Scene 02.
知暎 : 始緣さん、ちょっと手伝ってください。
所姬の元の家に入った三人。所姬の口から冷めていく血が滲み出ていた。裂けた臓器の破片が飛び出していた。所姬のうなじには赤い糸の絡まりが巻きついていた。うなじを抉って入った全ての弾丸を悉く防いでいたが、至近距離から浴びせられた弾で負った傷は思ったより深かった。肉が貫かれたまま血を噴き上げていた。腕を急いで捲り上げた知暎が腕輪を外した。ポケットから灰粉(ジェッカル)を取り出した知暎が、立ち上がらせた鉄線の先に灰粉を塗りつけたまま、所姬の貫通した傷口の中へ鉄線を押し込んだ。意識の欠片も残っていなかった所姬が身を竦ませながら、遅れた悲鳴を口から絞り出した。所姬が力の限り暴れもがき、苦痛を訴えると、始緣がどうしていいか分からぬまま血まみれの所姬を抱きとめた。知暎が所姬のうなじ深くに鉄線を入れ、中に食い込んだ弾丸を探った。ジェッカルが所姬の内傷を鎮めたが、弾丸をこのままにはしておけなかった。さらに細かく分かれる鉄線が、所姬の体内を慎重に探った。鉄に触れた感触があった。知暎が片手で所姬にジェッカルを飲ませながら、食い込んでいた弾丸の全てを一気に引き抜くと、所姬が身を竦ませ、最も激しい抵抗と悲鳴を上げた。知暎と始緣が所姬を押さえつけながら、残っていたジェッカルを全て飲ませた。一瞬意識を失ったようで、所姬の身体がぐったりと伸びた。全ての傷が消えていくのが確認できた。所姬の荒かった呼吸も穏やかに落ち着いていった。知暎が血に塗れた自分の手を持ち上げ、額を拭った。会社から出てきたばかりのような軽いスーツ姿の知暎が、急いで服を脱ぎ始めた。余裕を持てる時間はなかった。始緣が泣き出す寸前の表情を知暎に向けた。
知暎 : 時間がないから、始緣さん、私と服を取り替えましょう。
始緣 : は?? なんで!!
知暎 : ここで、所姬の面倒を見ていてください。私が今、始緣さんの役をやりますから。そうしないとここまで追ってきますよ。早く。時間がないんです。
始緣がしばらく躊躇っていたが、先に服をばっと脱ぎ捨てる知暎の動きに、これ以上何も言えず、服を取り替え始めた。
知暎 : 説得は私がやります。だからあなたは所姬をしっかり守っていてください。服、早く渡して。
Scene 03_01.
奏賢(ジュヒョン)がゆっくりと目を開けた。玄関先に転がった奏賢が、ぶつけた頭と首が痛むのか顔をひどく歪めたまま目を開けた。額から流れる血が感じられた。床に落とした銃を拾い上げ、窓を見ながら立っていた始緣(シヨン)を睨んだ。よろめきながら身を起こした奏賢が、全ての弾を撃ち尽くしたらしく、スライドが後ろに引かれたままの銃を苛立たしげに放り捨てた。代わりに足首に据えていたナイフを引き抜いた。刃には既に黒い水(黑水:コムンムル)がべったりと付いていた。始緣の背中は何の備えもなかった。だがなぜ窓の外を見ながら立っているのかは分からなかった。まるで自分が起き上がるのを待っていたかのような始緣の余裕に、怒りが込み上げた。軍用の大型ナイフを握った奏賢が、ゆっくりと歩み出そうとしたとき、痛切な声が聞こえてきた。
知暎(ジヨン) : 年齢は私と同じ二十八歳。
始緣と声は同じだったが、まるで違う雰囲気の口調だった。一瞬、奏賢が歩みを止めた。
知暎 : 生まれた時刻は午前六時。優しくて善い人だったでしょうね。入ったばかりのあの警察の方は。自分が損をするほうがましだと言って、馬鹿みたいに振る舞っていたでしょうし。
知暎が痛切な声で、既に死んでしまった奏賢の妹の姿を読み上げていった。奏賢が歩みを止め、始緣に見える知暎の言葉を最後まで聞いた。
奏賢 : ああ。そんなうちの末っ子を、お前が八つ裂きにしたんだよな。
知暎がゆっくりと身体を振り向かせた。始緣と同じ服を着ていたが、纏う空気はまるで違った。疑問が湧いた。だがその疑問を明かすつもりはなかった。奏賢がためらうと、知暎が手首に嵌めていた腕輪をそっと撫でた。知暎が黙って両手を上げ、床に膝をついた。
知暎 : お気が済むまで、私をどうしていただいても構いません。その代わり、全て終わったら、私の話を聞いてください。必ず。
奏賢がせせら笑った。憎悪に満ちた嘲笑をたっぷりと浮かべた奏賢が、抵抗しない知暎を倒してから、知暎の両手首を後ろにねじ上げ、太いケーブルタイで力いっぱい縛り上げた。血の一滴も通わぬほど締め上げてから、力なくうつ伏せになっていた知暎の髪を荒々しく鷲掴みにし、再び無理やり座らせるように引き起こした。
奏賢 : 全部終わっても、自分が生きてるみたいな言い方するな? 全部終わったら、お前も終わりだ。お前から聞く話なんぞ残らねえよ。
知暎が黙って頷いた。
知暎 : だから絶対に、聞くだけ聞いて。
知暎の言葉は続けられなかった。奏賢が歩み寄り、知暎の腹をナイフで力いっぱい抉った。立て続けに何度も突き入れた。知暎が身を竦ませながら力なく急に腰を折った。堪えられない苦痛に、後ろに反らされた両手は自ずと拳を握り締めたが、知暎は一切抵抗しなかった。知暎の予想より遥かに凄惨な苦痛だった。傷はすぐに塞がった。痛みは長く残り続けていた。手に血をたっぷりと滲ませた奏賢が、知暎の折れた腰を無理やり引き起こし、ナイフで手当たり次第に刺した。敵意だった。狂気だった。知暎は黙って微かな呻きを噛み殺しながら、奏賢の怒りが収まるのを待ち、また待った。
Scene 03_02.
刃が折れる音がした。鈍りきったナイフの刃が折れたまま、知暎の腹部に突き刺さっていた。荒い息を吐く奏賢が、力なく頭を垂れた知暎の髪を鷲掴みにした。綺麗に塞がった傷を信じられぬとばかりに睨んだ奏賢に向かって、口に血をべったりと付けた知暎が力のない声を伝えた。だが奏賢は本能的に気づいていた。コムンムルが何であるかは分からなかったが、始緣を刺したときに付いたコムンムルとは異なり、今目の前に座り込んだ女は赤い血を四方に撒き散らしていた。だが傷が全て塞がったのは同じだった。信じられもしなかったが、信じる必要もなかった。
知暎 : 聞いていただけますか。
知暎の切なる願いだった。奏賢がナイフの柄を床に放り出したまま、荒い息を整えることすらできずにいた。もはやこれ以上は無理だと悟った。知暎の髪を手放した。
奏賢 : 俺の妹だった。血の繋がった妹じゃなかったよ。ああ。そうだ。でも、ガキの頃からずっと一緒だった俺の妹だった。歳もかなり離れてたけど、俺にとってはそんな妹がどうしようもなく可愛くて、大したやつだった。俺を追いかけて警察にまでなったあいつが、一日で顔も分からないくらいに死んだなんて信じられなかったんだからな。
自嘲的な声だった。奏賢が虚ろな声を笑いながら伝えた。よろめくような声に知暎の目の縁が赤く滲んだ。苦痛は潜んでいたが、知暎は意識を手放さず、最後まで奏賢の言葉をまず聞いた。
奏賢 : あいつも孤児だった。お前と同じでな。お前、ちょっと調べたら孤児だったよ。お前の妹を殺した親父を、お前が自分の手で殺したんだってな。
奏賢の言葉に知暎は答えられなかった。それは自分ではなかった。始緣の姿だった。だが頷いた。
奏賢 : そうかよ。お前の親父、クソ野郎だったな。お前の妹を殴り殺してよ。それが我慢できなくて殺したんだろ。で? だから俺の妹をあんな風にズタズタにしていいってのか? 世の中の人間が全部同じレベルだと思ってるからか? 正当だったか? みんな死んで当然か?!
奏賢の絶叫に知暎が首を横に振った。知暎の意志でも、始緣の意志でもなかった。始緣が否定的な思いを頻繁に抱くことはあっても、厭世的ではないと確信していた。知暎が拘束された手をそのまま後ろに置いたまま、奏賢をゆっくりと見上げた。血に塗れた知暎の目は、奏賢の一挙一動を深く見つめていた。奏賢が辛うじて身を起こし、よろめく足取りで歩いた。近くに転がっていた銃を拾い上げ、ポケットに入っていたたった一発の弾丸を弾倉の中へ入れた。空だった銃のたった一発、最後の装填を終えた。
奏賢 : 殺して死ぬつもりだった。でも、お前は死なねえな。何をしても。
奏賢が再び知暎の前に来て、知暎の口の中に銃口を押し込んだ。遊底を後ろに引いた奏賢が、口で音を出した。
奏賢 : バン。
知暎の口から銃口を抜いた奏賢。一切の表情すら残らない手つきで自分の顎に銃口を向け、引き金を引いた。引き金が引かれるさまが、知暎の目にはさほど速くは映らなかった。知暎が自分の手首に嵌められていたケーブルタイを、手首から滲み出た鉄線で粉砕し、たちまち自由になった手で黒い鉄線を力いっぱい放った。黒い鉄線が四方に分裂しながら澄んだ金属音を撒き散らした。撃発の寸前に位置していた遊底に、鉄線が食い込み、後退するスライド全体を叩き壊した。ほぼ同時に猛然と飛来した鉄線の先端が奏賢の頭に触れた。奏賢に、少なくとも歪められていない事実と知識、記憶の全てを瞬く間に流し込んだ。奏賢が見開いた目のまま力なく膝を崩した。知暎が血塗れのまま、奏賢を素早く支えた。奏賢を支えたまま、目を閉じられずにいる奏賢に、知暎が締めくくるように言葉を伝えた。
知暎 : 信じるも信じないも刑事さん次第ですが、せめて何が事実であるかは、分かっていてほしいんです。
知暎 : 始緣さん、ちょっと手伝ってください。
所姬の元の家に入った三人。所姬の口から冷めていく血が滲み出ていた。裂けた臓器の破片が飛び出していた。所姬のうなじには赤い糸の絡まりが巻きついていた。うなじを抉って入った全ての弾丸を悉く防いでいたが、至近距離から浴びせられた弾で負った傷は思ったより深かった。肉が貫かれたまま血を噴き上げていた。腕を急いで捲り上げた知暎が腕輪を外した。ポケットから灰粉(ジェッカル)を取り出した知暎が、立ち上がらせた鉄線の先に灰粉を塗りつけたまま、所姬の貫通した傷口の中へ鉄線を押し込んだ。意識の欠片も残っていなかった所姬が身を竦ませながら、遅れた悲鳴を口から絞り出した。所姬が力の限り暴れもがき、苦痛を訴えると、始緣がどうしていいか分からぬまま血まみれの所姬を抱きとめた。知暎が所姬のうなじ深くに鉄線を入れ、中に食い込んだ弾丸を探った。ジェッカルが所姬の内傷を鎮めたが、弾丸をこのままにはしておけなかった。さらに細かく分かれる鉄線が、所姬の体内を慎重に探った。鉄に触れた感触があった。知暎が片手で所姬にジェッカルを飲ませながら、食い込んでいた弾丸の全てを一気に引き抜くと、所姬が身を竦ませ、最も激しい抵抗と悲鳴を上げた。知暎と始緣が所姬を押さえつけながら、残っていたジェッカルを全て飲ませた。一瞬意識を失ったようで、所姬の身体がぐったりと伸びた。全ての傷が消えていくのが確認できた。所姬の荒かった呼吸も穏やかに落ち着いていった。知暎が血に塗れた自分の手を持ち上げ、額を拭った。会社から出てきたばかりのような軽いスーツ姿の知暎が、急いで服を脱ぎ始めた。余裕を持てる時間はなかった。始緣が泣き出す寸前の表情を知暎に向けた。
知暎 : 時間がないから、始緣さん、私と服を取り替えましょう。
始緣 : は?? なんで!!
知暎 : ここで、所姬の面倒を見ていてください。私が今、始緣さんの役をやりますから。そうしないとここまで追ってきますよ。早く。時間がないんです。
始緣がしばらく躊躇っていたが、先に服をばっと脱ぎ捨てる知暎の動きに、これ以上何も言えず、服を取り替え始めた。
知暎 : 説得は私がやります。だからあなたは所姬をしっかり守っていてください。服、早く渡して。
Scene 03_01.
奏賢(ジュヒョン)がゆっくりと目を開けた。玄関先に転がった奏賢が、ぶつけた頭と首が痛むのか顔をひどく歪めたまま目を開けた。額から流れる血が感じられた。床に落とした銃を拾い上げ、窓を見ながら立っていた始緣(シヨン)を睨んだ。よろめきながら身を起こした奏賢が、全ての弾を撃ち尽くしたらしく、スライドが後ろに引かれたままの銃を苛立たしげに放り捨てた。代わりに足首に据えていたナイフを引き抜いた。刃には既に黒い水(黑水:コムンムル)がべったりと付いていた。始緣の背中は何の備えもなかった。だがなぜ窓の外を見ながら立っているのかは分からなかった。まるで自分が起き上がるのを待っていたかのような始緣の余裕に、怒りが込み上げた。軍用の大型ナイフを握った奏賢が、ゆっくりと歩み出そうとしたとき、痛切な声が聞こえてきた。
知暎(ジヨン) : 年齢は私と同じ二十八歳。
始緣と声は同じだったが、まるで違う雰囲気の口調だった。一瞬、奏賢が歩みを止めた。
知暎 : 生まれた時刻は午前六時。優しくて善い人だったでしょうね。入ったばかりのあの警察の方は。自分が損をするほうがましだと言って、馬鹿みたいに振る舞っていたでしょうし。
知暎が痛切な声で、既に死んでしまった奏賢の妹の姿を読み上げていった。奏賢が歩みを止め、始緣に見える知暎の言葉を最後まで聞いた。
奏賢 : ああ。そんなうちの末っ子を、お前が八つ裂きにしたんだよな。
知暎がゆっくりと身体を振り向かせた。始緣と同じ服を着ていたが、纏う空気はまるで違った。疑問が湧いた。だがその疑問を明かすつもりはなかった。奏賢がためらうと、知暎が手首に嵌めていた腕輪をそっと撫でた。知暎が黙って両手を上げ、床に膝をついた。
知暎 : お気が済むまで、私をどうしていただいても構いません。その代わり、全て終わったら、私の話を聞いてください。必ず。
奏賢がせせら笑った。憎悪に満ちた嘲笑をたっぷりと浮かべた奏賢が、抵抗しない知暎を倒してから、知暎の両手首を後ろにねじ上げ、太いケーブルタイで力いっぱい縛り上げた。血の一滴も通わぬほど締め上げてから、力なくうつ伏せになっていた知暎の髪を荒々しく鷲掴みにし、再び無理やり座らせるように引き起こした。
奏賢 : 全部終わっても、自分が生きてるみたいな言い方するな? 全部終わったら、お前も終わりだ。お前から聞く話なんぞ残らねえよ。
知暎が黙って頷いた。
知暎 : だから絶対に、聞くだけ聞いて。
知暎の言葉は続けられなかった。奏賢が歩み寄り、知暎の腹をナイフで力いっぱい抉った。立て続けに何度も突き入れた。知暎が身を竦ませながら力なく急に腰を折った。堪えられない苦痛に、後ろに反らされた両手は自ずと拳を握り締めたが、知暎は一切抵抗しなかった。知暎の予想より遥かに凄惨な苦痛だった。傷はすぐに塞がった。痛みは長く残り続けていた。手に血をたっぷりと滲ませた奏賢が、知暎の折れた腰を無理やり引き起こし、ナイフで手当たり次第に刺した。敵意だった。狂気だった。知暎は黙って微かな呻きを噛み殺しながら、奏賢の怒りが収まるのを待ち、また待った。
Scene 03_02.
刃が折れる音がした。鈍りきったナイフの刃が折れたまま、知暎の腹部に突き刺さっていた。荒い息を吐く奏賢が、力なく頭を垂れた知暎の髪を鷲掴みにした。綺麗に塞がった傷を信じられぬとばかりに睨んだ奏賢に向かって、口に血をべったりと付けた知暎が力のない声を伝えた。だが奏賢は本能的に気づいていた。コムンムルが何であるかは分からなかったが、始緣を刺したときに付いたコムンムルとは異なり、今目の前に座り込んだ女は赤い血を四方に撒き散らしていた。だが傷が全て塞がったのは同じだった。信じられもしなかったが、信じる必要もなかった。
知暎 : 聞いていただけますか。
知暎の切なる願いだった。奏賢がナイフの柄を床に放り出したまま、荒い息を整えることすらできずにいた。もはやこれ以上は無理だと悟った。知暎の髪を手放した。
奏賢 : 俺の妹だった。血の繋がった妹じゃなかったよ。ああ。そうだ。でも、ガキの頃からずっと一緒だった俺の妹だった。歳もかなり離れてたけど、俺にとってはそんな妹がどうしようもなく可愛くて、大したやつだった。俺を追いかけて警察にまでなったあいつが、一日で顔も分からないくらいに死んだなんて信じられなかったんだからな。
自嘲的な声だった。奏賢が虚ろな声を笑いながら伝えた。よろめくような声に知暎の目の縁が赤く滲んだ。苦痛は潜んでいたが、知暎は意識を手放さず、最後まで奏賢の言葉をまず聞いた。
奏賢 : あいつも孤児だった。お前と同じでな。お前、ちょっと調べたら孤児だったよ。お前の妹を殺した親父を、お前が自分の手で殺したんだってな。
奏賢の言葉に知暎は答えられなかった。それは自分ではなかった。始緣の姿だった。だが頷いた。
奏賢 : そうかよ。お前の親父、クソ野郎だったな。お前の妹を殴り殺してよ。それが我慢できなくて殺したんだろ。で? だから俺の妹をあんな風にズタズタにしていいってのか? 世の中の人間が全部同じレベルだと思ってるからか? 正当だったか? みんな死んで当然か?!
奏賢の絶叫に知暎が首を横に振った。知暎の意志でも、始緣の意志でもなかった。始緣が否定的な思いを頻繁に抱くことはあっても、厭世的ではないと確信していた。知暎が拘束された手をそのまま後ろに置いたまま、奏賢をゆっくりと見上げた。血に塗れた知暎の目は、奏賢の一挙一動を深く見つめていた。奏賢が辛うじて身を起こし、よろめく足取りで歩いた。近くに転がっていた銃を拾い上げ、ポケットに入っていたたった一発の弾丸を弾倉の中へ入れた。空だった銃のたった一発、最後の装填を終えた。
奏賢 : 殺して死ぬつもりだった。でも、お前は死なねえな。何をしても。
奏賢が再び知暎の前に来て、知暎の口の中に銃口を押し込んだ。遊底を後ろに引いた奏賢が、口で音を出した。
奏賢 : バン。
知暎の口から銃口を抜いた奏賢。一切の表情すら残らない手つきで自分の顎に銃口を向け、引き金を引いた。引き金が引かれるさまが、知暎の目にはさほど速くは映らなかった。知暎が自分の手首に嵌められていたケーブルタイを、手首から滲み出た鉄線で粉砕し、たちまち自由になった手で黒い鉄線を力いっぱい放った。黒い鉄線が四方に分裂しながら澄んだ金属音を撒き散らした。撃発の寸前に位置していた遊底に、鉄線が食い込み、後退するスライド全体を叩き壊した。ほぼ同時に猛然と飛来した鉄線の先端が奏賢の頭に触れた。奏賢に、少なくとも歪められていない事実と知識、記憶の全てを瞬く間に流し込んだ。奏賢が見開いた目のまま力なく膝を崩した。知暎が血塗れのまま、奏賢を素早く支えた。奏賢を支えたまま、目を閉じられずにいる奏賢に、知暎が締めくくるように言葉を伝えた。
知暎 : 信じるも信じないも刑事さん次第ですが、せめて何が事実であるかは、分かっていてほしいんです。
