放課後、国語教師と。

 時は立ち、私は二年生に進級した。
 クラスが替わり、担任の先生も変わった。
 どうやら、夏華のクラスの担任が悠人先生らしい。
 しかも、今年から教科担任が変わって、私のクラスの教科担任じゃなくなったらしい。
 正直、私は夏華のことが羨ましくて堪らなかった。
 授業がある日は、名前を呼んでくれるのに。私の名前は呼んでくれなくなるなんて。

 それでも、会おうと思えば会えた。
 私が毎日先生の居るクラスに行けばいいだけの話だ。
 放課後に少し待てば、先生はいつも通り教室から出てきて、話すことができるはずだ。
 去年と同じように、とはいかなくても。それでも、完全に遠くなったわけじゃないと思っていた。
 ――少なくとも、その時までは。

 その日、先生には会えなかった。

 先生も仕事で忙しいのだろう。仕方がないと思っていた。

 次の日も、私は放課後に先生のクラスへ向かった。
 昨日はたまたまだと思っていた。きっと今日は会えるはず。
 そんな根拠のない自信があった。

 教室の前で、少し待つ。
 何度かスマホを見て、時間を確認した。
 それなのに、いつまで経っても出てこなかった。
 そのとき、夏華が偶然出てきて声を掛けてきた。

「先生の出待ち?」
「そうだよ。」
「もう今日は先生出て行っちゃったよ。」
 
 その言葉を聞いた瞬間、私は何とも言い難い気持ちに襲われた。
 今日も話せなかった。いや、今日も忙しかっただけだよね。
 そう、自分に言い聞かせた。
 私は平気なふりして夏華にお礼を言って、教室に戻る。
 
 明日も話せなかったらどうしよう。
 この距離でも、毎日会えると思っていたのに。
 昨日とは違う、嫌な感じが胸の奥に広がる。
 教室に戻っても、何事もなかったかのように過ごした。
 友達と話して、笑って、いつも通りの放課後を過ごす。
 そうしていれば、この気持ちもそのうち消えると思った。
 けれど、ふとした瞬間に思い出す。
 
 ――今日も、会えなかった。

 ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに引っかかるのか分からなかった。
 考えすぎだと、自分に言い聞かせる。
 それでも、胸の奥の違和感は消えなかった。

 次の日。今日はきっと話せるはず。
 他の生徒は、二日間も話せないことが当たり前なのに私は当たり前じゃなくなっていた。
 
 放課後になると、私はいつもより少し早く教室を出た。
 今日は絶対に会える。そんな気がしていた。
 
 先生のクラスの前まで行くと、ドアはまだ開いていて、中から話し声が聞こえてきた。

 ――よかった、居る。

 そう思って、少しだけ安堵した。

 クラスの中には、何人かのクラスメイトが居て、先生と楽しそうに話していた。夏華は、もう帰っていたみたいだった。
 
 その光景を見た瞬間、足が止まった。
 なんでか分からないけど、入れなかった。
 少し待てば良いだけなのに。それなのに、その場に立っていることすら、何故か苦しくて仕方がなかった。

 私はそのまま廊下の端に移動して、しばらく待つことにした。
 時間が経つ。
 すると、女子生徒と話しながら出てくる先生を見た。
 先生は私の方をちらっと見ると、すぐに女子生徒に視線を戻してどこかへ行ってしまった。
 その瞬間、私の胸が苦しくなった。
 ――また、話せなかった。

 私は、顔を伏せながら教室に戻った。
 
 帰り道、気づいたら足が速くなっていた。
 誰にも会いたくなかった。
 
 バスに乗ると、社内には誰もいなかった。
 いつも聴いている音楽も今日は煩く感じて、音楽を聴くのをやめた。
 それでも、静かすぎて余計に色んなことを考えてしまう。
 
 ――どうして、話してくれなくなったのだろう。
 ――私よりクラスメイトの方が大事だって、分かっているのに。
 ――私と喋るの、嫌だったのかな。
 
 考えたくもないのに、思考が止まらなかった。
 気づいたら、視界がぼやけていた。
 ぽろ、と涙が落ちる。
 その瞬間、もう止まらなかった。
 たった三日、話せなかっただけなのに。
 それだけのことなのに、どうしてこんなに苦しいのか分からなかった。
 私は、俯いたまま、ただ静かに泣いていた。
 
 その日の夜。
 夜ごはんも喉を通らず、ベッドに入っても、全く眠れなかった。
 
 目を閉じると、先生の顔ばかり浮かんでくる。
 考えたくないのに、勝手に思い出してしまう。
 ――会いたい。

 そんな言葉が頭の中に浮かんでしまった。
 私はそれをすぐに否定した。
 違う。そんなわけがない。
 ただ、話したいだけ。
 それだけなのに。

 なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
 答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
 
 結局、その日はほとんど眠れなかった。
 朝が来るのが、少しだけ怖かった。