お飾り王太子妃は初恋泥棒の隣国の王と結ばれる

 銀灰色の瞳が、真っ直ぐこちらを見据えている。

 泣き顔を見られてしまった——。
 羞恥が一気に込み上げ、ローナは咄嗟に腕で顔を隠す。

 すると、静かな書庫に再び足音が響いた。
 コツ、コツ、と彼がゆっくり近付いてくる。

「なぁ、昔ここで言ったよな」
 穏やかで優しい声音。

 腕の隙間から彼を覗く。
 ガイは一枚のハンカチをポケットから取り出すと、こちらに差し出してきた。
 にこりと微笑みながら、そっと。

「泣きたいときは、泣いていいって」

 張り詰めていたものがぷつりと切れる。
「……っ、……う……」

 堪えきれない声が漏れた。
 ローナはハンカチを受け取ると、震える手で目元に押し当てる。

 涙が止まらない。
 嗚咽がこぼれる。
 その背中に、そっと手が置かれた。
 大きくて温かい手。

 ガイが背中を優しくさする。
 何も言わずに。
 ただ、全てを受け入れるように。



 それからしばらくして。
 涙も落ち着き、ようやく呼吸が整ってきた頃。
 ローナはぽつりぽつりと、これまでの事情をガイに話した。

 王太子との離縁のこと。
 新しい王太子妃のこと。
 そして——これから行き場を失うであろう自分のこと。

 全てを話し終えた後。ガイはしばらく無言のまま、顎に手を当てて考え込んでいた。
 やがて、ゆっくりと顔を上げる。

「なぁ、クラム嬢。俺の従妹の家庭教師にならないか?」

 あまりにも唐突な提案。ローナは目を丸くする。
「家庭教師……ですか?」

「ああ。今の家庭教師が結構な歳でな。もうすぐ退職するんだ。丁度新しい家庭教師を探していたところだった。だから……クラム嬢さえ嫌でなければ、どうかと思ってな」

 どこか気遣うような声音。
 こちらへの配慮が伝わってくる。
 きっと彼は——。
 居場所を失った自分に、新しい道を示してくれているのだ。
 ローナの心に、じんわりと温かいものが広がる。

 この思いがけない申し出は、まるで救いの手のように見えた。
「——ぜひとも、やらせてください」

 こちらが微笑むと、ガイもほっとしたように笑んだ。
 その笑顔を見て、心臓がまた忙しなく疼く。

 こうして——。
 数日後、ローナはガイの国へと渡っていった。