修学旅行から清瀬が帰って来る夜。
そろそろ寮に着くとLINEが届き、俺は談話室で待つことにした。がらんとした畳敷きの床に腰を下ろし、スマホの画面でこの数日のやり取りをたどる。
『モテすぎ。着物はできれば着ないでほしい』
着物姿の女子に囲まれている清瀬を見た時、焦ってたどり着いた言葉。
完全に俺のわがままだと思う。
けれど、あいつの着物姿なんて想像したら、かっこよさが倍増しそうで嫌だった。送信したあと、自分が面倒くさいヤツになっている気がして、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。
それでも俺のメッセージは清瀬の何かに触れたらしく、『帰りたい』と言い出した。なだめようとやり取りしているうちに、『さっきの、もう一回』とねだられた。
『俺が着せてやるから』
いま思えば、なぜこんなことを言えたのか分からない。これは絶対、帰ってきた清瀬に突っ込まれるやつだ。
廊下の方からにぎやかな音が聞こえてきて、ガチャリとドアノブが回る音がした。
「ただいま」
静かな談話室に、聞き慣れた声が響いた。顔を上げると、帰ってきたばかりの清瀬は柔らかく微笑んだ。
「おかえり」
その笑みに応えると、清瀬はまっすぐに俺へと近づいてくる。立ち上がろうとしたところを、ガバッと抱き寄せられた。
「清瀬っ……」
ここではマズいんじゃないかと、背中をトントンと軽く叩いた。けれど腕の力は強まるばかりで、長袖のTシャツ越しにも清瀬の体温を感じる。
首筋のあたりから、風呂前とは思えない爽やかな香りがする。気づかれないように吸い込むと、慣れ親しんだ匂いに一瞬、談話室であることを忘れかけた。でも、廊下で響く賑やかな声に肩口に埋めていた顔をすぐ上げた。
「ちょっ……と。清瀬、ヤバいって」
「マジで気になって寝られなかった。昨日言ってた『色々』ってなに? はぐらかさないで」
「はぐらかしてないし、とりあえず腕の力ゆるめて」
なだめるように言っても、「もう少しだけ……」と言って離れる気配はない。そっと唇を清瀬の耳元に寄せ囁く。
「誰か来るだろ?」
弾かれたように清瀬が顔を上げた。
「航平のそういうとこ」
「心配?」
至近距離で綺麗な顔がムッとして頷いた。
「色々って書いちゃったけど大したことないよ。……って、ごめん。何もなくはなかった」
「えっ……」
清瀬の目に不安の色が滲んで、違う違うと俺はすぐに言葉を紡ぐ。
「朝比奈のこと、知ってるよね?」
「よく一緒にいる人ですよね、えっ、あの人も航平のこと好きなんですか?」
「はあ? なに言ってんだよ! バレてたんだよ、俺たちのこと」
「え、どうして……」
「清瀬から恋人ムーブってやつが出てるって。俺はもう卒業だからいいけど、清瀬は——」
卒業まで時間があるし、という言葉はあっさりと遮られた。
「気にしないです。それにあの人、ペラペラしゃべるような感じに見えないですし」
「まあ、確かにそれはそう」
ふたりで息を吐いた。
安堵した表情の清瀬は、リュックのポケットから小さな包みを取り出した。
「これ、修学旅行のおみやげです」
小さな包み紙の柄は全部違う。
行く先々で購入した物で、中身は写真が送られてきていたから分かっている。
「ありがとう。開けていい?」
清瀬は軽く頷いて涼しげな目を細めた。
包みを開けると、中には小さなお守りがあった。学業成就の定番はひとつだけで、あとはお守りというより可愛いマスコットやガラス細工のようなものだった。
「これ、綺麗だね」
指先で、ストラップをつまんで光にかざしてみる。部屋の明かりに照らされたガラス細工はキラリと輝いた。
「航平はブルー、俺は透明にしました。ちなみにこのお守りは叶うらしいです、恋が」
ふふっと、いたずらっぽく清瀬が笑った。
——かっこいいな……。
お守りを買っている清瀬の姿が、頭の中でふと映像化される。
旅行中、ずっと自分のことを考えてくれていたんだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとう。これ、スマホにつけられるかな?」
「つけられますよ。ほら」
清瀬がポケットから自分のスマホを取り出して見せてくれる。そこには、すでに同じストラップがつけられていた。
「これも恋人ムーブ、ですかね? 使い方、合ってるのかな」
「どうだろ、恋愛マスターなら分かりそうだけど……ってそういえば朝比奈、カバンにマスコットつけてたな。手のひらぐらいの大きさの。口がバッテンになってるうさぎ……なんていったっけ?」
「あぁ、それなら……」
検索したスマホ画面を、清瀬がスッと向けてくる。
「これじゃないですか?」
「あぁこれ! このうさぎ」
「朝比奈さんのイメージじゃないですね。彼女さんのチョイスっぽい」
「だね、きっと」
朝比奈の彼女への想像が膨らむ。
愛情が重い系かも、なんて思う。そんな彼女に「俺が塾に遅く行くと拗ねるんだよ」と笑っていた朝比奈もまんざらではなさそうだ。まあ、俺も人のことは言えないけど。
「航平も、つける?」
首をわずかに傾け清瀬が微笑む。頷いてスマホを差し出すと、清瀬の細くて長い指が器用にストラップを取り付けてくれた。そのスマートな仕草に見惚れていると、あっという間にキラキラしたお守りがぶら下がる。
「はい、できた」
渡されたスマホを清瀬のスマホと並べてみる。
「「いい感じ」」
清瀬と声が重なって笑いながら、お揃いがこれほどいいものなのかと嬉しさがこみ上げてくる。
「こんなにもらって、お返し何がいい?」
「いいですよ。そんなつもりじゃないんで」
「いいから、何か考えて」
「本当にいいですって」
リュックのジッパーを閉め終えた清瀬の脇腹を、指先で軽く突いてみる。
「ちょっとやめて」
「遠慮すんなって。ちゃんとお礼させて」
くすぐると、清瀬が耐え切れず笑い声を上げる。
清瀬は勢いがあるようで、控えめなところがある。もう少し来てもいいのにと思うところで引いてしまうのは優しいからだろうけど、ちょっと心配にもなる。
「じゃあ……リクエストしてもいい?」
じゃれ合いながら笑っていた清瀬が真面目な顔に変わった。俺は清瀬の脇腹を攻撃していた手を引っ込める。
「俺にできることなら、いいよ」
「航平が最短で合格したら、クリスマスデートしたい」
うわ。めっちゃいいけどプレッシャー。絶対に受からないと叶えられないリクエストだ。でも、楽しみを先に置いたらもっと頑張れそうだ。
「分かった。いいよ。ベストを尽くす」
「よかった。そしたら、デートついでに俺の家に来て?」
「ん?」
頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
「寮、冬休みで閉まるから」
「え、そうだっけ?」
「25日に閉まるって今年の年間カレンダーにあります」
それって……クリスマスの夜に、清瀬の家でふたりきりで過ごすってことか?
「お泊まり会。……ダメ?」
いや、同室だったんだから、お泊まり会なんて今さら恥ずかしいはずない。けれど、何度か話題になっている「ごほうび」が一気に現実味を帯び始める。
心臓が清瀬に聞こえてしまうくらいに音を立てる。
「やっぱりダメ……ですか?」
——ズルい。
そんな目で聞かれたら、頷く以外の選択肢なんてないだろう。いつもは涼しげな目が、潤みを帯びて見つめてくる。
視線が絡んで逸せない。
「……ダメじゃないけどさ」
「本当ですか?」
「合格したら……いいよ」
返事を聞いた清瀬は、隠しきれない笑みを満面に浮かべ、嬉しそうに目を細めた。
* * *
「やっぱりちょっと寒いね」
バスがブォーンとエンジン音を残して、遠ざかって行く。話すたびに吐く息は白い。
天気予報ではホワイトクリスマスの今夜。
冷えた空気が頬をこわばらせる。首に巻いているマフラーをキュッと上にずらして隣を見上げると、にこやかに笑う清瀬と目が合った。
「そうなんだろうけど、俺は全然寒くないです。手が塞がってなかったら、航平の手、俺のポケットに入れるんですけど」
「ちょっとそれは恥ずかしいから」
よくドラマとかで見るシーンが浮かぶ。まあ、確かにいいな、とは思うけど。
「この子を抱っこしてなければ、今すぐにでも実行に移すのになあ」
「ほんとスゲーよ。清瀬って何でもできるんだな」
清瀬と俺はゲーセンのビニール袋を抱えて歩く。
宣言通り、最短で合格通知を勝ち取った俺は、クリスマスデートの真っ最中だ。
この子とは、清瀬がクレーンゲームで取った大きなぬいぐるみ。一番大きいサイズの袋にやっと入った。赤ちゃんぐらいの大きさは余裕であると思う。
平日の夕方で店内は空いていたとはいえ、近くで清瀬のプレイを見ていた親子にじっと見守られていたのは少し恥ずかしかった。
「絶対二つ欲しかったんで」
「うん、俺も」
クリスマスデートの計画は「合格したのは航平なんだから、航平のしたいことをリクエストして」とリストの提出を求められた。そして清瀬は、俺のリクエスト通りに計画を立ててくれた。
ただし、清瀬の家に泊まることを除いて。
午前で冬休みの課外が終わる清瀬を待って、一緒に寮を出た。
ショッピングモール内にあるファミレスへ行き、お腹を満たすと、上階にある映画館へ移動した。ふたりで映画を見た後は、ゲーセンでひとしきり遊んだ。そして夕食用にファストフード店でクリスマスらしいバゲットや飲み物を買い込んだ。
店を出た時には、夕焼け小焼けの音楽が流れていた。
最寄りのバス停を降りると、雪がちらつき始めていた。
清瀬の家を目指して、うっすら白くなり始めた雪の上を歩く。
「もうすぐ着きます」
「あのさ、いま寮でも学校でもないんだから敬語なんて使わなくていいよ、てか、むしろ使わないで」
「分かった。じゃあ航平も——」
「うん、これからはずっと稜って呼ぶ」
足を止めた清瀬は、目を見開いてスッと息をのんだ。
「……いま、なんて?」
雪の降る音さえも聞こえそうなほど静かな住宅街。聞こえないはずがない。
「だから、稜って呼ぶって言ったの! ……心の中でもちゃんと稜って言うから」
「へ……っ」
何かを嚙みしめるような表情をしている清瀬を見て、冷たかった頬がぐんぐん熱くなる。
——俺、いま、すげえ恥ずかしいこと言ったんじゃ……。
でも心の中でも稜って呼ばないと、また清瀬って呼びそうだから。
「……心の中って」
「そうだよ! なんか変?」
「ううん、めちゃくちゃ嬉しいです」
「だから敬語やめてって言ったじゃん」
頷く清瀬は耳の先まで真っ赤に染めている。
普段は余裕そうな顔をしているくせに、こういう不意打ちに弱い。そのギャップが愛おしくて、俺は毎回やられているんだけど……。
「ここです」
「おっ、立派な家」
「航平の家とは全然比べ物にならないよ」
「いや、うちは旅館だから」
その外観は西洋風の造りで、道路に面した広い庭には芝生が敷かれているみたいだ。
「入って、誰もいないから遠慮せず」
「あ、うん」
清瀬が白い大きな扉を開けた。
「おじゃまします」
誰も住んでいないとは思えないくらい綺麗に整えられた玄関。
俺は緊張する胸を抑えながら、一歩足を踏み入れた。
そろそろ寮に着くとLINEが届き、俺は談話室で待つことにした。がらんとした畳敷きの床に腰を下ろし、スマホの画面でこの数日のやり取りをたどる。
『モテすぎ。着物はできれば着ないでほしい』
着物姿の女子に囲まれている清瀬を見た時、焦ってたどり着いた言葉。
完全に俺のわがままだと思う。
けれど、あいつの着物姿なんて想像したら、かっこよさが倍増しそうで嫌だった。送信したあと、自分が面倒くさいヤツになっている気がして、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。
それでも俺のメッセージは清瀬の何かに触れたらしく、『帰りたい』と言い出した。なだめようとやり取りしているうちに、『さっきの、もう一回』とねだられた。
『俺が着せてやるから』
いま思えば、なぜこんなことを言えたのか分からない。これは絶対、帰ってきた清瀬に突っ込まれるやつだ。
廊下の方からにぎやかな音が聞こえてきて、ガチャリとドアノブが回る音がした。
「ただいま」
静かな談話室に、聞き慣れた声が響いた。顔を上げると、帰ってきたばかりの清瀬は柔らかく微笑んだ。
「おかえり」
その笑みに応えると、清瀬はまっすぐに俺へと近づいてくる。立ち上がろうとしたところを、ガバッと抱き寄せられた。
「清瀬っ……」
ここではマズいんじゃないかと、背中をトントンと軽く叩いた。けれど腕の力は強まるばかりで、長袖のTシャツ越しにも清瀬の体温を感じる。
首筋のあたりから、風呂前とは思えない爽やかな香りがする。気づかれないように吸い込むと、慣れ親しんだ匂いに一瞬、談話室であることを忘れかけた。でも、廊下で響く賑やかな声に肩口に埋めていた顔をすぐ上げた。
「ちょっ……と。清瀬、ヤバいって」
「マジで気になって寝られなかった。昨日言ってた『色々』ってなに? はぐらかさないで」
「はぐらかしてないし、とりあえず腕の力ゆるめて」
なだめるように言っても、「もう少しだけ……」と言って離れる気配はない。そっと唇を清瀬の耳元に寄せ囁く。
「誰か来るだろ?」
弾かれたように清瀬が顔を上げた。
「航平のそういうとこ」
「心配?」
至近距離で綺麗な顔がムッとして頷いた。
「色々って書いちゃったけど大したことないよ。……って、ごめん。何もなくはなかった」
「えっ……」
清瀬の目に不安の色が滲んで、違う違うと俺はすぐに言葉を紡ぐ。
「朝比奈のこと、知ってるよね?」
「よく一緒にいる人ですよね、えっ、あの人も航平のこと好きなんですか?」
「はあ? なに言ってんだよ! バレてたんだよ、俺たちのこと」
「え、どうして……」
「清瀬から恋人ムーブってやつが出てるって。俺はもう卒業だからいいけど、清瀬は——」
卒業まで時間があるし、という言葉はあっさりと遮られた。
「気にしないです。それにあの人、ペラペラしゃべるような感じに見えないですし」
「まあ、確かにそれはそう」
ふたりで息を吐いた。
安堵した表情の清瀬は、リュックのポケットから小さな包みを取り出した。
「これ、修学旅行のおみやげです」
小さな包み紙の柄は全部違う。
行く先々で購入した物で、中身は写真が送られてきていたから分かっている。
「ありがとう。開けていい?」
清瀬は軽く頷いて涼しげな目を細めた。
包みを開けると、中には小さなお守りがあった。学業成就の定番はひとつだけで、あとはお守りというより可愛いマスコットやガラス細工のようなものだった。
「これ、綺麗だね」
指先で、ストラップをつまんで光にかざしてみる。部屋の明かりに照らされたガラス細工はキラリと輝いた。
「航平はブルー、俺は透明にしました。ちなみにこのお守りは叶うらしいです、恋が」
ふふっと、いたずらっぽく清瀬が笑った。
——かっこいいな……。
お守りを買っている清瀬の姿が、頭の中でふと映像化される。
旅行中、ずっと自分のことを考えてくれていたんだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ありがとう。これ、スマホにつけられるかな?」
「つけられますよ。ほら」
清瀬がポケットから自分のスマホを取り出して見せてくれる。そこには、すでに同じストラップがつけられていた。
「これも恋人ムーブ、ですかね? 使い方、合ってるのかな」
「どうだろ、恋愛マスターなら分かりそうだけど……ってそういえば朝比奈、カバンにマスコットつけてたな。手のひらぐらいの大きさの。口がバッテンになってるうさぎ……なんていったっけ?」
「あぁ、それなら……」
検索したスマホ画面を、清瀬がスッと向けてくる。
「これじゃないですか?」
「あぁこれ! このうさぎ」
「朝比奈さんのイメージじゃないですね。彼女さんのチョイスっぽい」
「だね、きっと」
朝比奈の彼女への想像が膨らむ。
愛情が重い系かも、なんて思う。そんな彼女に「俺が塾に遅く行くと拗ねるんだよ」と笑っていた朝比奈もまんざらではなさそうだ。まあ、俺も人のことは言えないけど。
「航平も、つける?」
首をわずかに傾け清瀬が微笑む。頷いてスマホを差し出すと、清瀬の細くて長い指が器用にストラップを取り付けてくれた。そのスマートな仕草に見惚れていると、あっという間にキラキラしたお守りがぶら下がる。
「はい、できた」
渡されたスマホを清瀬のスマホと並べてみる。
「「いい感じ」」
清瀬と声が重なって笑いながら、お揃いがこれほどいいものなのかと嬉しさがこみ上げてくる。
「こんなにもらって、お返し何がいい?」
「いいですよ。そんなつもりじゃないんで」
「いいから、何か考えて」
「本当にいいですって」
リュックのジッパーを閉め終えた清瀬の脇腹を、指先で軽く突いてみる。
「ちょっとやめて」
「遠慮すんなって。ちゃんとお礼させて」
くすぐると、清瀬が耐え切れず笑い声を上げる。
清瀬は勢いがあるようで、控えめなところがある。もう少し来てもいいのにと思うところで引いてしまうのは優しいからだろうけど、ちょっと心配にもなる。
「じゃあ……リクエストしてもいい?」
じゃれ合いながら笑っていた清瀬が真面目な顔に変わった。俺は清瀬の脇腹を攻撃していた手を引っ込める。
「俺にできることなら、いいよ」
「航平が最短で合格したら、クリスマスデートしたい」
うわ。めっちゃいいけどプレッシャー。絶対に受からないと叶えられないリクエストだ。でも、楽しみを先に置いたらもっと頑張れそうだ。
「分かった。いいよ。ベストを尽くす」
「よかった。そしたら、デートついでに俺の家に来て?」
「ん?」
頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
「寮、冬休みで閉まるから」
「え、そうだっけ?」
「25日に閉まるって今年の年間カレンダーにあります」
それって……クリスマスの夜に、清瀬の家でふたりきりで過ごすってことか?
「お泊まり会。……ダメ?」
いや、同室だったんだから、お泊まり会なんて今さら恥ずかしいはずない。けれど、何度か話題になっている「ごほうび」が一気に現実味を帯び始める。
心臓が清瀬に聞こえてしまうくらいに音を立てる。
「やっぱりダメ……ですか?」
——ズルい。
そんな目で聞かれたら、頷く以外の選択肢なんてないだろう。いつもは涼しげな目が、潤みを帯びて見つめてくる。
視線が絡んで逸せない。
「……ダメじゃないけどさ」
「本当ですか?」
「合格したら……いいよ」
返事を聞いた清瀬は、隠しきれない笑みを満面に浮かべ、嬉しそうに目を細めた。
* * *
「やっぱりちょっと寒いね」
バスがブォーンとエンジン音を残して、遠ざかって行く。話すたびに吐く息は白い。
天気予報ではホワイトクリスマスの今夜。
冷えた空気が頬をこわばらせる。首に巻いているマフラーをキュッと上にずらして隣を見上げると、にこやかに笑う清瀬と目が合った。
「そうなんだろうけど、俺は全然寒くないです。手が塞がってなかったら、航平の手、俺のポケットに入れるんですけど」
「ちょっとそれは恥ずかしいから」
よくドラマとかで見るシーンが浮かぶ。まあ、確かにいいな、とは思うけど。
「この子を抱っこしてなければ、今すぐにでも実行に移すのになあ」
「ほんとスゲーよ。清瀬って何でもできるんだな」
清瀬と俺はゲーセンのビニール袋を抱えて歩く。
宣言通り、最短で合格通知を勝ち取った俺は、クリスマスデートの真っ最中だ。
この子とは、清瀬がクレーンゲームで取った大きなぬいぐるみ。一番大きいサイズの袋にやっと入った。赤ちゃんぐらいの大きさは余裕であると思う。
平日の夕方で店内は空いていたとはいえ、近くで清瀬のプレイを見ていた親子にじっと見守られていたのは少し恥ずかしかった。
「絶対二つ欲しかったんで」
「うん、俺も」
クリスマスデートの計画は「合格したのは航平なんだから、航平のしたいことをリクエストして」とリストの提出を求められた。そして清瀬は、俺のリクエスト通りに計画を立ててくれた。
ただし、清瀬の家に泊まることを除いて。
午前で冬休みの課外が終わる清瀬を待って、一緒に寮を出た。
ショッピングモール内にあるファミレスへ行き、お腹を満たすと、上階にある映画館へ移動した。ふたりで映画を見た後は、ゲーセンでひとしきり遊んだ。そして夕食用にファストフード店でクリスマスらしいバゲットや飲み物を買い込んだ。
店を出た時には、夕焼け小焼けの音楽が流れていた。
最寄りのバス停を降りると、雪がちらつき始めていた。
清瀬の家を目指して、うっすら白くなり始めた雪の上を歩く。
「もうすぐ着きます」
「あのさ、いま寮でも学校でもないんだから敬語なんて使わなくていいよ、てか、むしろ使わないで」
「分かった。じゃあ航平も——」
「うん、これからはずっと稜って呼ぶ」
足を止めた清瀬は、目を見開いてスッと息をのんだ。
「……いま、なんて?」
雪の降る音さえも聞こえそうなほど静かな住宅街。聞こえないはずがない。
「だから、稜って呼ぶって言ったの! ……心の中でもちゃんと稜って言うから」
「へ……っ」
何かを嚙みしめるような表情をしている清瀬を見て、冷たかった頬がぐんぐん熱くなる。
——俺、いま、すげえ恥ずかしいこと言ったんじゃ……。
でも心の中でも稜って呼ばないと、また清瀬って呼びそうだから。
「……心の中って」
「そうだよ! なんか変?」
「ううん、めちゃくちゃ嬉しいです」
「だから敬語やめてって言ったじゃん」
頷く清瀬は耳の先まで真っ赤に染めている。
普段は余裕そうな顔をしているくせに、こういう不意打ちに弱い。そのギャップが愛おしくて、俺は毎回やられているんだけど……。
「ここです」
「おっ、立派な家」
「航平の家とは全然比べ物にならないよ」
「いや、うちは旅館だから」
その外観は西洋風の造りで、道路に面した広い庭には芝生が敷かれているみたいだ。
「入って、誰もいないから遠慮せず」
「あ、うん」
清瀬が白い大きな扉を開けた。
「おじゃまします」
誰も住んでいないとは思えないくらい綺麗に整えられた玄関。
俺は緊張する胸を抑えながら、一歩足を踏み入れた。



