Scene 04_01.
玄関のドアが勢いよく開いた。所姬(ソヒ)の部屋で所姬の世話をしていた始緣(シヨン)が、腰元から銃を引き抜いて慎重に外へ出た。ここだけは絶対に明け渡さないという腹積もりだった。ドア口に身を寄せて外を警戒していた始緣が、ついに自分とまったく同じ姿を持つ知暎(ジヨン)と向き合った。始緣が着ていた服がぼろ切れになっていた。刃が刺さらなかった箇所などないとでも言うように、知暎の血がべっとりと染みついていた。銃を構えたまま警戒していた始緣が、知暎の有様を見て言葉を発することができなかった。手にしていた銃を下ろし、知暎に向けないことが今の始緣にできる精一杯の行動だった。知暎が無言で微笑み、始緣の意を汲んだ。だが腹に残る痛みは依然としてあった。知暎が綺麗に塞がった傷にもかかわらず、腹を押さえたまま歩いた。始緣を一度通り過ぎ、所姬の部屋をちらりと覗いた。所姬の肩にも全身にも所姬の血が散乱していた。着替えさせる余力はなかった。始緣が知暎に訊いた。
始緣 : 大丈夫。
やっとのことで言葉を絞り出した始緣に、知暎が所姬の容態を見てから頷いた。
知暎 : 大丈夫ですよ。所姬は。
始緣 : いや、そうじゃなくて、あんた、あんたは。
知暎がリビングまで歩いてきて、疲れ切った身体をごろりと仰向けに投げ出した。
知暎 : それより。始緣さんは。ちょっと。
始緣 : あたしは顔だけボコボコにされて。ナイフばっかり喰らって。あたしがあの警察の顔をぐちゃぐちゃにした、その腹いせに。容赦なく全部刺してきた。死ぬほど痛かったけど、今はぴんぴんしてる。
知暎 : よく耐えましたね。それでも。
始緣 : 別に。
知暎 : 使節(シセツ)でも飛び出してたら、あの刑事、本当に死んでましたよ。こっちに来てください。
知暎が横になっていた身体をようやく起こしながら、始緣を呼んだ。始緣が知暎のそばまで近づき、高い背を屈めてリビングにどさりと座り込んだ。始緣の状態を確かめようと、知暎が始緣の顔を慎重に見つめた。傷跡一つ残っていない始緣の姿を確かめてから、安堵するように頷いた。
知暎 : 傷跡みたいなものは残ってないですね。よかった。
始緣 : ……なんで。
始緣が知暎をじっと見つめながら訊いた。たった一言に過ぎなかった。容易に言葉が出てこなかった。自分が、自分に問いかけているようだった。
始緣 : なんで、あんたは。他人から先に気にかけるの。
知暎がしばし考え込んだ。
始緣 : あんた、その服。一回や二回刺されて裂けたんじゃないでしょ。痛くなかったの?
知暎 : そうですね。クソ痛かったですよ。今もクソ痛いです。
始緣 : なのに、なんで。所姬から心配して、あたしから心配して。自分じゃなくて。
知暎が浮かべた微笑のまま、自分の血に塗れた脚を見下ろした。ぼんやりとした視線の先で何かをしばし考えてから、知暎が答えた。
知暎 : 二人とも、私にとって他人じゃないから?
始緣 : 所姬はあんたの実の妹でもないんでしょ。あたしはあんたと今日初めて会った。なのになんで。どうやって先に他人から気に——
知暎 : 所姬は。それでも二十年以上、私と一緒に過ごしてきたんです。実の妹みたいに。大事にして、包み込んで。叱って、こっそり授業もサボって。未成年のときにお酒も飲んで。それと、始緣さんは。私がずっと見てきた人じゃないですか。人は違うけど、それでも、鏡を見ればいつだって目に入る人だったから。だからって誤解しないでください。始緣さんは始緣さんで、私は私です。それを違えたことも、違えることもないから。
始緣 : 羨ましいな。
始緣がふと放り投げた言葉に、知暎の言葉が一瞬途切れた。
知暎 : 何がですか。
始緣 : 所姬。あんたみたいなオンニがいて。あんたの母さんもそうだし。羨ましい。ただ。
知暎の頭の中に奏賢が言っていた言葉が蘇った。だが始緣はあえて口にしなかった。それだけで十分だった。
知暎 : じゃあ、こうしてみませんか?
始緣 : 何を。
知暎 : 始緣さん。何歳ですか?
始緣 : に、にじゅう、五? 四? 三だっけ。
知暎 : 私、二十八。所姬は二十六。始緣さん。私を、オンニにしてみませんか? 私は始緣さんを妹にしたいんですけど。
始緣 : そしたら何が変わるの?
知暎 : そしたら、もう少し分かるじゃないですか。私がなぜ二人から先に気にかけたのか。しなくても構いませんよ。敬われたくて言ったわけじゃないから。
始緣が口を閉ざしたまま、考え込んでいた。
始緣 : 考えとく。あたし、オンニって言葉、好きじゃない。あたしの口から出るオンニって言葉は安物だから。オッパって言葉もそうだけど。
知暎 : どのみち。始緣さんが暮らす場所はもうあそこじゃないうえに、私は何とも思わないですけど、気が乗らないなら無理にしなくて構いませんよ。
始緣 : じゃあ、あんたを、オンニって呼んだら。いつか、その、あの人に会って、あたしも。
知暎 : あの人、誰ですか?
始緣 : あんたの母さん。
知暎がぱっと明るく笑った。ためらいがちに話す始緣が密かに可愛かった。血に塗れた手ではあったが、始緣の手をそっと握ってやった。始緣が黙って知暎の手を払いのけないまま、始緣自身とほぼ同じ体温を感じ取った。
知暎 : うちの母さんも、こうやって握ってくれたでしょうね。私はちょっと冷たいんです。母さんと違って。
始緣 : ほんとだ。あんたもあたしみたいに冷たいね。
知暎が始緣の手を少しでも温めてやろうと、軽く被せた手を撫でた。胸の奥深くに積み重ねてきた始緣の影が、知暎自身が抱えてきた時間に比べて決して小さくも軽くもないと思った。だからこそ辛うじて遠回しに勧めた。
知暎 : 吐き出せるなら吐き出してください。誰にでも。所姬ならなおさらいいでしょうし。溜め込むと病になりますよ。犠牲にすれば壊れていく。
始緣が知暎の手を遅れて握り返し、辛うじて頷いた。知暎が始緣の手を握ったまま、身体を再びごろりと仰向けに投げ出した。
知暎 : あー。安心したら、お腹空くし痛い。二人ともご飯食べました?
始緣 : いや。
知暎 : なんでご飯も食べないでそんなことになってるんですか。
始緣 : 起きた途端にナイフ喰らって。あっちは銃喰らって。
知暎 : ああ。
始緣 : 起きたら何か食えるのかね。全員ボロボロなんだけど。
知暎 : 私、今日半休取って美味しいもの食べられると思ってたのに。
始緣 : あ、それと今夜あの、なんか、仕事あるんでしょ。
知暎 : は。シバル。まじで。一日に二回はちょっと。
Scene 04_02.
所姬(ソヒ)がゆっくりと意識を取り戻した。痛みが残る心地だったが、傷は残っていない様子だった。所姬が肩のあたりの首を撫でながら、横たわっていた身体をゆるやかに起こした。所姬を見守りながらうとうとし始めたらしく、始緣(シヨン)が所姬の気配を感じて伏せていた身体を起こした。
始緣 : おい。大丈夫?
所姬が何やらしばし考え込んでから、驚いた目で始緣に訊いた。
所姬 : 知暎オンニは??
知暎 : 出かける支度中だけど。
素っ気ない声を返した。始緣の後ろのリビングに座っていた知暎(ジヨン)が、所姬の問いに始緣の代わりに答えた。所姬がやっとのことで脚を下ろし、リビングへ出た。ふらつく所姬の歩みを始緣が支えながら一緒にリビングへ向かった。所姬が膝を落としたまま、知暎をいたわるように抱きしめた。
所姬 : ありがとう。
知暎はむしろ所姬の心労をいたわった。
知暎 : あんたたちが大丈夫なら。私も大丈夫。
始緣がじっと立っていた。所姬をそっと離したあと、知暎がいつもと変わらない声で所姬をなだめた。
知暎 : 始緣さんとお互いどこが違うか、ずっと探してたんだけど?
所姬が一瞬、後ろに立っていた始緣を振り返った。
知暎 : 小指のほくろが一つ違った。うわ。クソ。ここまで同じだとは思わなかったわ。
まだ残っていた問いがあった所姬が、軽く笑って見せてから、難しい質問を知暎に伝えようとした。
所姬 : あの。もしかして。あの刑事さんは。
知暎 : 止めた。かろうじて。あんたの連絡先も記憶に渡しておいた。あんたの頼みどおりに。
所姬が軽い溜息を漏らし、安堵の色を見せた。知暎が化粧まで済ませたあと、着てきたスーツを脇に整えて置き、始緣に借りた服を仕上げるように着込んでいた。
知暎 : もうすぐ夕方になるよ。もう始緣さんと私は顔見知りになったから、今日は私が直接出るね。あんたと始緣さんは念のためここでもう少し休んでて。
所姬が始緣の支えを受けて、まだ不自由な身体を起こした。再び出ようとする知暎を案じた所姬が、知暎を見つめながら、いたたまれなさに満ちた声を伝えた。
所姬 : 怪我したのはオンニじゃん。私は。
知暎 : いやー。私は刃物がせいぜいだったけど、あんたと始緣さんは銃まで喰らっといて何言って。
始緣 : できるよ。あたし。そこまでポンコツじゃない。
知暎 : 分かってますよ。でも万が一ってこともあるし。あの警察が気が狂ってすぐ連絡してくるかもしれないし。今日は私が一人で片付けますから。
化粧を始緣とほぼ同じくらい濃く施した知暎が、リビングに置かれた鏡を見ながら始緣と自分を見比べた。
知暎 : これくらいならほぼ同じでしょ?
所姬 : オンニ、無理しないで。お願い。
知暎が軽く微笑んで身を起こした。
知暎 : 難しくないって言ってたでしょ。だから今日はちゃんと休んで。二人ともまだ痛みも残ってるだろうし。それと。
知暎が始緣をちらりと見た。
知暎 : 話すことがあるかもしれないじゃない。
玄関のドアが勢いよく開いた。所姬(ソヒ)の部屋で所姬の世話をしていた始緣(シヨン)が、腰元から銃を引き抜いて慎重に外へ出た。ここだけは絶対に明け渡さないという腹積もりだった。ドア口に身を寄せて外を警戒していた始緣が、ついに自分とまったく同じ姿を持つ知暎(ジヨン)と向き合った。始緣が着ていた服がぼろ切れになっていた。刃が刺さらなかった箇所などないとでも言うように、知暎の血がべっとりと染みついていた。銃を構えたまま警戒していた始緣が、知暎の有様を見て言葉を発することができなかった。手にしていた銃を下ろし、知暎に向けないことが今の始緣にできる精一杯の行動だった。知暎が無言で微笑み、始緣の意を汲んだ。だが腹に残る痛みは依然としてあった。知暎が綺麗に塞がった傷にもかかわらず、腹を押さえたまま歩いた。始緣を一度通り過ぎ、所姬の部屋をちらりと覗いた。所姬の肩にも全身にも所姬の血が散乱していた。着替えさせる余力はなかった。始緣が知暎に訊いた。
始緣 : 大丈夫。
やっとのことで言葉を絞り出した始緣に、知暎が所姬の容態を見てから頷いた。
知暎 : 大丈夫ですよ。所姬は。
始緣 : いや、そうじゃなくて、あんた、あんたは。
知暎がリビングまで歩いてきて、疲れ切った身体をごろりと仰向けに投げ出した。
知暎 : それより。始緣さんは。ちょっと。
始緣 : あたしは顔だけボコボコにされて。ナイフばっかり喰らって。あたしがあの警察の顔をぐちゃぐちゃにした、その腹いせに。容赦なく全部刺してきた。死ぬほど痛かったけど、今はぴんぴんしてる。
知暎 : よく耐えましたね。それでも。
始緣 : 別に。
知暎 : 使節(シセツ)でも飛び出してたら、あの刑事、本当に死んでましたよ。こっちに来てください。
知暎が横になっていた身体をようやく起こしながら、始緣を呼んだ。始緣が知暎のそばまで近づき、高い背を屈めてリビングにどさりと座り込んだ。始緣の状態を確かめようと、知暎が始緣の顔を慎重に見つめた。傷跡一つ残っていない始緣の姿を確かめてから、安堵するように頷いた。
知暎 : 傷跡みたいなものは残ってないですね。よかった。
始緣 : ……なんで。
始緣が知暎をじっと見つめながら訊いた。たった一言に過ぎなかった。容易に言葉が出てこなかった。自分が、自分に問いかけているようだった。
始緣 : なんで、あんたは。他人から先に気にかけるの。
知暎がしばし考え込んだ。
始緣 : あんた、その服。一回や二回刺されて裂けたんじゃないでしょ。痛くなかったの?
知暎 : そうですね。クソ痛かったですよ。今もクソ痛いです。
始緣 : なのに、なんで。所姬から心配して、あたしから心配して。自分じゃなくて。
知暎が浮かべた微笑のまま、自分の血に塗れた脚を見下ろした。ぼんやりとした視線の先で何かをしばし考えてから、知暎が答えた。
知暎 : 二人とも、私にとって他人じゃないから?
始緣 : 所姬はあんたの実の妹でもないんでしょ。あたしはあんたと今日初めて会った。なのになんで。どうやって先に他人から気に——
知暎 : 所姬は。それでも二十年以上、私と一緒に過ごしてきたんです。実の妹みたいに。大事にして、包み込んで。叱って、こっそり授業もサボって。未成年のときにお酒も飲んで。それと、始緣さんは。私がずっと見てきた人じゃないですか。人は違うけど、それでも、鏡を見ればいつだって目に入る人だったから。だからって誤解しないでください。始緣さんは始緣さんで、私は私です。それを違えたことも、違えることもないから。
始緣 : 羨ましいな。
始緣がふと放り投げた言葉に、知暎の言葉が一瞬途切れた。
知暎 : 何がですか。
始緣 : 所姬。あんたみたいなオンニがいて。あんたの母さんもそうだし。羨ましい。ただ。
知暎の頭の中に奏賢が言っていた言葉が蘇った。だが始緣はあえて口にしなかった。それだけで十分だった。
知暎 : じゃあ、こうしてみませんか?
始緣 : 何を。
知暎 : 始緣さん。何歳ですか?
始緣 : に、にじゅう、五? 四? 三だっけ。
知暎 : 私、二十八。所姬は二十六。始緣さん。私を、オンニにしてみませんか? 私は始緣さんを妹にしたいんですけど。
始緣 : そしたら何が変わるの?
知暎 : そしたら、もう少し分かるじゃないですか。私がなぜ二人から先に気にかけたのか。しなくても構いませんよ。敬われたくて言ったわけじゃないから。
始緣が口を閉ざしたまま、考え込んでいた。
始緣 : 考えとく。あたし、オンニって言葉、好きじゃない。あたしの口から出るオンニって言葉は安物だから。オッパって言葉もそうだけど。
知暎 : どのみち。始緣さんが暮らす場所はもうあそこじゃないうえに、私は何とも思わないですけど、気が乗らないなら無理にしなくて構いませんよ。
始緣 : じゃあ、あんたを、オンニって呼んだら。いつか、その、あの人に会って、あたしも。
知暎 : あの人、誰ですか?
始緣 : あんたの母さん。
知暎がぱっと明るく笑った。ためらいがちに話す始緣が密かに可愛かった。血に塗れた手ではあったが、始緣の手をそっと握ってやった。始緣が黙って知暎の手を払いのけないまま、始緣自身とほぼ同じ体温を感じ取った。
知暎 : うちの母さんも、こうやって握ってくれたでしょうね。私はちょっと冷たいんです。母さんと違って。
始緣 : ほんとだ。あんたもあたしみたいに冷たいね。
知暎が始緣の手を少しでも温めてやろうと、軽く被せた手を撫でた。胸の奥深くに積み重ねてきた始緣の影が、知暎自身が抱えてきた時間に比べて決して小さくも軽くもないと思った。だからこそ辛うじて遠回しに勧めた。
知暎 : 吐き出せるなら吐き出してください。誰にでも。所姬ならなおさらいいでしょうし。溜め込むと病になりますよ。犠牲にすれば壊れていく。
始緣が知暎の手を遅れて握り返し、辛うじて頷いた。知暎が始緣の手を握ったまま、身体を再びごろりと仰向けに投げ出した。
知暎 : あー。安心したら、お腹空くし痛い。二人ともご飯食べました?
始緣 : いや。
知暎 : なんでご飯も食べないでそんなことになってるんですか。
始緣 : 起きた途端にナイフ喰らって。あっちは銃喰らって。
知暎 : ああ。
始緣 : 起きたら何か食えるのかね。全員ボロボロなんだけど。
知暎 : 私、今日半休取って美味しいもの食べられると思ってたのに。
始緣 : あ、それと今夜あの、なんか、仕事あるんでしょ。
知暎 : は。シバル。まじで。一日に二回はちょっと。
Scene 04_02.
所姬(ソヒ)がゆっくりと意識を取り戻した。痛みが残る心地だったが、傷は残っていない様子だった。所姬が肩のあたりの首を撫でながら、横たわっていた身体をゆるやかに起こした。所姬を見守りながらうとうとし始めたらしく、始緣(シヨン)が所姬の気配を感じて伏せていた身体を起こした。
始緣 : おい。大丈夫?
所姬が何やらしばし考え込んでから、驚いた目で始緣に訊いた。
所姬 : 知暎オンニは??
知暎 : 出かける支度中だけど。
素っ気ない声を返した。始緣の後ろのリビングに座っていた知暎(ジヨン)が、所姬の問いに始緣の代わりに答えた。所姬がやっとのことで脚を下ろし、リビングへ出た。ふらつく所姬の歩みを始緣が支えながら一緒にリビングへ向かった。所姬が膝を落としたまま、知暎をいたわるように抱きしめた。
所姬 : ありがとう。
知暎はむしろ所姬の心労をいたわった。
知暎 : あんたたちが大丈夫なら。私も大丈夫。
始緣がじっと立っていた。所姬をそっと離したあと、知暎がいつもと変わらない声で所姬をなだめた。
知暎 : 始緣さんとお互いどこが違うか、ずっと探してたんだけど?
所姬が一瞬、後ろに立っていた始緣を振り返った。
知暎 : 小指のほくろが一つ違った。うわ。クソ。ここまで同じだとは思わなかったわ。
まだ残っていた問いがあった所姬が、軽く笑って見せてから、難しい質問を知暎に伝えようとした。
所姬 : あの。もしかして。あの刑事さんは。
知暎 : 止めた。かろうじて。あんたの連絡先も記憶に渡しておいた。あんたの頼みどおりに。
所姬が軽い溜息を漏らし、安堵の色を見せた。知暎が化粧まで済ませたあと、着てきたスーツを脇に整えて置き、始緣に借りた服を仕上げるように着込んでいた。
知暎 : もうすぐ夕方になるよ。もう始緣さんと私は顔見知りになったから、今日は私が直接出るね。あんたと始緣さんは念のためここでもう少し休んでて。
所姬が始緣の支えを受けて、まだ不自由な身体を起こした。再び出ようとする知暎を案じた所姬が、知暎を見つめながら、いたたまれなさに満ちた声を伝えた。
所姬 : 怪我したのはオンニじゃん。私は。
知暎 : いやー。私は刃物がせいぜいだったけど、あんたと始緣さんは銃まで喰らっといて何言って。
始緣 : できるよ。あたし。そこまでポンコツじゃない。
知暎 : 分かってますよ。でも万が一ってこともあるし。あの警察が気が狂ってすぐ連絡してくるかもしれないし。今日は私が一人で片付けますから。
化粧を始緣とほぼ同じくらい濃く施した知暎が、リビングに置かれた鏡を見ながら始緣と自分を見比べた。
知暎 : これくらいならほぼ同じでしょ?
所姬 : オンニ、無理しないで。お願い。
知暎が軽く微笑んで身を起こした。
知暎 : 難しくないって言ってたでしょ。だから今日はちゃんと休んで。二人ともまだ痛みも残ってるだろうし。それと。
知暎が始緣をちらりと見た。
知暎 : 話すことがあるかもしれないじゃない。
