぐ立てていた身をベッドへ再び腰掛けさせた。
熙珍 : 明日、鍵の候補者の処理が済んだ後。お身体が良くなり次第——
Scene 01_11.
熙珍の勧めを帯びた指示を聞き、惟碩は頷いた。いよいよ本当に締め括ろうと、軽い溜息を吐いた。
熙珍 : 当然ご存じでしょうが。サムドチョンを含んだ面は、素手で触れてはなりません。生きた者は死に直に触れぬ方がよろしい。サムドチョンに触れるだけでも痛むのが이승(現世:イスン)の存在です。ましてや、最も死を司る使節團の痕跡が残った品は、삼베(麻布:サンベ)の布で包んで保管なさるべきこと、よくご存じでしょう。
惟碩 : 無論です。それで、もしや……
Scene 01_12.
惟碩は不意に浮かんだ当惑に、言葉をしばし躊躇った。
熙珍 : ええ。
惟碩 : もしや、麻布が……
Scene 02.
수정(粹廷:スジョン)が早朝から笑いを弾けさせた。掛かってきた電話を受けながら、しばらく笑い続けて我を忘れていた粹廷が、かろうじて息を整えながら、電話の向こうの熙珍へ言葉を伝えた。
粹廷 : ほんと、都惟碩。たまに馬鹿みたいな時あるよね。ひどく馬鹿みたいな。よく知ってるよ何年も見てきたんだから。顔まで浮かぶわ。
熙珍 : 考えてみれば、そうなるよね。慶瑞と仲がいいわけないし。たぶんクムズルもないんじゃない。
粹廷 : 금줄(禁繩:クムズル)なんてまあ。あたしらだって毎日持ち歩いてるわけじゃないし。でも、麻布は話がちょっと違うじゃん。アニ、교지(敎旨:キョウジ)もらう時の布だって麻布で作ったのに、それ全部どこに置いてんの。
熙珍 : 敎旨はやっぱり意の込められた文字だから。気を遣ってるんでしょ。とにかく。あんた麻布の持ち合わせがあるなら、今日行って持ってきて。どうせ門を開けるのはあんたでしょ。
粹廷 : あたしも慶瑞と仲がいいわけじゃないけど、分かった。巻く分くらいはあるから。
熙珍 : とにかく。事務長とうまく擦り合わせて動いて。あたしも準備してるから。
粹廷 : うん、分かった。それはそうと、週末何してんの。
熙珍 : 準備することがちょっと出来そう。おかげで夜明けから寝そびれたし、昼寝もちょっと要るかもね。
粹廷 : そう。ちょっと休み休みやんなよ。あたしも、麻布ちょっと漁ってからオッパんとこ寄るわ。
熙珍との軽い通話を終えた後、粹廷が電話を置くと化粧台から身をまっすぐに立てた。おかっぱ頭を整えるように手短に櫛を通し終えると、着たままの服の上に上着を手に取った。板の間の向こうに位置する別の部屋へ入った。様々な種類の武器と各種の書物が、大振りな箪笥と飾り棚にきちんと掛かっていた。粹廷はそのうち中央に位置する箪笥を開けると、箪笥に入っていた巫具を捲り上げた。その中から分厚い麻布の장포(長袍:ジャンポ)を取り出した。飾り棚の片隅に置かれた厚い鉄鋏を取り出し、長袍を適当な大きさに裁ち切った。粹廷は残った長袍を箪笥へ仕舞い、箪笥を閉め、鋏を飾り棚の元の位置へ載せ直した。身を起こして外へ出た粹廷が、持ち出した上着を羽織ると댓돌(堦石:デッドル)に置かれたスニーカーを履いた。布を手に握ったまま、上着をきちんと着た粹廷が、足を運んで門を出た。
Scene 01_01.
深い夜明け前。유석(惟碩:ユイセキ)は容易に訪れぬ眠りに、寝返りを打つように身を起こしては、週末を迎えた夜明けに携帯を開いた。相当に冷え込んだ空気が開け放たれた窓から流れ込むと、惟碩は寝返りひとつ打たなかったほど冴えた意識のまま、開いた窓を閉めておいた。희진(熙珍:ヒジン)からの文字が一通、届いていた。その中には、惟碩がうまく立ち回って事を進める方法と計画が短く収まっていた。結果は見えていたが、過程は記されていない文字だった。惟碩は大したことでもなさそうに電話を伏せて置くと、傍らに据えられた大画面のテレビの電源を入れた。夜明け前に起きた他国の緊急ニュースが流れていた。上半身を脱いでいた惟碩が、隣の衣紋掛けに掛かったローブを羽織っては、画面の中身を改めて注視した。何故なのか互いを憎み、獣と見做し合う国家間の紛争だった。かなりの大事に膨れ上がる戦争の内容にしばし関心を寄せていた惟碩が、やがて両腕をまっすぐ伸ばし、興味のなさを露わにした。チャンネルを変えた。くだらないバラエティが騒々しかった。しばらく流し見たテレビを消した。リモコンを放り投げるようにベッドの脇に置くと、枕元に据えたオーディオを小さく鳴らした。深い夜明けが流れていた。どこか落ち着かない気分だった。再びベッドにまっすぐ身を横たえ、静かに流れ出す音楽を聴きながら集中しようとした。腕枕を頭に添え、天井を見つめていた。静寂だった。聞こえてくる音楽がいつの間にか耳を素通りし始めた頃、惟碩は巡らせていた思案の端を掴み取ったかのように、口の端を巧みに吊り上げてみせた。閉めたはずの窓が、再び開いた。異様な音を立てながらゆっくりと開いた窓から、凄まじい薄ら寒さが満ちた。惟碩は横たえていた身を静かに起こした。ことさら騒ぎ立てはしなかった。騒いだところで、誰も聞く者のいない独り身の本家ではあったが、惟碩は常に急がなかった。焦りも見せなかった。起こした身を回し、ローブを正してから背後を向いた。礼を示すように両膝をゆっくりと折り、開いた窓の向こうに垂れ込めた何かへ言葉を伝えた。
惟碩 : 早い刻限にございます。いかなる御用でお越しになられましたか。
惟碩の落ち着いた言葉を受けたのは、何もないかのように見える窓の向こうの漆黒の闇だった。濃い闇の中では、普段は見えていた夜空の星すらも見えなかった。揺蕩う波のように座した闇の中から、目という目を全て失った気配が、窓辺の向こうでたゆたっていた水を惟碩の居室へ注ぎ込むように押し出した。惟碩は黒い水を全て浴びた後も、微動だにせず、部屋を満たした검은 물(黑水:コムンムル)の中にそのまま座していた。コムンムルが揺蕩うように、ゆるりと身を起こし始めた。惟碩はさらに腰を低くし、拝するように身を伏せた。
どこに。
惟碩 : 間もなく、整いましょう。一つだけ確かになれば、直ちに実行致します。
誰も、何も見えなかった。あの方。現世に。たしかに。
何の声も聞こえはしなかったが、惟碩はその意を全て受け止め、答えを返していた。惟碩の身に触れたコムンムルの波から、意が伝わっていた。惟碩が顔を上げ、己の前に身を起こした何かを見上げた。何かが腰を深く折り、惟碩の鼻先へその存在を垂らした。瞳の存在しない気配の凄まじさだった。単に凄まじく見える形が手渡す恐怖ではなかった。顔のように見える丸みを帯びた何かだった。顔と感じられる黒い何かの上には何も存在しなかった。あるべき目すら深い虚空を見るかのように、空のまま黒い水だけを零し続けていた。まるで泣いている者のように見えた。
惟碩 : 門を煽る삼도천(三途川:サムドチョン)をお下しくださいませ。その折、器にお入りになれましょう。それ以外の事は、確認を済ませた上で申し上げます。
惟碩は萎縮することなく、己の意を落ち着いて伝えた。泣く顔を垂らしていた何かが、再び腰をゆっくりと伸ばし、惟碩から遠ざかった。惟碩の部屋へ高く満ちていたコムンムルの水路が、次第に水位を下げていった。下がりゆく水位がやがて剥き出しの床を露わにした時、全ての黒い水を含んだかのような、黒い탈(面:タル)が一つ、床にぽつんと置かれていた。惟碩は濡れた身をゆるりと立てた。髪の毛まで全て濡れた惟碩が、煩わしそうに手で水気を大雑把に払い落とすと、ベッドに置いてあった電話を取った。水が付いてはいたが、動かなくなるほどではなかった。大したことでもなさそうに画面を灯してから、どこかへ電話を掛けた。
Scene 01_02.
熙珍が深く眠っていた身を寝返った。行儀悪く眠り込んだ熙珍が、腹を掻きながら深い眠りに就いていた。電話が鳴った。一切の明かりもないほど暗くしてから深い眠りに就いていたため、けたたましく鳴る画面の光が熙珍の閉じた目を否応なく開かせた。視界をかろうじて確保しながら、手を難儀して辿った。床を手探りし、かろうじて電話を手にすると、表示された番号を確認した。深い溜息を吐いた。
熙珍 : はい。
Scene 01_03.
すっかり嗄れた熙珍の声が聞こえてきた。惟碩は思わず狼狽えたまま、笑みを零した。
惟碩 : 申し訳ありません。夜更けに。
Scene 01_04.
熙珍 : 構いません。どうぞ。
熙珍が電話を一旦離し、今日の日付を確認した。零時を過ぎていたため、週末の夜明けになっていた。
熙珍 : どうせ今日は週末ですし。午後にもう少し寝れば済みます。
大きな欠伸を噛み殺した。
Scene 01_05.
惟碩 : お越しになられていました。
惟碩が床に置かれたまま、姿が見えないよう裏返しになっている面を、じっと見下ろしていた。
Scene 01_06.
熙珍は眠りに浸かったままだった。だが惟碩の言葉は正確に聞き取っていた。欠伸をかろうじて隠すように吐き出しながら、大したことでもなさそうに頷いた。
熙珍 : 置いていかれましたか。
惟碩 : ええ。面一つに収められています。
熙珍 : 事を起こす時期は事務長にお任せします。前もって一言だけいただければ。私も気にはなっていましたので。
惟碩 : 本当に、사절단(使節團:シセツダン)が人間の身体に入って過ごせるとお考えですか。
熙珍 : 生きた者には入れないでしょうが、
熙珍が再び力いっぱい伸びをしながら、まだ整理しきれていない言葉を手繰った。
熙珍 : 死んだ人間であれば、ええ。可能です。
Scene 01_07.
惟碩が頷いた。済まなそうな気配をもう少し滲ませてから、電話を切ろうとした。
惟碩 : 承知しました。遅くに申し訳ありません。どうぞお休み——
Scene 01_08.
熙珍 : もう目が覚めました。覚めたついでに、考えを少し整理してからお伝えします。團長直属の별동대(別動隊:ビョルドンデ)なしには制御が難しいでしょう。開いたのなら、閉じることまで考えねばなりません。前もって一言だけいただければ。サムドチョンの水に触れられたのですから、今日明日はゆっくりお休みください。
すっかり明瞭になった熙珍の声だった。ベッドの上で寝返りを打つように散らかったまま眠り込んでいた熙珍が、ベッドの下へ足を踏み出しては、身をまっすぐに立てた。
Scene 01_09.
惟碩 : 承知しました。ありがとうございます。
熙珍 : 今日、様子を見る限り、端女どもも全て糾合したようでした。昨夜、館長級の女どもがどこかへ出て行きましたから。石塊がますます焦るでしょう。もう少し経てば、己の意すらまともに述べられない耄碌した舎利に過ぎなくなるでしょうから。ああ、それと。
電話を切ろうとしていた惟碩が、熙珍の呼び掛けに再び応じた。
惟碩 : どうぞ。
Scene 01_10.
熙珍がまっすぐ立てていた身をベッドへ再び腰掛けさせた。
熙珍 : 明日、鍵の候補者の処理が済んだ後。お身体が良くなり次第——
Scene 01_11.
熙珍の勧めを帯びた指示を聞き、惟碩は頷いた。いよいよ本当に締め括ろうと、軽い溜息を吐いた。
熙珍 : 当然ご存じでしょうが。サムドチョンを含んだ面は、素手で触れてはなりません。生きた者は死に直に触れぬ方がよろしい。サムドチョンに触れるだけでも痛むのが이승(現世:イスン)の存在です。ましてや、最も死を司る使節團の痕跡が残った品は、삼베(麻布:サンベ)の布で包んで保管なさるべきこと、よくご存じでしょう。
惟碩 : 無論です。それで、もしや……
Scene 01_12.
惟碩は不意に浮かんだ当惑に、言葉をしばし躊躇った。
熙珍 : ええ。
惟碩 : もしや、麻布が……
Scene 02.
수정(粹廷:スジョン)が早朝から笑いを弾けさせた。掛かってきた電話を受けながら、しばらく笑い続けて我を忘れていた粹廷が、かろうじて息を整えながら、電話の向こうの熙珍へ言葉を伝えた。
粹廷 : ほんと、都惟碩。たまに馬鹿みたいな時あるよね。ひどく馬鹿みたいな。よく知ってるよ何年も見てきたんだから。顔まで浮かぶわ。
熙珍 : 考えてみれば、そうなるよね。慶瑞と仲がいいわけないし。たぶんクムズルもないんじゃない。
粹廷 : 금줄(禁繩:クムズル)なんてまあ。あたしらだって毎日持ち歩いてるわけじゃないし。でも、麻布は話がちょっと違うじゃん。アニ、교지(敎旨:キョウジ)もらう時の布だって麻布で作ったのに、それ全部どこに置いてんの。
熙珍 : 敎旨はやっぱり意の込められた文字だから。気を遣ってるんでしょ。とにかく。あんた麻布の持ち合わせがあるなら、今日行って持ってきて。どうせ門を開けるのはあんたでしょ。
粹廷 : あたしも慶瑞と仲がいいわけじゃないけど、分かった。巻く分くらいはあるから。
熙珍 : とにかく。事務長とうまく擦り合わせて動いて。あたしも準備してるから。
粹廷 : うん、分かった。それはそうと、週末何してんの。
熙珍 : 準備することがちょっと出来そう。おかげで夜明けから寝そびれたし、昼寝もちょっと要るかもね。
粹廷 : そう。ちょっと休み休みやんなよ。あたしも、麻布ちょっと漁ってからオッパんとこ寄るわ。
熙珍との軽い通話を終えた後、粹廷が電話を置くと化粧台から身をまっすぐに立てた。おかっぱ頭を整えるように手短に櫛を通し終えると、着たままの服の上に上着を手に取った。板の間の向こうに位置する別の部屋へ入った。様々な種類の武器と各種の書物が、大振りな箪笥と飾り棚にきちんと掛かっていた。粹廷はそのうち中央に位置する箪笥を開けると、箪笥に入っていた巫具を捲り上げた。その中から分厚い麻布の장포(長袍:ジャンポ)を取り出した。飾り棚の片隅に置かれた厚い鉄鋏を取り出し、長袍を適当な大きさに裁ち切った。粹廷は残った長袍を箪笥へ仕舞い、箪笥を閉め、鋏を飾り棚の元の位置へ載せ直した。身を起こして外へ出た粹廷が、持ち出した上着を羽織ると댓돌(堦石:デッドル)に置かれたスニーカーを履いた。布を手に握ったまま、上着をきちんと着た粹廷が、足を運んで門を出た。
