お飾り王太子妃は初恋泥棒の隣国の王と結ばれる

 ローナと離縁してから一年が経った。

 マット・フィングルトンは王城の執務室で一人、苛立ちを隠しきれずにいた。
 机の上には、処理しきれず積み上がった書類の山。

 財政報告。
 貴族からの抗議文。
 隣国との外交文書——。

 どれも少し前までは、ローナが整理し、目を通し、分かりやすくまとめてくれていたものだ。

 だが今は違う。
 書類の山を前にしても、どこから手を付ければいいのかさえ分からない。

 思わず舌打ちが漏れる。

 ——何故こんなことに……。

 ふと、脳裏に浮かびかけた名前を、マットは無意識に振り払った。
 離縁は自分が決めたことだ。
 愛する女性を妻に迎えるため。
 有能ではあっても、愛していない女など不要だと判断した。
 そのはずなのに。

「殿下!」
 執務室の扉が勢いよく開いた。
 ベッシーが怒りを露わにした顔で入ってくる。

「またですの? 今夜もお戻りが遅いと聞きましたわ!」
「……仕事だ。少しは黙っていろ」

 マットが疲れた声で答えると、ベッシーはさらに声を荒げた。

「仕事、仕事って! 殿下にとって大事なのは、私ではなくそこの紙束ですの!?」

 その言葉に、マットの肩がぴくりと動く。

「……そんなに不満なら、君も手伝えばいいだろう。この書類の山を片付けてくれれば、すぐ終わる」

 苛立ち混じりに言った。
 だがベッシーは、まるで信じられないものを見るように目を見開く。

「はあ? 私にそんなことをさせるおつもり? 私は王太子妃ですのよ? そんな地味な仕事、文官にでもやらせればいいでしょう」

 耳をつんざく声で喚き続けるベッシー。
 マットはそれを冷めた目で見つめる。

 かつては彼女の笑顔を見るだけで胸が高鳴ったはずなのに。
 今はただ騒がしいだけにしか感じない。

 少しでも気に食わないことがあれば、すぐ感情のままに怒鳴り散らす。
 周囲の人間を振り回すことなど、まるで気にも留めない。

 ——……ローナは。
 思考が、ふいにそこへ向かう。
 ——ローナは、そんなこと一度もしなかったのに……。

 そんなことを考えていると、「失礼いたします」と従者が入室してきた。
 手には一通の手紙。

「ウォーノック王より書簡が届いております」

 眉がぴくりと動く。
 手紙を受け取り封を切る。

 中に入っていたものを目にした途端、マットの表情が凍りついた。

 手紙の中身、それは——。

 ガイとローナの結婚式の招待状だったのだ。