Scene 14.
FLASHBACK
始緣(シヨン)の手に残った紙幣と、さくらんぼの飾りが付いた髪紐が握られていた。嬉しさのあまり、家へ大股で歩を運んでいた始緣。そんな始緣の目に、怒りに満ちた强宇(カンウ)の姿と、その足元で口から泡を吹いたまま、殴打に耐えきれず息絶えた始雅(シア)の冷たさが横たわっていた。始緣の頭の中に何の考えも浮かばなかった。小さな始緣の理性を支えていた、ぼろぼろの衝立が引き裂かれる心地だった。始緣が台所に置かれた包丁を手に取り、がむしゃらに飛びかかった。
Scene 15.
FLASHBACK
幼い始雅(シア)は、幼かった姉、始緣(シヨン)の胸の中で何も言わなかった。首に包丁が突き刺さったまま、狭苦しいワンルームの四方に己の血を塗りたくって汚らしく死んでしまった、大人など、幼い始緣にはどうでもよかった。幼かった始緣が、何も言わないもっと幼い始雅を胸に抱いて駄々をこねた。子供の利己的な叫びとともに、悔しく悲しい涙を流していた。全て自分のせいだった。だが口では、胸に抱かれたまま冷えていく始雅を責めていた。小さな口で、胸に抱いた幼い始雅に催促し駄々をこねる最中にも、自分のせいだとは言わなかった。胸と頭では確かに自分のせいだと骨身に沁みて感じていた。だが嗚咽するように泣き叫ぶ口では、幼い始雅が動かない理由だけを問い続け、起きろと急かし、叫んだ。手に持った小さなさくらんぼの飾りが付いた髪紐を、冷たくなった始雅に渡すことすらできなかった。始緣が独り言のように駄々をこねながら始雅を揺すった。髪紐を早く結んでみろと叫んだが、幼い始雅のひんやりとした沈黙は、幼い始緣の頼みも強要も受け入れることができなかった。始緣が始雅を胸に抱いたままずいぶん長く泣いた。動かないのなら、無理にでも渡そうとした。始緣の手に握られていた髪紐を始雅の手首に掛けてやった。自分の髪に巻いたものと同じ飾りの髪紐だった。新しく買った髪紐が幼い始雅の手首に力なく巻かれたまま、折れた葉のように何の力もなく床に落ちた。けたたましいパトランプが始緣の家の中を照らし始めた。目がぱんぱんに腫れ上がった始緣が、遅ればせながら踏み込んできた大人の消防士と大人の警察官に、絶叫するように叫んだ。一縷の望みでもかけなければならなかった。助けてくれるよう祈り、また祈った。助けてくれという悲鳴を喉が裂けるほどの力で張り上げた。大人なら助けてくれると確信していた。だが、踏み込んできた人々が始緣の胸にいた始雅を生き返らせようと懸命に試みても、始緣の小さな胸の中で冷たく抱かれていただけの、冷え切った始雅の小さな胸は、微動だにしなかった。始緣の耳を満たした耳鳴りは、容易には鎮まらなかった。
Scene 16.
始緣(シヨン)が無言で空を見上げた。見たくて見たのではなかった。囚われていた、囚われ続ける過ぎし日の後遺を鎮めようと、始緣が上を向いて顔を上げたまま、目を瞬いた。所姬(ソヒ)が無言のまま、既に空になった酒瓶を持ち上げてみた。
始緣 : 小学校に入ったとたん、ガキどもにいじめられてたってだけの話だよ。あたしはあの日、始雅が目を覚ましたら学校に行ったと思ってた、いや。逃げたと思ってた。少なくとも学校くらいには行ってるだろうと思ってた。盗んだのはどうせバレるんだから。あれはあの子がやったんじゃない、あたしがやったことだし。学校にいれば、授業が全部終わってから学校で始雅を待って、一緒に逃げよう。どこにでも。この金があれば行けるだろ。こんな馬鹿な考えしか浮かんでなかったんだから。結局、まあ、逃げたのはあたし一人ってわけだよ。始雅はあのクソ野郎の手で死んだし。
始緣は最後まで顔を下ろすことができなかった。淡々と言葉を続けていたが、既に中は崩れるだけ崩れたようで、掻き乱された激浪の中、高く掲げた顔はなかなか下を向けなかった。
始緣 : それが全部。そのあとは、あたしに唯一手を差し伸べてくれたあのおじさんの家族の中で温かく過ごしてたのに、あたしを連れていくってジラルかました、あの元締めのアマのせいで、おじさんまで……。まあ、そのあとは身体売って金稼いで、別に。特別なことはない。ありふれたクソみたいな、ありふれたポンコツの話だから。ただ、クソ申し訳ない。今も始雅に。今も、おじさんに。金を盗んだのはあたしだろ。あたしが殴り殺されるべきだったのに、何も知らない始雅があんな目に遭ったんだから。あたしを匿ったのが罪で、おじさんまで死んだんだろ。だから、あたしはただ股でも開いて生きていこうって決めたんだよ。
所姬は何と言ってやればいいのか分からなかった。数奇というものは相対的にならざるを得なかったが、相対性を絶対性に置き換えたまま互いに映し出すほど、互いを比べるように傷だけが残ることを、誰よりもよく知っていた。だからこそ、表に出したことはなかった。不幸だと思ったこともなかった。そんな始緣にとっては自分の手を握ってくれた以心が特別であり、鏡という知暎の包容が有り難かった。何より、初めて歩み寄って手を差し伸べてくれた所姬が大切だった。所姬が無言で新しい酒瓶を取り出し、始緣に渡した。顔を高く上げていた始緣がたどたどしく、所姬が差し出した酒瓶を掴んだ。始緣はブランコの支柱の上を依然として見つめたまま、素っ気ない溜息とともに、震えぬよう沈めた声を所姬に淡々と伝えた。たゆたう風に逆らうように揺れていた髪も、もはや感じられなくなっていた。たゆたう風に揺れていた視界も、もう揺れなかった。知暎の勧めを聞き入れると決めたことが、正しかったと思った。少しは寂しくないと思えた。
始緣 : 意外だな。
所姬が始緣の独り言に格別の返事もなく顔を向けて始緣を見つめた。始緣が所姬の視線を受けて自分の言葉を呟いた。
始緣 : 普通、何かとべらべら言うもんだけど。まあ、可哀想にとか、頑張れとか、気の毒にとか。でもあんたは何も言わないね。
所姬 : どんな言葉を掛けられるっての。人が経験した過去に。下手にもっともらしい言葉を付け足したって、中途半端な感情が上塗りされるだけじゃない。
始緣 : そうかな。いざ、何も言われないと有り難いような。なんか悔しいような。
所姬 : 何が悔しいの。
始緣が酒瓶を開け、仰け反った頭へ持っていき、酒をこぼすように飲んだ。所姬が薄い上着のポケットからあらかじめ用意していたティッシュを取り出し、たどたどしく隣を手探りしていた始緣に渡すと、始緣がようやくティッシュを受け取り、首を伝って流れた酒を拭いた。
始緣 : ただ。クソ、珍しい反応だなと思って。
所姬 : まあ、あたしも知暎オンニもありふれた人間じゃないし。うちの母さんも。
落ち着いたのか、始緣がようやく遅れて顔を下ろした。軽くすすり上げて締めくくったあと、手にしていた酒を再びあおった。所姬が始緣の手に合わせて新しい酒瓶を取り出しあおった。
始緣 : 最後までちゃんと聞いてくれたから、正直それで満足だよ。だからいつか、時間があったら、あんたも自分の話してくれたら嬉しいし。
いつかは溜め込んでいた話をするつもりだった。長い年月の物語には常に勇気が必要だった。深い場所に埋めた深淵を取り出すために、深淵に近づかなければならなかった。誰よりも、所姬はその事実を最も理性的によく知っている人間だった。いくらか落ち着いた始緣の声が遅れたすすり上げで締めくくられたとき、所姬が新しい酒瓶を丸ごと空にしてから、別の酒瓶を取り出した。
所姬 : 酔わないな。呆れるくらい。
始緣 : 酔わなきゃできない話なら、別に聞かせてくれなくていいよ。酔った話を聞いていいことなんかないし。変に誤解されるだけで。
始緣の言葉を遮るように、所姬は溜息とともに自分の言葉を続けた。
所姬 : あんたが先にしなくても。
所姬が始緣の勧めにも構わず、心に決めた話を切り出そうとした。
所姬 : 話したかったの、あたしは。ありがたいことにあんたが先に口を開いてくれたんだよ。だから、あんたの話を聞いたからあたしが話すんだとは思わないでほしい。そうやってあんたの話やあたしの話が、互いの対価みたいにやり取りされるものじゃないと思うから。
始緣 : うん。心配しないで。何言ってるかもよく分かる。
所姬が深い溜息を吐いてから、手にした酒瓶をそっと見つめた。
所姬 : 知暎オンニが母さんの手で助けられてから、それほど経たないうちに起きたことだったんだって。ちょうど、母さんは知暎オンニの入学のために、西北のほうの普通の学校へ入学書類を取りに行く途中だったし。ちょっと寒い冬だった。小学校がちょうど冬休みに入る頃だったから。
FLASHBACK
始緣(シヨン)の手に残った紙幣と、さくらんぼの飾りが付いた髪紐が握られていた。嬉しさのあまり、家へ大股で歩を運んでいた始緣。そんな始緣の目に、怒りに満ちた强宇(カンウ)の姿と、その足元で口から泡を吹いたまま、殴打に耐えきれず息絶えた始雅(シア)の冷たさが横たわっていた。始緣の頭の中に何の考えも浮かばなかった。小さな始緣の理性を支えていた、ぼろぼろの衝立が引き裂かれる心地だった。始緣が台所に置かれた包丁を手に取り、がむしゃらに飛びかかった。
Scene 15.
FLASHBACK
幼い始雅(シア)は、幼かった姉、始緣(シヨン)の胸の中で何も言わなかった。首に包丁が突き刺さったまま、狭苦しいワンルームの四方に己の血を塗りたくって汚らしく死んでしまった、大人など、幼い始緣にはどうでもよかった。幼かった始緣が、何も言わないもっと幼い始雅を胸に抱いて駄々をこねた。子供の利己的な叫びとともに、悔しく悲しい涙を流していた。全て自分のせいだった。だが口では、胸に抱かれたまま冷えていく始雅を責めていた。小さな口で、胸に抱いた幼い始雅に催促し駄々をこねる最中にも、自分のせいだとは言わなかった。胸と頭では確かに自分のせいだと骨身に沁みて感じていた。だが嗚咽するように泣き叫ぶ口では、幼い始雅が動かない理由だけを問い続け、起きろと急かし、叫んだ。手に持った小さなさくらんぼの飾りが付いた髪紐を、冷たくなった始雅に渡すことすらできなかった。始緣が独り言のように駄々をこねながら始雅を揺すった。髪紐を早く結んでみろと叫んだが、幼い始雅のひんやりとした沈黙は、幼い始緣の頼みも強要も受け入れることができなかった。始緣が始雅を胸に抱いたままずいぶん長く泣いた。動かないのなら、無理にでも渡そうとした。始緣の手に握られていた髪紐を始雅の手首に掛けてやった。自分の髪に巻いたものと同じ飾りの髪紐だった。新しく買った髪紐が幼い始雅の手首に力なく巻かれたまま、折れた葉のように何の力もなく床に落ちた。けたたましいパトランプが始緣の家の中を照らし始めた。目がぱんぱんに腫れ上がった始緣が、遅ればせながら踏み込んできた大人の消防士と大人の警察官に、絶叫するように叫んだ。一縷の望みでもかけなければならなかった。助けてくれるよう祈り、また祈った。助けてくれという悲鳴を喉が裂けるほどの力で張り上げた。大人なら助けてくれると確信していた。だが、踏み込んできた人々が始緣の胸にいた始雅を生き返らせようと懸命に試みても、始緣の小さな胸の中で冷たく抱かれていただけの、冷え切った始雅の小さな胸は、微動だにしなかった。始緣の耳を満たした耳鳴りは、容易には鎮まらなかった。
Scene 16.
始緣(シヨン)が無言で空を見上げた。見たくて見たのではなかった。囚われていた、囚われ続ける過ぎし日の後遺を鎮めようと、始緣が上を向いて顔を上げたまま、目を瞬いた。所姬(ソヒ)が無言のまま、既に空になった酒瓶を持ち上げてみた。
始緣 : 小学校に入ったとたん、ガキどもにいじめられてたってだけの話だよ。あたしはあの日、始雅が目を覚ましたら学校に行ったと思ってた、いや。逃げたと思ってた。少なくとも学校くらいには行ってるだろうと思ってた。盗んだのはどうせバレるんだから。あれはあの子がやったんじゃない、あたしがやったことだし。学校にいれば、授業が全部終わってから学校で始雅を待って、一緒に逃げよう。どこにでも。この金があれば行けるだろ。こんな馬鹿な考えしか浮かんでなかったんだから。結局、まあ、逃げたのはあたし一人ってわけだよ。始雅はあのクソ野郎の手で死んだし。
始緣は最後まで顔を下ろすことができなかった。淡々と言葉を続けていたが、既に中は崩れるだけ崩れたようで、掻き乱された激浪の中、高く掲げた顔はなかなか下を向けなかった。
始緣 : それが全部。そのあとは、あたしに唯一手を差し伸べてくれたあのおじさんの家族の中で温かく過ごしてたのに、あたしを連れていくってジラルかました、あの元締めのアマのせいで、おじさんまで……。まあ、そのあとは身体売って金稼いで、別に。特別なことはない。ありふれたクソみたいな、ありふれたポンコツの話だから。ただ、クソ申し訳ない。今も始雅に。今も、おじさんに。金を盗んだのはあたしだろ。あたしが殴り殺されるべきだったのに、何も知らない始雅があんな目に遭ったんだから。あたしを匿ったのが罪で、おじさんまで死んだんだろ。だから、あたしはただ股でも開いて生きていこうって決めたんだよ。
所姬は何と言ってやればいいのか分からなかった。数奇というものは相対的にならざるを得なかったが、相対性を絶対性に置き換えたまま互いに映し出すほど、互いを比べるように傷だけが残ることを、誰よりもよく知っていた。だからこそ、表に出したことはなかった。不幸だと思ったこともなかった。そんな始緣にとっては自分の手を握ってくれた以心が特別であり、鏡という知暎の包容が有り難かった。何より、初めて歩み寄って手を差し伸べてくれた所姬が大切だった。所姬が無言で新しい酒瓶を取り出し、始緣に渡した。顔を高く上げていた始緣がたどたどしく、所姬が差し出した酒瓶を掴んだ。始緣はブランコの支柱の上を依然として見つめたまま、素っ気ない溜息とともに、震えぬよう沈めた声を所姬に淡々と伝えた。たゆたう風に逆らうように揺れていた髪も、もはや感じられなくなっていた。たゆたう風に揺れていた視界も、もう揺れなかった。知暎の勧めを聞き入れると決めたことが、正しかったと思った。少しは寂しくないと思えた。
始緣 : 意外だな。
所姬が始緣の独り言に格別の返事もなく顔を向けて始緣を見つめた。始緣が所姬の視線を受けて自分の言葉を呟いた。
始緣 : 普通、何かとべらべら言うもんだけど。まあ、可哀想にとか、頑張れとか、気の毒にとか。でもあんたは何も言わないね。
所姬 : どんな言葉を掛けられるっての。人が経験した過去に。下手にもっともらしい言葉を付け足したって、中途半端な感情が上塗りされるだけじゃない。
始緣 : そうかな。いざ、何も言われないと有り難いような。なんか悔しいような。
所姬 : 何が悔しいの。
始緣が酒瓶を開け、仰け反った頭へ持っていき、酒をこぼすように飲んだ。所姬が薄い上着のポケットからあらかじめ用意していたティッシュを取り出し、たどたどしく隣を手探りしていた始緣に渡すと、始緣がようやくティッシュを受け取り、首を伝って流れた酒を拭いた。
始緣 : ただ。クソ、珍しい反応だなと思って。
所姬 : まあ、あたしも知暎オンニもありふれた人間じゃないし。うちの母さんも。
落ち着いたのか、始緣がようやく遅れて顔を下ろした。軽くすすり上げて締めくくったあと、手にしていた酒を再びあおった。所姬が始緣の手に合わせて新しい酒瓶を取り出しあおった。
始緣 : 最後までちゃんと聞いてくれたから、正直それで満足だよ。だからいつか、時間があったら、あんたも自分の話してくれたら嬉しいし。
いつかは溜め込んでいた話をするつもりだった。長い年月の物語には常に勇気が必要だった。深い場所に埋めた深淵を取り出すために、深淵に近づかなければならなかった。誰よりも、所姬はその事実を最も理性的によく知っている人間だった。いくらか落ち着いた始緣の声が遅れたすすり上げで締めくくられたとき、所姬が新しい酒瓶を丸ごと空にしてから、別の酒瓶を取り出した。
所姬 : 酔わないな。呆れるくらい。
始緣 : 酔わなきゃできない話なら、別に聞かせてくれなくていいよ。酔った話を聞いていいことなんかないし。変に誤解されるだけで。
始緣の言葉を遮るように、所姬は溜息とともに自分の言葉を続けた。
所姬 : あんたが先にしなくても。
所姬が始緣の勧めにも構わず、心に決めた話を切り出そうとした。
所姬 : 話したかったの、あたしは。ありがたいことにあんたが先に口を開いてくれたんだよ。だから、あんたの話を聞いたからあたしが話すんだとは思わないでほしい。そうやってあんたの話やあたしの話が、互いの対価みたいにやり取りされるものじゃないと思うから。
始緣 : うん。心配しないで。何言ってるかもよく分かる。
所姬が深い溜息を吐いてから、手にした酒瓶をそっと見つめた。
所姬 : 知暎オンニが母さんの手で助けられてから、それほど経たないうちに起きたことだったんだって。ちょうど、母さんは知暎オンニの入学のために、西北のほうの普通の学校へ入学書類を取りに行く途中だったし。ちょっと寒い冬だった。小学校がちょうど冬休みに入る頃だったから。
