十月。
受験校も決まり、ひたすら入試に向けて机に向かう日々が続く。そんなある日の昼休み。
「あー、頭おかしくなりそう」
大学に提出する志望理由書を前に、井上が髪をガシャガシャとかき乱した。さっきから一文字も進まない様子を、俺と朝比奈は弁当を頬張りながら眺めていた。
「スポーツ推薦なんだし、志望理由なんて部活のこと書けばいいじゃん」
涼しい顔をして言う朝比奈に、井上のボヤキが加速する。
「簡単に言うなよ〜。昨日、冬月先生に出したら、サッと目を通しただけで『やり直し』って。なあ航平。もうオッケーもらったんだろ? 俺のも書いて」
「無理だよ、自分でがんばれ」
「じゃあ、航平が書いたやつを見せてくれ。それくらいの恩は、あるだろう?」
「おまっ……ああ、あるな」
押しに負けて箸を置いた。
机の中から昨日添削してもらった志望理由書を差し出すと、食い入るように井上が見始めた。ちなみに俺の志望理由書は少し長めで、時間をかけて書いたものだ。
「なにこれ、俺のとぜんぜん違うんだけど」
困惑する井上に朝比奈がすかさず突っ込む。
「そりゃそうでしょ、航平は指定校推薦じゃないんだから。で、見せてよ井上も」
相変わらずマイペースにサンドイッチを齧りながら朝比奈は手をひらりと差し出した。
「いいけど。これ、あんまりだと思わねぇ?」
井上の志望理由書には、冬月先生の容赦ない赤ペンが入っている。その辛辣なコメントの数々はサッと目を通して突っ返したものではない。
「ちゃんと先生、見てるじゃん」
隙のない朝比奈の突っ込みに俺も頷いた。朝比奈と顔を見合わせ苦笑いを噛み殺す。
「……せめてさあ、字はきれいに書いた方がいいと思う」
至極真っ当な朝比奈の指摘に吹き出しそうになった俺は、ごまかすようにポケットからスマホを取り出した。
インスタを開くと楽しげな二年の姿があった。
修学旅行三日目。もれなく清瀬も修学旅行で関西へ行っている。
清瀬の姿があるかと仲のいい後輩たちの画面をスクロールしていると、不意に心臓をつかまれた。
指先がタップするのをためらう。
——アイツ……。
スマホを握る手にグッと力が入ってしまう。
分かってる。
清瀬は悪くない。爽やかな笑顔も、よく見るとその目は笑ってないし、上がっている口角も無理やりだ。
……これはどこの寺だろうか。
レンタル着物に身を包む女子たちが、清瀬を取り囲むようにいる。いや、ちゃんと男だって写っている。隅にテニス部の後輩・及川がピースしている。
「へえ~、相変わらずだね~清瀬。女子がいっぱい」
「えっ」と視線を画面から上げると、いつの間にか朝比奈が俺のスマホを覗いていた。
「ん? 清瀬がなんだって?」
机に向かっていた井上も、イラっとした声を上げ俺のスマホを覗き込んでくる。
「……マジか、清瀬。旅行中、ずっとこんな感じなんじゃね?」
呆れたように呟く井上に、言葉を失う俺。そこに朝比奈が平然と言い放つ。
「いいね! すれば?」
「え、なんで? ちなみにこれ後輩のアカだから」
「きっと見るよ、清瀬。あ、ヤバッって思うんじゃない?」
一気に心臓がバクバク音を立て始め、精一杯平静を装って聞く。
「それってどういう意味?」
「隠さなくてもいいよ、付き合ってるんでしょう?」
「え……っ」
井上を見ると、「俺じゃない」と言わんばかりにフルフルと首を横に振っている。
「井上じゃないよ。大丈夫、俺しか気づいてないって」
——まじか。
朝比奈の言い切る様子に、弁解の余地はなさそうだ。
心持ち、朝比奈の方へ近づいて小声で尋ねる。
「なんで……気づいたの?」
「いやおかしいでしょ。いくらなんでも教室に来過ぎ。それに清瀬、いつも恋人ムーブかましてんじゃん」
「えっ、恋人ムーブってなに?」
「アイツの場合、目力で威嚇する、みたいな? 俺の彼女もよくやる」
「「はあ~!?」」
朝比奈の爆弾発言に、井上とハモった。
「おまえ、彼女いたの?」
井上の大きな声に、女子の視線が俺たちへと向けられた。
「いつから?」
感じる視線も気にせず、俺も井上に追随する。
「付き合って二年くらいかなあ~。あ、もっとか。中学が同じ、塾も一緒で、俺が行くの遅いと拗ねるんだよ」
「なんで言わねえんだよっ!」
「まあまあ井上、そんなに熱くなんなって」
相変わらずクールに返す朝比奈。後ろからは悲嘆を含むため息が聞こえる。
「で、航平。早くその後輩のアカに『いいね』しな。そして清瀬にメッセージ」
ボリュームを落とした声で朝比奈が言う。
急に恋愛マスターに昇格した人の言うことには説得力がある。とりあえず後輩・及川のインスタにいいねした。見慣れているアイコンをタップして考える。
——この場合、なんてメッセージしたらいいんだろう……。
スマホに映し出されている清瀬の写真を見つめる。不意に「俺ってウザくないか」という思考が浮かぶ。
「あのさ、メッセージ入れたらずっと見られてるみたいで嫌じゃない?」
「そう?」
「……なんか束縛っていうか。ヤキモチ妬いてるみたいじゃん」
「ふーん、俺はうれしいけど。それにそんなこと言ってたらとられちゃうよ。勢いあるようでアイツ、跳ね返す力ないじゃん。あ、それは航平も同じか」
「それ、どういう意味?」
「だってさ、ほら……」
その視線の先には、廊下で談笑する桜井さん……。
「あんなに航平にアピールしてたのに、気づかない方がムズイでしょ」
痛いところを突かれた。鈍い自分に頭を抱えていると、井上の声が降ってきた。
「俺が釘さそうか? スマホ貸して?」
「いやいや、おまえは志望理由書を書けよ! 今日提出だろ?」
暗くなっていた画面に指を滑らせパスコードを打ち込む。
——楽しそうだな。
いや、違う。
——今度一緒に行こうな。
いやこれも違う。
文章を打ってみてはしっくりこなくて消して、打っては消してを繰り返す。清瀬の楽しい時間に水は差したくない。釘を刺すようなこともしたくない。最終的にこれと決めて、えいっと送信ボタンを押した。
やっとたどりついた言葉は、読み返すのも恥ずかしくて、すぐにスマホ画面をロックした。
*
授業も終わった放課後。気になっていたスマホを手にした。
ロック画面には同じアイコンの通知が何件も重なっている。すぐに指を滑らせると最新のメッセージが表示された。
『会いたすぎて帰りたい』
緩みそうになる頬を抑えて、画面をタップした。
送られてきていた写真には、かわいらしいものからよく見るものまで、いくつもあった。
公然と恋人ムーブをかまされるのも悪くないのかもしれない。
けれど、俺はふたりしか知らないことが増えていく方がうれしい気がする。
『最後まで楽しめよ。こっちはこっちで、色々あるけど……早く会いたい』
打ち返すと、すぐに既読がついた。
『色々ってなんですか?』
『なんでもないよ』
『やっぱり帰りたい』
『いや、ダメだろ』
『じゃあ、もう一回ください、さっきの』
『さっきのってなに』
『え、とぼけないで。気になって旅行どころじゃなくなる』
まったく。
短く息をついて、恥ずかしくて直視できない言葉を素早く打つとすぐに返って来た。
『学校でそんなこと打つなんて航平、大胆』
『おまえなぁ』
『呼ばれた、夜電話する』
了解のスタンプを押して、スマホをポケットにしまう。
——恋人ムーブか……。
こんな風にメッセージするなんて。
いつの間にか、俺もすっかりアイツのペースに染められている気がする。
「な~に、ニヤついてんだよ!」
「べ、別に」
やっと仕上がった志望理由書を持つ井上と教室を出た。渡り廊下を吹き抜ける秋風は、火照った頬に心地よかった。
受験校も決まり、ひたすら入試に向けて机に向かう日々が続く。そんなある日の昼休み。
「あー、頭おかしくなりそう」
大学に提出する志望理由書を前に、井上が髪をガシャガシャとかき乱した。さっきから一文字も進まない様子を、俺と朝比奈は弁当を頬張りながら眺めていた。
「スポーツ推薦なんだし、志望理由なんて部活のこと書けばいいじゃん」
涼しい顔をして言う朝比奈に、井上のボヤキが加速する。
「簡単に言うなよ〜。昨日、冬月先生に出したら、サッと目を通しただけで『やり直し』って。なあ航平。もうオッケーもらったんだろ? 俺のも書いて」
「無理だよ、自分でがんばれ」
「じゃあ、航平が書いたやつを見せてくれ。それくらいの恩は、あるだろう?」
「おまっ……ああ、あるな」
押しに負けて箸を置いた。
机の中から昨日添削してもらった志望理由書を差し出すと、食い入るように井上が見始めた。ちなみに俺の志望理由書は少し長めで、時間をかけて書いたものだ。
「なにこれ、俺のとぜんぜん違うんだけど」
困惑する井上に朝比奈がすかさず突っ込む。
「そりゃそうでしょ、航平は指定校推薦じゃないんだから。で、見せてよ井上も」
相変わらずマイペースにサンドイッチを齧りながら朝比奈は手をひらりと差し出した。
「いいけど。これ、あんまりだと思わねぇ?」
井上の志望理由書には、冬月先生の容赦ない赤ペンが入っている。その辛辣なコメントの数々はサッと目を通して突っ返したものではない。
「ちゃんと先生、見てるじゃん」
隙のない朝比奈の突っ込みに俺も頷いた。朝比奈と顔を見合わせ苦笑いを噛み殺す。
「……せめてさあ、字はきれいに書いた方がいいと思う」
至極真っ当な朝比奈の指摘に吹き出しそうになった俺は、ごまかすようにポケットからスマホを取り出した。
インスタを開くと楽しげな二年の姿があった。
修学旅行三日目。もれなく清瀬も修学旅行で関西へ行っている。
清瀬の姿があるかと仲のいい後輩たちの画面をスクロールしていると、不意に心臓をつかまれた。
指先がタップするのをためらう。
——アイツ……。
スマホを握る手にグッと力が入ってしまう。
分かってる。
清瀬は悪くない。爽やかな笑顔も、よく見るとその目は笑ってないし、上がっている口角も無理やりだ。
……これはどこの寺だろうか。
レンタル着物に身を包む女子たちが、清瀬を取り囲むようにいる。いや、ちゃんと男だって写っている。隅にテニス部の後輩・及川がピースしている。
「へえ~、相変わらずだね~清瀬。女子がいっぱい」
「えっ」と視線を画面から上げると、いつの間にか朝比奈が俺のスマホを覗いていた。
「ん? 清瀬がなんだって?」
机に向かっていた井上も、イラっとした声を上げ俺のスマホを覗き込んでくる。
「……マジか、清瀬。旅行中、ずっとこんな感じなんじゃね?」
呆れたように呟く井上に、言葉を失う俺。そこに朝比奈が平然と言い放つ。
「いいね! すれば?」
「え、なんで? ちなみにこれ後輩のアカだから」
「きっと見るよ、清瀬。あ、ヤバッって思うんじゃない?」
一気に心臓がバクバク音を立て始め、精一杯平静を装って聞く。
「それってどういう意味?」
「隠さなくてもいいよ、付き合ってるんでしょう?」
「え……っ」
井上を見ると、「俺じゃない」と言わんばかりにフルフルと首を横に振っている。
「井上じゃないよ。大丈夫、俺しか気づいてないって」
——まじか。
朝比奈の言い切る様子に、弁解の余地はなさそうだ。
心持ち、朝比奈の方へ近づいて小声で尋ねる。
「なんで……気づいたの?」
「いやおかしいでしょ。いくらなんでも教室に来過ぎ。それに清瀬、いつも恋人ムーブかましてんじゃん」
「えっ、恋人ムーブってなに?」
「アイツの場合、目力で威嚇する、みたいな? 俺の彼女もよくやる」
「「はあ~!?」」
朝比奈の爆弾発言に、井上とハモった。
「おまえ、彼女いたの?」
井上の大きな声に、女子の視線が俺たちへと向けられた。
「いつから?」
感じる視線も気にせず、俺も井上に追随する。
「付き合って二年くらいかなあ~。あ、もっとか。中学が同じ、塾も一緒で、俺が行くの遅いと拗ねるんだよ」
「なんで言わねえんだよっ!」
「まあまあ井上、そんなに熱くなんなって」
相変わらずクールに返す朝比奈。後ろからは悲嘆を含むため息が聞こえる。
「で、航平。早くその後輩のアカに『いいね』しな。そして清瀬にメッセージ」
ボリュームを落とした声で朝比奈が言う。
急に恋愛マスターに昇格した人の言うことには説得力がある。とりあえず後輩・及川のインスタにいいねした。見慣れているアイコンをタップして考える。
——この場合、なんてメッセージしたらいいんだろう……。
スマホに映し出されている清瀬の写真を見つめる。不意に「俺ってウザくないか」という思考が浮かぶ。
「あのさ、メッセージ入れたらずっと見られてるみたいで嫌じゃない?」
「そう?」
「……なんか束縛っていうか。ヤキモチ妬いてるみたいじゃん」
「ふーん、俺はうれしいけど。それにそんなこと言ってたらとられちゃうよ。勢いあるようでアイツ、跳ね返す力ないじゃん。あ、それは航平も同じか」
「それ、どういう意味?」
「だってさ、ほら……」
その視線の先には、廊下で談笑する桜井さん……。
「あんなに航平にアピールしてたのに、気づかない方がムズイでしょ」
痛いところを突かれた。鈍い自分に頭を抱えていると、井上の声が降ってきた。
「俺が釘さそうか? スマホ貸して?」
「いやいや、おまえは志望理由書を書けよ! 今日提出だろ?」
暗くなっていた画面に指を滑らせパスコードを打ち込む。
——楽しそうだな。
いや、違う。
——今度一緒に行こうな。
いやこれも違う。
文章を打ってみてはしっくりこなくて消して、打っては消してを繰り返す。清瀬の楽しい時間に水は差したくない。釘を刺すようなこともしたくない。最終的にこれと決めて、えいっと送信ボタンを押した。
やっとたどりついた言葉は、読み返すのも恥ずかしくて、すぐにスマホ画面をロックした。
*
授業も終わった放課後。気になっていたスマホを手にした。
ロック画面には同じアイコンの通知が何件も重なっている。すぐに指を滑らせると最新のメッセージが表示された。
『会いたすぎて帰りたい』
緩みそうになる頬を抑えて、画面をタップした。
送られてきていた写真には、かわいらしいものからよく見るものまで、いくつもあった。
公然と恋人ムーブをかまされるのも悪くないのかもしれない。
けれど、俺はふたりしか知らないことが増えていく方がうれしい気がする。
『最後まで楽しめよ。こっちはこっちで、色々あるけど……早く会いたい』
打ち返すと、すぐに既読がついた。
『色々ってなんですか?』
『なんでもないよ』
『やっぱり帰りたい』
『いや、ダメだろ』
『じゃあ、もう一回ください、さっきの』
『さっきのってなに』
『え、とぼけないで。気になって旅行どころじゃなくなる』
まったく。
短く息をついて、恥ずかしくて直視できない言葉を素早く打つとすぐに返って来た。
『学校でそんなこと打つなんて航平、大胆』
『おまえなぁ』
『呼ばれた、夜電話する』
了解のスタンプを押して、スマホをポケットにしまう。
——恋人ムーブか……。
こんな風にメッセージするなんて。
いつの間にか、俺もすっかりアイツのペースに染められている気がする。
「な~に、ニヤついてんだよ!」
「べ、別に」
やっと仕上がった志望理由書を持つ井上と教室を出た。渡り廊下を吹き抜ける秋風は、火照った頬に心地よかった。



